レッドクイーンを背負い町を歩くネロとエミリア。エミリアは例のごとく白いローブを纏いフードを深く被っている。
人が行きかう中を進んでいく先に見えるのは巨大な闘技場。二人が目指すのはそこだ。
「ねぇ、本当に行くの?」
「ここまで来て何言ってんだよ? それに出るのは俺だぞ?」
「そうだけど、闘技場に出る人って凄く強い人もいるから……」
「俺が簡単に負ける訳がねぇだろ。心配すんなって」
「でも……」
エミリアの不安をよそにネロは大股で前へ前へ進んで行く。背中との距離が離れるのを見てエミリアは小走りでその後に付いて行った。
そして闘技場の入り口に入ると大勢の人が群がっている。男も女も、子供までもが受付を抜けた奥にある観客席で賑わっていた。
「客の数は充分だな。ほら、行くぞ」
「う、うん……」
ネロに連れられて、人混みの中をかき分けながら入り口正面の受付けまでやってくる。机を挟んだ向こう側に居るのは、気だるげな女性の係員。
「観覧ですかぁ? それとも出場者のひとぉ?」
「試合に出たいんだ。どうすればいい?」
「でしたらぁ……ここに名前を書いてください。あ、誓約書の内容は自分で読んでくださいね」
引き出しから出された紙と筆ペン。ネロは出されたペンを掴むと隣に立つエミリアに差し出す。けれども目を丸くしてエミリアは何の事かわかっていない。
「え……えっと? 出るのはネロなんでしょ?」
「ここの文字は読めねぇんだ。書くのだって英語しか無理だからよ。代わりに書いてくれ」
「そっか、読み書きができないのね。うふふ!」
「何か見下してねぇか?」
「そ、そんなことないわよ!? 誰だって苦手なことはあるもの! 私が代わりに書くわね」
ペンを受け取るエミリアは誓約書の内容を上から下に読み込むと最後にネロの名前を書く。
「これでいいですか?」
「まぁただの形式なんで……聞くの忘れてたんですけど個人戦ですか? それとも勝ち抜き?」
「それってどっちがどう違うの?」
「個人戦はぁ――」
依然として態度を改めない係員の前にグイっと出るネロはコートのポケットから有り金を全て出す。
「金を賭けられるんだろ? 一番倍率がいいのはどれだ? それに出る」
「あ~……でしたら勝ち抜き戦ですねぇ。聞き忘れてたんですけど予選会には出ましたぁ?」
「いいや、予選会出てないとダメなのか?」
「ダメってことはないですけどぉ……でしたら最初の試合は総当たり戦でぇす。もうすぐ始まるので準備して行ってください。あぁ、剣はこれを」
言って剣を取り出す受付けの女性はネロに武器を差し出す。鞘の収まった西洋剣を取るとネロは足早にこの場を去って行く。
「あとは全員ぶっ倒すだけだ。エミリア、ちゃんと俺に賭けとけよ」
「ま、待って! 規則とかちゃんとわかってないでしょ? 相手が剣を落としたり地面に膝を付けたらもう負けだから」
「わかったよ」
「それと! 戦いだからってむやみに相手の人を殺したりなんてしちゃダメなんだからね!」
最後の言葉は聞こえていたのか、ネロの背中は人混みの中に消えていく。不安は消えないが、後は結果を待つしかない。
もう一度、受付けに振り返ると机の向こうの女性はあくびをしている。
「ふあぁ~ぁ~……」
「あの! 私も賭けたいんだけど!」
「あ゛ん……いいですよ。誰に幾ら出します?」
「さっきの人、ネロに賭けるわ! お金は――」
懐に手を伸ばし硬貨を取り出す。小さな手からは金貨が五枚。
「これでお願い!」
「……賭けなんて苦手なように見えるけど、随分思い切ったことをするのねぇ」
「賭けごとなんて初めてよ。本当はちゃんと働いて貯めないといけないけれど、時間もないから……」
「まぁ賭けなんてそんなもんよ。気にしてたらやってらんないわ。はい、これね」
ルグニカ王国から正式に発行された押印。差し出されるチケットにはそれが押されており、受け取るエミリア。けれども指先が触れようとした時、目の前の受付係は聞き捨てならない事を言った。
「彼、勝てないけどね」
「え……ど、どういうことなの? ネロはすっごく強いし、もしかしたら騎士に――」
「どれだけ強いかは知らないけれど、錆びた剣で勝てるのかねぇ」
「錆びた剣?」
「あの銀髪に渡した剣だよ。まともに斬れないし、何回かかち合ったら折れるかもね」
頬杖を付きながら言う女に、エミリアは目を見開き両手で机を叩く。
「どうしてそんなことしたの!」
「カルステン公爵家の当主が見に来る予定なんですよぉ。あんな奴が勝ち残ったら面倒じゃん? 今の時代、銀色の髪の毛なんて……」
「クルシュ・カルステン……」
「そうそう、アタシは何事もなく仕事を終わらせたいだけなの」
言うと机に置かれた金貨をまるで盗むように素早く取る女。思わず声を上げてしまうが、チケットも作られてしまった以上、もはやどうする事もできない。
「あッ!?」
「じゃあコレで。後ろもつっかえるんで早くしてくれます?」
「ッ!?……フン!」
チケットをふんだくるエミリアは頭に血が上ったまま観客席に歩く。既に歓声は鳴り響いており、試合はすぐにでも始まる。
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円形の観客席に囲まれた闘技場の中央には、十人、二十人、もっと居る。無数の出場者が剣を片手に凄味を利かせていた。ネロもその中の一人だが、両腕を組んだ状態で落ち着いている。自分の武器は使えないので渡された西洋剣だけを腰にぶら下げて。
やる事もなくしばらく待っていると、白い制服を纏い腰に剣を持つ騎士が一人、会場に入って来た。
「それでは、只今より敗者復活戦をおこなう! 最後まで勝ち残った一人だけが次の本戦へ進める。各自の健闘を祈る。では……始め!」
号令を合図にして、出場者達が一斉に剣を抜く。雄たけびを上げ、地面を蹴り、剣を引き抜き斬り掛かる。
口元を吊り上げるネロも戦闘態勢に入った。
「不親切な説明だ……さぁて、どれにしようかな?」
人差し指を前にして品定めしていると、剣を片手に突進してくる男が一人。
「うお゛ぉぉぉッ! 死ねやぁぁぁ!」
「死ぬかよッ!」
振り下ろされる男の剣と引き抜かれるネロの剣。刃と刃がぶつかり強力な衝撃が生まれ、相手は後方に吹き飛ばされる。
「こんなもんか……あん?」
見ると握っている剣が真ん中から折れてしまっている。残っている剣身も錆びつき、刃こぼれまでしている始末。まともに使える状態ではない。
けれども、それくらいで負けるネロでもなかった。
「ハァァァ!」
「まぁいいか……」
次の相手が背後から迫るが、振り返ると同時に裏拳を叩き込む。グローブをはめた手が頬に食い込み、あまりの威力に体が空中で回転した。
使えない剣を鞘に戻し、倒れこんでいる敵の剣を奪う。
「相手のを使ったらダメなんてルールにないだろうし、これで心置きなく暴れられる!」
ネロが戦う様子を観客席から見守るエミリア。時間が経つにつれて次々と倒れていく出場者、その中でネロの活躍は凄まじい。
両手を握り、祈るようにして見ていた彼女の表情に、もう不安はなかった。
「やっぱりネロは強い……このままいけば勝てるかも!」
「ロズワールに勝つだけはあるね」
ふと声が聞こえた方を見るといつの間にかパックが現れていた。けれどもパックの表情はエミリアと違い険しい。
「パック?」
「彼は本当に信用できるのかい?」
「またその話……ネロは大丈夫よ。元の世界に戻る為に――」
「でもそれはリアと一緒に居る理由にはならない」
被せるようにして言葉を遮るパック。威圧的な態度にエミリアは強く出れない。その間にもネロは剣を振るい、相手をなぎ倒す。
風を斬るかのごとく鋭い剣捌きに敵はない。
「オラァァッ!」
「ぐホぁッ!?」
「アイツ強いぞ……銀髪の男……」
「どうしてあんなヤツが敗者復活にいるんだぁ?」
「どうした? こんなモンか!」
相手の胴体を両腕で掴み上げ、そのまま地面に叩き付けるパワーボムを繰り出す。
剣を使わない技もルール上は問題ないが、こんな事をするのはネロくらいだ。圧倒的な強さを見せつけるネロの戦い、エミリアは彼の強さに舌を巻く。が、パックの言うように信じる理由にはならない。
「そうかもしれないけど……」
「ロズワールだって言葉巧みにリアを騙して、利用したんだ。それを見抜けなかったボクにも責任がある。だからこそ、同じ失敗をしない為にも相手を慎重に見極めないと」
「ネロまで……嘘をついてるの……」
「大丈夫。例えそうだったとしても、ボクだけはずっと味方だから」
「パック……私、わからないよ……」
視線の先でまた一人、ネロは相手をねじ伏せる。エミリアは見極める必要がある、ネロの事を。そして自分の事も。
ネロは左手で袈裟斬りし、相手を剣ごと吹き飛ばして最後の一人を倒した。広い闘技場の広場で、無傷で立っているのはネロだけ。
「雑魚ばっかだったな。でもこれで次に進める」
「試合終了! これにて敗者復活戦を終了する! 勝ち残ったのは彼――」
「ネロだよ」
「勝ち残ったネロに大きな歓声を!」
審判を務める騎士に右手を上げられて、歓声に包まれる。脚光を浴びる彼を、エミリアは深く被ったフードから遠目に見るしかできなかった。
アンケートの結果、闘技場となりました。果たしてネロは優勝できるのか?
ご意見、ご感想お待ちしております。
アルデバランに合流するまでの五日間、ネロとエミリアは何をしていた?
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闘技場で荒稼ぎする
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長旅の為に食料を買う
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気分転換に劇場へオペラを見に行く
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その他