悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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    が始める異世界生活

 二年の月日が経ち、ルグニカの状況も変化していた。『プレアデス』と名乗る結社がルグニカの裏社会を牛耳り、彼らに逆らう者は容赦なく殺されている。

 その『プレアデス』のリーダーを務める男は『粛清王』とも呼ばれ、人々は恐怖した。

 粛清王とまで呼ばれる男が居座るアジトで、サテラは両手を縛られ口には布を噛まされ、更には目隠しされた状態で床に寝転ばされている。

 

「ボス、どうしますか? 掴まえた女、おかしなことを言ってましたが?」

 

「ハリベルさんはどう思いますか?」

 

「いやぁ~、頭おかしくなっとるんちゃいます? 嘘じゃないとしたらそうとしか思えません」

 

 唯一できるのは会話を聞く事だけ。サテラは床の上で彼らの会話を聞きながら考える事しかできない。

 

「会ったこともないのに俺のことを知ってる……それも絶対に俺しか知らないことを……」

 

「こいつの言ってたこと、合ってたんですか? だとしたら益々訳わからん女ですわ。街中でブツブツとボスの名前を呟きながらひたすら歩いてましたけど、ボスのことを知っとるならプレアデスのことも知っとる筈なんですけどね。そんなことしとればこうなることも」

 

「普通に考えればそうなんでしょうけど、普通でないからそんなことをしたのでしょう。ハリベルさん、その人の口、使えるようにしてください」

 

「えぇ? いいんですか?」

 

 ボスの指示に従うハリベルと呼ばれる男。サテラは何も見えないながらも体を抱き起され、口を縛っていた布を解かれた。

 何時間ぶりか口を動かせる。舌を動かし、生唾を呑み込むと同時に酸素を取り込む。

 

「はぁ……はぁ……スバル、そこに居るんでしょ?」

 

「少しだけ質問があります。俺はアナタのような人と出会ったことはありません。記憶にもありません。俺が会う人間は選んでいますし、会う時は部下を連れていますので。あぁ、ごめんなさい。回りくどいことを言ってしまって。でもこれが――」

 

「昔のスバルの喋り方……私、知ってるよ?」

 

「昔と言うのはどういうことですか? 昔の私を知る者など居ません」

 

「でも私は知ってる。屋敷で一緒に暮らしたでしょ? アナタが作ってくれるリンゴのパイ、本当に美味しかった」

 

「リンゴ……」

 

「その後、私達は結ばれたの! 私とスバルの愛は永遠に途切れない! アナタも永遠に、私も永遠にアナタを愛する!」

 

「ボス、この女やっぱ頭おかしいですぜ」

 

「アナタが私に全てを与えてくれた!だから私はアナタを――」

 

「うるさいやっちゃな!」

 

 これ以上は聞いてられないと割って入るハリベルは布でもう一度サテラの口を縛り喋れないようにした。

 

「むぅッ!? んんッ!」

 

「アナタの話はわかりました。ですがアナタが生きていると邪魔になる。やぶさかではありますが死んで貰います。でも……そうですね……愛、なんて言葉久しぶりに聞きました。何か一つ、簡単な願いくらいなら聞いてあげます。ハリベルさん」

 

 言われて口を縛る布を再度解く。自由に言葉だけは発せるようになったサテラ。唇を舌で軽く濡らしてから、サテラは口を動かす。

 

「願い……私が願うことなんて決まってる。スバル、アナタの顔が見たい」

 

「かお? 顔を見るだけ、そんなことでいいのですね。命乞いをするでもなく、諦めて覚悟を決めた訳でもない。やはりアナタは変わった人だ。ハリベルさん、目隠しを取ってあげて下さい」

 

 スバルの指示通り動く部下のハリベル。次は目の拘束を解かれるサテラ。けれども何時間も閉じていたのと、この部屋に全く明かりがなかったせいもあり前がよく見えない。

 ぼやけながらも見た先には、影のような姿が見えた。

 

「よく……見えないなぁ。もっと近くで見たい」

 

「それはダメです。そこからでも顔を見るくらいならできるでしょ?」

 

「あの時から一瞬だってスバルのことを忘れたことなんてないよ? 街で会えた時も本当に嬉しかった……」

 

「ハリベルさんも居るので誤解のないように言っておきますが、俺とアナタが会ったことは一度もありません。正直なことを言いますと、アナタの言うことは妄言か何かだと思っています。俺のこと、俺の過去まで知っていることには疑問が残りますが、殺してしまえば関係ありません」

 

「スバル……アナタの顔が見えるわ。泣かないで……」

 

 暗闇の先に居る人物は間違いなくスバルだった。黒いローブに身を包む彼の瞳は精気がなく、まぶたには深いクマ。

 深い沼に沈んだ彼の心は何人も寄せ付けず、人を殺す事に躊躇いがない。

 故に『粛清王』とまで呼ばれるようになった男は、サテラが言うように泣いてなどいなかった。けれどもピクリと一瞬、右まぶたが動く。

 

「俺が泣く?」

 

「泣かないで。傷付かないで。苦しまないで。悲しい顔をしないで。私はアナタを愛しています。だからアナタも――」

 

 サテラの言葉が目の前の男に届く事はなかった。最後まで言い終わる前に鋭い剣が振るわれ、彼女の首は切断されてしまう。

 痛みを感じる時間もないままサテラは絶命した。残るのは切断面から血を噴き出す肉の塊。剣を握るハリベルを見る粛清王はポツリと呟く。

 

「死にましたね? ゔぅッ!?」

 

「殺せって命令したのはボスでっせ、わかっとる?」

 

「わかってますよ。でもこればかりはどうしても……ゔぅッ!? 慣れない……」

 

「そればっかはどうしても理解できませんわ。ここまで登り詰めるようなお方が、人が死ぬのを見るのが苦手なんて」

 

「せめてもの償いですよ。俺の目の前に現れてしまった。たったそれだけで命を奪い取るんです。それくらいはしてあげてもいいでしょう」

 

「そうでっか。やっぱボスの考えはわかりませんわ」

 

 言うとハリベルは剣を鞘に戻し、死体に変わったサテラを運び出そうとかがもうとした。

 

「あれ? ボス、あの女の体が――」

 

 サテラは消滅し世界も消えた。

 

///

 

「戻って来た……またこの場所に……」

 

 サテラはルグニカ王国の街で立っていた。立っている場所、見える景色、人で溢れ返る街中から聞こえて来る会話も今までの記憶と同じ。

 

「安いよ安いよ~! お姉さん、レモンはどうだい?」

 

「今日はどっちに賭ける? 俺は――」

 

「ロズワール辺境伯の推薦したハーフエルフが次の王選に出るらしいぜ!」

 

 体に痛みは感じないし疲労感さえもない。それでも指先で自らの首を触ってみるが、剣に斬られたキズなどない、白く柔らかい肌がそこにあるだけ。

 

「んフフ……フフフフフ……スバルとまた会える。待ってて、スバル」

 

 口元に笑みを浮かべながら早足で歩きだすサテラ。向かう先は薄暗い路地裏、以前にもそこでスバルと会う事ができた。

 人ごみの中を縫うようにして進むサテラ。路地裏に来るのはこれで三度目。

 

「スバル!」

 

 けれども薄暗い通路の先には誰の姿も見当たらない。通路の脇にいくつかゴミが捨てられているだけ。でもサテラは悲観するどころか笑みを浮かべたままだ。

 

「そっか、今回も居ないか。だったら……」

 

 ゆっくり唇を動かし魔法を唱えるサテラ。すると右手の中に氷の杭が作られ、彼女は躊躇なく鋭い切っ先を首に突き刺した。

 

「待ってて……スバ――」

 

 大量の出血、力なく倒れる体。治療しなければ助からないが、元から助かるつもりなどない。スバルが居ないのなら生きている理由などないから。

 しばらくすると意識も途絶え、サテラは絶命し世界は消えた。

 

///

 

「何度でも繰り返せる。理由はわからないけれど」

 

 サテラは自らが置かれた境遇を少しずつ理解した。どのような理由で死のうとも必ずこの場所に戻ってくる。

 

「安いよ安いよ~! お姉さん、レモナはどうだい?」

 

「今日はどっちに賭ける? 俺は――」

 

「ロズワール辺境伯の推薦したハーフエルフが次の王選に出るらしいぜ!」

 

 魔法を使えるサテラでさえ経験した事のない現象だが、理屈や理論など些末な問題。使えるのなら何だって使う。それはただ一つ、スバルともう一度会う為に。

 

「スバル……今から行くね」

 

 再び右手の中に氷の杭を作り出すと躊躇なく首に突き刺す。

 そこからサテラは何度も何度も、数えきれないくらい自らの命を絶った。百回か、千回か、もっと多いかもしれない。

 一時でもいいから彼に会う為に。自らの命はそんなわずかな可能性と天秤に掛けられる程に軽い。

 

「スバル、スバル、スバル……スバル……スバル――」

 

 ずっと彼の事を考えている、思っている。忘れる事などなく、死ぬ程にその思いはどんどんと強まる。

 死ぬ事は手段、死ぬ事は過程。

 そうして幾千もの自らの命を絶った。

 

///

 

「スバル……会いたい……会いたいよ……」

 

「安いよ安いよ~! お姉さん、レモナはどうだい?」

 

「今日はどっちに賭ける? 俺は――」

 

「聞いたか? 魔女がまた一人減ったらしいぜ」

 

 死ねども死ねどもサテラはスバルと出会えない。もはや死ぬ事は天秤にも掛かっておらず、無心で繰り返す死のスパイラルに心が砕けそうになる。

 それでも精神を保てているのはスバルに会いたいという一点のみ。

 

「行かないと……あの場所に……」

 

 ふらふら歩くサテラはすれ違う人々と肩がぶつかりながらも前に向かって進む。何度目になるのかもわからない、薄暗い路地裏の前にまで来た。

 そして視線を向けた先には誰も居ない。瞬間、心の奥底が暗く淀み絶望に苛まれる。

 

「居ない……何度繰り返しても……」

 

「居た……やっと見つけた……」

 

「ッ!?」

 

 背後から冷たい声が全身に絡み付く。額に汗がにじみ鳥肌が立つ。咄嗟に振り返ろうとするも、がっちりと組み付かれ身動きが取れなくなる。

 

「アナタ、誰なの?」

 

「アタシ? アタシは魔女、世間では嫉妬の魔女なんて名前で呼ばれてるわね」

 

「魔女? 魔法使いとは違うの?」

 

「さぁね、どうだっていい。魔女だろうと魔法使いだろうと、必要なのは魔女因子。それも特別な因子」

 

「魔女因子……何だっていうのよ!?」

 

 拘束を振り解こうとするがやはり動けない。背後の魔女は暴れるサテラをよそに言葉を続ける。

 

「他の魔女共を滅ぼした所で意味がなかった。アタシが求めた力は得られない。でもアナタを見つけた。アナタの因子があればアタシの目的が成就する!」

 

「何なの!? アナタは何なのよ!」

 

「言ったでしょ? 嫉妬の魔女だって。アナタだけ愛されてズルい……アタシにだって愛は分け与えられるべきよ!」

 

「嫉妬の……魔女……」

 

「んフフ……せめてもの感謝の気持ちよ。アタシが誰か知りたいんでしょ?」

 

 背後からの拘束が解かれる。けれどもサテラはその場から一歩も動く事ができなかった。理由はひとつ、自らを嫉妬の魔女と名乗る人物の顔を見てしまったから。

 

「どうして……どういうこと……」

 

「驚いた? 驚くわよねぇ、だって――」

 

 サテラの前に現れた人物、それはもう一人の自分だった。まるで鏡を見たかのように、特徴的な銀色の長髪も、白い肌を纏う濃いドレスも、整った顔も、全てが自分と同じ。

 目の前に現れたサテラは全てを見透かしたかのようにほくそ笑む。

 

「アタシは嫉妬の魔女、もう一人のアナタよ」

 

「もう一人の私?」

 

「説明する必要なんてない。アタシとアナタ、すぐに一つになるのだから」

 

 理解できないまま会話を続けるもう一人の自分。すると体がもう一人の自分と混ざり合う。魔法ではない。もっと別の現象。

 体が一つに融合すると心まで一緒になるのにそう時間は掛からない。

 

(わからない! どうなって……どうなってるのよ!?)

 

(アタシと一つになるのよ! 世界に同じ人間は二人も居られない。ただそれだけのこと)

 

(一つに? 嫌……イヤァァァッ!)

 

 抗う事はできない世界の法則。サテラと嫉妬の魔女、二人の体は一つになり、その精神の大部分は嫉妬の魔女が握った。

 

「やったぁ……遂に手に入れた! 他の魔女を超越する力……因子を!」

 

(一体……何をするつもりなの?)

 

「言ったでしょ? アナタだけ愛されるなんてズルいって。私にだって彼に愛される資格はある」

 

(彼? そんなことさせない!)

 

 サテラは氷の杭を作り出し首元に突き刺そうとするも、今は嫉妬の魔女の体である切っ先が肌に突き刺さる前に右腕の動きを止められてしまう。

 

「無駄よ、もうアタシの体なんだから。精神の奥底で黙ってなさい」

 

(クッ!? 死ねれば元に戻れるのに)

 

「アハハハッ! 死ねれば戻れる? アナタの力はそんな生易しい物じゃないわ」

 

(え……知ってるの? 私がどうして生き返るのを繰り返せるのか?)

 

「知ってるけど教えてあげない。時間はあるんだし、ゆっくり考えなさい……ハハハハハッ、んフフッ!」

 

 笑うサテラ、嫉妬の魔女は薄暗い路地裏から消えていく。

 そして幾ばくかの年月が経過し、魔女は三英雄により封印され世界に平和が訪れた。




サテラ編は終了です。次回からネロ達が活躍する本編に戻ります。
ご意見、ご感想お待ちしております。
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