悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission17 大精霊

 林道を走るパックとエミリア。耳に入る魔女教徒との戦闘音が次第に遠ざかっていくのがわかる。

 自らの腕を引っ張られながら、何とか話し掛けた。

 

「ねぇ、パック! どうして逃げたりなんか――」

 

「前にも言っただろう。あのネロの右腕からは魔女の臭いがする」

 

「でも似てるだけなんでしょう?」

 

「けれどもこうして魔女教徒が現れた。それもリアを狙って! こうなれば最悪の状況を想定して動くしかないよ」

 

「最悪の状況?」

 

 パックが言う事を全ては理解できないまま走り続けていたが、突如現れた魔女教徒を前に足を止めざるをえない。

 血走った目をギョロリと向けるのはペテルギウス。

 

「どこへ行かれるのデス、半魔の少女よ? アナタを捧げれば、ワタシへの愛は報われる! 愛! 愛なのデス! 世界を包み込む――」

 

 ペテルギウスの声を銃声がかき消す。足元をえぐる弾丸、エミリアが振り向いた先にいるのはブルーローズを構えるネロ。

 

「テメェは喋んな。頭が変になりそうだ」

 

「ネロ、君も来たか……」

 

「パック、お前が連れ出したのか? さっさと戻れ、こいつらを倒したらすぐに――」

 

 ネロの言葉を遮り、巨大な氷柱が上空から降り注ぐ。咄嗟に地面を蹴るネロはこれを避けるが、空からは無数の氷柱が向かってくる。

 ブルーローズを向けてトリガーを引き、激しいマズルフラッシュと共に弾丸が飛ぶ。向かってくる氷柱に直撃させて撃ち砕く。

 もう一方のペテルギウスにも氷柱は飛来するが、彼は全く動く事なくバリアーを張っているかのように氷柱が弾き飛ばされた。

 この攻撃を繰り出すのは両腕を組んで鋭い視線を向けるパック。

 

「ボクの娘に近づくんじゃない、下郎共が!」

 

 地の底から響き渡るような声。聞く者に恐怖を植え付け心の芯から凍えさせる。

 攻撃をされた事でネロもペテルギウスも明確な敵意をパックに向けるが、エミリアだけは説得を試みていた。

 

「パック! どうしてこんなことを?」

 

「離れるんだ、リア。この二人を殺す!」

 

「待って! ネロは関係が――」

 

「あの右腕から溢れる魔女の残り香、そしてボクの目の前に現れた魔女教。これで合点がいく。ネロ、キミは――」

 

 またも銃声が響き渡る。

 発射される弾丸はパックに目掛けて飛んで行くが、氷漬けにされて速度が落ちると地面の上に落下した。

 

「オイ、テメェまで訳わかんねぇこと言ってるんじゃねぇ! 魔女の残り香だって、魔女教だって?」

 

「キミが知る必要はない。リアに危害が加えられる前に……邪魔な存在は消すッ!」

 

 パックは自身の周囲に氷柱を更に展開しネロに向けて放とうとするが、諦めていないエミリアはネロの前に出ると両腕を広げた。

 

「パック、お願いだから待って! ネロはずっと味方だったじゃない。魔女教が来ただけで敵と思うのは――」

 

「悪いけどボクはもう信用できない。リアを守る所か敵を引き寄せてる」

 

「うっ……でも……ネロは……」

 

「リアに何かがあってからでは遅いんだ。こうやって敵は目の前に現れた。だからボクは――」

 

 エミリアの説得に応じる気配はない。でもパックは思わず口を開けっ放しにする。目の前でエミリアは懐からナイフを取り出すと、刃を自らの銀色の長髪に向けた。

 

「リア……何を……」

 

「ごめんなさい……パック……でも!」

 

「リア……ダメだッ!」

 

 左手で長髪を握り無造作に髪の毛を切る。背中まで伸びていた髪の毛は耳元辺りにまで短くなってしまう。

 それはただ見た目が変わっただけではない。二人にとってそれは、契約を破棄すると言う事。

 

「リア……でも……ボクはッ!」

 

 突如として突風が吹き荒れパックの体を包み込む。思わず目を瞑るネロとエミリア。

 その間に子猫のような見た目だった彼の姿が見る見る内に変貌していく。巨大になる体、生えるのは剣の様に鋭い爪に恐ろしい牙。

 雄々しく逆立つ灰色の剛毛、金色の瞳は見るモノを眼力だけで殺しそうだ。

 二十メートルもの狼の様な巨体に変わったパックは地に足を付け、牙をむき出しにしてネロを視界に収める。

 

「これがボクの本当の姿。ネロ……」

 

「また犬かよ。全く、ちゃんと躾けとけ」

 

「その減らず口もここまでだ」

 

「デカい声でわめくなよ、首にチェーン巻いてやらないとなぁ」

 

「ほぅ、ボクの姿を見ても怖気づかないか。魔女に精神を支配されているな」

 

「黙ってろッ!」

 

 ブルーローズをホルスターに戻し背中のレッドクイーンを握るネロ。一方のペテルギウスは顔面を両手で覆うと薄い皮へ血が流れる程に爪を突き立てる。

 

「汚らわしい汚らわしい! 只の精霊風情がこの様な力を持つなどと! あってはならないならないならないならない!」

 

「全員まとめて吹き飛ばしてやるぅぅぅッ! ガァァァあ゛ぁぁァッ!」

 

 巨大な体の足元に白い魔法陣が現れると体内のマナが爆発する。瞬時に地面を蹴り飛び退くネロ。

 巨大になったパックを中心にして爆発したマナは周囲を凍結させる。地面も木々も氷漬けにされてしまい、逃げられなかったペテルギウスの体も胴体から下が凍ってしまった。

 

「イヒっ! うひひひヒ!? これこそが試練であり愛の教示! 愛に、愛に報いなければぁぁぁ!」

 

「お前の相手は後回しだ。まぁ、そのまま時間が経てば死ぬだろうけどね。リア、危ないから下がっているんだ」

 

 そんな中でエミリアだけはパックの攻撃を受けていない。驚きながらも肌にヒシヒシと感じる殺意に彼女はゆっくり後退するとパックの傍から離れる。

 そして、ネロと対峙した。

 

「ちょうど暑いと思ってたんだ。いい気分だ」

 

「さっきので死ねた方が楽だったのに……簡単に死ねるとは思わないでね」

 

「はぁ? 誰が死ぬかよ。それよりテメェも覚悟しとけよ、躾の時間だぜ!」

 

 レッドクイーンを片手にネロは駆けだした。パックも氷柱を作り出し向かってくるネロに射出する。

 全力で走りながら右へ左へ避けるネロ。地面に突き刺さる氷柱。

 

「こざかしい人間風情が!」

 

「人間風情?」

 

 接近した所へ自らの前脚を振り下ろすパック。鋭い鉤爪で肉と斬り裂き骨を断とうとするも、炎を噴射して振り上げられたレッドクイーンの刃とかち合う。

 甲高い音が空気を揺らしパックの脚を押し返した。

 

「俺からしたら犬風情が盾突いてんじゃねぇよ」

 

「……キミは塵一つ残さず、消滅させる! リアを不幸にする存在は全て!」

 

「過保護だからウザいんだよ!」

 

「死ねぇッ!」

 

 レッドクイーンのアクセルを捻りエンジンを吹かす。

 激高するパックは口から凍てつくブレスを吐く。空気中の水分さえも一瞬で凍り付かせる息に、ネロは明後日の方向へ右手を伸ばすと大きく飛び上がった。

 そしてブルーローズを引き抜きトリガーを引く。二発の弾丸が白い巨体に向かって飛ぶ。が、弾は凍結し重力に引かれて落ちた。

 

「チッ! 銃は効果なしか」

 

「飛び上がったくらいで!」

 

「こっちから行くぜ! オラァァァッ!」

 

 クラッチを握りエネルギーを爆発させる。炎を噴くレッドクイーンを突き出し巨体に突撃した。エンジンパワーと腕力とを合わせて胴体に切っ先を突き立てた。

 斬られた肉から血が吹き出るが、一度の攻撃くらいではダメージにならない。

 

「このくらい!」

 

「まだまだぶち込む!」

 

 巨体をねじり鋭い牙で噛み付くも、胴体を蹴り飛ぶと同時に切っ先を引き抜く。空気に噛み付くパックの顔面に再び剣を振る。

 袈裟斬り、斬り上げ、クラッチを握り横一閃。顔を傷付けられるもパックは怯まない。氷柱を発生させるが、照準を向けられるより早く鼻を蹴飛ばし地面に着地。

 ブルーローズで発射される前に撃ち落とす。

 

「どうした? デカくなっただけでこの程度か?」

 

「多少、剣の腕があるからってボクに勝つのは無理だよ。剣の傷なんてすぐに回復する」

 

「勝負は始まったばっかだろ? でも長引かせるとオッサンがキツイかもしれねぇからな。一気に攻める……」

 

 レッドクイーンを地面に突き立てアクセルを捻る。

 パックを前にしても余裕その者のネロ、このような敵の相手は今までにもなんどかやってきた。元の世界で戦った上級悪魔、それと同じ感覚で戦っている。

 

「馬鹿げている。ただの人間が大精霊のボクに勝てる筈がない」

 

「大精霊? ただデカいだけの犬がほざいてんじゃねぇ!」

 

「その減らず口を黙らせる! ガあ゛あぁぁぁァァァっ!」

 

 またマナが爆発し周囲を凍らせる。ロングコートをなびかせて後退し避けるネロだが、氷の爆発の中からパックの巨大な口が現れた。

 骨ごと簡単に噛み砕く顎が目前に迫る。

 

「くッ!?」

 

「ガァァッ!」

 

 地面を蹴りジャンプするネロ。顎は凍った木に噛み付くと一撃でへし折り、噛み砕く。

 一方のネロは両手でグリップを握り、落下すると同時に背中へ振り下ろした。剛毛ごと肉を斬り血を飛ばすもパックの動きは止まらない。

 尻尾を鞭のようにしならせて振り払う。咄嗟にしゃがみ込み潜り抜けるも、次は真上から氷柱が雨のように降り注ぐ。

 

「どっかで見たことある技だな!」

 

「ボクを他の魔獣のような下等生物と一緒にするな! その体、魂ごと凍てつかせる!」

 

 飛び退くネロはブルーローズに持ち替えるとリボルバー部分に右手を添える。弾丸に魔力を流し込み強力になった弾丸を放つ。

 魔力で青く光る弾丸は氷柱を撃ち砕きながら、パックの左肩部分にめり込んだ。

 

「その武器の攻撃など無駄だとわからないのか?」

 

「ご親切なことで。でも……口が臭ぇ。チェーンだけじゃなくて歯磨きもしてやらないとダメか?」

 

「消え失せろッ!」

 

 これ見よがしに片手で鼻の前を仰ぐ。それを見て憤怒するパックは空中に氷柱を作り出す。が、左肩が突然爆発し肉をえぐる。

 予期せぬ出来事に数秒ではあるが隙を晒してしまう。その瞬間、ネロはアクセルを全開まで回しレッドクイーンのエネルギーをフルチャージさせた。

 地面を蹴り、大きく振りかぶると同時にクラッチを握りエネルギーを爆発させる。

 

「ハァァァッ!」

 

 爆発のエネルギーを制御しきれず体が回転する。しかし、ネロはそれさえも攻撃力に変え、巨体目掛けて思い切り振り払おうとした。

 瞬間――

 

「待って、ネロ!」

 

「なっ!?」

 

 戦う二人の間にエミリアが両腕を広げて飛び出して来た。

 咄嗟にグリップを両手で握り無理やり刃の軌道を反らすが、腕力だけでエネルギーを開放したレッドクイーンを抑える事はできず、地面を蹴り体ごと明後日の方向に飛んだ。

 着地もままならず、氷の地面の上に転げ落ちてしまう。

 

「ぐぁッ!?」

 

「ネロ!?」

 

「リア……離れるんだ」

 

「パックも待って! 二人が戦う必要なんてない! どうしてこんな――」

 

「キミの為なんだ。契約が切れたって関係ない……ボクはキミの為なら!」

 

 怯んでいたパックが力強く台地を踏みしめる。鋭い視線はレッドクイーンを杖代わりにして立ち上がるネロを睨んでおり、氷柱を宙に浮かせ高速で飛ばす。

 空気を突き破る程に早い切っ先、ネロは左腕で振り払うも間に合わず氷柱は胴体に突き刺さる。

 

「がはァッ!?」

 

 肉と内臓とを突き破り溢れ出る血。体はそのまま持っていかれ巨大な木に串刺しにされてしまう。

 口からも血を吹き出すネロはそのまま大木に吊るされ、力なく両腕を下げる。透明な氷柱には真っ赤な血で染め上げられ、滴り落ちる血も雪上を赤く汚す。

 

「ネロ……ネロォォォッ!」

 

「人間にしてはなかなかよかったけれど、大精霊たるボクに勝つだなんて……それは余りにも無謀だよ」

 

 エミリアの叫び声に誰も反応しない。ペテルギウスも、パックも、そしてネロも。

 ゆっくり歩き出すパックは既にネロの事など興味はなく、残るペテルギウスに牙を向ける。

 

「次はキミの番だ。覚悟はできてるね? いいや、キミに覚悟なんてモノは持ち合わせてないか」

 

「脳が震えるるるルルるぅ!」

 

「死すらキミへの罰には生温いか……」

 

 頭を両手で抱え込み叫ぶペテルギウスにパックは哀れみの目さえ向ける。

 もうこれ以上、一秒足りともこの男を見てるのは不愉快極まりない。その牙を向ければ、爪を向ければ一瞬で男は肉片と化す。

 そう思った刹那、パックの強力で膨大なマナの流れが少しずつ、でも確実に変わり始める。

 

「何だ? この感覚は……」

 

「あぁ! このマナの流れは! 魔女以上、だが魔女よりもももももも! あ……あってはならないィィィッ!」

 

「ネロ……」

 

 三人が見つめる先、氷柱に貫かれたネロの右腕が微かに動く。ぐったりうなだれていた顔も前を向き、その瞳が真っ赤に輝いた。

 

「はぁ……はぁ……ハァ……ハァ……ッ!」

 

 瞬間、大木と氷柱が吹き飛ばされる。パックにより氷漬けにされた木々や草も吹き飛び、再び地に足を付けるネロ。その背後には青白く光る魔人が出現した。

 右手のグローブも吹き飛ばされ、彼の右腕は人成らざる腕が――悪魔の腕――が。

 悪魔の右腕にはレッドクイーンとは対象的な剣、少し湾曲した細身の剣が握られている。

 

「体を貫かれても死んでいない……ネロ、それがキミの本性かい?」

 

「へへッ、お前だって隠してただろ?」

 

 開放されたネロの真の力。

 その姿にペテルギウスは狂い悶える。

 

「すんんばらしぃ! 勤勉である! 勤勉であらせられるぞ。是非ともその力を我が――」

 

「テメェは鬱陶しいんだ! 黙ってろ!」

 

 右手に握る剣、閻魔刀で袈裟斬りすると、ペテルギウスの右腕はその刀身に触れてもないのに切断された。

 

「あ……あ゛あ゛アアアぁぁぁッ! う、う、腕がァァァッ! わた、わた、ワタシのうでェェェぇ! 愛、愛よぉ。無限に湧き出る心の源。見えざる手はアヤツををををッ」

 

 ペテルギウスの背中から黒い腕が幾つも湧き出る。それは不可視の手、ペテルギウスにのみ授けられた魔手であり、触れる物全てを簡単に破壊できる魔手が一斉にネロに向かって飛んで行く。

 

「響愛がぁぁぁ! 見えざる手はワタシに与えられた愛であり権利! それを……それをををッ!」

 

「テメェは寝てろ!」

 

 勿論、ネロにもペテルギウスの魔手は見えていない。が、閻魔刀で横一閃すると魔手が相手に触れる前にペテルギウスの胴体が切断された。

 

「えぇ? えぇ……斬られた? 怠惰だったのはワタシだった?」

 

 その言葉を最後に上半身がボトリと雪上に落ちた。

 邪魔な存在が消えた事で再びネロに視線を向けるパック。彼の背後に立つ青白い魔人、右手に握る剣。魔法でも精霊術でもない現象に大精霊でも理解が追い付かない。

 

「このマナの流れは普通じゃない。ネロ、キミは人間ですらないのか? でもこのボクに戦いを挑むのはやはり無謀だよ」

 

「言っただろ、躾のなってない犬は嫌いなんだよッ!」

 

「右手の剣、どこから取り出した? いいやソレよりも、剣そのものに興味がある。普通の剣じゃないことは見ればわかる」

 

「いいぜ、そんなに知りたいなら教えてやるよ。悪魔の力をなッ!」




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