悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission5 ベアトリスの書架

 広大な城の中を進むネロ。少し視線を向ければ至る所に部屋の扉が備えられている。

 

「随分と広いな。人の気配が感じられないけど、他には何人住んでるんだ?」

 

「この屋敷に住む人間は限られています。領主であるロズワール様、司書を務めるベアトリス様」

 

「王選候補者であるエミリア様、そしてこの屋敷のメイドを任されているラムと妹のレムだけです」

 

「たったそれだけ? それに二人で屋敷を管理してるのか?」

 

「それがラムの仕事ですから」

 

「それがレムの仕事ですので」

 

 この場所の事も、この屋敷の事も、わからない事は山のようにある。だが考えるのはどうすれば帰れるのか。

 思い人であるキリエはどうしているのか、片時も頭から離れない。

 そうしている間にも用意された部屋にまで来た二人は扉を開けてネロを室内に誘う。

 

「こちらがお部屋になります。ご自由におくつろぎ下さい」

 

「お食事の時間になりましたら、またお伺い致します」

 

「あぁ、わかった」

 

「それでは失礼させて頂きます」

 

「お荷物はこちらに」

 

 重たいアタッシュケースを部屋の隅に置くレム。そうして二人は横並びになって頭を垂れると扉を閉じて部屋を後にした。

 雑音一つない静かな室内。一人にされたネロは思わず目を見開く。

 

「toot! ホテルのスイートみたいじゃねぇか。広いベッドに……庭を一望できるベランダ。快適に眠れそうだ。まぁ、寝るしかやることがないか……」

 

 ガンホルダーからブルーローズを取り出すネロはおもむろに机の上でメンテナンスを始める。悪魔に対抗できるようにネロが改造した大口径リボルバー。これを使いこなす事ができるのもメンテナンスができるのも製作者であるネロだけ。

 だが別段、使っていた異常を感じた訳ではない。ばらして、煤と埃を取り除き、また組み立てる。

 

「あ゛ぁッ! 本当に何もねぇな! 退屈過ぎてどうにかなりそうだ! クソッ、本当にここはどこなんだ。何でも良いから帰る方法を見付けないと」

 

 以前、街中でも確認したように電気が流れていない。それはこの部屋、この城でも例外ではない。夜になれば月明かりとランプの火だけが頼り。この部屋にも入り口の扉近くにランプが備え付けられている。

 まだ若いネロからすれば暇、と言うのはストレスだ。これ以上ストレスを溜めない為にも何か行動するしかなかった。

 ブルーローズを再びガンホルダーに戻すと足早に部屋から出て行く。

 

「こんだけ広い城なら書室くらいあるだろ。地図を見付ける。そして外へ行くんだ」

 

 右を見ても左を見ても通路がどこまでも伸びるだけ。そして窓から見える青い空とシンメトリーの庭園。

 だがそれさえも、視界に入るだけでイラつく。

 左へと進むネロは兎に角、前だけを見た。進めども進めども扉、扉、扉。

 

「それにしてもどれだけ広いんだ? ずっと廊下が続いてる」

 

どれだけの扉を通り過ぎたのかもわからないし、目的の書室がどこなのかもわからない。だが不意に右腕が反応した。

 

「何だ? 何かあるのか?」

 

 反応はすぐ隣の部屋の中。ネロは目の前の部屋のノブを握ろうとし、一瞬踏み止まりノックをしてから扉を開けた。

 

「これなら文句ないだろ。それよりも……Bingo!」

 

 一体どれだけの数が揃えられているのだろうか。見渡す限りの本の山。広いスペースの端から橋まで設置された本棚、その中には一ミリの隙間なく本が敷き詰められている。

 書室と言うより書庫と呼ぶのが相応しい。

 

「さぁて、さっさと地図を見付けるか」

 

 ネロは書庫の本棚を見渡すが、見える背表紙に読み取れる文字は書かれていない。アルファベットの一文字さえも。書かれているのは外でも見た看板などと同じ象形文字。

 無造作に取った本を開けて試しに読もうとしてみるが、内容は地図でもなければ絵の一つさえも載っていない。

 二ページ、三ページ捲ってみても読めない文字がぎっしりと書き連ねられている。

 

「チッ、またコレか。やっぱり英語はないのか? それよりも地図だ。地図なら読めるだろ。どこにある?」

 

「人の書架を勝手に触っておきながら舌打ちとは……全く不愉快な男なのね」

 

「ッ!?」

 

 反射的に振り返った先に居たのはまたしても幼い少女。フリフリの赤いドレスを身に纏い、クリーム色の長い髪の毛はツインテールで束ね、更にクルクルとロールしてある。

 その姿は完璧な整合性で作られた人形のように可憐だ。けれどもネロはその彼女から鋭い視線を向けられている。

 

「何だ……子どもかよ。ビックリさせるな」

 

「随分と無礼な男なのね。その口ぐせの悪さ、殺されても文句は言われないのね」

 

「殺すだなんて穏やかじゃないな。用が終わればすぐに出て行くよ」

 

「それが賢明なのね。でも用を済ませるのを待つ程、今のベティは機嫌が良くないのよ」

 

「わかった、わかったよ。地図が欲しいだけだよ。俺もここに長居する気はないからな。この本棚のどこにあるか知ってるか?」

 

「当然なのよ、ここはベティの書架。この部屋でベティの知らない事なんてないのよ。でもその前に……」

 

 気が付けば自らをベティと呼ぶ少女はネロのすぐ前にまで来ていた。身長差は歴然、頭の頂点が腰の位置に届くかどうか。

 少女は右手を伸ばすとネロの右足に触れる。

 

「動くのではないのよ」

 

「動くなってお前――」

 

 次の瞬間、ネロは目を見開いた。全身の血が沸騰したかのように体が熱い。目の前の少女に何かをされているのは明らかだ。

 けれどもその少女の様子もどこかおかしい。額からは汗が滲み出し、体も震えている。

 

「お前、何をした!?」

 

「このマナの流れ……アナタ、人間ではないのかしら? それよりも……引きずり込まれる……蝕まれるこの感覚は……」

 

「オイ!」

 

 ネロには何が起きているのか理解できない。兎も角、触れる少女の右手を掴み上げて右足から引き剥がすと、そのまま背中を支えて床に寝かしつける。

 少女は今や息も絶え絶えになってしまっていた。

 

「しっかりしろよ! 何をやったんだ?」

 

「アナタこそ何者なのね? ベティがこんな……屈辱なのね」

 

「無理して動くな。誰か呼んで……って誰も居ないんだったな。どうする?」

 

「ハァ……ハァ……ベティの体に……触らないで欲しいの……」

 

「あぁ? そんなこと言ってる場合かよ。医者の所に行くか、せめて薬くらい――」

 

「ベティに触るなァァァッ!」

 

「ッ!?」

 

 弱った体から振り絞る渾身の力。突風が発生し、少女の倍以上はあるネロの体が浮き上がり吹き飛ばされる。

 入り口の扉がバタンと開き、ネロは為す術もなく書庫から投げ出されてしまう。最後に見えたのは固く閉じられる扉のみ。

 そして飛ばされる体は背中からどこかの扉にぶち当たると中へと入って行く。

 

「ぐぁッ!? クソッ、何だって言うんだ。地図も見つからなかったしよ。で、ここはどこだ?」

 

 立ち上がるネロはコートに付いた埃を撫で払い周囲を見渡した。鍋で煮込まれている具材。火で焼かれる肉と魚。食欲を唆る香辛料の匂いから、この場所が調理場だとすぐにわかる。

 そして調理をするのは双子のメイド。突然、調理場にやって来たネロを鋭い目でじっと睨む。バツが悪そうに、ネロは軽口を叩くしかできない。

 

「悪い、ノックが強すぎた」

 

「まったく……礼儀がなっていない人ね、姉様」

 

「まったく……礼儀を知らない人よね、レム」

 

///

 

 陽の光がさんさんと降り注ぎ、時刻は昼を過ぎたあたり。食堂に呼び出されたネロとエミリアは双子のメイド、ラムとレムが作った昼食を食べ終えた所だ。

 カップに注がれたお茶を飲むエミリアは笑みを浮かべて二人に感謝の言葉を述べる。

 

「今日のお昼ごはんも美味しかったわ。ありがとう」

 

「お粗末さまです、エミリア様。それにしても――」

 

「お夕食も楽しみにしていて下さい、エミリア様。それに比べて――」

 

 二人が見るのは客人であるネロの姿。彼も昼食を食べ終え用意されたナプキンで口元を拭いている。

 

「食事の時は手袋を外すのが作法です、お客様」

 

「食事の時は手袋を外すのが作法なのよ、お客様」

 

「良いんだよ、これで。それより外に行っても良いか? 部屋に居ても暇でよ」

 

「かしこまりました。すぐに仕度を」

 

「かしこまりました。すぐに準備を」

 

「部屋から俺のケースを持って来てくれ。それと地図はあるか?」

 

「はい、街の地図ならすぐにご用意できます」

 

「はい、村までの地図ならすぐに持って来れるわ」

 

 ラムとレムは言われた通りにアタッシュケースと地図を用意すべく足早に食堂から立ち去って行く。ネロも椅子から立ち上がりこの場から去ろうとするが、エミリアはそれを呼び止める。

 

「ネロ、これからどうするの?」

 

「言ったろ? ここに居ても暇過ぎる。せめてダーツかビリヤードくらい置いてあったらな。時間潰しながらちょっと調べたいこともある」

 

「そう……だったら、せめてコレを持っていって。何かの役に立つだろうし」

 

 言ってエミリアは懐から布袋を取り出すとネロに手渡した。中に入っているのは十枚ばかりの銀貨。

 

「別に金なんて要らねぇよ。それもこんなに」

 

「良いの、ネロは私の命を助けてくれた恩人なんだから。それは持って行って」

 

「でもよ……」

 

「素直に受け取りたまえ、青年」

 

 聞こえた先に視線を向けるネロ。そこに居たのは宙に浮く灰色の毛をした小動物。思わずホルスターに手を伸ばすネロにエミリアは慌てて静止する。

 

「待って! 待ってネロ! この子は精霊よ。私が召喚してる精霊、名前はパックって言うの」

 

「よろしく、青年!」

 

 そう言って手を伸ばすパックにネロは疑いの目を向けるだけで握手しようとはしない。ホルスターの手を戻すと得意の軽口を叩く。

 

「精霊? 悪魔じゃねぇんだな」

 

「悪魔だって!? 初対面の相手に失礼な奴だな、君は」

 

「わかったよ。エミリアのペットまでそう言うんなら受け取っとく」

 

「ぺっと? 意味はわからないが随分と見下されている気がする……」

 

 眉間にシワを寄せるパック。機嫌が悪いのを悟るエミリアは間に割って入ると今までずっと気になっていた事を訪ねた。

 

「あはは……ねぇ、ネロに聞きたいことがあるのだけれど?」

 

「アン? 聞きたいこと?」

 

「えぇ、この前の『腸狩りのエルザ』との戦いから思っていたけれど、どこで訓練を受けたの? 彼女と対等に戦えるのだから相当な訓練を積んだんでしょ?」

 

「訓練って言うほどのことはしてねぇよ。目の前の敵をひたすらぶっ潰すだけ。唯一やったことと言ったら……そうだな、クレドにちょっと剣の使い方を教えてもらったくらいか」

 

「クレド? その人がネロの武術の師匠なの?」

 

「師匠なんかじゃねぇ。クレドは……家族みたいなもんだ」

 

 けれどもそのクレドはもういない。初めて見せる湿っぽい表情にエミリアは疑問を浮かべるが、聞きたい事はまだまだ残っている。

 

「あとずっと思っていたのだけれど出身はどこ? その紋章が刺繍された上着、武術を教えてもらえるなんて相当高貴な家柄よね?」

 

「高貴な家柄? ハハハッ、そんなこと言われたの初めてだ。俺に親なんて居ねぇよ」

 

「え……その……ごめんなさい」

 

「別に気にしねぇよ。それよりもういいか?」

 

「あ、えぇ~と……髪の毛!」

 

「あぁん?」

 

「髪の毛、どうして銀髪なの?」

 

「どうしてって……生まれつきだ。ちょっと珍しいかもしれねぇけど、お前だってそうだろ?」

 

「確かに私もそうだけど……気にならない?」

 

「ならねぇよ。変な所でナイーブだな……嫌なら染めればいい」

 

「それはダメだッ!」

 

 大声を出すのはパック。鋭い視線でネロを睨みつけるが、そんな事をした所でネロからすれば子猫に睨まれているだけ。迫力を感じる所が少しかわいくも見える。

 でも顔の近くで大声を出された事でストレスの方が勝った。

 

「ッ!? いきなり大声出すな!」

 

「いいか? リアには一切手を出すなよ? さもなくば一瞬でその体を塵に変えるぞ」

 

「おぉ、怖い怖い。怒るなって、餌をまだ食べてねぇのか? それとも散歩か?」

 

「減らず口を叩く人間だ……それにしても君は不思議なマナを持ってるね」

 

「あと知らない言葉使うな。わかるように言え、いいな?」

 

「人間が持つにはあまりにもドス黒いマナ……けれども君はそれを制御している。でも全てを開放していない。どうなっているんだ……」

 

「俺が言ったこと、聞こえなかったか? まぁいいか、ペットとお喋りしててもしょうがねぇしな。にしても、アイツらまだかよ。ケースと地図持ってくるだけだぞ?」

 

 簡単な仕事なのに双子のメイドが戻って来るのがあまりにも遅い。そう思っていると広い食堂の扉が開かれた。

 桃髪と青髪のメイドは横並びでネロ達の所に歩いてくる。が、その手にはケースも地図も握られていない。

 

「オイ、荷物はどうした?」

 

「「当主、ロズワール様がお戻りになられました」」

 

 寸分違わず発せられる声。




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