悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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SecretMission2 引き金を引け

 敗者復活戦を乗り越えた翌日、勝ち抜き戦の選手に選ばれたネロとエミリアは闘技場の控室で時が来るのを待っていた。

 レンガで作られた壁、窓を開ければ空気の入れ替えもできるし、日の光のおかげで薄暗い事もない。天井には火を灯すランタン。木製のテーブルと椅子、部屋の隅にはワインの樽が置かれている。

 室内を見渡すネロとエミリア、扉を閉じても観客の歓声が漏れて入ってきた。

 

「個室が用意されてるなんて贅沢だな」

 

「今日の試合はいつからなの?」

 

「もう少しだよ、朝からだからな」

 

 背中のレッドクイーンを壁に立て掛ける。ドカッと木製の椅子に座り足を組むネロの対面に座るエミリアは睨みを利かせた。

 

「お行儀が悪い」

 

「別に誰も見てねぇだろ」

 

「私が見てる! 普段からちゃんとしておかないと、偉い人はすぐに見抜いちゃうんだからね」

 

「チッ……わかったよ」

 

「舌打ちもしない!」

 

 渋々組んでいた足を戻すネロ、イライラするのではなく、どこか懐かしい感覚を思い出す。物心付いたころからずっと一緒に居た二人の事を。

 

「クレドやキリエみたいな言い方するな」

 

「クレド? 前に言ってたネロの家族よね? キリエって人の名前は初めて聞いたけれど」

 

「キリエはクレドの妹だよ。仲もよかったし、俺の姉みたいな人だ」

 

「みたいな? 本当の家族じゃないの?」

 

「本当の親なんて知らねえ。俺は捨て子だったからな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 頭を下げて謝るエミリアだが、ネロは気にしたようすもなくぶっきらぼうに喋る。

 

「気にしてねぇから謝んなよ」

 

「でも私……知らなかったとは言え無神経なことを聞いて……」

 

「だから気にするなって。親は居なかったけど、クレドとキリエが俺の家族だ。でもクレドには随分しごかれたけどな。剣の使い方を最初に教えてくれたのもクレドだ」

 

「クレドはネロよりも剣が強いの?」

 

「どうだろうな……最後は俺が勝ったけど……」

 

 どこか遠い目をするネロ、クレドにはもう、思い出の中でしか会えない。自分に力が足りなかったせいで最後は見ている事しかできなかった。

 

「へ~、元の世界でもネロは強かったんだ」

 

「でも命令や指示なんて全然聞かなかったから、他のヤツには嫌がられてたけどな。クレドも俺のせいで苦労してたんじゃないか? まぁ、直す気はねぇけど」

 

「フフ、でも想像できるなぁ。キリエはどんな人なの?」

 

「俺が無茶しても笑っててくれた。さすがにケガしたら怒られたりもしたけど、キリエは誰にでも優しいんだ。でも飯を多めに作るから、食いきるのがちょっとキツイ」

 

「それ、本人の前では絶対に言っちゃダメなんだからね!」

 

「言わねぇよ。俺は――」

 

 話していると扉をノックする音が聞こえた。会話を中断するネロ、立ち上がるエミリアはゆっくりと歩いて扉を開ける。そこに居るのは闘技場の審判も務める、白い制服を纏う兵士だ。

 

「失礼します。ネロ様、もう少しで初戦が始まりますので、準備の程をお願いします」

 

「もうそんな時間か。わかったよ」

 

 ネロも立ち上がるとホルスターからブルーローズを取り出しテーブルの上に置いた。そして兵士と共に控室から出ようとした時、ふと振り返りブルーローズを指さしてエミリアに言う。

 

「その銃、盗まれないように見ておいてくれ」

 

「うん、わかった。ネロなら大丈夫だと思うけど、ケガとかしないように気を付けてね? あ、でも相手の人を殺したりなんてしてもダメなんだからね? ここは闘技場で、規則としてはいいのかもしれないけれど――」

 

「わかってる、前にも聞いた。あぁ、それと変に触るなよ? 暴発したらケガじゃすまねぇぞ」

 

 そう言ってネロは控室から出て行き、パタンと扉が閉じられると静かな部屋に一人残される。小さな口から一息ついて、エミリアは椅子の上に戻る。

 人の気配がなくなったのを確認して、首に掛けているペンダントの結晶からパックが現れた。

 

「おはよう、リア。今日もいい天気だね。部屋の中なのが残念だ」

 

「おはよう、パック。髪型、お願いできる?」

 

「もちろんだよ、それがリアとボクの契約だ」

 

 小ネコのような見た目をしているが、パックは精霊と呼ばれる存在だ。精霊は本来、膨大なマナや相当な対価を払わなければ契約できないが、エミリアとパックとで交わされた対価は毎朝の髪型をパックが決める事。

 ふわふわ宙に浮きながらエミリアの後ろ髪を小さな前足で整える。

 

「ねぇ、パック……」

 

「うん、なんだい?」

 

「まだはっきりとはわからないけれど、私はネロのことは信用したいの」

 

 動かしていた前足がピタリと止まる。

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

「私はみんなが平等になる国を目指して王選に出たの。パックの言うこともわかるけれど、簡単に人を見捨てたり、見切ったりしたら自分に嘘を付くことになるもの。そんなの嫌」

 

「リア……君は……」

 

「いつか平等な国を作る為にも、人を信じれるようになるのも大切だと思うの。ロズワールみたいに、騙したり利用したりする人もいるだろうけど、だからって簡単に切り捨てるのは違うでしょ?」

 

「ボクは……リアの考えを尊重するよ……でも――」

 

 歯切れの悪いパックの言葉。そうしている間にも彼女の奇麗な銀髪は整えられていく。今朝の髪型が決まるとエミリアの眼前まで移動する。

 

「終わったよ、お疲れ様」

 

「ありがとう、パック。さてと――」

 

 立ち上がると右へ左へ視線を向ける。見つけるのはネロが壁に立て掛けたレッドクイーン。小さな歩幅でレッドクイーンの傍まで来ると両手でグリップを握ってみる。

 伝わるゴムの質感、重たい鋼の刃はひんやりと冷たい。試しに持ち上げてみるもレッドクイーンは一ミリも動いてくれなかった。

 

「ん~~ッ! はぁ、全然動かない。ここでやるしかないわね」

 

「どうしたんだい? その剣に興味でもあるの?」

 

「この剣にはエンジンって名前の精霊が宿っていて熱を出すの。前にネロに見せてもらったのだけど、もっと詳しく知りたいの。試しにマナを流してみるわ。そうすればどんな精霊か少しわかるから」

 

 言うと両手をかざして自身のマナを流してみる。淡い光がレッドクイーンを包み込む。が、マナは何の反応も示さず見た目にも一切変化がない。

 

「あれ? 変ね、何も感じない」

 

「普通の剣なんじゃ……」

 

「前は確かに動いてたのよ? 契約者のネロでないとダメなのかしら?」

 

「でもそれ、ボクから見ても精霊どころか魔力を一切感じないよ」

 

「う~ん……もう一つのも試してみましょう!」

 

 気持ちを切り替えるエミリアはテーブルの上に置かれたブルーローズを手に持つ。元々のマグナムを改造したブルーローズ、二門ある銃口に強化されたフレームはずっしりと重量を重くする。

 

「これも重たい、両手じゃないと落としそう」

 

「今更だけど勝手に触ったりして大丈夫なの?」

 

「ネロには盗まれないようにって頼まれたけれど、触っちゃダメとは言われてないわ」

 

「変に触るなって言ってなかった?」

 

「普通に触れば問題ない筈よ。珍しい物だから前からちょっと気になってたの」

 

 そう言うとエミリアはまたマナを流してみる。淡い光が発生して今度はブルーローズを包むが、どれだけ試してもやはり変化はない。

 

「これにも反応がない……どうなってるの?」

 

「それにも魔力は感じないよ。本当に精霊が宿ってるのかい?」

 

「う~ん、でも気になるの。まだまだ未熟だけど私だって精霊使いの端くれなんだから、いろいろなことを調べないと!」

 

 目を近づけてまじまじと観察する。伝わる鉄の質感、リボルバー部分にはバラの彫刻。持ち手を変えて銃口を覗き込もうとした時、誤って落としてしまう。

 

「あ……」

 

 滑り落ちるブルーローズ、床に落ちた瞬間に撃鉄が引かれてしまう。

 

「落としちゃった、キズとか付いてないかしら? うん、大丈夫ね」

 

「あとでバレてもボクは知らないよ?」

 

「…………」

 

「本当に知らないからね。好奇心は何とやら……」

 

 返事もできずに固まるエミリア。けれどもパックはこれ以上は止めようとはしない。

 呼吸を整えてから再びブルーローズを観察する。今度は落とさないようにトリガー部分に指を絡めて二門ある銃口を片目で覗き見た。

 

「これは何の穴なのかしら……中に何か入ってるわね。丸っぽい……うぅ~ん、よく見えない」

 

 重たい銃を長時間は持っていられず、一旦テーブルに置く。そして十本の白くて細い指でぺたぺた触る。

 そうしているとリボルバー部分がほんの一ミリにも満たないがジワリと動く。

 

「ここが動く……回転するのかしら? そうなるとこの突起は……」

 

 重たく固いがトリガーも力を入れれば動くようにできている。それに気が付きもう一度持ち上げて、銃口を無造作に向けて人差し指でトリガーに力を入れてみた。

 けれども彼女の細い指一本では満足に動かない。グリップも大きくてちゃんと握れないが、力を込めて保持しながらもう片方の手の指も合わせてトリガーを引く。

 

「あと……ちょっとで……」

 

 ギリギリと引かれていく、一ミリ、二ミリと少しずつ。パックもその様子を後ろから見守っていた。

 そしてトリガーが最後まで引かれたその瞬間――

 

「動いた――」

 

 激しい閃光と爆音。弾丸が発射されたノックバックをエミリアが受け流せる筈もなく、ブルーローズは手からすり抜けると彼女の額に激突した。

 

「ぁぅッ――」

 

「リア……リア!」

 

 意識を飛ばしてしまい力なく仰向けに倒れるエミリア。パックは必至に呼び掛けるが、彼女が目覚める事はない。

 

///

 

「--ア――え――」

 

 まどろみの中で誰かの声が聞こえる。誰かの声が。

 

『だれ? 誰の声なの? 何を言ってるの?』

 

「--り――」

 

『よく聞こえない……』

 

 視界はない、闇さえも感じない。ただ感じるのは自分は一人だと言う事と、微かに聞こえる声だけ。

 途端に不安に駆られるが、それさえも暫くするとどこかに消えていく。

 

「エ――み――」

 

『まだ聞こえる。本当に誰? パックなの?』

 

「--リア――」

 

『パック……どうすればいいの……』

 

「――え――リア――」

 

 段々と聞こえてくる声がはっきりとする。でも誰なのかはまだわからない。

 

「お父さん……」

 

『えみ――リア――』

 

「……お父さんじゃない!? ラム? それともレム?」

 

『エミリ――あ――』

 

「ロズワールでもない……誰なの?」

 

『えみりあ――えミりあ――』

 

 もうろうとしていた意識が覚醒する。

 

「エミリア――エミリア――」

 

///

 

「エミリア!」

 

「ッ!?」

 

 パッとまぶたを開き肺に空気を取り込む。目を覚ましたエミリアが上体を起こすと、そこに居たのはネロだった。

 

「ね……ネロ?」

 

「あぁ、他に誰に見える? さっさと起きろよ。それとも石のベッドがご所望か?」

 

「ううん、石のベッドは嫌ね」

 

 グローブを嵌めた手を差し出し、それを受け取るエミリアは寝転がった状態から立ち上がった。床の石の形に頬が赤くなっているし、額にも赤くなった痕がある。

 

「そうだ! 最初の試合は終わった?」

 

「最初のって……もう夕方だぞ?」

 

 部屋の窓にチラリと視線を向けると、既に太陽は西に傾いていた。かなりの時間眠っていた事にここでようやく気が付く。

 

「あ……ぁははは……」

 

「明日は決勝だ。宿に戻って飯食うぞ。あぁ、それと……触るなって言ったよな?」

 

 言うとホルスターからブルーローズを取り出す。息を飲むエミリアは必至に首を横に振って口を素早く動かす。

 

「知らないよ私ちゃんとネロに言われたように盗まれないように見てたし変なこともしてないから!」

 

「へぇ……だったら、そこの樽はかってにぶっ壊れたって言っとく」

 

 見ると部屋の隅に置かれていたワイン樽がバラバラに壊れており、中の液体もビチャビチャに散乱している。

 言い逃れできる状況ではない。けれどもネロは言い逃れを聞く事もなく背を向けると部屋から出ようとする。既にレッドクイーンは背負っていた。

 

「ほら、行くぞ」

 

「うん……ごめんなさい……」

 

「まぁ、弁償すりゃ取り合えずいいだろ」

 

 うつむくエミリアも小さい歩幅で控室から出て行く。意気消沈する彼女の肩を叩くネロ。

 

「にしても、嘘が下手すぎる」

 

「う゛ぅ……本当にごめんなさい」

 

///

 

 決勝戦に出るネロは先立って闘技場に行き、朝食を外の店で食べ終えたエミリアも遅れながらも小走りで向かっていた。

 入口には既に大勢の人が押し寄せていたが、小柄な体を活かし隙間を縫うようにして闘技場に入っていく。

 三日目ともなれば中の構造は把握しており、迷う事なくネロの試合が見れる観客席に向かうと一か所だけスペースが空けられていた。この場所に座るのは一人の女性と一人の老執事。

 

「あれは……クルシュ・カルステン」

 

 女性の名はクルシュ・カルステン。エミリアと同じ王選候補者の一人。

 肩まで伸びる長髪に整った中世的な顔立ち。紺色を基調とした男物の制服を身に纏い、遠目に見ても凛々しさが伝わる。

 

「ヴィルヘルム、貴公はこの決闘をどう見る?」

 

「僭越ながら、決闘と呼ぶには両者の力量が違いすぎます」

 

 そう答えるのはヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。クルシュに仕える老執事。白髪をオールバックにして後頭部でまとめており、眉間には深いシワが寄っている。

 黒を基調とした執事服を着こなし、腰には西洋剣を掛けていた。

 

「ほぅ……」

 

「この試合自体に私は興味を持てません。持つとしたらあの青年だけ」

 

 老執事が鋭い視線を向けるのは広い闘技場の中央に立つネロ。その向かいに立つ対戦相手には目もくれない。

 

「剣の素振りすらしていないのにわかるのか?」

 

「私とて年老いたと言えども剣士。両者の気迫くらい感じ取れます。銀髪の青年の気迫は圧倒的です」

 

「ならば今年はあの青年にするかな」

 

「いえ、あの青年の技量が高いのは間違いないと思いますが、決めるのは試合が終わってからの方がよいかと。どこか――」

 

 ふと視線を横に向けるとヴィルヘルムは口を止め、クルシュも同じ方向に首を傾ける。二人の先に居たのは白いローブを纏うエミリア。普段と違いフードは被っていない。

 

「卿は……エミリア。どうしてこのような場所に?」

 

「それはこちらも同じ。クルシュ様こそ、どうしてここに?」

 

「私か? 私は闘技場の勝ち抜き戦で優勝した者を、我が騎士団に引き抜けないかと視察に来ただけだ。有力な者がいれば交渉して騎士団に迎え入れる。今までにもなんどかそうして来た」

 

「そうなんですね」

 

「で、卿はどうしてここに?」

 

「わ、私は……お金を投資しに……」

 

「ふむ、物は言いようだな。風の加護を使うまでもなく嘘だとわかる」

 

「うぅ……それは自分でもわかってるわ。昨日もネロに言われたし……」

 

「ネロ? あの銀髪の青年の名前は確かネロだったな?」

 

 問いかけると左様です、と返すヴィルヘルム。顎に手を当てるクルシュはまじまじとエミリアを見ると再び口を開けた。

 

「卿は賭けごとをするような人間には見えなかったが、どのような心境の変化だ?」

 

「……お金が足りなくなって……しょうがなくここに……」

 

「うん? ロズワール卿を騎士として任命した筈。資金が不足するなど考えにくいが?」

 

「ごめんなさい。言えない事情があるの」

 

「そうか。ならば、これ以上の詮索はしない。エミリアもこの試合を見に来たのだろう。始まるぞ」

 

 三人が広場の中央に視線を向ける。大観衆の中、ネロは鞘から抜いた剣を肩に担ぎ、対戦相手の男は両手で構える。審判を務める騎士が間に立ち、決勝戦が今始まる。




 今月は更新が遅れてしまいすみません。来月はもっとペースアップできるように頑張ります。
 読んでくれる皆さんの感想が励みになります。
 ご意見、ご感想をお待ちしております。

アルデバランに合流するまでの五日間、ネロとエミリアは何をしていた?

  • 闘技場で荒稼ぎする
  • 長旅の為に食料を買う
  • 気分転換に劇場へオペラを見に行く
  • その他

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