悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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ゼロから始める異世界生活

 女、一人の女が居た――

 それは美しい少女――

 腰まで届きそうな銀髪、紫紺色の大きな瞳は理知的で、柔らかな面差しには美しさと幼さが両立している。

 身長は百六十センチほど。限りなく黒に近い青い生地で作られた服装には華美な装飾などなく、彼女の銀髪と白く柔らかい肌を際立たせる。

 美しい少女はルグニカ王国の街で食料をした帰り道だ。左手に持つバスケットには赤いフルーツが数個入っている。

 

「んフフ……」

 

 想像するだけで口の中に甘みが広がり、街の大通りを思わずスキップしながら進む。そうしていると路地裏に続く道の入り口で小競り合いをしている男達を目にした。

 一人は上下に黒い服を着ているが見た事のない格好をしている少年。その少年を残りの三人が囲み、脅しているように見えた。

 

「何をしているのかしら? お節介かもしれないけれど……」

 

 わずかばかりの正義感、ちょっぴりの好奇心、少女は足音を潜ませて彼らの元へ小走りで向かう。

 

「そ、そんな危ないの使わずに話し合いませんかねぇ!? 僕ってこう見えて平和主義なもんで!」

 

「先に仕掛けたのはテメェだろうが! 楽に逝けると思うなよ?」

 

 黒い服を着る少年はナイフを突き付けられ、涙目になりながら説得を試みるが相手の三人は怒り心頭で聞く耳を持たない。

 今にも刺される危機的状況、張り詰めた空気の中で少女は声を上げた。

 

「待ちなさい! それ以上の狼藉は許さないわ!」

 

「あ゛ぁ!? 誰だお前は!」

 

「通りすがりの魔法使いよ。三人がかりで襲うだなんて卑怯じゃないかしら?」

 

「部外者は黙ってろ! それとも何か? お前からやられたいか?」

 

「んフフ! 言っておくけれど、私はすご~く強いわよ?」

 

「……舐めた態度取ったことを後悔させてやるよッ!」

 

 ナイフを握った男は魔法使いと名乗った少女目掛けて走り出す。目には殺気をみなぎらせており、もはや止まる事はない。

 けれども少女の方は余裕の笑みを浮かべており、右手を掲げると呪文を唱えた。

 

「ヒューマ!」

 

 突如として石畳の地面に薄い氷の膜が張る。それはナイフを持つ男の足元も同様で、瞬く間にバランスが取れなくなり転んでしまう。

 

「うあぁああ!? 何で氷が――痛ッ!」

 

 尻に鈍重な痛みが走る。しかしそれだけに止まらず、走っていた時の慣性であらぬ方向へ滑って行ってしまう。

 少女は掲げていた右手を残る二人に向け、得意気にセリフを続けた。

 

「どうする? まだやるつもりなら相手になるけれど?」

 

「本物の魔法使いかよ!? おい、逃げるぞ!」

 

 男達は尻尾を巻いて逃げ出し、残るのは奇妙な服を着る少年と魔法使いの少女だけ。邪魔な存在が居なくなった事でようやく、少女は見た事のない格好をしている少年をまじまじと見る。

 

「こんな材質の服なんてどこで買ったのかしら」

 

「あのぉ~……」

 

「靴も皮じゃない……あの白くて薄いカバンも何なのかしら?」

 

「すみませ~ん……」

 

「黒い髪の毛も珍しいわね……」

 

「聞こえてんのか? もしも~し!」

 

「はッ!? ご、ごめんなさい! 考えごとをしてて」

 

「いや、考えてること丸聞こえでしたけど!」

 

 対面する少年と少女。少年は内心を悟られないように表情を作りながらまくし立てるように言葉を続けた。

 

「いや、でもキミみたいな美少女のおっちょこちょいな所を見られたのは役得だったかな。これも萌えポイントの一つですよ」

 

「も、もえぽいんと?」

 

「あぁ、そのポカンとした表情もかわいい……じゃなくて! 萌えは世間に周知されたと思った俺が浅はかでした! ってか引きこもりが世間のことなんて知らなくね?」

 

「あの……もう少しゆっくり話してくれると嬉しいのだけれど」

 

「ごめんごめん! そうだよねぇこんな一度に話しても伝わんないってことくらいわかってるよ。女の子との会話は話題もそうだけどテンポも大事! って、母親ともまともに会話してない俺が偉そうに言えることじゃねぇ!」

 

 一人で勝手に喋くり倒し、一人で勝手に頭を抱えて悩む少年の姿に、少女は思わず笑みをこぼした。

 

「んフフ……見た目通りに変な人ね」

 

「え……えぇ~と……俺ってそんなに変?」

 

「うん、とっても変よ。そうだ、私の家に来ない?」

 

「俺なんかがキミみたいな美少女の家に上がり込んでもいいの!?」

 

「リンゴのパイを作るつもりだったの。よかったら一緒に食べましょ? 私、アナタに興味があるの」

 

「興味だなんてそんな……もしかして少年にはまだ早いR指定な展開なんて起こったりして!? いやいやいや、男たるものいかなる時でも紳士的でないと」

 

「そういえば……アナタ、名前は? 自己紹介がまだだったわよね?」

 

「あ……そう言われればまだだったな。んじゃ、俺から」

 

 少年はコホン、と咳払いするとその場で一回転。人差し指を天に向けポーズを決めた。

 

「俺の名前は菜月スバル! 右も左もわからない上に天涯孤独の無一文! ヨロシク!」

 

「あらそう……私はサテラ、よろしく」

 

「いや、俺の自己紹介とのギャップに心折れそうなんだけどぉ!?」

 

///

 

 魔法使いと名乗った少女、サテラの家に招かれて一か月が経過した。彼女の家で召使いとして雇われたスバルは、掃除や料理などの雑用をこなしながら平凡な日々を過ごす。

 この日も食べ終えた朝食の食器を洗いながら、一日をどのようにして過ごすかを考えていた。

 

「サテラたん、今日はどうするの?」

 

「夕方のおやつにリンゴパイが食べたいわね」

 

「いや、そうじゃなくて! 毎日毎日部屋に引きこもってばっかりじゃん!」

 

 サテラは食事と入浴する時以外は自室にこもってばかり。スバルは以前に理由を聞いたが「魔法の研究」と答えるだけで、これ以上詳しく教えてくれた事はない。

 故に彼女と会える時間も合計して一日に一時間程しかなかった。

 

「召使いのスバルに生活習慣をどうこう言われる筋合いはないのだけれど?」

 

「確かにそうだけど……マジで少しは家から出た方がいいって。買い物も俺が行くようになってから益々引きこもりに磨きが掛かってる」

 

「だって外に出る必要なんてないじゃない?」

 

「人に会えとは言わない。でも太陽の光くらい浴びた方が美容にもいいと思うよ? 体力だって落ちて来るし。いや、元引きこもりの俺が言っても説得力がないか? でも俺だって筋トレやコンビニに歩いて行くくらいはしたしなぁ」

 

「そんなの魔法を使えばどうとでもなるわ」

 

「それを言われると反論できないので止めてもらっていいですかね?」

 

 何とか彼女を説得しようとするスバルだが、次第に彼女の視線が険しく鋭い物に変わっていく。

 

「どうしてそんなことを言われないといけないのよ? スバルに関係ないでしょ?」

 

「関係……関係ならある」

 

「主人と召使いの関係でしょ? あ、わかった! 給料に文句があるんでしょ? ちょっと安くし過ぎたわね」

 

「一か月の給料が銅貨三枚なのは後になって驚いたよ!? ルグニカに来て貨幣価値を知らなかったってのもあるけどな。でもサテラたん、俺が言いたいのはそんなことじゃない」

 

「じゃあ何よ? 私、あまり気が長い方じゃないから三秒以内に答えて」

 

「三秒って短すぎない!?」

 

「さ~ん、に~い、ほら、あと一秒よ」

 

 スバルのツッコミを無視してカウントを始めてしまうサテラ。額に汗を滲ませ口を開けたり閉じたりするスバル。言い出すきっかけは作ってもらえたが言い出す決心がまだ付いていなかった。

 けれどもそんな事を知らないし、気にしないサテラのカウントは止まらない。

 

「い~ち――」

 

「好きだーッ!」

 

「……はい?」

 

 ちゃんと聞こえたがあまりにも想定外の言葉に思わず聞き返してしまう。一方のスバルも顔を真っ赤にして何も言えないでいた。

 

「え……もう一回言って欲しいんだけど?」

 

「だから……そのぉ……好き……」

 

 もう一度答えを聞いて瞳をパチクリさせるサテラは場の空気も相まって笑うのを我慢できなかった。

 

「アハハハハハ! ハハハハハ、ふふ……」

 

「なッ!? 笑うことねぇだろ!」

 

「笑っちゃうわよ、こんなの! アハハハハ! 私のことが好きだなんて」

 

「告白して爆笑された時にどんな顔すればいいかわかんねぇ! 結局、俺は振られたの? 振られたんでしょうねぇ、爆笑されてるんですし!」

 

「フフフ……普通は順序を踏むものよ? まずは食事に誘うとかね」

 

「元引きこもりにそんな高難易度なことはできません!」

 

「なら、今日の夕食は外で食べましょうか?」

 

「えッ!?」

 

「料金はスバルの給料から引いておくから」

 

 言うとサテラは自室に向かって歩いて行ってしまう。初めて女性とのデートの約束を取り付けた事に呆然と立ち尽くすスバル。

 彼女の姿が完全に見えなくなってからようやく、最後に言われた言葉の意味を理解した。

 

「いや、給料から天引きされたら今月タダ働きじゃねぇか!」

 

///

 

「魔法使いの存在、スバルは信じる?」

 

「普段から魔法使ってるじゃんか。急にどうしたのサテラたん?」

 

 お墓参りに行くと言い出し竜車の荷台に乗るサテラとスバル。席に座る彼女は外の景色を眺めながら唐突にそう言った。

 

「私ね、本当に魔法使いなんだよ? 魔法を使うだけじゃない」

 

「魔法を使うだけじゃない……ホウキに乗って空を飛ぶとか?」

 

「はぁ? ホウキに乗ってどうするの? 魔法で空くらい飛べるから」

 

「ロマンもへったくれもねぇな……となると、あとは……」

 

「魔法使いはね、人間と違って寿命が何倍も長いの」

 

「いや、考えてんのにネタバレするの止めて!」

 

 スバルのツッコミも意に介さず、黄昏ながら景色を見続けるサテラ。西日が沈む中、竜車は目的地である墓場へたどり着く。

 

「ここよ」

 

「ここって言われても……ただの林にしか見えねぇんだけど?」

 

「お墓はもっと奥にあるの。付いて来て」

 

 到着した場所は小高い丘の上にある雑木林。スバルの言う通り墓場がある雰囲気ではないし、雑木林以外に目立った物も見つけられない。

 疑問を抱きつつも先に進むサテラに遅れないように付いて行くスバル。

 

「さっきも言ったけれど、魔法使いは寿命が長いの」

 

「それと墓参りと何の関係があるんだ?」

 

「昔は友達もいたけれど、みんな時の流れに身を任せて歳を取るわ。それってね、自分だけが取り残された気分になるの。自分だけが変わらないっていうのも辛いものよ」

 

「見た目は大人でも中身は子供のままの人だって多い。俺だってそうだ……」

 

「私はね……そんな辛い思いが嫌だからあの屋敷から外に出ないの。でもね、一回だけ親友ができたの。彼女も私と同じ魔法使いだったわ」

 

「魔法使いって何人もいるのか?」

 

「さぁ、調べたことがないからわからないわ。私、親もいないから」

 

「ご、ごめん……」

 

 思ってもない話題を引き出してしまった事にうつむき加減に謝るスバル。でもサテラは歩みを止める事もなければ振り向く素振りすら見せず、林の奥へ奥へ進む。

 

「何年一緒にいたんだっけ……でも親友も強盗にお腹をナイフで刺されてあっけなく死んだわ。随分、昔の話よ。悲しくもないし、涙も流れない。ほら、着いたわ。ここよ」

 

 雑木林の中で一か所だけが開けていた。そこに大きめの石が何段も積まれており、この場所がサテラの話していた親友の墓だとわかる。

 

「サテラたん……」

 

「もうどんな声だったのか覚えてない。顔も忘れてきた。名前を忘れる日も来るのかな……」

 

 簡素な墓を見下ろしながら、両腕で自分の体を抱きしめるサテラ。その小さな体は震えており、普段の傲慢な態度からは想像できない程に弱っていた。

 震える彼女の手をスバルはそっと握る。

 

「俺は絶対に忘れないから」

 

「スバル……無理よ、私より先に死んじゃうのよ? こんな簡単な計算もできないの?」

 

「それでも俺は忘れないから! 墓の中で骨だけになっても絶対に!」

 

「んふふ……」

 

「な、何だよ?」

 

「さっきの言葉、結婚の申し込みのつもり?」

 

 言われて顔を真っ赤にして慌てふためくスバル。そんなつもりがなかったせいで余計に恥ずかしさが体全体に走る。

 

「け、けけ、け結婚!? ってかプロポーズ!? そう言われればそうだけどあんな臭いセリフ言いたくなかったぁあぁ~ッ! 普通こういうのって雰囲気とかムードとかをちゃんとセッティングしてからするのが普通なんじゃねぇの!? よりによって林の中の墓場って俺バカなんじゃね? いいやバカだ! あぁ~、俺ってかっこ悪ぃぃぃ~!」

 

「そうかもね。でも私はいいわよ」

 

「だよねぇ! いいよね、いいに決まって……いいの!?」

 

「えぇ、でも約束して。私のことを絶対に忘れないって」

 

 頭が取れんばかりに上下させる。あまりの勢いに少し風が出るくらいだ。

 

「でもいいのか? 俺なんかで?」

 

「今さら撤回するつもり? 私に恥をかかせるだなんていい度胸ね。半年はタダ働きにさせましょうか?」

 

「いやいやいやいやいや! 撤回なんてしない! あとタダ働きもゴメンだ! それと男に二言はない、絶対に忘れない。一人になんてさせないから!」

 

 真剣な眼差しを向けるスバルとサテラは向かい合い、そして自然に唇が近づいていった。

 時が止まったような感覚。相手の体温を数秒感じ、再び二人は見つめ合う。

 

「あの……えぇっと……凄かったです……ハイ」

 

「ヘンテコな感想ね。あぁ、一つ言い忘れてた。私、お喋りな人は嫌いなの」

 

「ぜ、善処します!」

 

///

 

 スバルがこの世界に来て四十余年、彼はこの世を去った。

 屋敷のベッドの上で眠る彼が目覚める事はもうない。サテラは三日三晩泣き続けたが、涙も枯れ果ててからようやく彼の顔を見る事ができた。

 

「寿命には逆らえない。ちょっと早いか遅いかだけ、わかってたことよ。でも……」

 

 五十歳を過ぎたスバルは昔と比べて体格も変わった。髪の毛も白髪交じりで髭も伸びている。けれどもサテラの姿は昔と一切変わっていない。

 サテラは足早に自室へと戻る。そして扉を閉めると机に置いてある本を開け研究に没頭した。

 

「でもまだできることはある。私が今までに研究した魔法を使えば彼を生き返らせることができるかも!」

 

 決意を固める彼女はこの日から魔法の研究ばかり続けた。寝ても覚めても研究研究研究、スバルを生き返らせる事だけを考えて日々を過ごす。

 

『一二七〇三回目の魔法実験、失敗。肉体に変化はナシ。肉が腐らない魔法を付与、外見は生前の状態を維持。二日後に一二七〇四回目の魔法実験をおこなう』

 

 羽ペンで紙に今日の実験を記録する。果てしなく続くスバルを生き返らせる為の研究。これは三年もの間、欠かさず続けられた。

 決して諦める事のないサテラ。記録が三万を超えた時、全く別の方向からスバルを生き返らせる方法を思い付く。

 

「そうだ……ずっと体を蘇らせることばかり考えてたけれど、時間ごと遡れば生きていた頃の彼に会える! そうよ、こんな簡単なことに気が付かないなんて!」

 

 自室から飛び出した彼女はスバルが置かれているベッドに走った。

 

「スバル!」

 

 魔法のお陰で死んでから数年が経過したにも関わらず外見に変化がない。サテラは手を掲げると早速、新たな魔法を唱えた。

 時を遡る魔法、長い時代を生きる彼女でも試した事のない禁忌の術。

 

「――――」

 

 魔法を唱える。ゆっくりと、唇が術を読み上げた。そもそも、このような考えを持った事自体が間違いだったのか。それとも彼を愛してしまったが故なのか。

 サテラは世界から消えた。

 




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