悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission13 決別

「その右腕……まだ見せてない力があーるんだね? それで私のアル・ゴーアを防いだぁんだ」

 

「俺はお前と違ってペラペラ喋るつもりはねぇ。さっさと終わらせる」

 

「終わらせる? フフッ、ちょーぉとばかし驚いたけれど私を倒せると考えてるのならそれは違うよ。キミの剣は私に届かないし、それどころか触ることすらできなぁいんだよ」

 

「へぇ、そうかい!」

 

 走るネロは余裕の笑みを浮かべるロズワールにレッドクイーンを振り下ろす。が、何度目かの攻撃もまた氷の壁に防がれてしまう。

 

「言ったじゃーぁないの。キミの攻撃はどれだけやっても届かなぁいんだよ! アル・ドーナ!」

 

 足元から岩山が突き出し串刺しにしようとするも寸前の所でジャンプするネロ。そしてそれを足場にして、更に上へジャンプし右腕を振り被る。

 数メートルも離れている距離、手が届くはずもない。しかし、悪魔の右腕からは魔力で形成された巨大な右腕が発生していた。

 

「デャァァァッ」

 

「あ、アレは--」

 

 魔力で形成された巨大な右腕は握り拳で力の限り殴り付ける。初めて見る現象に瞬時に対応できないロズワール。後ずさりすらできないまま、悪魔の右腕に殴られた。体は地面にめり込み、衝撃に地面が揺れる。

 

「ヘヘッ……オイ、触ってやったぞ?」

 

「グ……ぅぅッ……」

 

 着地してもロズワールはすぐに立ち上がる気配はない。ゆっくり歩き距離を縮め、倒れるロズワールを見下ろす。

 肉薄した状況では強力な魔法は使いにくい。返事もせず、倒れたままのロズワールを起こそうとレッドクイーンを背負い、左手を伸ばす。

 瞬間、目を見開き立ち上がるロズワールが拳を突き出した。右腕で受けるネロの体は数メートル後方にズルズルと流されてしまう。

 

「油断するんじゃぁーないよ? 私はね、体術もそれなりなぁんだ」

 

「だったら試してみようぜ?」

 

「んフフ……」

 

 右手を握り直し、離れた距離を走り出すネロ。だがそれに付き合うロズワールではない。

 

「これだけの距離があれば充分なぁんだよ。アル・ゴーアで今度こそキミを--」

 

「ノロいんだよッ!」

 

 赤い炎の蛇が再び現れるが、ネロは関係ないと炎の蛇ごと腹部に拳を叩き込んだ。

 皮膚に右腕の硬い甲殻が食い込み、筋肉が悲鳴を上げ骨が軋む。肺から全ての酸素が逆流し、破裂音と共にロズワールの体が浮き上がる。

 

「がッ!?」

 

「叩き込む! オラァァァッ!」

 

 左足を一歩踏み込み体重を移動させて右腕を振り被る。巨大な悪魔の拳は再びロズワールの顔面の皮膚に食い込み、強烈な威力と衝撃に全身の肉と骨が悲鳴を上げた。

 拳はロズワールの体ごと城の外壁を殴り、大きな音を上げて無数のレンガが砕け衝撃に地面が揺れる。

 土煙が舞い上がる中、薄っすら見えるロズワールは崩れた壁に張り付いたまま動く様子はない。

 

「これくらいか……オイ、死んではねぇだろ?」

 

「…………っ…………」

 

 返事をする声は聞こえず、ロズワールの元へ歩を進めるネロ。彼の所まで残り数メートルまで迫った時、敵意を感じ取り飛び退いた。

 

「ウル・フーラ!」

 

「ッ!?」

 

 風の魔法の一撃は避ける事ができた。それでも逃げた先には棘の付いた鉄球が高速で向かって来る。足を踏ん張り右手で受け止めた。

 

「オイオイ……面倒なことになったな」

 

 視線の先に居るのは敵意をむき出しにするラムとレム、そしてエミリア。棘付きの鉄球を持つレムの頭部には角が生えており、戦うしかないと判断したネロは背中のレッドクイーンに手を伸ばす。

 引き戻されるチェーン、三人の鋭い視線が交わる。

 

「あの時にアナタを信用したラムが愚かだった訳ね。ロズワール様に手を掛けるなんて!」

 

「話聞いてくれる感じでもないな。前と同じか」

 

「聞く訳がないでしょう! その右腕も結局、魔女に何かされたのね。ロズワール様を傷つけた罪は死んで償いなさい!」

 

「またこうなるか。しょうがねぇ……」

 

 右手を前に出し風の魔法を出そうとするラムと地面を蹴り突撃しようとするレム。ネロもレッドクイーンの切っ先を地面に刺し、アクセルを回してエネルギーを溜める。

 張り詰めた空気が場を支配し、いつ戦いの火蓋が切られるのか。けれども見守るエミリアが三人の間に割って入った。

 

「みんな待って!」

 

「エミリア様!? 離れて下さい、その男は危険です。魔女の手下は殺さなくてはなりません。ロズワール様がやられているのですよ?」

 

「それでも少しだけ待って! 本当に魔女の手下なのだとしたら、もっと早くに動いてたと思うの。それにネロは話し合おうとした。魔女の手下なら、魔女教徒なら……違うでしょ?」

 

「ですがロズワール様を傷付けた事実は消えません」

 

「だったら、この瞬間にでも攻撃して来ない事実だってあるでしょ?」

 

 エミリアは懸命に訴えるがラムとレムから向けられる視線は鋭いまま。緊迫した空気が続く中で、ネロはレッドクイーンを背中に戻す。

 チラリと視線を移すラム、息を呑んでまぶたを閉じる。

 

「わかりました。ですが話をするつもりはありません。ロズワール様の手当てが先です。行くわよ、レム」

 

「はい、姉様……」

 

 この場から離れて行くラム。ジッとネロを睨むラムも遅れて彼女に続く。

 一旦、戦いは終わった。夜なのにジワリと背中に汗が滲むのは未だに燃え盛るロズワールが放った炎のせいか、エミリアは胸を撫で下ろす。

 

「よかった……ネロ、話をしたいのだけれど。アナタのことも、その右腕のことも、ロズワールと戦ったことも」

 

「いいけどちょっと長くなるぞ。それと何か食い物あるか?」

 

///

 

 少し遅くなった夕食、食堂は戦闘の余波で割れたガラスが床一面に散らばり、テーブルの上の花瓶も倒れてしまっている。それでも構わないとネロはレムが用意していた食事の中からパンを手に取る。

 そしてイスに座って食べる間、エミリアは向かい側のイスで静かに待っていた。殺伐とした食堂ではロウソクの火だけが室内に明かりを灯す。

 

「で、何から聞きたい?」

 

「ネロ、アナタは何の為にルグニカに来たの? 前に聞いた時は騎士になるためかと思ったけれど、そうじゃないって言ったし実際にそうだった。ロズワールと戦ったことも含めて、何をしたいのかが見えてこないのだけれど」

 

「本当のことを言ってもいいけど、信じてくれるとは思えねぇ」

 

「信じるわ、ネロの言うことなら。だからお願い、聞かせて欲しいの」

 

 ナイフで切った肉をフォークで口元に運び、ジロリとエミリアを見る。背筋をまっすぐ伸ばしてイスに座る彼女は両手を膝の上に置き、華奢な体を前のめりにしてネロの事を見つめている。

 肉を頬張るネロはそれを見て重たい口を開いた。

 

「俺はこの世界の人間じゃない」

 

「それは前にも聞いた。フォルトゥナって島から来たって」

 

「そういう次元じゃない。俺も、フォルトゥナも、この世界に存在しない。理由はわかんねぇけど、気が付いた時にはここに居た。別の世界って言うのかな? 別次元から来たんだ」

 

「別の世界……それって--」

 

「おっと、質問はナシだ。聞かれてもわからねぇ」

 

 エミリアの言葉を遮り、またフォークで肉を刺す。

 

「ネロ、私も詳しいことは知らない。でも前にちょっとだけ聞いたことがあるの。大陸の果て、地図にも載ってないその先は、大地が途切れ川の水さえも彼方に消える大瀑布があるって」

 

「大瀑布?」

 

「すっごく大きな滝みたい。私も書物で見ただけだから詳しくは……」

 

「まぁ、可能性の一つだな。やれることは何でもやるさ。そうじゃねぇと何年もここに居そうだ。で、次はこの右腕だろ?」

 

 言ってネロはエミリアの前に右腕を差し出した。赤い甲殻、蒼白く発光する手の平。どう見ても人間の腕ではなく、腕そのものから溢れ出る禍々しい魔力にエミリアは息を呑む。

 

「皮膚が龍の鱗みたい……ラムは魔女のせいって言ってたけど、この腕はどうしたの?」

 

「魔女とは何の関係もねぇ。これはここに来る前からそうなんだ。一応言っとくけど前は普通の腕だったんだ。何でこうなったかは聞くなよ、わかるな?」

 

「う、うん……それでベアトリスの書架に入った後、ロズワールと何があったの?」

 

「それは--」

 

「それは私が説明しようじゃーぁないの」

 

 サッと振り向いた先、そこに居るのは食堂の扉を開けるロズワール。そしてラムとレムも居た。

 戦いも終わり治療も受けたロズワールではあるが、額にはまだ汗が滲んでいる。そんな彼を支えようと手を伸ばすラムとレムだが、構わずに歩を進めるロズワールは空いているイスに腰を下ろす。

 

「ロズワール……体はもう大丈夫なの?」

 

「優秀なメイドが居るかぁらね。それよりも彼の目的……いや、私の目的でぇもある。ネロ、キミは言ったんだぁよ。神龍ボルカニカに会いたい、と」

 

「神龍……ボルカニカ……」

 

 ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえる。立ち上がるエミリアは今までとは違い声を荒げてロズワールに詰め寄った。

 

「神龍ボルカニカに会うなんて無理よ! ロズワール、アナタだってよく知ってるでしょ? 私はその為に--」

 

「ダメダメダメダメ~、私が説明するって言ったじゃーぁないの。質問は後からでいいでしょ? キミもネロも順を追ってじゃないとわからなーぁいよ?」

 

「順を追って……そうね、ごめんなさい」

 

 諭されるエミリアはゆっくり自分のイスへ戻り、深呼吸してからロズワールに向き直る。パッチリとまぶたを開け、視線をまっすぐロズワールに向けて話を再開させる。

 

「なら聞かせてちょうだい。神龍ボルカニカに会うってどういうことなの?」

 

「だったら私のことから説明しょうかなぁ。私の目的……私の野望……私の願望……それは龍を殺すこと」

 

「なッ!? どういうこと、ロズワール! ボルカニカは何百年にも渡ってルグニカ王国を守ってくれたのよ? それを……」

 

「ルグニカを守る為に犠牲になった者も居る。四〇〇年前に嫉妬の魔女、サテラを封印する為に犠牲になった存在が」

 

「犠牲になった存在? 四〇〇年前にどれだけの犠牲者が出たのかはわからない。でも封印しなければもっと多くの人が死んでいたわ」

 

「そうじゃーぁないんだ。早とちりしたらダメなんだーぁよ、エミリア様。私が言った犠牲者は民人のことじゃーぁない。嫉妬の魔女により滅ぼされたもう一人の魔女、エキドナ……」

 

 食事を続けながら話を聞くネロの耳に、また初めて聞く単語が入った。もう一人の魔女、エキドナ。嫉妬の魔女の事さえまともに知らないのにもう一人の魔女と言われてわかるはずもない。

 二人の会話を静かに聞く。

 

「エキドナ……」

 

「大罪魔女の一人、エキドナは嫉妬の魔女により滅ぼされ、嫉妬の魔女は龍により封印されているんだーぁよ。エキドナを復活させる為には、嫉妬の魔女を封印する龍を殺すしかーぁない。この為だけに私は、長い年月を掛けて力を蓄えてきたんだーぁよ。でもねぇ……どれだけ力があっても居場所がわからないんじゃーぁ意味がない。でもキミを見つけた、徽章を持つキミを!」

 

「だから私に付いたのね? 王選に勝ってもらう為に……勝って王になれば神龍ボルカニカと会えるから」

 

「まったくまったくそのとーぉり!」

 

「私に……嘘を付いたのね……騙したのね……」

 

 うつむき涙ぐむエミリアだが、ロズワールは悪びれる様子もない。紫色の口紅が塗られた彼の口は止まらないまま話を続ける。

 

「まだ幼いキミを言葉巧みに丸め込むなんて簡単なことなんだーぁよ。私は私の野望の為だけにキミの陣営に付き、王選で勝つ為に協力したんだーぁけどね……ネロ、キミのことは予想外だったぁよ」

 

「アナタの目的とネロと何の関係があるのよ?」

 

「んフフッ! さっきも言ったけぇーれど、彼の目的は龍に会うこと。その理由は悪いけど盗み聞きさせて貰ったーぁよ」

 

「元の世界に帰る為……でもロズワールは龍を殺すのが目的、ネロは違うわ」

 

「いいや……彼は殺すさ……」

 

 重たく、静かに呟くロズワール。数秒前まで独特な口調で喋っていた彼から凄みを感じるエミリア。

 それを今までジッと見ていたネロは最後のスープを飲み干すとようやく口を挟んだ。

 

「お前、さっき龍を殺す為に力を蓄えたって言ったよな? それなのに何で自分でやらない?」

 

「簡単さぁ、私が欲するのはエキドナが復活すると言う結果。誰かが変わりに龍を殺してくれるならこんなに楽なことはなーぁいだろう? でも私はキミの強さがわからーぁない。だから腕を試させてもらたんだぁーよ。私よりも強いのか……そうでなければ殺すだけ……ってね?」

 

「あぁ、そうかい。でも俺はその龍を殺したい訳じゃねぇ。どういうつもりだ?」

 

「フフフッ……どういうつもりなんだーぁろうね?」

 

「話すつもりはないか。まぁいいけどよ」

 

 立ち上がるネロはレッドクイーンを背負い出口に向かって歩き出す。一歩足を動かす度にガラスを踏むジャリジャリとした音が響く。ロズワール、ラムとレムは出ていこうとする彼を横目にして、けれどもエミリアだけは立ち上がりネロの腕を取って引き止めた。

 

「待って! ネロ、これからどうするつもりなの?」

 

「どうするって……ここから出て行く。神龍の居場所はロズワールだって知らないんだろ? だったらもう行くしかねぇ、大瀑布に」

 

「そんな……確証もないのに!?」

 

「でもこんな所で時間食う訳にはいかないんだ。可能性があるだけマシさ。エミリアはどうする?」

 

「わたし?」

 

「細かいことは知らねぇけどアイツはエミリアを騙したんだろ? そんな奴とこれからも一緒に居るのか?」

 

「私は……確かに……嘘を付かれて騙された。でもロズワールには騎士としての契約を結んでる。この王選に勝って……王になって公平な世の中に……みんなの為に……」

 

「そうかよ、だったらここに残ってろ」

 

 エミリアの手を振り払うが、彼女は咄嗟にまた掴んて離さない。強引に行く訳にもいかず、ため息を付きながら振り返る。

 

「何だよ……」

 

「ネロはどうして割り切れるの? 確かにこのままロズワールと一緒に王選は戦えない。私が王になれても彼は神龍ボルカニカを殺すつもりでいる。それだと意味がなくなっちゃう。でも竜歴石に名前は刻まれているしそれに--」

 

「ダラダラ話すのは嫌いだ。どうしたいのかハッキリ言え」

 

「王選以外にみんなの為になることをするにはどうすればいいの?」

 

 聞いたはいいが困った表情をするネロに涙を浮かべるエミリア。ここで何も言わなかったり適当にあしらうとバツが悪い。

 

「わかんねぇけど、アイツと一緒にここに居ても無理だろ? 俺と来るか?」

 

「ネロと?」

 

「みんなのこともいいけど少しは自分のことも考えたらどうだ? 行くぞ」

 

 今度こそエミリアの手を振り払い先に進むネロ。躊躇する彼女ではあるが、数秒後には覚悟を決めて彼の後に続く。

 そして食堂にはロズワール、ラムとレムだけが残り、木製の扉がパタンと静かに閉じた。誰も、もう振り返らない。




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