落下した地面の中で、エミリアは上半身だけを何とか起き上がらせた。
「何が……起こったの?」
「わからねぇ……落ちたのか?」
崩れ落ちた荷物をどけてネロも立ち上がり、アルデバランは状況を確かめようと外に出る。
エミリアの声が聞こえた方向を見てみると彼女の足も荷物の中に埋まっていた。
「ちょっと待ってろ。すぐにどかす」
「これくらいなら大丈夫よ。んん~~ッ!」
「無理すんなって」
力を入れて抜け出そうとするエミリアだが荷物も動かないし足も動かない。そうしている間にもネロが着々と荷物を動かしていく。
最後の一つを運び上げると細く白い足は自由になり、少し痛みを感じながらも立ち上がる。
「ありがとう、ネロ。でも何があったの?」
「さぁな、オッサンが見に行ってる。俺達も行くぞ」
頷くエミリアはネロに続いて荷台の中から移動した。扉を開けると舞い上がる砂ぼこりに思わず目を細めて口を塞ぐ。前が見にくい状況でゆっくり歩を進めて地面に降りる。
固い土を踏みしめ、上を見上げれば崩れ落ちた地面の大穴が見えた。そして広がるのは星々が広がる夜空。
次にエミリアは落下した衝撃に地竜が怪我をしてないかと気になり小走りに向かう。一方のネロは荷台の車輪を見ているアルデバランに合流した。
「オッサン、原因はわかったのか?」
「あぁ、簡単だよ。俺らがさっき倒した魔獣だ」
「アイツが何したって?」
「酸だよ、俺の剣を一瞬で溶かした強酸だ。嬢ちゃんの氷柱を腹にぶっ刺した拍子に酸も大量に地面に流れたんだろ。それが地面を溶かして、もろくなった場所を進んじまったせいで今じゃこの通り」
「また別の奴の攻撃や罠かと思ったぜ。登る……のは無理そうだな」
見上げるネロは両手を腰に当てた。穴の出口まで少なく見ても五メートルはある。身一つで登るのも苦労するが、竜車もとなればどう考えても無理だ。
魔女が封印されている封魔石の祠まではどうしても必要。ともなれば、落ちた穴の中を進んで行くしかない。
「そうだな。でも車輪が壊れてなかったのは不幸中の幸いだ。前には進める」
「もう少しだって所でよ……この先に進むのか?」
「だって進むしかねぇだろ……」
二人が見る先は光が一切ない通路。岩石や固い土で形成された通路は地竜でも進めるくらいに広いが、視界には闇しか映らない。
「まぁ、そうだな」
「ランタンくらいあった筈だ、探して来る。明かりがねぇと一メートル先も見れねぇ」
言うとアルデバランは荷台の中へランタンを探しに行き、一人になったネロはボソリと呟く。
「一メートル……三九インチか……」
「ネロ! 地竜は無事だったわ。そっちは?」
「あぁ、何ともねぇよ」
大声を上げるエミリアに返事をし、一行は準備を整え闇に包まれた通路を進む。
///
ランタンが数メートル先を照らしながら、地竜はゆっくり通路を歩く。揺れる荷台の中でアルデバランはリンガのジュースが入った瓶をあおり、エミリアはもう一つランタンを取り出し本を読んでいる。
そしてネロはレッドクイーンを分解してメンテナンスをしていた。
「あ゛ぁ~、本当なら酒飲みてぇ~。にしても、揺れてんのによくそんな細かいことできるな」
レッドクイーンを分解しながら食用油を注すネロは何でもないように返事する。
「これくらいならなんてことない。本当なら洗浄してススとかも取りたいけど、ここに灯油なんてねぇしな」
「確かに化石燃料はねぇな。ここじゃ動力のほとんどは魔法や精霊術だ。エンジンやモーターなんて発想はなかなか生まれねぇだろ」
「戻ったらバイクでもかっ飛ばそうぜ」
「そうしたいけど、でも片腕じゃなぁ……」
チラリと見て思い出す。アルデバランの左腕は失われている。
「あ~、悪い。そういやどうして腕がないんだ? 元からか?」
「まさか、ここに来た時は五体満足だったよ。来たばっかりの頃、魔獣に襲われてな。ただ俺の実力不足でやられただけだ」
「災難だったな。俺の右腕も似たようなもんだ」
「ハハッ! そんな腕になるくらいなら片腕失う方がマシだ」
言って瓶をもう一度あおる。
「テメェ……」
「おっと!? 怒るなって、悪かったよ。言い過ぎた」
「チッ……まぁいいか」
油の塗布を終えて分解したパーツを組み立てる。カチャカチャと金属が擦れる音が鳴り続けた。
アルデバランは鉄兜の隙間から覗かせる視線をズラし、黙々と本を読んでいるエミリアを見る。
「嬢ちゃんは何を読んでるんだ?」
「魔獣の図鑑よ。ちょっと前に荷物の箱に入ってるのを見つけたの」
「オットーが持ってたヤツか?」
「たぶんそうね。私が知らない魔獣の絵がいっぱい載ってるの。さっき戦った
「こんな変な場所にずっと生きてたんだ。突然変異って言うの?」
「とつ……ぜん……へんい?」
オウム返しするエミリアはポカンと口を開けたまま。それを見てネロが助言した。
「おい、オッサン。あんまり難しいこと言うなって」
「突然変異って難しいのか?」
「ここと俺らの世界とでは言葉も違うんじゃねぇか? 俺だってここの世界の固有名詞なんて言われてもわからねぇからな」
「そう言われればそうか……」
「ねぇ、とつぜんへんいってどんな意味なの!」
納得するのはアルデバランだけ。叫ぶエミリアに対して最後のパーツを組み付けるネロが口を開く。
「突然変異ってのは、遺伝子に異常が起って普通とは違う見た目になったりすることだよ」
「いでんし……また知らない単語……」
「待て、これ以上の質問はナシだ。答えてたらキリがねぇ」
「えぇ~!? 私、もっといろんなことを知りたいのに!」
「だったら自分で調べろ。俺は学校の教員じゃない」
「でもネロって物知りじゃない! 戦うのも凄いけれど、他のこともできるわよ!」
「はぁ……ゴメンだぜ。俺にはこの仕事が合ってる。俺のことばっかりじゃなくて、エミリアも自分のことを考えとけよ」
「自分のこと?」
「魔女に会えて、元の世界に戻れたら、エミリアは一人だ。ロズワールの所に戻るつもりはないんだろ? あの国の王様? になるにしても何にしても、身の振り方を少しは考えとかないとな」
「ひとり……また……」
俯くエミリアの表情が曇る。読んでいた図鑑も閉じてしまい、床に置くと両ひざを腕で抱えて小さく丸まった。
「そっか……全部うまくいったら……ネロ、居なくなっちゃう……」
「当たり前のこと言うなよ。何だ、寂しいってか?」
「うん……寂しいなぁ……一人になっちゃうの、嫌だよ……」
「ハハッ、お子様だな。ダチくらい後で幾らでも作れるだろ? 俺が居なくなった寂しさなんてすぐに忘れる」
「無理だよ……」
「あぁ? 随分弱気だな。心配しなくても――」
「無理だよッ!」
声を張り上げるエミリアに思わず目を見開くネロ。アルデバランの表情は鉄兜のせいでわからない。
エミリアは瞳に涙を浮かべながら、震える唇で言葉を続ける。
「私は……ハーフエルフだから……エルフにも避けられるし普通の人にも嫌われる。無理だよ……友達も仲間も私には作れない……」
「前にも言ってたな、ハーフエルフだって。俺にはそれが何なのかよくわからねぇけど……エミリアは充分に人間だよ。笑ったり、怒ったり、泣いたりできるのは人間だけだ」
「でも……でも……」
「俺やオッサンとだってこうして普通に話せてる。また別の人と同じことをするだけだ」
「でもそれは……ネロだから……ネロは私と初めて会った時から普通に接してくれた。ハーフエルフって教えても何も変わらなかった。ネロも同じ銀色の髪だから……甘えてた」
最後の言葉は消えそうな程にか細い。それでも喉の奥からどうにか出す事のできた言葉を聞き逃さず、真摯に向き合うネロ。
「甘えてもいい。強いだけの人間なんていない。そうやって弱音を言えるのも人間らしさの証明さ」
「ン……うん……う゛ぅッ……」
ボロボロと涙を流し、自分に向けられた言葉を胸に刻む。嗚咽を漏らしながら泣く彼女をネロとアルデバランは静かに見守った。
そうしていくばくかの時間が過ぎ、白いニーソックスが涙で濡れているのを見たエミリア。少しだけ気持ちを落ち着かせて、顔を見上げると目元が少し赤く腫れあがっている。
「私も……ネロやアルデバランと同じ人間なの?」
「そうさ、泣くのは人間の証だ。悪魔は泣かない」
「ありがとう……ネロ……」
「少しは落ち着いたな」
「うん……えへへ、泣いたらお腹空いちゃった。外はもう夜なんだし何か食べない?」
「それもいいけど――」
振り向くと揺れていた荷台が止まる。そして手綱を握っていたオットーが中にやって来た。
「すみません、ちょっと相談したいことが」
「相談? 何を?」
「見て貰った方が早いです。皆さん、外に来てください」
言われて三人はオットーに続いて外に出た。視界を確保する為のランタンの光でしか外の景色は見えない。そして相変わらず、固い土や岩石で形成されたトンネル状の通路が伸びているだけ。
「今までは一本道でしたけど、通路が二手に分かれてしまっていて……どうしましょうか? 右と左、どっちが正解なんでしょう?」
頭を抱えるオットー、コンパス代わりに使っていた悪魔の触手は右にも左にも淡く発光し、どちらの道へ行けばいいのかわからない。
そうなれば独断で道を決める訳にもいかず、全員を呼び出し選んでもらうしかなかった。
腕を組みながら前に出るアルデバランは右、左と分かれ道の先を見る。ランタンの光が届くのはわずか数メートル、道の先に何があるのかはまったくわからない。
闇に覆われたこの空間で正解を導き出す手がかりもなく、あとは勘で選ぶしかなかった。
「どうしたもんかなぁ~、右は何かすげぇ~嫌な予感がするんだよ」
「適当過ぎるだろ? まぁ、俺はどっちでもいい。そう言うなら左に行こうぜ」
「私も左に行った方がいいとは思うけれど……何か気になるのよね。どうして右には行きたくないんだろうって」
ジッと右の通路の先を眺めるエミリア。やはり先はどうなっているかわからないし、唯一見える闇は静かに心を蝕み恐怖を植え付ける。
思わず一歩後退り、背中には冷たい汗が流れた。口の中はカラカラになり、ゴクリと生唾を呑み込む。
「これもアウグリア砂丘の瘴気と同じなのかな? 侵入者を先へは行かせないようにしてるのかも」
「だったら左から行くしか選択肢はなさそうだな」
「でもでも! 私の意見だって当てずっぽうだし、もしかしたら違うかも。瘴気とかも関係なくて、来てほしくないってことは、行った先に何かあるのかも。私もネロもアルデバランもオットーも、右の通路からは嫌な予感がするんでしょ? 何か別の仕掛けがあってそう思わせてるのかも。もしそうなら、右に何かあるのよ!」
「結局、右か左かわからずじまいか。どうする、コインの表裏で決めるか?」
コートのポケットから銀貨を取り出すネロにアルデバランは異議を唱えた。
「いや、待て待て。そう早まる必要ねぇだろ。村を出て今はもう夜だ。ここは晩飯でも食って休もう。寝て起きたらいい考えが思いつくかも。道中でデカい魔獣と二回も戦ったんだ。どれだけタフか知らねぇけど、兄ちゃんも休憩した方がいい」
「そんなうまいこといくか? でも、確かに腹は減ったな」
「ヨシッ! だったら飯にするぞ。オットー準備するぞ」
荷台に食料を取りに向かうアルデバランとそれに続くオットー。ネロの銀貨をポケットに戻し、エミリアは夕食を作る手伝いに入る。
この真っ暗闇の洞窟の中で、一行は今日の旅を終わらせた。
///
翌日、目覚めたが朝なのかどうか正確にはわからない。相変わらず闇しか見えない空間で、一行は分かれ道の前で立ち尽くしていた。
「で、オッサン。いい考えは浮かんだか?」
「そんなうまいこといくと思うか? 昨日とな~んにも変わらねぇよ」
呑気に答えるアルデバランに大きくため息をつくネロ。でも新しい案が浮かばなくとも決めなくてはならない。
「エミリアはどう思う?」
「わかんない……やっぱり左の方がいいのかな?」
「オットーは?」
「僕は皆さんの意見に従いますけれど……左の方が……」
「なら多数決で左だな。これ以上迷ってても意味ねぇし、さっさと先に進もう」
強引に決めるネロだが反論する人間はおらず、オットーは静かに頷き地竜の元へ向かった。他の三人も踵を返し荷台に乗り込もうとした瞬間、エミリアが首から下げるペンダントからパックが現れる。
宙に浮かぶパックは短い両手を広げ、ネロの前に立ち塞がった。
「何だよ?」
「ネロ、キミに頼みたいことがある」
「頼みだって?」
「そうだ。中に居ながら話だけは聞いていたからね。キミ達は魔女の元へ向かうんだろ? それは当然、危険が伴う。魔女の力は魔獣なんかと比べ物にならない筈だ。キミにもそれくらいはわかるだろ?」
「だから何だってんだ? 結論をさっさと言え」
「キミの剣を貸して欲しい」
「剣?」
言われて背中のレッドクイーンに手を伸ばすネロだが、パックは首を左右に振った。
「それじゃない。もう一つの方だ」
「閻魔刀のことか?」
「殺し合った仲だ、ボクのことを信用できないのもわかる。でもエミリアのことだけは絶対に守りたいんだ。だからその剣を貸して欲しい。ボクでなくていい。エミリアに貸して欲しいんだ」
鋭い視線を向けるネロとパックの視線が交わる。張り付いた空気が場を支配するも、ネロはすぐに要求を呑んだ。
悪魔の右腕から閻魔刀を取り出し、すぐ隣に立つエミリアに差し出した。
「ほらよ、これでいいか?」
「ネロ……いいの?」
「大事な物だから後でちゃんと返せよ?」
「うん! でも……剣なんて使えるかな?」
「護身用にないよりはマシだろ? 要件はこれだけか、パック?」
頷くパックはエミリアの首元に飛び込んだ。以前なら長髪の中に体を隠せたが、今は首にマフラーのように絡まる。
「だったら行こうぜ。左の通路によ」
闇の先に何があるかは誰にもわからない。
ご意見、ご感想お待ちしております