悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission15 旅路

 竜車の荷台に荷物を詰め込むアルデバランとエミリア。片腕しかないアルデバランは量を運べないが、それでも重量のある物はエミリアに代わって運んでいく。

 最後の木箱を積み込み、二人は一息付く。

 

「あ~、終わったぜぇ。ちゃんとやれてんだろうな、兄ちゃんの方は?」

 

「大丈夫よ。だってネロは凄く強いもの」

 

「強いのは認めるけどよ……うん? 強い? 何で強さが関係あるんだ?」

 

「あ……」

 

 視線を反らすエミリアの反応の見てアルデバランは確信を持つ。

 

「絶対にロクでもないことだろ? 例えば……竜歴石を壊すとか?」

 

「う、うん……」

 

「はぁ~、荷台に乗り込め。さっさとここを出るぞ。オットー、こっちの準備は終わった。早くここを動くぞ!」

 

 大声で呼ばれるオットーは昼食に食べているパンを頬張りながら振り返る。

 

「どうしたんです? そんなに急ぐ必要は――」

 

「急ぐ必要ができたんだよ! もう一人が来たらすぐに移動だ。間に合わなかったら斬首されっぞ!」

 

「大げさですよ。一体何を――」

 

 楽観的なオットーの耳に遠くから鳴り響くラッパの音が届く。瞬間、息を止め静かに周囲を見渡す。

 他の人間も同じ、何が起きているのか状況を把握しようと周りを見る。すると詰所に向かって全力で走って来る男の姿が見えた。

 銀色の髪の毛を揺らし、段々と近づいて来る彼にアルデバランは右手を上げる。

 

「こっちだ、早く乗り込め!」

 

「わかってるよ! さっさと出せ!」

 

「ほら、動くぞオットー。関所に行くんだよ!」

 

 焦るアルデバランはオットーの方を強引に掴み竜車の手綱を握らせる。未だに状況を呑み込めていないが、言われるがままに手綱を引いて竜を歩かせた。

 アルデバランもエミリアと一緒に動き出した荷台に乗り込み、先頭のオットーの所にまで行き彼を急かす。

 

「何やってんだ、もっと早く行けよ!」

 

「で、でも前を走る竜車が――」

 

「脇から抜かせ! 音が近づいてる……」

 

 背中に冷たい汗が流れる。一向にどうなっているかわからないオットーはとりあえず言われた通りに竜車を動かすしかなかった。

 

「あ゛ぁッ!? ここは通行禁止だろうが!」

 

「オイ! 傷付けてんじゃねぇよ!」

 

「すみませーんッ! 通りますから!」

 

 強引に脇道を通るせいで罵声を浴びせられるオットーだが止まる事はできない。すぐ隣では鉄兜越しでもわかるくらいにアルデバランが睨みを利かせている。

 相手の車を傷つけるのもそうだが自分の荷台の節々が傷ついたり欠けたりしていくのも気がかりでしょうがない。チラチラと後ろを振り向くが、アルデバランはそれを許さない。

 

「余計なこと考えずに前だけ見てろ! 関所を抜けるぞ!」

 

「だったら手形を――」

 

 懐に手を伸ばすオットー、すると動き出した竜車の荷台がドスンと揺れた。振り返るとさっき目にした銀髪の男がいつの間にか乗り込んでいる。

 それを確認してアルデバランはまた彼の方を掴んだ。

 

「必要ねぇ、ってかそんなことしてる暇なんてねぇぞ。抜けるんだよ、強行突破だ」

 

「何言ってるんですか!? そんなことしたらもうルグニカに入れなくなる!」

 

「ここで捕まったら棺桶に入ることになるぞ? とにかく飛ばせッ!」

 

「わ……わかりましたよ! でも後で何とかしてくださいね?」

 

 アルデバランの凄味に負けて、街の中心を走る一番太い通路のど真ん中を走る竜車。暴走する竜車を前にして通行人は慌てて逃げる。加速してガタガタ揺れる荷台の中で、エミリアは合流したネロに聞く。

 

「ネロ、うまくいったの?」

 

「あぁ、だから追い掛けられてる。もう後戻りはできないぞ?」

 

「わかってる。まずは外に出ないと」

 

「そうだな。目の前のが関所か?」

 

 通路を抜けた先に護衛兵が待ち構える関所がある。爆走するオットーの竜車を前に、複数の護衛兵が長い槍を構えていた。

 ブルローズを取り出し弾を込めるネロも前に行くとアルデバランの肩を掴み後ろに下がらせる。

 

「撃つつもりか?」

 

「殺しはしねぇ、邪魔になるから下がってろ」

 

「本当にやれるんだろうな?」

 

 撃鉄を下ろし、銃口を前方に突き出す。ガタガタと揺れる荷台の上からでも正確に照準を合わせてトリガーを引く。激しいマズルフラッシュと爆音。

 隣のオットーは涙目になる。

 

「な、な……何なんですかそれはぁ!?」

 

「黙ってろ! 絶対にスピード落とすんじゃねぇぞ!」

 

「すぴーどってなにッ!?」

 

 構わずにトリガーを連続して引くネロ。その度に出る爆音がオットーの耳を響かせる。

 発射された弾丸は一直線に突き進み、待ち構える護衛兵の槍の穂の根本を撃ち抜く。持ち手は木製の槍、弾丸が直撃すると容易く吹き飛んでしまう。

 

「何の攻撃だ!?」

 

「光を飛ばしている? ゴーアとは違うのか?」

 

 次々に弾丸が飛来し、持っている槍が破壊されていく。高速で発射される弾丸など見える筈もなく、魔法でも精霊術でもない攻撃に慌てる兵士もいる。

 それでもネロ達を突破させまいと穂の残っている槍を持つ兵士は腕を振り上げて投擲した。前方から飛んで来る槍と向かう竜車、双方のスピードが合わさって槍は更に早く見える。

 手綱を持つオットーは恐怖に震えた。

 

「あ……当たる!? 無理だ、今からでも――」

 

「止まるなって言っただろッ!」

 

「ひッ!?」

 

 ネロの怒気に握る手がこわばってしまい、結果的に竜車の速度は落ちない。ブルーローズのシリンダーから空薬莢を捨て、新しい弾を素早く込める。

 投擲された槍が竜車に届くよりも前に、銃口を向けて連続でトリガーを引く。

 時間差で発射される二発の弾は槍に直撃して鉾ごと破壊していく。バラバラになった槍の残骸を踏み付けて突き進む竜車。

 ブルーローズから放たれる弾丸を止める術を知らない彼らの前に、ネロ達を乗せた竜車が一切減速せずに突っ込んで来た。

 

「退避しろ! 退避だ!」

 

「逃げるんだッ!」

 

 速度を上げて迫る竜車を前にして武器を壊されてしまってはどうにもできない。駆け抜けて来る竜車を前に兵士達は飛び退いた。

 関所を強行突破するネロ、ルグニカ王国を脱出する。

 

「フゥ~ッ! やったぜ、オイ!」

 

「あ、あはははは……生きてる? 生きてるよね? ハァ、ハァ~……うぅ、もうあそこで仕事できない……」

 

 心の中で涙を流すオットーの肩を叩くネロ。チラリと横眼で見るオットーは恐る恐る口を開いた。

 

「ところで……アナタは一体何をやったんです? 国中の兵士に追われるなんて普通じゃないですよ?」

 

「何って……城の中で大層に飾ってあった石をぶっ壊してやった」

 

「石? 飾ってあった? 陶芸品か何かですか?」

 

「違う。名前は……えぇっと、竜……歴--」

 

「竜歴石ですってッ!?」

 

 絶叫するオットーの声に片耳を抑えるネロ。さして気にした様子のないネロだが、オットーは開いた口が塞がらない。

 

「自分が何をしたのかわかっているんですか!? 竜歴石はルグニカ王国の命運を決める――」

 

「いちいち声がデケェんだよ。たかが石だろ?」

 

「たかがって……アレはルグニカの新しい王を決めるのに重要な物なんですよ? 言い伝えや書物に書かれてるのを見たことがあるんです」

 

「石ぐらいなくたってそれぐらい決めろよ」

 

「ですから――」

 

「もうぶっ壊した物はしょうがねぇだろ? 過ぎたことをいつまでも言うな。それに、お前は商人だろ? そこまで関係ないだろ」

 

「た、確かに直接は関係ありませんけれど……」

 

「だったらこれ以上、石の話題はナシだ。それより、ちゃんと前見て走らせろよ」

 

 言うとネロは後ろの荷台に行ってしまう。もう後戻りできない旅が始まった。

 

///

 

 陽が西に傾き、野宿の準備をする一向。

 食料は買い溜めて荷台に積み込んだ物があるし、焚火に使う木や枝は周辺の林からすぐに集められる。

 ネロが木を斬り落とし薪へ変えて山なりに積み上げ、隙間に落ち葉を敷き詰めた。それを見てエミリアは薪の山の前にしゃがんだ。

 

「どうするつもりだ?」

 

「これくらいなら火くらいすぐに付けられるわ。見てて」

 

 右手をかざすと小さな火の球が発生し、ゆっくり落ち葉の中に落ちる。すると火が燃え移り、薪にまで火が付くと火は瞬く間に大きくなった。

 

「魔法ってのも使えるもんだな」

 

「これは魔法じゃなくて精霊術。でもこのくらいなら練習すればできる人も多いわよ? ネロだって何かやってみればいいのに」

 

「いいよ、別に。元の場所に戻れればライターで子供でもできる。いや、そもそも野宿する必要もねぇか」

 

「そういえば、野宿するのも久しぶり。誰かとおしゃべりして、一緒にご飯食べて、夜空を見上げながら寝るの。フフ、ちょっと楽しみ」

 

「そうか? 部屋のベッドの方が快適だろ?」

 

「もう、ネロは風情がない! せっかくなんだからちょっとは楽しまないと」

 

「わかったよ。エアコンとか、近代文明に慣れちまっててね」

 

 会話をしている二人の所へ、アルデバランと食材を抱えるオットーがやって来る。

 

「お楽しみの所悪いね、ちょっと作戦会議だ。これからのことを考えないとな」

 

「あのなぁ、オッサン……俺は――」

 

「ちょっとしたジョークだろ、怒るなよ。ま、これでも飲んで。リンガを絞ったヤツ」

 

 言ってフルーツの果汁が詰まった瓶をネロとエミリアに手渡す。そして残った一本を口元の鉄板をずらしてラッパ飲みするアルデバランとネロに対して、両手で掴むエミリアはチラリと横眼で見ると、躊躇しながら口に瓶を運ぶ。

 

「うん! 甘くて美味しい!」

 

「ただのリンゴジュースか。また言い間違えてるぞ、オッサン」

 

「リンゴ? これはどう考えてもリンガよ。間違えてるのはネロの方よ」

 

 得意気に言うエミリアに対し表情をゆがませるネロ。

 

「いや、そうじゃなくて……まぁいいや、説明がややこしい」

 

「それで? 作戦会議をするんでしょ? これからどうするかの」

 

「オッサン、そいつは……」

 

 静かに視線を向ける先に居るのはここまで運んでくれた商人のオットー。言いたい事を理解するアルデバランも気が付かれないように頷く。

 

「オイ、お前は晩飯の準備しろ」

 

「え……ここからの順路とか進み方を考えるのでは?」

 

「それはお前が一人で考えとけ。作戦会議って言ったろ? 部外者には聞かれたくないんだよ」

 

「そんなぁ!? 死ぬかもしれないことを協力したのに部外者なんですかぁ?」

 

「当事者になりたいのか? そしたらルグニカだけじゃなく世界中から追われる身になるぞ?」

 

「世界中って……一体、何をするつもりなんです?」

 

「ダメだね。ほら、さっさと飯の準備だ。盗み聞きでもしたらその耳を斬り落とすからな」

 

「わ、わかりました。でも、今日みたいな危ないことはやめてくださいよ? 僕はまっとうな商人なんですから」

 

「だったらさっさと行けって」

 

 後ろ髪を引かれながら、オットーは言われたようにこの場を去り夕食の準備に取り掛かる。そして三人は瓶を片手に焚火を囲むように座った。

 

「さて、本題を話す前に……嬢ちゃんはどこまで知ってるんだ?」

 

「俺がこの世界の人間じゃないってことくらいは知ってる。あとは龍のことくらいだ」

 

「なら、確信の部分は知らない訳か。俺達には理由があるが、嬢ちゃんは何の為に龍に会うんだ? 利害が一致しないなら、悪いが連れて行くことはできない」

 

 二人の視線を浴びるエミリア。深くため息をついてから、力強くまぶたを開けて口を開く。

 

「私はみんなの為にルグニカの王になりたかった。でも王になる目的も消えて、どうすればいいかずっと悩んで……ネロに付いて行くしかできなくて……でも今は違う。私は思い出を作りたいの!」

 

「思い出って……嬢ちゃん、旅行に行くのとは訳が違う」

 

「ううん、そういうのじゃないの。私は世間知らずだから、知らないことも一杯あるから、この世界のことをもっと知りたい。平和で平等な国を作りたいのは今でも変わらないけれど、王になる以外の方法もあると思うの。だから、その為にももっといろんなことを知る必要があるから、ルグニカを守護していたボルカニカに会ってみたいの」

 

「なるほどねぇ、言いたいことはわかった。けどよ、俺達が龍に会うことは嬢ちゃんの目的の真逆になるかもな」

 

「真逆……教えて、アナタやネロは龍に会ってどうするの?」

 

 火が揺れる音だけが静かに鳴る。月が昇り静けさが漂う空間で、アルデバランは重たい口を開く。

 

「さっきも言ったが俺と兄ちゃんは異世界から来た。目的は一つ、元の世界に帰ることだ。こっから先は俺の憶測でしかねぇが、人間を別世界に転送させる方法なんていくつもある筈がない。そんなことができる存在は俺が知る限り一人だけ……嫉妬の魔女のサテラ」

 

「嫉妬の魔女……サテラ……」

 

 息を飲むエミリア、思わず体が一瞬震える。

 

「けれども魔女がどこに居るかなんてわからねぇからよ。だったら大昔に直接手を下した奴に聞くしかねぇだろ? 神龍ボルカニカに」

 

「その為に龍に会うのね。もしも龍に会えて……嫉妬の魔女の居場所がわかったとして、それからどうするの?」

 

「もちろん、魔女の所に行くぜ。たとえ、その封印を解いたとしてもな」

 

「魔女の封印を解く!? 本気なの?」

 

「それしか方法がないなら、俺は躊躇なくやる。その結果、世界がどうなったとしても……それでも付いて来るか? それとも止めるか?」

 

 うつむくエミリアはすぐに答えを出せない。神龍ボルカニカに謁見するのも本来ならば王でないとできない行為。何百年と続くしきたりを破るのもそうだが、嫉妬の魔女の封印を解くともなれば、国どころか世界を左右する。

 普通の感覚ならばこの計画は止めなくてはならない。しかしロズワールの城を出て、ここでアルデバラン達から離れれば味方はいなくなってしまう。

 

「何が正しいのかなんて私にはわからないよ……でも、付いて行く。それが私が目指す目標に近づけるかもしれないから!」

 

「なるほどねぇ、わかったよ。来たいなら来な。兄ちゃんもいいだろ?」

 

「俺はどっちでもいいぜ。連れて来たのは俺だし、責任は持つよ」

 

 この場所に居てもいいと許可を得た事に安心したエミリアは、両手で持った瓶を口元に運び喉を潤す。

 

「嬢ちゃんのお守りは任せるぞ。で、目指すは大瀑布だ。正直、近づいたこともない未知の場所だ。魔獣とかが潜んでるかもしれねぇし、何かあったら全員の戦闘力しか頼れる物はない」

 

「魔獣って……あの時の犬みたいなヤツか」

 

「そんな雑魚ばっかじゃねえよ。最悪の場合、三大魔獣と遭遇するかも。あぁ、三大魔獣ってのは――」

 

「説明なんていらねぇよ。どんな相手でもぶっ殺すだけだ。それに、そういうヤツの相手は慣れてる」

 

 自信たっぷりに言ってのけるネロはニヤリと口を吊り上げると瓶を煽る。そうしている間にも、夕食の準備を終えたオットーの声が離れた所から響いてきた。

 

「あの~! まだ終わりませんか~? 火を使いたいんですけどぉ~」

 

「兄ちゃんの自信はどっから出て来るんだか。まぁ、あんまり考えた所で行ってみなきゃわからねぇことばっかりなんだ。あとはなるようになるさ。今日は飯食って寝るぞ」

 

 立ち上がるアルデバランはオットーの所へと向かい、ネロも火にくべる薪を取りに行く。

 一人になったエミリアは夜風の冷たさと焚火の熱を肌に感じながら、静かな夜空を見上げた。




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