元々の小さなサソリと同じで六本の足と二本の爪、尻尾から伸びる針。これが何倍にも巨大でなければ恐怖する存在ではない。
でも違うのは体の大きさだけではなかった。黒い甲殻は分厚くて硬い。二本の爪も強靭で、六つある赤い瞳が四方八方をくまなく察知し、尻尾から人間の体を一撃で貫く程の針を高速で発射する。
そんな巨大なサソリの姿をした魔獣を前にして、ネロはレッドクイーンを肩に担いだままゆっくり歩を進めた。
「いろんな奴と戦ってきたけど、そういえばサソリとやりあったことはなかったな」
「何者だろうと――試練を放棄することは――許されない……っス」
「喋れる魔獣は初めてだ。 筋肉以外にもちゃんと中身は詰まってるみてぇだな」
『キシャァァァッ!』
吠える魔獣は巨大な爪でネロを挟み込み、胴体から輪切りにしようとするがステップで簡単に避けられてしまう。けれども避けた先へ尻尾の先端を向けると瞬時に針を発射した。
飛んだのは確かに針、だが高速で発射されるソレは光の反射も合わさりまるでレーザーのよう。
「っ……と!」
地面をローリングして回避、だが避けても連続してレーザーのような針を発射して来る。ジャンプするネロ。
背中のレッドクイーンを手を伸ばすも、魔獣が向ける尻尾の方が早い。先端が光りレーザーが発射されようとするが、氷柱がぶつかり攻撃を妨害した。
「ネロ、やっちゃえ!」
「ハァァァッ!」
重力に引かれて降りていくと共にレッドクイーンを振り下ろす。が、刃は分厚く固い甲殻へわずかに食い込むだけ。
「チッ……思ったより硬いな」
「アル・ヒューマ!」
叫ぶと同時に魔法を放つエミリア、巨大サソリの尻尾目掛けて氷柱を発射しネロを援護する。
けれども彼女の魔法をもってしても甲殻は貫けない。先端が明後日の方向に傾くだけ。
『シャァァァ!』
「っ!? 来る!」
六つある赤い瞳が攻撃を仕掛けたエミリアを捕らえる。この魔獣も遠距離で攻撃ができる為、尻尾の先端を瞬時に彼女へ向けた。
レーザーのように強力な針が発射されるまでは一瞬。エミリアはしゃがみ込み地面に両手を付くと再び魔法を唱える。
「ヒューマ!」
地面から氷柱が発生し、盛り上がるようにしてエミリアごと天井まで持ち上げる。次の瞬間には氷柱の根本がレーザーに撃ち抜かれた。
強力な一撃は地面をもえぐり、衝撃でバラバラに砕け散る氷柱。体制を崩して落ちるよりも早く、右手を伸ばし氷魔法を発生させる。
手から太い枝の形状をした氷が天井にまで伸びると白い壁に凍り付き、彼女の体重を支えてもびくとしない程に固く頑丈に接地した。
「弱点が何かはわからないけれど……攻撃しつづければ! アル・ヒューマ!」
氷の枝に登りながら氷柱を脚に目掛けて発射する。けれども魔獣の動きも早く、攻撃が届く前に射線上から離れてしまう。
だがエミリア、ネロ以外にも攻撃を仕掛ける存在はまだ居る。
「俺のことも忘れるんじゃねぇぞ! オラッ!」
魔獣の背後に回り込むアルデバランが片手剣を振り下ろす。狙うのは邪魔になる尻尾。これがなければエミリアも援護しやすくなるし、攻撃手段が減るのでネロとアルデバランも動きやすい。
『グギャ!?』
「マジかよ……一撃でぶった斬るつもりだったのによぉ……」
甲殻と甲殻との繋ぎ目に刃を力の限り振り落としたが、それでも切断するまでには至らない。紫色の体液が飛び散るもたいしたダメージになっていなかった。
「オッサン、ちゃんと動けよな!」
「そっちだって何もできてねぇだろうが! 俺は後ろからやる!」
「だったら俺は正面だ!」
炎を噴射するレッドクイーンを振り回すネロ。その動きは巨大サソリよりも格段に速い。二本の爪から繰り出される攻撃をかいくぐりながら、レッドクイーンで袈裟斬り。
クラッチレバーを握り、炎を噴射して更に振り払う。刃は確実に黒い甲殻に直撃するが、魔獣の体格が大型なのも相まって数回の攻撃ではびくともしない。
「いいぜ、今までの魔獣は生温いって思ってたんだ。マジな勝負といこうぜ!」
スロットルを回しエネルギーをチャージ、そしてクラッチレバーを握りチャージしたエネルギーを爆発させ斬り上げる。
普通なら両腕ごと引きちぎられそうなパワーを腕力で強引に制御するネロ。
「ハイローラー!」
一度斬り上げてもエキゾーストから炎は噴射し続けている。両手でレッドクイーンを再び斬り上げた。
魔獣は右の爪を大きく広げネロを挟み込もうとするが、レッドクイーンの刃と激突し激しい火花と飛ばし甲高い衝撃音を響かせると弾き返されてしまう。
その隙に再度、レッドクイーンでネロは斬り上げた。
「貰ったッ!」
激しく、重たい斬撃が魔獣の頭部に直撃する。それは縦一文字に甲殻を斬り裂き、紫色の体液が溢れ出る様子から確実にダメージを負わせた。
『グきゃぁぁぁッ!?』
「どうだ?」
「まだ詰めが甘いんだよ! 食らいやがれ!」
ジャンプするアルデバランが魔獣の頭部目掛けて降下して来る。握る片手剣を逆手に持ち、降りると同時にその切っ先を赤い瞳に思い切り突き立てた。
「目玉まで剣を弾き返すなんてことねぇだろ? もっと痛みも味わいな!」
『ガァァァぁぁぁッ!』
叫び声を上げる魔獣、アルデバランは更に力を込め剣を奥へ突き刺し、右へ左へグリグリと抉り出す。
「このまま脳ミソごと潰してやる!」
『キキャァァァッ!』
激しい痛みに耐え切れず魔獣は暴れだし、尻尾をデタラメに動かしレーザーを連続して発射した。
一発でも当たってしまえば致命傷は避けられない。ネロはローリングしてレーザーの軌道上から避け、エミリアも氷の枝からジャンプすると向かって来るレーザーを回避する。
「あのレーザーだけはマジでヤバイな」
「ネロ、どうするの?」
「こうするんだよ!」
魔力で形成された右腕を伸ばすネロ。巨大な右腕は魔獣の尻尾を掴み取り、その巨体ごと持ち上げた。
「うまいこと逃げろよオッサン!」
「そういうのはやる前に言え!」
突き刺していた剣を引き抜き飛び退くアルデバラン。ネロはそのまま右腕を振り下ろし魔獣を床に叩き付ける。
だが強靭な体、六本の脚をバネのように使い衝撃を吸収した。
「まだ終わらねぇッ! くたばりやがれ!」
掴んだ尻尾を離さないネロ、そこから更に上に持ち上げると今度は天井にぶち当て、次は床に叩き付ける。天井に、床に、天井に、床に、天井、床、天井、床、天井、床――
繰り返し何度も何度も巨体を叩き付け、その度に轟音が響き衝撃で空気が揺れる。けれどもこれだけ攻撃を与えてもまだ、魔獣は戦意を失っておらず、尻尾の先端を光らせネロに照準を合わせた。
「っ!?」
手を離して地面を蹴り飛び退く。一瞬前まで立っていた場所にレーザーが放たれ、強力な一撃が地面を貫いた。
まだまだ反撃する力を残している魔獣にネロは軽口を叩く。
「そうこなくっちゃな。歯ごたえがある奴は嫌いじゃねぇぜ。次はぶっ潰す!」
レッドクイーンの切っ先を地面に突き立てアクセルを回す。一方の魔獣もアルデバランにより潰された目から体液を流しながらも、殺意に満ちた視線をネロ達に向ける。
その時、ふとエミリアは風を感じた。チラリと視線を向けると魔獣のレーザーにより床に穴が開いていた。
「……そっか! アル・ヒューマ!」
右手を天井に掲げて呪文を唱えると巨大な氷柱が重力に引かれて落ちる。でも、落ちる場所は魔獣が立っている場所と離れていた。
「何考えてんだよ嬢ちゃん? 敵は――」
「いいから! うまくいけば戦わなくてもよくなるから!」
言って更に氷柱を落下されるエミリア。その度に床が激しく揺れるが気にせずに撃ちまくる。二つ、三つ、次から次へと。
エミリアに視線を向ける魔獣はレーザーを発射しようとするが、爆発音が響き先端の向きが強引に変えられた。
ブルーローズを手に取るネロがトリガーを引いており、二発の弾丸がレーザーの軌道を反らす。
「テメェの相手は俺だ。無視すんなよ」
『グゥゥゥぅぅぅッ』
殺意を向ける魔獣が一歩踏み出す。すると、地面が傾き揺れだす。
「な、なんだ?」
「みんな走って! 出口から外に逃げるのよ!」
エミリアが叫ぶと同時に床が大きくひび割れる。度重なる攻撃を受けて床が支えきれなくなっていた。
片手剣を鞘に納めるアルデバランは地下に繋がる階段に隠れているオットーを迎えに行く。
「俺が竜車をなんとかする。出口の肉塊をどかしておいてくれよ?」
「わかった。アイツは何とかしておく、急げよ」
「兄ちゃんの方こそしくじるなよ!」
言ってアルデバランは走り出し、ネロとエミリアも出口に目掛けて駆け抜ける。
しかし、レーザーが行く手を遮った。チラリと魔獣を睨むネロは地面を蹴り、再び魔獣を相手にしにいく。
「ネロ!?」
「すぐに追い付く! 先に行け!」
「う、うん! 負けないでね!」
エミリアは一人出口へ向かい、ネロは巨大サソリと対峙する。ブルーローズの銃口を向けすかさずトリガーを引く。
激しいマズルフラッシュ、二発の弾丸が発射されるも二本の爪の分厚い甲殻に防がれた。
もう一度トリガーを引くよりも早くにレーザーが発射され、サイドステップで回避するネロは更に弾丸を撃ち込む。
「弾切れか……」
リボルバー部分をスライドさせ空薬莢を排出し、新しい弾を込める。
『ジシャァァァッ』
「そうだ、もっと来い! ほらほら、どうした?」
手招きして煽るネロに詰め寄る魔獣は二本の爪で攻撃を仕掛ける。右から、左から、時には尻尾からレーザーまでも発射し連続攻撃で一気に畳みかけた。
だがネロも相手の攻撃を的確に見極め回避すると同時にブルーローズのトリガーを引く。
「へへ、見えたぜ!」
爪によるガードが解かれた瞬間、その隙間を潜り抜け弾丸が赤い瞳に直撃した。二つ目の瞳を撃ち抜かれ魔獣は悲鳴を上げる。
『ギギャぁぁあぁぁッ!?』
「ネロ! 早く来て!」
声が聞こえた方向を見ると竜車の荷台に乗るアルデバランとエミリアの姿が見えた。出口を塞いでいた魔獣の肉塊も移動させられており、後は走り出せばすぐ外に出られる状況。
天井を見上げるネロはエミリアが魔法で作り出した氷の枝がまだ残っているのを目にした。
「悪いが勝負はお預けだ」
右腕を伸ばし氷の枝を掴むネロは助走もなしに大きくジャンプした。それを逃すまいと魔獣も六本の脚をバネのように使い垂直に飛び上がる。
鋭い尻尾の先端でネロの体を串刺しにすべく高速で突く。が、レッドクイーンをサーフボードのように使い下からの攻撃も防いだ。
切っ先と鋼とが激突し激しい火花を飛ばすもダメージは通らず、ネロは相手の攻撃を利用した更に遠くへ飛ぶ。
「決まった! じゃあな、サソリ野郎! 大人しくネンネしな!」
荷台の上に着地するネロとそのまま床に着地する魔獣。重たい体が床に負荷を加えた瞬間、崩壊が始まった。
塔の床に大きくヒビが入り崩れ落ちる。
『ッ!?』
この戦いで何度もレーザー攻撃を受け、更にはエミリアが魔法で意図的に床を傷つけたおかげで耐え切れずに崩れたのだ。
落ちる先は地下、何もできないまま巨大サソリはガレキと共に落ちていく。
『ッャャゃぁぁあぁぁッ!?』
「っと……あっけない終わり方だな」
「ネロ、大丈夫?」
「何とも……邪魔はなくなったんだ。行こうぜ」
窓から顔を出すエミリアに返事をし、レッドクイーンを背負うネロ。
すると崩れ落ちた床の大穴からレーザーが発射されて来た。それも連続して発射され、四方八方の壁に太い針を突き刺して滅茶苦茶に壊しまくる。
デタラメに攻撃を受けた事で塔そのものの強度が下がってしまい、自重を支えるのさえ困難になる。塔全体が揺れ始めるのを見て、ネロ達は急いでこの場を後にした。
「最後の悪足掻きかよ! おい、早く走らせろ!」
「オットーお願い!」
「言われるまでもありませんよ!」
手綱を握るオットーは一目散に地竜を走らせ崩壊する塔から脱出する。天井からは埃と共に崩れたレンガの欠片なども落ちて来る始末。そんなに長い時間はもたない。
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プレアデス監視塔を脱出した一行。見つめる先には完全に崩れ落ち、元の姿がどのような形だったのかもわからないガレキの山となったプレアデス監視塔があるだけ。
無事に脱出できた事に胸を撫で下ろすオットー。
「でもいいんでしょうか? 監視塔、壊れちゃいましたけど……」
「俺達がやったわけじゃない。気にすることじゃねぇだろ」
「えぇ~……そんな無責任な!?」
「だから何の責任があるんだ? そもそも何であんな所に塔なんてあったんだよ?」
「それは……わかりませんけど……」
「だろ? だったら気にする必要なんてねぇよ」
「そういうものですか? いや……やっぱりダメじゃないですか?」
ネロに言い包められそうになるオットーだがまだ食い下がる。しかし、アルデバランでさえもネロの意見に同調してオットーを抑え込む。
「お前は細かいことを気にしすぎなんだよ。だから商売だってそんなにうまくいかねぇんだ」
「それとこれとは全然違うでしょ!?」
「壊れたもんはしょうがないだろ。それとも何か、建て直しでもするのか?」
「無理ですよ、建て直すだなんてぇ」
「だったら諦めるしかないだろ? ほら、さっさと地竜を歩かせて大瀑布まで行くぞ」
「わかりましたけど……本当に大丈夫かな……」
最後にポツリと呟いた言葉をネロもアルデバランも無視する。
崩れ落ちたプレアデス監視塔を後にして、一行は目的地である封魔石の祠を目指した。
細かな事ですがプレアデス監視塔の壁は設定上、滅茶苦茶頑丈らしいのですが、それ以上の情報も描写も原作では描かれていません。
今回は自分の判断でこのようにさせていただきました。
ご意見、ご感想お待ちしております。