悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission18 悪魔の力

 背後に青い魔人を呼び出し、右腕のデビルブリンガーで閻魔刀を握りながらゆっくり歩きだす。本来の力を発揮したネロへ全く怖気づく事なく鋭い爪を振りかぶるパック。

 その切っ先が肉を引き裂く前に閻魔刀で袈裟斬りする。衝撃波と共に魔力を帯びた斬撃が飛び、振りかぶるパックの前脚にぶつかると白い剛毛ごと肉を斬り、大量の血が飛ぶ。

 

「ぐぅッ!? この力は……」

 

「さっきまでの余裕はどうした? ほら、もっと来いよ!」

 

「この程度の傷をつけたくらいでボクに勝てるなんてうぬぼれるんじゃないッ!」

 

 激昂するパック、斬られた前脚もジワジワとではあるがマナを使って回復されていく。マナは回復だけでなく、自身の周囲に無数の氷柱を発生させる。

 それらを一斉に発射し相手を串刺し、潰してミンチにしようとするが、ネロもブルーローズを取り出しトリガーを引く。

 激しいマズルフラッシュと共に弾丸が発射され氷柱を撃ち砕くが、魔人を召喚した今なら別の攻撃も出せる。

 魔力で形成された青白いブーメランのような剣も共に飛ばし、パックの氷柱が発射される前に全て破壊した。

 

「こざかしいマネを!」

 

「まだまだこっからだ! ぶちかます!」

 

 一旦は閻魔刀をデビルブリンガーに戻し左手でレッドクイーンを握り地面を蹴る。パックの巨体をレッドクイーンの刃で斬り付けると同時に、背後の魔人も鞘から剣を抜いた。魔力で形成されたその剣の形は閻魔刀とまったく同じ物。

 二つの刃が肉を斬り、飛び散る血しぶきが白い地面を濡らす。

 

「オラァァァッ!」

 

 斬り上げると同時に自信もジャンプする。相手の鼻面まで飛び上がり、クラッチを握り炎を噴射するレッドクイーンで横一閃。

 が、大きく開けた口が体を丸ごと呑み込まんとする。強靭な牙と顎で噛み砕こうとした。

 

「下等生物がァァァ!」

 

「ッ!?」

 

 しかし、牙がネロの体を貫く事はなかった。顎の筋肉はギリギリとネロを噛み砕かんと力を込めるがこれ以上動かない。

 口内で耐えるネロは上顎に魔人の閻魔刀、下顎に握るレッドクイーンの切っ先を突き立てていた。

 

「ぐぅぅぅッ!?」

 

「言っただろ? 口が臭ぇんだよ!」

 

 振り返りデビルブリンガーに力を込める。狙うのは太く鋭い牙。

 右腕を思い切り振りかぶり前歯の裏側から思い切り叩き込む。強烈な衝撃が口内から広がる。歯茎からは血がにじみ、歯にも一撃でヒビが入った。

 けれどもこの一発でネロの攻撃が止まる筈がない。何度も、何度も、何度も、拳を歯に叩き込む。その度に強烈な衝撃が走り、一本、二本と砕かれていく。

 

「ハァァァッ!」

 

「ぐッ!」

 

 三本目が砕かれんとした時、耐え切れなくなったパックが顎の力を緩めてネロの体を吐き出した。空中に投げ出され身動きが取れないネロ。

 そこへ今までと違い巨大な氷柱が剥けられる。

 

「これで今度こそ死ねッ!」

 

「死ねるかよ!」

 

 体をよじりブルーローズのトリガーを引くが、強力な弾丸を受けても氷柱は撃ち砕けない。弾丸に続いて青白い刃も飛ぶが同様だ。

 そして発射される氷柱、デビルブリンガーから閻魔刀を取り出しネロも袈裟斬りする。再び飛ぶ青い斬撃は凍柱に直撃するが、一撃受けただけで全てを破壊する事はできない。

 巨大であるにも関わらず高速で向かって来るのを見て、何とか着地すると咄嗟に反応する。

 

「掴まえる!」

 

 右腕を振り上げると背後の魔人も同じ動きを取る。右腕から魔力で形成された更に巨大な右腕が現れ、向かって来た氷柱を寸前の所で掴み上げた。

 そしてそのまま大きく振りかぶり、左足を前に踏み出し握っていた氷柱をパック目掛けて全力で投げ捨てる。

 

「うらぁぁぁッ!」

 

 高速で飛ぶ氷柱の切っ先が、逃げる間もなくパックの胴体に突き刺さる。皮膚を突き破り、肉をえぐり、骨をへし折る。

 大量の血を流し前のめりに倒れるパックを目にして、レッドクイーンを背中に戻しゆっくり歩を進めた。

 

「これで少しは大人しくなっただろ……オイ、まだ盾突くか?」

 

「グぅぅぅ……人間のくせに……」

 

「人のことを見下してるとこうなるってことだ」

 

「見下しているのはキミも同じだろう……」

 

「あん? だからどうした?」

 

「ボクは宣言した……キミだけは……」

 

 胴体に突き刺さった巨大な氷柱が見る見る内に溶け出す。氷は水へ、水は水蒸気に変わり、流れ出る血さえも気化する。

 パックの体内に流れる膨大な魔力が再び爆発し、今度は灼熱の炎が周囲を吹き飛ばす。氷漬けにされた木々や地面はバラバラに吹き飛び、それでも残った残骸に炎が移る。

 今まで氷を操っていたパックだが、全身の白い剛毛が炎に変わっていた。

 

「キミだけはこの世から消滅させる! リアを不幸にする存在は必要ない!」

 

「いいぜ、限界までトコトンやってやる」

 

「紅蓮の炎で焼き尽くす! がぁぁぁッ!」

 

 口を開け広範囲に炎を吐き出す。一瞬で地面は焦土と化し真っ赤に焼けただれる。

 ジャンプするネロは左手を伸ばし、空中でレッドクイーンの斬撃を繰り出す。袈裟斬り、逆袈裟斬り、振り上げてもう一度袈裟斬り。

 背後の魔人も閻魔刀を振るい、全身の炎をものともせず刃を斬り付ける。さっきまでと違いマナを炎に使っている為に回復が追い付かない。

 

「地面はマズイな」

 

 そのまま着地しては熱でブーツごと足が焼けてしまう。後方にあるまた破壊されていない木に視線を向けると右腕を伸ばした。引っ張られるように体は空中を移動し、炎の影響がない地面に着地した。

 しかし、そこに走るパックが前脚を振り下ろす。

 

「逃がすものか!」

 

「誰が逃げるだって?」

 

 迫る前脚、ステップするようにして後方に避けると地面が揺れた。

 その隙に攻撃をねじ込むのではなく、レッドクイーンの切っ先を地面に向けると体内から溢れる魔力をチャージする。

 

「そっちこそ逃げるなよ? 食らいやがれッ! マキシマムベット!」

 

 体ごと回転しレッドクイーンを斬り払うと刃から青白い斬撃を飛ばす。魔人も閻魔刀から斬撃を飛ばし、X字に飛ぶ魔力を帯びた斬撃。

 全身の炎を更に加熱させ防御するパック。

 

「グぅぅぅッ!? 人間なんかにぃぃぃ!」

 

 マナを爆発させてネロの攻撃を相殺させる。けれども消耗するマナ、傷付けられた肉体が悲鳴を上げ、肩で息をするようにして大地に立つ。

 

「まだ……まだだ……まだ終わってない……」

 

「お前……」

 

「死ねぇぇぇッ!」

 

 力を振り絞り、大きく口を開けて飛び掛かる。レッドクイーンのクラッチを握るネロは斬り払い、迫る巨体を押し返す。そして背後の魔人が右腕を伸ばし、パックの頭部の剛毛を力任せに掴むと地面に叩き付ける。

 その衝撃に地面が揺れ、すぐには立ち上がれない。それでも目の前の敵を倒す意志は消えていない。震える脚で立ち上がろうとするパック。

 その眼前で、ネロは居合斬りの姿勢に入る。

 

「ぐぁ……ぅぅぅッ……」

 

「はぁぁぁ……ショウダウンッ!」

 

 一瞬で鞘から抜いた閻魔刀で斬り払う。続けて袈裟斬りし、魔人も同様に刃を振るう。

 更に左手でレッドクイーンのグリップも取ると上から下へ思い切り叩き付ける。衝撃にパックの体が跳ねた。だが攻撃は止まらない。

 もう一度閻魔刀で袈裟斬りし、レッドクイーンで横一閃。魔人が斬り上げるとネロの右腕も続けて動き閻魔刀で斬り上げた。

 目にも止まらぬ速度で剣を振るい、そして最後に二本の剣を大きく振り上げ、X字にクロスするように斬り下ろす。

 

「これで終わりだ」

 

「がぁッ!? ハァ……ハァ……はぁ……」

 

 デビルブリンガーに閻魔刀を戻すと息も絶え絶えのパックは横ばいになって倒れてしまう。けれどもトドメを刺すような事はせず、レッドクイーンも背中に担ぐ。

 

「どういう……つもりだ……殺さないのか……」

 

「わざわざ死ぬ必要なんてねぇだろ」

 

「またボクのことを見下して……さっきの剣の力があれば……」

 

「殺さねぇっつってんだろ」

 

「不愉快だ……その剣の力も使わず……手を抜かれて……負けるだなんて……」

 

 力をほとんど使いきり口を動かす事しかできない。そうしていると離れた所から地面を走る音が聞こえる。二人の戦いが終わり、エミリアがパックに向かって駆けて来た。

 

「パック!」

 

「リア……」

 

 倒れるパックの顔に抱き着くエミリア。瞳には涙を浮かべて、白い毛を優しく撫でる。

 

「パック……お願い、もうこんなことは止めて」

 

「でもボクは……キミとの契約も破棄した。ネロに勝つことさえできずに……」

 

「もういいから! もういいから……無理したら本当に死んじゃう。もうそんなの嫌よ。私の前から誰かがいなくなるなんて……かあさまも、ジュースも、みんな……」

 

「リア……記憶が……」

 

「どうしてかな? なんでかあさまのことを思い出せなかったんだろう。あんなに大好きだったのに」

 

「ごめん、リア……後で全部話すよ。あともう少しだけ……一緒にいてもいいかい?」

 

「うん! もちろんよ、パック!」

 

「ありが……とう……」

 

 パックの傷が回復するように自身のマナを流すエミリア。流れ出る血も止まり、光の粒子に包まれると以前の子猫のような姿に戻った。

 それでもまだ満足に動く事はできず、横たわったままエミリアの両手の中に納まる。そのままの状態でチラリとネロが立つ方向を見た。

 既に背後の魔人は消えている。

 

「キミは一体、何なんだ? ボクを殺すでもなく、あの剣の力も使わないなんて」

 

「何って……俺は俺だ。それと言っとくけど、俺は手を抜いたつもりはねぇからな。手加減してやってたらこっちがやられてた」

 

「だったら何故……フフフ、そうか。そういうことなんだね」

 

「何だよ、気味悪いな」

 

「いいや、理解できただけだよ。何でもない」

 

「そうかい……だったら早く戻るぞ。オッサンがくたばってないといいけどな」

 

 歩を進める二人は竜車を待機させた場所へ急ぐ。

 

///

 

 どれだけの死体が倒れているのか、数えるのも嫌になるくらい、黒ずくめの魔女教徒達は息を絶えて横たわる。

 剣を振るアルデバランは目の前に立つ敵に向かって袈裟斬りし、返り血が鉄兜に付着した。

 

「よぉ~し、これで最後か?」

 

 周囲を見渡すと竜車を中心にして大量の死体が。一体、いつまで続くのかと思われた襲撃もこれで終わった。

 しゃがみ込み倒れている魔女教徒のローブを無造作に掴み、剣身にもべったり付いた血をぬぐい取る。

 そうしていると奥の木々の影からネロとエミリアが戻って来た。

 

「お!? やっと帰って来たか。遅いんだよ」

 

「これでも急いだんだ。で、敵は全員倒したのか?」

 

「当たり前よ。でも飯前の運動にはキツイぜ」

 

「確かにな。でもこんな血生臭い所で飯食う気にならねぇ。さっさと移動するぞ」

 

 頷くアルデバラン、先に歩き出すネロに続いてエミリアも続く。

 敵の気配は完全に無くなっている。が、不意に足の動きを止める。

 

「どうした兄ちゃん?」

 

「ぐ……ッ……」

 

「オイ、何か答えろって」

 

 邪悪な魂が闇の中から迫る。それは人間の精神を汚染し、蝕み、最後には体を乗っ取る。

 黒き邪悪な魂、それは倒したペテルギウスの最後の足掻き。肉体が滅びようとも魂は滅せず、代わりの肉体に乗り移る。

 本来なら他の魔女教徒に移るのが確実だが、アルデバランがこの場に居る教徒は全て倒した。

 魔女の臭いに似ている悪魔の右腕。ネロにはその適正があった。

 

『怠惰デスねぇ……愛に報いる為に試練はあるのデス……ワタシは! ワタシは私はわたしはワタシはワタシぃぃぃ! 愛なのデェェェス!』

 

 ネロの精神に飛び込む黒い魂。普通の人間なら一切抵抗できずに蝕まれ、体を乗っ取られてしまう。

 けれどもネロの本能が、体から溢れるマナがそれを許さない。

 

「鬱陶しいんだよ! カスがッ!」

 

 再び背後から魔人が現れる。そして突き上げる右腕、手に握るのはペテルギウスの邪悪な魂。悪魔を目の前にして、魂だけの存在となったペテルギウスが震える。

 

『あ……あぁぁあ゛ァァァッッ!? 魔女でもない、このマナの流れぇぇぇ!? これは、これはこれはこれはこれは! まるで悪魔……』

 

「フンッ!」

 

 一握りで容易く潰されるペテルギウスの魂。手の中から完全に消え去り、それを見て魔人もネロの中へ戻る。

 

「これで完全に終わったな……」

 

「兄ちゃんよぉ……その右腕もそうだし、さっきのは何だ? 何をした?」

 

「面倒くせぇ、同じことを何回も」

 

「面倒くせぇって何!? 普通言うだろ、その変な右腕のこと!」

 

「うるせぇな……」

 

「人のこと散々趣味が悪いとか言ってたけどお前だって相当だからな!?」

 

「好きでそんな服着てるお前と一緒にすんじゃねぇ」

 

「いいや、俺よりもその腕の方がヤバイって絶対!」

 

「はぁ? あのなぁオッサン――」

 

 二人の言い争いは竜車の荷台に戻った後も暫く続いた。




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