悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission11 糸口

 人目の付かない路地裏に隠れる二人。薄暗く陽の光も届かず、人々のにぎわいや足音も遠くに聞こえる。

 フルーツの入った紙袋を片手に、アルデバランは壁に背中を預けた。

 

「やっぱ俺の見立ては間違ってなかったか。いや~、もしも違ってたら完全に頭が変な奴に思われちまう」

 

「そんな服着てる時点で頭おかしいだろ?」

 

「そう言ってくれるな。ほれ、友好の証だ。リンガ食えよ」

 

 言って紙袋から一つ取り出し向かいに立つネロに投げる。グローブをはめた右手で受け取り、渡されたフルーツをまじまじと見た。

 ヘタが付いており、赤い皮をしたフルーツ。一口かじってみればみずみずしい果肉から甘い果汁が口に広がる。

 

「やっぱリンゴじゃねぇか」

 

「おっと悪い、ここではリンガって言うんだよ。長く居るせいで普通になっちまってる」

 

「長くって……何年もここに居るのか?」

 

「もう軽く十年は過ぎた。異世界から来たなんて誰も信じてくれねぇからよ。ここに順応するしかなかった訳よ」

 

「マジかよ……十年だって?」

 

 眉をひそめるネロ、けれどもアルデバランは楽観的だ。

 

「そう心配するな。確かに俺は十年以上もここに居るけど、帰る手掛かりがない訳じゃない」

 

「本当か!?」

 

「けど眉唾もんだがな。いいか、この世界には魔法があるのは知ってるな?」

 

「あぁ、原理とかそんなのは訳わかんねぇけどな」

 

「そんなのどうだっていい、俺も知らねぇし。本題だ、俺らを異世界に飛ばせるくらいの魔法なんて使えるのは一人しか居ない。嫉妬の魔女のサテラ」

 

「嫉妬の魔女? そう言えばアイツラも魔女がどうこうって言ってたな」

 

「なに? 魔女知らねぇの? お前、ここに来てどのくらいだ?」

 

「まだ三日だ。今はロズワールって奴の城に居る」

 

「ってことは何にも知らないか。魔女もリンガも知らないのも頷ける」

 

 この世界のリンガをかじるネロ。果汁で喉を潤しながら、情報交換を続ける。

 

「それで……その魔女はどこに居る?」

 

「嫉妬の魔女は四〇〇年前に封印された。どこに居るかなんて見当も付かねぇ」

 

「意味ねぇじゃねぇか! ぬか喜びさせやがって!」

 

「待てって、怒るなよ。場所は知らねぇ、でも知ってる奴なら……」

 

 急に口を閉ざすアルデバラン。光が差し込む通路の先の人々をチラリと見る。そして姿が見られないように、声が届かないように更に奥へ進む。

 

「こっちに来い。万が一にも誰にも聞かれたくないからな」

 

「あん? わかったよ」

 

 言われてネロも彼の背中に付いていく。その最中、一瞬だけ後ろを振り返るが誰かが来る様子もないし、街のにぎわいも遠ざかる。

 

「オイ、一つ聞いていいか? 何で俺が別世界から来たってわかったんだ?」

 

「こっちの世界に銃なんて存在しねぇよ。あとはファッションセンスって言葉だ。そんなの聞いたの何年前か覚えてねぇ」

 

「それだけで判断したのか?」

 

「そうだよ、んでもってビンゴってね。お前は俺と対等に戦った……いや、俺よりも強いかもな」

 

「当たり前だ。片腕のテメェに負けるかよ」

 

「だから声を掛けた。異世界人、それも腕っぷしもある奴なんてもう出会えないかもしれねぇかんな。っと、ここならいいか」

 

 進んだ先は建物と建物に挟まれて突き当りだ。人の気配は完全になく、ドブネズミが一匹餌を探して走っているくらい。

 ネロは食べ終わったリンガの芯を無造作に地面へ投げ捨て、駆け寄るドブネズミが鼻先を近づけて匂いをかぐ。

 

「そうだ、嫉妬の魔女に会うなんて誰にも言うんじゃねぇぞ? もしもバレたら国中の人間に追われて、捕まれば斬首刑だ」

 

「わかったからもったいぶんな。魔女の居場所、誰なら知ってる?」

 

「神龍ボルカニカ……」

 

「何だソイツ?」

 

「四〇〇年前に魔女を封印した一人だよ。神龍なら間違いなく封印した場所を知ってる」

 

「で、場所は?」

 

「東の果てにある大瀑布の向こう側に居る……らしい」

 

「らしいって……結局、何も知らねぇじゃねぇか!」

 

 激怒して詰め寄るネロはアルデバランの胸ぐらを掴むが、彼は落ち着いて話を続ける。

 

「俺だって文字読めるようになるのに何年も掛かったし、今言ったことが書かれてる書物を見つけるのだって苦労したんだぞ?」

 

「ッ!? クソ……」

 

 手を放しうつ向くネロは悲観するが、アルデバランの話はまだ終わっていない。

 

「お前確か……ロズワールの所で厄介になってるんだろ? なら屋敷に書物が置いてないか?」

 

「あぁ、あるよ。すぐに追い出されたけどな」

 

「来たばっかのお前はわからねぇだろうけど、本ってのは貴重なんだ。王族や貴族しか持ってねぇ。んでもって、俺が読んだのは姫さんの領地で管理されてる物だけ。ロズワールはこの辺じゃ有名な領主でよ。もしかしたら手掛かりが載ってる本を持ってるかもしれねぇ……お前さ、試しに調べてくれよ」

 

「調べるって……ここの文字、読めねぇんだけど?」

 

「使用人か誰かに読んで貰えばいいだろ? それか何とかして持ち出してこい」

 

「めんどくせぇな……」

 

「もう調べられる情報源はお前ん所のロズワールの書架だけだ。それでも何もわからなかったら、一か八かで行くしかねぇ。俺だって帰れるなら帰りてぇからな……」

 

 初めて見せる悲観したアルデバランに、ネロも心打たれる。帰りたいと言う気持ちはどちらも同じ、協力しなくては帰れる可能性も低くなる。待っている人の所に絶対に帰りたい。

 口から大きく息を吐き、ネロはその提案に承諾した。

 

「わかったよ、調べればいいんだろ? でもちょっとは時間掛かるかもしれねぇ。結構な数だったからな」

 

「十年以上まったんだ、今更ちょっとくらいどうってことねぇよ」

 

「なら一週間後にまた落ち合おう。場所はここでいいか?」

 

「OKだ。いいか、最初にも言ったが--」

 

「魔女のことだろ? 言わねぇよ」

 

 言うとネロは路地裏から歩いていく。残るアルデバランは遠ざかる彼の背中を鉄兜越しにジッと眺めていた。

 

///

 

 月の影が出かけている時間、詰所に戻るネロはラムとエミリアが待つ龍車の所にまで来た。

 二人は既に待ちぼうけており、他の龍車は出払っている。ネロが龍車の元にまで来ると、ラムは見せつけるようにため息をつく。

 

「はぁ~、夜までにはロズワール様の所へ帰りたかったのだけれど」

 

「悪かったって……ちょっと道に迷ってよ」

 

「道くらい犬でも覚えられるわ」

 

「うるせぇ、いいから帰るぞ」

 

「まったく……減らず口は変わらないわね。ではエミリア様、出発しますので中に」

 

 言われてエミリアは荷台へ乗り込み、ネロもそれに続いた。二人が乗り込んだのを確認して、ラムは龍車の手綱を握る。

 もう景色は暗くなっているが、夜目の効く地龍は道を逸れる事なく進んで行く。ガタガタと揺れる荷台の中で、背負っていたレッドクイーンを降ろしてネロは座った。

 当然、エミリアは初めて見る剣に目が行く。

 

「その剣はどうしたの!? 来る時には持ってなかったじゃない。買ったの? でもそんなに大きい剣なんていくらするんだろ?」

 

「違うって……ケース持ってただろ? あの中に入れてたんだよ。途中で壊されちまったけどな」

 

「そ、そうなんだ……ふ~ん、変わった剣ね」

 

 この世界の基準でなくともネロのレッドクイーンは普通の剣ではない。柄の部分に備えてある推進機構。持ち手にはグリップとクラッチレバー。

 西洋剣しか見た事のないエミリアは前かがみになりながら、物珍しそうにレッドクイーンを眺める。

 

「気になるのか?」

 

「うん、凄く重そう。この部分はどうなってるの?」

 

 細くて白い人差し指で推進機構を指差すエミリア。説明しようと口を開けるが、すぐ言葉に詰まる。

 

「あ~、エンジン……ってわかる訳ねぇよな?」

 

「えんじん?」

 

「これじゃ説明してもわかんねぇか。火が出るんだよ、魔法使わなくても」

 

 言ってグリップを軽く撚り、吸気音と推進装置の回転音、エキゾーストから排気ガスが出る。初めて聞くエンジンの重低音、機械が作動する様子にエミリアは目を輝かせた。

 

「凄い! これ動いてるの!? 音が出てる、温かいよ!」

 

「触るとヤケドするぞ」

 

「魔法じゃないってことは……精霊術で動いてるの? エンジンって名前の精霊と契約してるのね!」

 

 ワクワクと胸踊らせるエミリアだが、ネロは顔に手を当て両目を閉じた。

 

「勘弁してくれ……」

 

///

 

 自らの城の自室のプリシラは、入浴を終えてネグリジェに着替えるとワイングラスを片手に本を読んでいた。読み続けて三〇分は経過し、口から小さく息を吐きカバーを閉じると手を叩いた。

 

「アル、聞きたいことがある。出てまいれ」

 

 呼んで数秒後、部屋の扉がノックされて開かれる。そこには室内でも鉄兜を装備しているアルデバランの姿。

 彼はゆっくりとプリシラの元へ進む。

 

「珍しい、何か悪い物でも食べました?」

 

「食べておらん。アル、最後のあの銀髪が言っておった言葉の意味がわかるか? それに中指を立てておった。様々な喜劇や読書を嗜んでいる妾でもあの言葉は初めて聞いた。それとも舌でも噛んで言い間違えたのか? しかし中指はどういう意図が……」

 

「あ~……聞かない方がいいですぜ?」

 

 迷いながらも答えるアルデバランだが、プリシラはそんな事で納得しない。足を組んで鋭い視線を向ける。

 

「知っておるのだな、聞かせろ」

 

「止めといた方がいいですよ。姫さん絶対に怒るから。怒りすぎて血管がちぎれるかも」

 

「あの短い言葉に妾をそこまで怒らせる意味が? ふぁ……ふぁきゅ~?」

 

 冷たい鉄兜の中でアルデバランは大きくため息をつき、聞こえないように小さくくぐもった声を吐き出す。

 

「明日には忘れてくれねぇかな……」

 

///

 

 ロズワールの城へ到着する地龍。荷台から降りるエミリアとネロは屋敷へ向かい、ラムは手綱を握ったまま地龍を小屋へ運ぶ。前を歩くエミリアが大きな扉を開け中に入るとレムが正面で待っていた。

 

「お帰りなさいませ、エミリア様、ネロ様。夕食の準備ができていますがいかがなさいますか?」

 

「そうね、だったら先に食べようかしら。ネロは--」

 

 振り返るエミリアだがネロの姿が見当たらない。右へ左へ視線を向けると、二階へ繋がる階段を登っていた。小走りで追い掛けるエミリアと、それに続くレム。

 

「どうしたの、ネロ? 夕食は食べないの?」

 

「メシは食うよ。でもその前に調べたいことがあるんだ」

 

「調べたいこと?」

 

「あぁ、ちょっと手伝ってくれ。あれだけ本があるとすぐには見つかりそうにない」

 

「本って……無理よ! ベアトリスの書架は扉渡りの魔法で--」

 

「関係ねぇよ。前もすぐに見つけた」

 

 階段を登り切るネロに続くエミリアとレム。止める事ができないまま通路を進み続け、無数の扉ばかりがある区間に来る。

 無限に続いているように錯覚する長い通路、右も左も数え切れないくらいの扉とノブ。ここから目的の部屋を見つけるのは至難の業だ。

 そうでなくとも書架にはエミリアが言う通り扉渡りと言う魔法が掛けられている。普通に見つける事は絶対にできない。

 けれどもネロは`右腕`の感覚を頼りにいくつもある扉を選びノブを撚る。開けた先は部屋の隅から隅まで本棚で囲まれた部屋。

 

「ほらな、見つけた」

 

「うそ……どうやったの?」

 

「何でもいいよ、行くぞ」

 

 ズカズカと部屋の中に入って行くネロだが、驚くエミリアは入るのを躊躇する。レムもエミリアが進まないのでは動けない。

 振り返るネロは入って来ない二人に催促する。

 

「どうした? さっさと見つけてメシ食いたいんだけど」

 

「さ、探すのはいいのだけれど……どの本を探すの?」

 

「神龍ボルカニカって知ってるか? それを--」

 

 続きの言葉を遮るように、誰も触っていないのに開けていた扉が勢いよく閉じられた。

 

「ネ、ネロ!?」

 

 通路に締め出されたエミリアは急いで目の前の扉を開ける。が、中は他の部屋と同じ普通の客室。数秒前まで居たネロの姿はどこにも見えない。

 

「ネロ……」

 

 一方、部屋に残されたネロも突然の事に目を見開く。そして聞こえる小さな足音と幼い少女の声。

 

「ちょっと聞き捨てならない言葉を聞いたのかしら」

 

「お前……」

 

「それにしてもまったく……どうしてあなたはこうも簡単に扉渡りを破れるのかしら?」

 

 居たのは以前にもこの部屋で出会った少女、ベアトリス。彼女は鋭い視線を向けるが、ネロはいつものように気にする様子はない。

 

「扉渡り? そう言えばさっきもそんなこと言ってたな」

 

「まぁいいの。それよりもっと重要なことがあるかしら。神龍ボルカニカ、あなたは確かにそう言ったかしら」

 

「それがどうした?」

 

「どうして神龍ボルカニカの本を探すのかしら?」

 

「言わないとダメか?」

 

「言うかしら」

 

 ジッと睨むベアトリス、それを見下ろすネロ。重苦しい空気が場を支配し、どれだけの時間が流れたか。

 ネロは口を開いた。

 

「どこに居るか知りたい。会う必要があるんだ。何かわかる本はあるか?」

 

「キミがそれを知ってどぉするんだい?」

 

 舐めるような、粘ついた声。

 ゾクリと鳥肌が走り振り向いた先に居たのは領主であるロズワール。咄嗟にレッドクイーンに手を伸ばしていた手を戻す。

 

「なんだよ……驚かせんな」

 

「フフ……ごめぇーんね。でも残念だけど龍のことは教えてあげられないなぁ」

 

「ってことは知ってるんだな?」

 

「念の為に聞いておきたいんだけどぉー、キミは他の陣営の仕いかぁい?」

 

「はぁ? そんな訳ねぇだろ。プリシラって高飛車な女の誘いなら今日断った所だ」

 

「ならキミは個人的な理由で龍に会いたいんだぁね?」

 

「そうだよ。勿体ぶらずにさっさと教えろ」

 

「神龍ボルカニカ……嫉妬の魔女を封印し、今でもルグニカを守る龍。そんな彼に謁見するには王選で勝ち残るしかない。私はねぇ……だからエミリア様に--」

 

「お喋りは嫌いなんだよ。早く結論を言え。教えるのか、教えないのか?」

 

「んフフフフ~! ベアトリス、ここだと本が傷つく。外に出してくれなぁいかい?」

 

 言われてまぶたを閉じるベアトリス。右手を前に突き出すと突風が発生し、有無を言わさずネロの体が後ろに飛ばされる。

 

「うあッ!?」

 

 流されていくネロは開かれた扉の先へと飛ばされ、体が通り過ぎると同時に閉じられた。出た先は夜の冷たい空気を感じる。

 右も左も、上も下もわからない状況で重力に引っ張られて地面に落ちた。慣性で地面の上をズルズルと滑るも、すぐに受け身を取り立ち上がる。

 

「ここは……外か?」

 

 白い城壁、青い屋根、外ではあるがロズワールの城の屋根の上と言うのはすぐにわかった。そして彼の粘っこい声が、また背中から聞こえる。

 

「あそこだといろいろ面倒だぁからね。この場所なぁら邪魔も入らないし、回りも気にする必要がないんだよ」

 

「へぇ、そうかい!」

 

 背中からレッドクイーンを引き抜き、切っ先を地面に突き立てるとアクセルを握る。バルバルとエンジンを吹かし、戦闘態勢に入った。

 

「シンプルでわかりやすくなった。テメェをぶっ飛ばして、意地でも吐き出させてやる!」

 

「キミは本当に何も知らないようだねぇ……龍への謁見は選ばれし巫女でないといけなぁいんだよ? それを王選の真っ最中に、巫女に選ばれた訳でも騎士ですらなキミが--」

 

「うるせぇよ! お喋りな奴は嫌いだって言っただろ!」

 

「はぁ……体でわからせてあげるしかなさそうだぁね」

 

「へッ……上等だ」




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