悪魔が始める異世界生活   作:K-15

23 / 36
Mission19 再会

 竜車の荷台の中で一人、エミリアはみんなから隠れるようにして座席にこじんまりと座る。

 ネロとアルデバランはキャンプの片づけをし、オットーは地図を確認して次の進路を考えていた。

 影に隠れるエミリア、その両手の中にはパックが収まっている。ネロとの戦いで傷付いた体は既に回復したが、消耗した大量のマナは簡単には戻らない。

 そのせいで宙に浮くのも辛い状況で、エミリアと会話しながらも苦痛に顔を歪ませる。

 

「今更、言い訳にしかならないのはボクが一番わかってるよ。もう何年前なんだろう……あの時、魔女教徒の襲撃にあったキミは気が動転して制御できていない魔法を放ってしまった。それが原因でキミ自身も氷漬けになってしまったし、襲撃に来た魔女教徒諸共、他の仲間も……」

 

「わかってる。それこそ言い訳できないわよ。自分で引き起こしてしまったことだもの」

 

「氷漬けの状態から目覚めたキミは酷く混乱していた。魔女教徒に殺されてしまった人々、暴走した魔法で氷漬けにされた友達、あまりに過ぎ去った時間……一瞬で全てを呑み込む必要はないけれど、悠長にしているとキミの心が壊れると思った。だからボクはキミの記憶を――」

 

「辛かったあの時の記憶を封じ込めたのね」

 

 淡々と言葉を述べるエミリアは普段よりも落ち着いている。取り乱されるのも困るが、表情に全く変化がないのも怖い。何を考えているかわからないからだ。

 わからない事はどうする事もできず、パックはエミリアに懺悔する。

 

「ごめん、本当にごめん……謝って済む問題じゃないのは充分にわかってる。それでもボクはキミのことを――」

 

「本当に……心から悪いって思ってるなら――」

 

 白くて細い指でパックの体を優しく抱きしめる。その小さな瞳をジッと見つめるエミリアは、心から溢れ出る言葉を聞かせた。

 

「私のこと、前のように呼んでよ。リアって」

 

「でもボクは……」

 

「パックが感じてることもわかるよ? あの時はそうしないと心が保てなかったかもしれない。忘れられたからここまで来れた。でも……もう何も知らなかった頃には戻れない。何も知らず、楽だった頃に……」

 

「ッ!? ボクの想像力が足らなかった……喪失するのは昔の記憶だけじゃなかったんだ。何も知らなかった時の記憶も……」

 

「ううん、もういいの。ねぇパック……呼んで、私の名前」

 

 躊躇するパック、うつむき加減に歯を食いしばるも、親指によって強引に前を向かされる。真っすぐに見つめられるエミリアの瞳。

 アメジストのような曇りのない綺麗な瞳を前にして、パックはようやく重たい口を開いた。

 

「エミリア……」

 

「いつもの呼び方で呼んで」

 

「えっと……リア……」

 

「うん! パック……ずっと私と一緒に居てね?」

 

「……こんなボクでもできることをするよ。もう朝の髪型は決められないけれど……リア、その髪型似合ってるよ」

 

「ありがとう、パック」

 

 耳元で切り揃えられた銀髪、以前と違いハーフエルフの尖った耳が見えてしまう。それでもエミリアは気にした様子はないし、むしろ褒められた事に喜んでいる。

 彼女の微笑みに、パックも思わず笑みがこぼれた。

 

「おい、嬢ちゃん? あんまりサボるとバレるぞ?」

 

「ご、ごめんなさい! すぐに行くわ!」

 

 荷台に鉄兜を覗かせるアルデバランに催促されて飛び出るエミリア。彼女が仕事する様子をパックは荷台の影から静かに見守り続ける。

 

///

 

 ルグニカ王国を出発して、もう二週間が経過した。東の果てを目指して旅を続ける一行。

 森を抜け、キャンプで夜を明かし、道を進み続ける。そうしてたどり着いたのは『ミルーラ』と呼ばれる寂れた宿場町。

 ルグニカ王国では大通りは石畳が敷かれていたし、建造物もレンガを使用した物が多かった。ミルーラでは木造建築がポツポツと建っているだけ。節々は老朽化で壊れていたり、黒く変色して腐っている。

 火を灯す街灯もない中で頭上から三日月の光が照らす。

 竜車はオットーに任せて町を歩く三人。白いローブを頭から被り人目を気にしながら歩くエミリアは地図を広げながらネロとアルデバランに話し掛ける。

 

「大都市からも離れているし人の行き交いが少ないのね。南には大森林、東にはアウグリア砂丘、観光地にもならないから発展もしないんだ」

 

「砂丘? 砂漠じゃないのか?」

 

「砂丘と砂漠は違うのよ。砂丘は砂が集まって丘状になった地形。砂漠は雨が極端に少なくなって広大な荒地になった土地。だからアウグリア砂丘には雨だって降るし、気温が凄く暑いこともないの。でもアウグリア砂丘は魔獣がいっぱい居るみたいで普通の人は近づかないわ。そうじゃない人、その先にあるプレアデス監視塔に挑む冒険者は何人かいたみたいだけどみんな失敗したって」

 

「へぇ……物知りなこって」

 

「ム……せっかく教えたのにその態度!」

 

「誰もそこまで聞いてねぇよ」

 

「フンだ! もうネロには頼まれてもな~んにも教えてあげない!」

 

 頬を膨らませてそっぽを向くエミリアだが、ネロは気にせず歩きながら周囲を見て足を休められる店を探した。

 どれも寂れた店ばかり、看板のペンキは剥げて文字が読めない。それでも中から光が漏れている店を見つけると指を刺した。

 

「あそこにしよう。たぶんバーだろうけど、ちょっとした食い物くらいあるだろ」

 

「バーってなに? あぁいうお店って酒場って言うんじゃないの?」

 

「……面倒だから言わねぇ」

 

「ム~ム~っ!」

 

 怒るエミリアを気にも留めず酒場へ向かうネロ。アルデバランだけが何とかエミリアをなだめながら、三人は店の前に立った。

 ドアノブに右手を伸ばすネロ。その手は包帯でグルグル巻きにされており、外から見ただけでは赤い甲殻や青白い鱗はわからない。

 入るとランタンに照らされた店内で、マスターがグラスに酒を注ぎカウンターの女性客の対応をしている。他に客の姿はない。

 

「そこのテーブルでいいだろ。俺が注文してくる。何がいい?」

 

「俺はビールね、キンキンに冷えたやつがいい!」

 

「こんな所に冷蔵庫なんてねぇだろ」

 

「魔法とか精霊術で冷やすんだよ。とにかく、冷えたやつで頼むぜ!」

 

「冷えてなくても文句は店に言えよ? エミリアは?」

 

「私はミルクがいい、あったかいの」

 

「はいはい、言って来るよ」

 

 ドカっと椅子に座るアルデバラン、その隣へちょこんと座るエミリア。横目にそれを見ながら、カウンターに歩を進めるネロはマスターに話し掛ける。

 

「注文したいんだけど?」

 

「いらっしゃい、何にする?」

 

「冷えたビールとホットミルク、それから――」

 

「あら? 久しぶりねぇ、ボウヤ――」

 

 声を掛けて来るのはカウンターに座る女性客。チラリと視線を向けた先に居る人間を見て、ネロの体に緊張が走る。

 目を見開き、ガンホルダーから瞬時にブルーローズを引き抜く。が、相手の動きの方が早く、左手で銃口を上に向けて撃たせないようにする。

 

「テメェはッ!?」

 

「慌てないの、今は殺し合いなんてするつもりないから」

 

 黒いドレス、ウェーブの掛かったセミロングの黒髪。対照的に露出する肌は白くてきめ細やか。

 忘れる筈もない、目の前の女はネロがこの世界に来てすぐに戦った相手。エミリアの命を狙った相手。

 『腸狩りの女』ともあだなされる女、エルザ・グランヒルデ。

 

「どうしてここに居る! またエミリアを狙って来たのか!」

 

「偶然よ、本当に偶然。私がここに居るのも、ボウヤ達と出会ったのも偶然。だから物騒な物を下げてくれない?」

 

「本当だろうな?」

 

「信用されてないわねぇ~、殺し合いをした相手とお酒は飲めない?」

 

「チッ……」

 

 舌打ちしてブルーローズをガンホルダーに戻すとエルザの隣に座る。それでも警戒心は緩めず、緊張感を持ったままエルザを睨むとカウンターに注文したドリンクが置かれた。

 

「あいよ、ビールにミルクね」

 

「ねぇ店員さん、ボウヤにも私と同じのを作ってあげて。奢ってあげる」

 

 言われて背後の棚に飾られている無数の酒の瓶から一つを選びカクテルを作り始めるマスター。ネロは鋭い視線をエルザに向ける。

 

「奢られる程、仲良くねぇよ」

 

「だからよ、お近づきの記念に」

 

「何が記念だよ……」

 

「フフッ……」

 

 言いながら自分のグラスの酒を一口飲むエルザ。

 

「で、ボウヤはどうしてこんな所に?」

 

「あん? 言う必要はねぇだろ」

 

「素っ気ないわね。そんなに私のこと信用できない?」

 

「どう信用しろってんだ?」

 

「もう契約は終わったからあの娘を襲うようなことはしないわよ。腸を見るのは確かに趣味だけれど、そんなことしたらボウヤ怒るでしょ?」

 

「サイコ野郎が……」

 

 二人が話しているとカウンターの向こうからマスターが出来上がったカクテルをグラスに注ぐ。コースターの上に音を一切鳴らさずにグラスを置くとネロに差し出す。

 

「お待たせしました」

 

「チッ……まぁ、貰っておく」

 

「フフ、どういたしまして。で、話は戻るけれど、どうしてこの町に来たの?」

 

「アンタから言え。ここに居る理由がわからないのはアンタだってそうだろ」

 

「私から? いいわよ」

 

 グラスを傾け酒を口に運ぶエルザ。口の中に広がるフレーバーな風味とアルコールの苦み。

 

「私はアウグリア砂丘の魔獣に用があって来たのよ」

 

「砂丘の魔獣? 何だ、掴まえてペットショップでも開くのか?」

 

「ぺっと? しょっぷ……ボウヤ、時々わからない言葉使うわね。意味はわからないけれど、掴まえるのは正解。一緒に居る娘が新しい魔獣が欲しいって」

 

「魔獣なんて掴まえてどうすんだ。そっちの方が意味わかんねぇ」

 

「あらそう? ボウヤはどうしてここに?」

 

「俺は大瀑布に用がある。その為にアイツラも付いて来てる」

 

 ネロが指さす先にはアルデバランとエミリアが席に座って待っている。その様子を見つからないようにチラリと見たエルザ。

 

「大瀑布に行こうだなんて……封魔石の祠にでも行きたいの?」

 

「あん? 何だそれ?」

 

「あらあら、そんなことも知らないの? 魔女が封印されている祠よ。でもその前にはプレアデス監視塔があるから行きたくても行けないけれどね」

 

「また知らない単語かよ。その監視塔ってのは何だ?」

 

「封魔石の祠を監視するのがプレアデス監視塔。近づく人間を勧告なしで攻撃するらしいわ。でも、そもそも塔まで近づくのが難しいけれど」

 

「ただ砂丘を渡るだけだろ、何が難しいんだ?」

 

「最初にも言ったけれど、私は魔獣を掴まえに来たの。アウグリア砂丘には何種類もの魔獣が生息してるわ。巣を作って住み着いてる個体も多いの」

 

「ったく、面倒だな」

 

「道中をどうやって抜けるか、ちゃんと考えてから行かないとボウヤでも簡単に食べられちゃうわよ?」

 

 グラスに残った最後の一口を飲むとカウンターから立ち上がるエルザ。数枚の硬貨をグラスの隣に置いて、ハイヒールをカツカツ鳴らして店を後にしようとする。

 

「じゃあね、ボウヤ。さっきはあんなこと言ったけれど、アナタのお腹を掻っ捌いて腸を引きずり出すのは私だから」

 

「冗談じゃねぇ……」

 

「フフッ……」

 

 店の扉を開けるエルザ。外ではいつから待っていたのか、少女が一人で立ち尽くしている。

 エルザを待っている少女をネロはどこかで見たことがあり、記憶の隅を思い返してみた。

 

「確か……魔獣が出た村で……」

 

 けれども店を出るエルザが扉を閉じてしまったせいで注意深くは見れない。けれども今までの会話の中である程度の推測はできた。

 

「あの子供が魔獣を掴まえるのか? 前の村での騒ぎ……アイツが主犯だったのか? まさかな……」

 

 奢ってもらったカクテルを一口で一気に飲み干し、グラスをコースターの上へ戻した。目の前には注文したビールとミルクが注がれたジョッキとグラスがあり、両手でそれらを持つと二人が待つ席へと戻った。

 

「悪い、ちょっと待たせたな」

 

「いいってことよ、この世界で兄ちゃんに知り合いが居るなんて知らなかったぜ。あの美人さんとはどんな関係だ?」

 

「何もねぇよ、知り合いにもなりたくねぇ」

 

「おい、照れるなって。邪魔しちゃ悪いと思ってちょっかいも掛けずにずっと待ってたんだからよ」

 

「照れてねぇよ!」

 

 怒鳴りながらジョッキを叩き付けるようにテーブルに置く。ミルクの注がれたグラスには理性が働いてエミリアに直接手渡した。

 

「ほらよ、あとは適当に飯でも食って宿探すぞ」

 

「ありがとう、ネロ……あれ? このミルク、あったかくない」

 

「オイオイ、このビールだってぬるいじゃねぇか!」

 

「私、あったかいミルクってちゃんと言ったのに!」

 

 二人の批判を受けて、ネロは大きく息を吐き左手で顔を覆った。




遅くなってしまい申し訳ありません。
ご意見、ご感想お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。