悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission4 双子のメイド

 それから暫くしてブルーローズをガンホルダーに戻すとボロボロになった屋敷へ戻って行った。激しい戦闘により内装はグチャグチャ、弾丸により壁や天井には大きな穴が開いてしまっている。それにより入り口の扉を閉じても冷たい夜風が入り込んで来た。

 静けさが支配する空間でネロは口を開けると奥へと逃した3人を呼び寄せる。

 

「終わったぜ。もう出てきても大丈夫だ」

 

「ほ、本当か?」

 

 頭を抱えながら小柄なフェルトが更に縮こまりながらゆっくりと頭を出す。室内の様子を見て安全を確認してからようやく、ホッと息を吐き奥から出て来た。それに続いてロム爺とエミリアも戻って来る。

 ロム爺は目の前に広がる惨状を目の当たりにしてからネロの方を見るとその体が無事な事を確認した。

 

「あの腸狩りの女を退けるとは良くやるな。腹も捌かれてねぇな」

 

「当たり前だ。こんな所で殺されてたまるか。でも悪い、部屋はボロボロになっちまった」

 

「構わんよ。命があるだけ儲けもんだ。で、これからどうするつもりだ?」

 

「いつまでもここに居る理由がないからな。さっさと次の街にでも行くさ」

 

「そうか、別に止めはしねぇ。お前くらいの腕があれば野盗に襲われる心配もない。行くなら少しでも早い方が良い」

 

 言いながらロム爺はカウンターの裏から銀貨を数枚取り出すとネロの元へ歩いて行きコレを手渡した。自分、牽いてはフェルトとエミリアを助けてくれた謝礼金である。

 無言で手渡して来るロム爺にネロも無言でソレを受け取った。無造作にロングコートのポケットに入れると床に置きっ放しにしていたアタッシュケースを持ち、次の場所に向かうべく振り向きもせずに歩きだす。

 ガタガタになってしまった扉から外に出ようとノブに触れる瞬間、何者かが外側から扉を開けて来た。

 ネロの目の前に現れたのは自身と同じくらいの身長、端正な面持ちの赤毛の青年。黒を基調とした衣装を着る彼は相当急いで来たようで、肩で息をしながら室内に入って来る。

 

「何だ、お前?」

 

「失礼、エミリア様! ご無事で!」

 

「無視かよ……」

 

 ネロを押し退けて歩を進める赤毛の青年は強い足取りでエミリアの元に向かう。彼女は突然現れたこの青年に驚きを隠せない。

 

「ラインハルト!? えぇ、私は大丈夫。他の人も」

 

「そうですか。いえ、非番だと言うのにやる事が見つからず、城下を離れこんな所にまで足を運べば、激しい物音とアナタの声が聞こえた気がしたので」

 

「そう、でも今回は剣を握る事もないわ。ネロが居てくれたから」

 

「ネロ……」

 

「そこの彼よ。剣の腕もあるわ。騎士になれる程の」

 

 赤毛の青年、ラインハルトはネロに向き直ると直立し頭を垂れた。突然の事にネロは思わず後ずさりしてしまう。

 

「この度はエミリア様の窮地を救って頂き誠に感謝する。本来なら彼女の警護は騎士である自分の役目だったが」

 

「別にこれくらい大した事じゃねぇよ。それよりさ……頭上げてくれないか? むず痒くってよ」

 

「そうか……」

 

 言うと元の姿勢に戻るラインハルトはもはやネロに興味を失ったのか、再びエミリアの所に行くと耳元で囁く。

 

「ですがどうしてこのような所に?」

 

「もう良いの。ここでの用事は済んだわ」

 

「でしたらこれ以上の詮索は致しません。が、身辺には充分にご注意を。帰りは部隊の者を付けさせますので。自分も同行します」

 

「迷惑を掛けてしまったものね。お願いします」

 

 エミリアの同意を得るとラインハルトは暗く埃が舞い上がる大蔵から出ようと踵を返す。が、横目にちらりと見えた少女に足は止まってしまう。

 

「ラインハルト?」

 

 エミリアからの呼び掛けにも応じず、じっと少女の姿、フェルトの表情を凝視している。立ち止まって何秒経過したか、ラインハルトは足早にフェルトの元に行くとその小さな右腕を掴む。

 

「なっ!? 何だ、お前!? いっつ! 痛いッての!」

 

「済まない。君の名前を聞かせてくれるか?」

 

 口で言うだけで謝罪の意思は全く感じられない。今のラインハルトはそんな事を気にしている余裕はなかった。

 目の前の少女の事で頭が一杯になっている。そのせいか、端正な面持ちは殺気立っているようにも見えた。

 幼い少女の瞳は不安に揺れ、聞かれた事を素直に答えるので精一杯。

 

「ふ……フェルト……」

 

「家名と年齢は?」

 

「か、家名なんて大層なもんは持っちゃいねぇよ。年は……たぶん、十五ぐらい……」

 

 たったそれだけの問答でラインハルトは何かを察した。怯える少女の右腕を決して離さないように力強く掴むとエミリアに振り返る。

 

「彼女の身柄は自分が預からせて頂きます。宜しいでしょうか?」

 

「……理由を聞いても?」

 

 眉をひそめるエミリア。けれども彼はその質問に答えようとはしない。

 三度フェルトに視線を向けると強引に彼女を連れて行こうとする。

 

「付いて来て貰いたい。すまないが、拒否権は与えられない」

 

「なッ!? どうしてお前なんかに! アタシが何したって――」

 

 身の危険を察知するフェルトはわずかばかりに反抗の意思を示し、ラインハルトにありったけの罵詈雑言でも浴びせてやろうとするが、爆発音が室内に響く。

 視線を向けるとブルーローズを握るネロの姿が。

 

「どう言うつもりだい?」

 

「それはこっちが聞きたいよ。お前こそエミリアを助けに来たんじゃなかったのか? それが今度は子どもを連れ去ろうって?」

 

「何も知らない君には理解できないことだ。できれば邪魔しないで貰いたいな」

 

「確かに何も知らないよ、知らないことだらけだ。でもよ、お前が理不尽なことをしようとしてることくらいはわかるぜ」

 

「理不尽……確かにそうなのかもしれない。でも君には関係ない。今はね」

 

「そのクソガキには借りがあるからよ。返して欲しいんだ、今すぐ」

 

 一歩も引かない両者、鋭い視線がバチバチとぶつかり合う。ネロはブルーローズの撃鉄を引いているし、ラインハルトも今すぐに腰の剣を引く体勢を整えている。

 一触即発、いつ戦いが始まってもおかしくない。

 けれどもそうはならない。エミリアが間に割って入ると2人の仲裁をする。

 

「ネロ、武器を下ろして! ラインハルトも、絶対に剣を抜いてはダメよ!」

 

「チッ……」

 

「御意。すみません、焦るあまりに」

 

 戦闘態勢を解くネロとラインハルト。二人の殺気が消えるのを感じるとエミリアもホッと息をつく。

 

「とにかく、ここは一度解散しましょう。でも安心して、彼女に危害を加えたりするような事は絶対にありません。そうでしょ、ラインハルト?」

 

「ハッ、騎士の誇りに掛けて」

 

「ネロも、これで良い?」

 

「良いもなにも……そこのクソガキに聞けよ」

 

「だぁ~かぁ~らぁ~、アタシはフェルトだッ! 二度とクソガキって言うなッ!」

 

「ハハッ、これからは俺の荷物に手を出すなよ?」

 

「ケッ、わかってるよ」

 

 悪態をつくフェルトのお陰で空気が少し和やかになる。そして今度こそ四人はロムの大蔵から外に出た。

 ラインハルトはフェルトを連れて、エミリアもそれに同行するつもりだったが、隣に立つネロに呼び掛ける。

 

「ねぇ、ネロ? これから行く所は決まっている?」

 

「行く所、ねぇ」

 

「良ければ私に付いて来てくれない? 今回の襲撃を助けてくれたお礼がしたいの」

 

「別にアレくらいたいしたことなかったけどよ。まぁ、そう言うなら付いて行こうか。あてがある訳でもないしな」

 

 立ち止まっていても何もならない。

 手掛かりすら見付からない状況で、ネロはエミリアの後に続き歩を進める。全ては彼女が待つフォルトゥナに帰る為に。

 

「あぁ、そうだ。ネロ、一つだけ言わせて貰う。君が握っていたその武器。どのような物かはわからぬが、飛び道具である事くらいは想像がつく。その武器の攻撃は僕には絶対に当たらない」

 

「撃ってだめなら斬ってみるまでさ」

 

「君と剣を交える日を楽しみにしているよ」

 

「俺は今からでも良いけどな。お前がそう言うなら待ってやる」

 

「ふふっ……」

 

 ネロとラインハルトとの緊張状態はまだ続いていた。 

 

///

 

 目の前に広がる光景は、なんて広く広大なのだろう。

 整えられた芝生の広がる庭はどこまでも続き、鳥たちのさえずりと共に巨大な噴水から水の音が奏でられる。

 風に乗って薔薇の香りが鼻孔を突き、そびえ立つ真っ白な城は前衛的ですらあった。

 

「なんだ、ここは?」

 

「なんだ、とは失礼よ。ここはロズワールのお城」

 

「城なのはわかるけどよ……それとロズワールって誰だ?」

 

「ロズワール・L・メイザース。変わった所がある人だけど悪い人ではないわ。まぁ、詳しい話は後にしましょう。少し歩き疲れたし、中でひとまずは休憩を取らないと」

 

 怪しげに城を見つめるネロだが、エミリアは意にも返さず門を潜り前へと進んで行く。不安は拭えない。それは悪魔の右腕が疼いているのか、それとも今までの経験からか。

 はっきりとはわからないが取り敢えずは彼女の後に続くしかなかった。遅れて歩き始めるネロではあるが高い身長と大きな歩幅ですぐにエミリアに追い付くと、ほとんど同時に巨大な扉に触れる。

 けれども違うのはエミリアはノックをしようとしたのに対し、ネロはそのまま返事も聞かず扉を勝手に開けてしまう。

 

「ちょっとネロ!?」

 

「怒る程の事でもないだろ?」

 

 彼女の制止も聞かずにネロはズケズケと城の中へと入っていく。

 床は真っ白の大理石、天井にはシャンデリアと螺旋階段まで。だがそれよりも目を引くのは、メイド服を着込む二人の幼い少女。

 

「全く……礼儀のなってないお客様が入らしたわ、姉様」

 

「そうね……礼儀がなってないわね、レム」

 

 身長はおおよそ百五十センチほど。一人は桃色、もう一人は水色のショートヘアーをしており、片目が前髪により隠れてしまっている。桃色が左目、水色が右目。

 髪の毛の色と隠れている瞳以外はそっくりな面持ちから、二人は双子の姉妹と言う事までは想像が付く。

 

「悪かったよ、次からはノックくらいするよ」

 

「わかっているのなら初めからして欲しいものね、姉様」

 

「子どもでもできる事くらいして欲しいものね、レム」

 

 表情を歪ませるネロは思わず悪態を付きそうになったが何とか口を閉じる。

 

「二人共、ネロは私の恩人なのだから。今日一日はちゃんと持て成して貰わないと困るわ」

 

「お帰りなさいませ、エミリア様。ロズワール様は只今外出中です」

 

「その間はエミリア様が屋敷を預かって欲しいとの事。予定では午後にはお戻りになります」

 

「そう、わかったわ。それと改めて紹介するけれど、この人はネロ。この間、危ない所を助けて貰ったの。だからその御礼にね。少しでも体を休めてもらえればって。ネロも、二人はこの屋敷のメイドで名前はラムとレム。双子の姉妹」

 

 エミリアを通して軽くではあるがそれぞれの事を理解すると、ラムとレムの対応も早かった。見た目はまだまだ幼い二人ではあるが、メイドとして使えて早数年。

 失礼のないように客人を持て成す作法くらいは覚えている。

 

「ではネロ様、お部屋にご案内させて頂きます」

 

「お荷物をこちらに。お部屋まで運ばさせて頂きます」

 

 左手に握る黒く大きなアタッシュケース。フェルトが盗もうとしたこのケースは見た目以上に重い。現にフェルトも両手を使って持ち去ろうとしたが地面に引っ張られる結果となった。

 それと中身を知られたくないと言う理由もある。

 

「いや、コイツは自分で運ぶ。子どもには持てない」

 

「ご心配なく。お客様の荷物を傷付けるような事は致しません」

 

「ご安心を。多少重たい程度なら問題ありません。お客様に苦労は掛けません」

 

「いや、だから……」

 

 渋っている間にも青髪のメイド、レムがアタッシュケースを掴み取ると両手で持ち上げようとする。まだ幼い体はアタッシュケースの影に隠れそうになりながらも、ギリギリの所でケースの底は床に付いていない。

 

「やっぱり子どもには無理だって。俺が持つ」

 

「いえ、荷物とレムとの対比が悪いだけです。こうすれば」

 

「いえ、荷物と私との対比が悪いだけです。こうやれば」

 

 二人がかりでアタッシュケースを持ち上げ側面が下を向くように持ち替える。そしてレムはケースの底に入り込むと両手を上に上げ、更には頭の頂点も使ってケースを支えた。

 

「これなら一人でも運ぶ事ができます」

 

「これならレムだけで運ぶ事ができます」

 

「……頼むから崩れ落ちるなよ」

 

 言うとラムとレムはネロを部屋に案内するべく通路に向かって歩きだす。ネロも二人の後に続き屋敷の中を進んで行く。

 残されたエミリアは去っていく後ろ姿に笑みを浮かべると自室に向かった。




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