悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission21 花魁熊

 オットーが呟いた言葉、よく聞き取れずネロは問い返す。

 

「何て言った? クマだって?」

 

花魁熊(おいらんぐま)です。以前に一度だけ見たことがあるだけですけど」

 

 視界に広がる無数の花、花畑。赤や黄色、ピンクの花々の植わっている地面は土の地面ではない。花魁熊(おいらんぐま)の皮膚に根を張る寄生植物。

 宿主の血液や体液を養分にして生き続ける寄生植物に体を蝕まれながらもその場から動かない花魁熊(おいらんぐま)。理由は簡単、デメリットだけではないから。

 咲き誇る花に釣られて何もせずとも相手から近づいて来てくれる。餌となる動物や人間が――

 

「体も大きくて性格も獰猛、襲われたらひとたまりもありません」

 

「前はどうしたんだ?」

 

「諦めて道を迂回しました。でも今回は……」

 

 あの長かった道なき道の砂の山を戻る気にはならない。ようやく突破したばかりの竜巻も抜けなくてはならないし、抜けた所でまた別の魔獣の存在に怯える事になる。

 それに何より、アウグリア砂丘の瘴気に惑わされる事なく進めたおかげで、プレアデス監視塔まで残り数キロにまで迫っていた。

 最初は目印となる塔を遠くに眺めていた。でも今や建物の外壁の細かな形や色まで視認できる。どちらのリスクを取るか。

 突破する方法もわからない花魁熊(おいらんぐま)に挑むか、一度は抜けて来た砂丘に戻り村まで帰るかの二択。

 

「行くしかねぇだろ」

 

「ネロさん!?」

 

「ここで引き返すなんて論外だ。それにな、クマなんざにビビッてられるか」

 

 自信満々に言ってのけるネロに続き、エミリアとアルデバランもその意見に同調した。

 

「そうだよ! 塔まで行けば封魔石の祠までもう少しなんだもん! ここもみんなで強力すれば行ける筈よ!」

 

「それになオットー、俺らを見くびってるんじゃねぇか? こんな奴らを相手するくらい訳ねぇぜ」

 

 アルデバランの言う通り、三人の戦闘能力はずば抜けている。卓越した剣技を誇るネロとアルデバランに魔法を使えるエミリア。

 けれども心配性なオットーはそれでも不安が拭えない。

 

「アルデバランさんの強さはわかってます。でも花魁熊(おいらんぐま)ですよ!? それも目の前に数え切れないくらい! 相手の数もわからないのに力技だけで挑もうなんて――」

 

「この場面だと力技が一番楽で手っ取り早いんだよ。あの塔までもうちょっとの所まで来てるんだ。行くしかねぇんだよ!」

 

「うぅッ!? わかりましたよ……でも花魁熊(おいらんぐま)も今は活動してないようですし……寝てるのかな? ともかく! 必要のない戦いは避けるようにゆっくりと行きますからね?」

 

 言うとオットーは手綱を引いて竜車を歩かせた。宣言したように竜車はゆっくり進み始め、花魁熊(おいらんぐま)が眠る花畑に足を踏み入れる。

 見渡す限りに広がる花畑、この地面に魔獣が眠っているが外から見ただけでは区別がつかない。

 自分の足で歩く訳でもないのに息を潜め、なるべく呼吸しないようにしてこわばる体で手綱を握る。進む竜車は一直線に塔に向かう。

 

「ね……眠ってるのかな? 襲って来ない……」

 

「だったら好都合じゃねぇか。このまま塔まで行ければ中間地点だ」

 

「そ、そうですけれど……」

 

 不安の拭えないオットー、額には汗がにじみ出る。前方も、右も左も、後方も花畑に囲まれており、このタイミングで目を覚まされたら逃げるスペースもなく包囲されてしまう。

 そうなれば三人の力を信じるしかできない。どうにか最悪の事態だけは避けたいと考えるが、想像を超える事態は容易に起ってしまう。

 前を歩く地竜が突如、脚の動きを止めた。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

『グゲぇぇぇッ! ギャァァゥ!』

 

 鳴き声を上げる地竜、恐怖を感じていたのはオットーだけではない。地団駄を踏むだけでその場から動けなくなってしまう。

 すると、地面が大きく揺れた。

 

「こ、今度はなんなんですかぁ!?」

 

「アイツは……」

 

「マジかよ……オットー、後ろの荷台に隠れてろ! 嬢ちゃんは魔法で援護してくれよ!」

 

 アルデバランの指示に従い、へっぴり腰になりながらも荷台の中に逃げ込む。揺れる地面からは巨大な影が現れ、そして立ち上がった。

 影は全身に無数の寄生植物を纏い、後ろ脚が短い代わりに長く伸びる前脚はしっかりと地面に設置させる。獲物を捕らえる鋭い爪と牙。

 ギラリと光る眼でネロ達を見下ろすのは花魁熊(おいらんぐま)。しかし、他の個体と比べて全長が違いすぎる。

 七メートルはある魔獣は大きく口を開けると咆哮を轟かせた。

 

『グア゛ァァァぁぁぁッ!』

 

「くッ!?」

 

 人間を遥かに上回る肺活量から発せられる咆哮は空気を揺らし、耳の中が少し痛くなる程。

 

「なるほど、コイツが親玉か」

 

「骨が折れそうな相手だ。どうするつもりだ、兄ちゃん?」

 

「まぁ三人居るんだし、役割を分担しよう。俺はこういう奴の相手は慣れてる。デカブツは俺がやるから、その間に邪魔が入らないようにしてくれ」

 

「ほぅ、随分と自信満々なこって。でもな、周りの魔獣は逃げ出してる」

 

 アルデバランに指摘されてチラリと横眼で周囲を見る。親玉の出現により竜車の周囲の花魁熊(おいらんぐま)も目を覚ました。けれども目の前の獲物に襲い掛かる事はせず、むしろのそのそと歩いて距離を取る。

 

「なんでか知らないが好都合だ。周りを気にしながら動くのは面倒だからな」

 

「おうよ! こんなデカいだけの熊、俺達でさっさと叩き潰すぞ!」

 

「言われるまでもねぇ!」

 

 片手剣を引き抜くアルデバランとレッドクイーンのアクセルを握るネロ。そしてその間に割って入るエミリア。

 

「私も居ること、忘れちゃダメなんだから!」

 

「援護は頼むぞ!」

 

 言ってネロは荷台の床を蹴って飛び出した。花を踏み付けながら接近し、レッドクイーンを振り下ろす。

 刃は花魁熊(おいらんぐま)の腹部を斬り裂くが、切断面から血や体液は出ない。

 何重にも絡み合った根が鎧のように宿主を守っている。

 

「あん?」

 

「何やってんだよ、首は貰ったぜ!」

 

 別方向から回り込むアルデバランは地面を蹴り、花魁熊(おいらんぐま)の胴体に足を掛け更にジャンプ。七メートルもある花魁熊(おいらんぐま)の頭部にまで迫ると、握る片手剣で首元に振り下ろす。

 刃は確実に相手を捕らえ、皮膚を斬り裂き血が流れる。

 が、片手剣の刃が何故か溶けていた。

 

「どうなってんだ? コイツ、普通じゃねぇぞ」

 

「オッサン、離れろ!」

 

 着地するアルデバランはネロに従い後退した。それを見てブルーローズのトリガーを引く。マズルフラッシュと爆音が轟き、弾丸が花魁熊(おいらんぐま)の左肩に着弾した。

 表面の寄生植物を撃ち抜くも、その下の根が弾を防ぐ。更には折れた茎から黄色い液体が流れ出し、根に防がれた弾を瞬く間に溶かした。

 

「銃でもダメか。ってかなんだよアレ?」

 

「鉄も簡単に溶かす酸か? けどこんな魔獣が居るなんて聞いたことねぇ」

 

「剣は使えねぇ。銃も効果がない。でもまだやれることはある」

 

「やれることだって?」

 

 ダメージは通ってないが、攻撃を受けて花魁熊(おいらんぐま)は激昂する。長い腕を振り上げ、鋭い爪を振り下ろした。

 咄嗟に地面を蹴り避ける二人。叩き付けられる地面に周囲が一瞬揺れる。

 ネロは振動にも怯む事なく走りだし、振り下ろされた右腕に登りそのまま駆け上がった。花魁熊(おいらんぐま)は邪魔な存在を振り払おうとするも既に遅い。

 肩まで登ったネロはジャンプし、右腕を思い切り振りかぶった。

 

「斬るのもダメならぶん殴ってやる! ハァァァッ!」

 

 鼻先へ力の限り拳をぶつける。生身の体から繰り出される一撃だが、悪魔の右腕の力は凄まじく、鼻の骨にヒビを入れ花魁熊(おいらんぐま)を後ずさりさせた。

 

『ぐぉぅッ!?』

 

「チッ! パンチだけで倒すのはキツイな」

 

「気合いは認めてやるけど無謀だって」

 

「ウル・ヒューマ!」

 

 氷魔法が花魁熊(おいらんぐま)の両足を氷漬けにして地面に固定させる。

 ネロとアルデバランが振り返った先では手を前方に構えるエミリアの姿。

 

「私も居るって言ったでしょ? これなら動けないから倒せるかも」

 

 エミリアの言う通り動けなくなる花魁熊(おいらんぐま)だがそれもわずかの間だけ。巨大な体から生み出されるパワー。骨と筋肉をギリギリと鳴らして、発生した氷魔法を割り再び動き出す。

 

「えぇ、ウソ!? だったら……アル・ヒューマ!」

 

 続いて魔法を唱えるエミリアは巨大な氷柱を発生させ相手に放つ。鋭い先端が高速で腹部に突き刺さる。

 

「これなら!」

 

『ぐぅぅぅッ!』

 

 分厚い寄生植物の根に阻まれ、更には太くて長い両腕に押し返され、突き刺さったと思われた氷柱はこれ以上進まない。

 体もダメージが通っておらず、両腕を使って氷柱を抜こうとする。

 

「魔法でも効果がない……」

 

「簡単に諦めんな!」

 

「ネロ……」

 

「はぁぁぁッ!」

 

 右腕を振りかぶり今度は魔力で形成された悪魔の右腕を氷柱目掛けて振りかぶる。

 巨大な右腕のパンチが抜かれかけていた氷柱を更に奥へ突き刺す。

 

『ぐぅッ!?』

 

「遠慮すんなって。腹一杯食わしてやるよ!」

 

 花魁熊(おいらんぐま)の強靭な両腕が氷柱が腹部を貫くのを防ぎつつ、ネロも二度三度とパンチを繰り出し押し込もうとする。

 

「オラァァァッ!」

 

『お゛ぉぉぉ!?』

 

「もう一発だッ!」

 

 空気を揺らす程の衝撃で何度も拳をぶつけるが、氷柱の先端は腹部の奥へは突き刺さらない。このままどちらが先に力尽きるかの体力勝負になれば、さすがのネロでも魔獣に勝つのは無理だ。

 けれどもそこに、アルデバランがある物を手にしてやって来る。

 

「いくら何でもこんなデカい魔獣と力比べは無謀だぜ、兄ちゃんよぉ」

 

「あぁ? だったらどうすんだよ?」

 

「燃やしちまえばいいんだ……よッ!」

 

 言うと手にしていた物、酒の入った瓶を花魁熊(おいらんぐま)の頭上に放り投げた。

 

「銃でアレを撃て!」

 

「チッ、わかったよ!」

 

 ホルスターからブルーローズを取り出し、瞬時に狙いを定めてトリガーを引く。銃声が鳴り響くのとほぼ同時に瓶が割れ、中身の液体に引火して花魁熊(おいらんぐま)の頭部から背中にかけて落ちる。

 火は寄生植物に燃え移ると瞬く間に全身を包み込んだ。

 

『グォォォぉぉぉっ!?』

 

「やったか?」

 

「そう簡単にくたばる相手なら苦労しねぇ。もう一発かましてやれ!」

 

 炎に包まれながらも尚、花魁熊(おいらんぐま)は目の前の獲物を捕食しようと右腕を振り上げる。

 が、右腕の先端が巨大な氷に包まれるとバランスを崩して背中から倒れこんでしまう。

 

「おぉっ!? やるねぇ嬢ちゃん!」

 

「ネロ、やっちゃって!」

 

「あぁ、わかったよ!」

 

 地面を蹴り高く飛び上がるネロ。もう何度目か、右腕を振りかぶり魔力で形成された拳を倒れる花魁熊(おいらんぐま)の腹部に叩き込む。

 エミリアが放った氷柱は依然として健在で、鋭い先端は炎により弱くなった寄生植物の根を簡単に貫き、深々と突き刺さった。

 

『ぐがァァァぁぁぁッ!? ごぉぉおォォォッ!』

 

「っ……と、ざまぁみろ」

 

 着地するネロ、氷柱に貫かれ全身が炎で燃える花魁熊(おいらんぐま)。次第に呼吸も止まり、ぐったりと倒れこんで傷口から大量の血を流す。

 

「やったぁ! あの魔獣を倒した!」

 

「いい所を持ってきやがって。まぁ、他の雑魚も寄り付かないしこれで塔に行けるな」

 

 アルデバランの言う通り、周囲の通常の花魁熊(おいらんぐま)は親玉が倒された事で逃げるように離れていく。

 花畑に思われた場所も花魁熊(おいらんぐま)が移動した事で地面が剥き出しの風景に変わってしまう。

 安全なのを確認して、三人は竜車の荷台へ戻った。

 

「おい、オットー! 終わったから地竜を走らせろ」

 

「あの花魁熊(おいらんぐま)を倒したんですか!?」

 

「何で驚くんだよ? 倒せなくて餌にでもなりたかったか?」

 

「そんな訳がないでしょ! わかりました。あの塔にすぐに行きましょう!」

 

 急いで前に出るオットーは手綱を握り地竜を走らせる。

 動き出す竜車の荷台の中で外の塔を見るネロ。

 

「とりあえず、ここまで来れたな。魔女が封印されてる魔封石の祠までもう少しか」

 

「でも魔女に会えたとしても、ネロが元も場所に戻れるかどうかはわからないんでしょ?」

 

「そうだけどよ……こんなことができるのはその魔女くらいなんだろ?」

 

 この問い掛けに答えられるのはアルデバランしかいない。けれども正解は彼にもわからないが。

 

「前にも言ったけど可能性が一番高いだけだ。もしも違ってたらまた一から……いや、ゼロだな。もう俺にはわからねぇ……どうにもならない……」

 

「おい、行ってみねぇとわかんねぇだろ? 俺も、アンタも! 元の世界に帰る為にここまでやって来たんだ」

 

「……そうだな、ウジウジするなんてらしくねぇ。難所のアウグリア砂丘は抜けたんだ。このまま一気に行こうぜ!」

 

 アルデバランが声を上げたその時、一行を乗せる竜車は崩れる地面の中に消えた。




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