悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission6 ロズワール

「よぉこそ、私の屋敷へ。君が話に聞いぃていたネロだねぇ?」

 

 腰まで伸びる濃紺の髪。

 高い身長はネロよりも数センチ上、けれども戦い続けるネロとは違い体付きは華奢だ。瞳が黄色と青のオッドアイで、青白い肌は病人を思わせピエロのようなメイクとマントを羽織っている。

 

「私がこの城の当主のロズワールだぁよ。以後、お見知りおきを」

 

「……普通に喋れねぇのか?」

 

「これが私の個性なのぉよ。それに喋り方なんてどぅでもいいのぉよ」

 

 言いながら頭の天辺からつま先までをまじまじと見るロズワールに悪寒を感じるネロ。思わず鳥肌が立つ。

 

「な、何だよ?」

 

「いんやぁ、その銀髪……んふふふふ、ぁハハハハッ!」

 

「気味悪い奴だ……もういいか? 荷物まとめて街に出たいんだけど」

 

「おっと、無理に引き止めてたようだぁね。でもここを出る前に一つだけ聞きたぁいよ。君はこの国の情勢を知ってるかぁい?」

 

「知らねぇよ。そんなの俺に関係ないだろ?」

 

 ぶっきらぼうに答えるネロ。でもエミリアはその事に目を見開き驚いた。

 

「えぇ!? 本当に知らないの? 今、この国は厳戒態勢になってるのよ?」

 

「厳戒態勢?」

 

「本当に知らないの?」

 

「知らねぇって言っただろ」

 

「じゃあどうやってこの国に入ったの? 検問で見つかったらそのまま牢屋行きよ」

 

 エミリアの質問の答えを一番知りたいのがネロだ。気がついたらここに居てこんな事になってしまっている。自分でも理解が追いついていないのに他人へおいそれと話せる筈もない。

 珍しく口を閉ざすネロにエミリアはそれ以上の質問はやめた。

 

「まぁいいわ。ネロ、気をつけてね」

 

「あぁ、夜までには戻る。」

 

 足早にこの城から出ていこうとするネロにロズワールは口元をにやけさせる。

 

「おやぁ~? もういぃのかい? もっとゆっくりくつぅろいでいってもいぃんだよ?」

 

「もういいって、やることもねぇし。ケースだけ取ってくる」

 

「城を出た後はどぅするんだい?」

 

「別に決まってねぇけど……ここにずっと居ても何にもならねぇからよ」

 

「んっふぅ~! それなら、ラム、レム、このご客人を村まで案内してあげなさい。その帰りに買い物でも済ませてくるんだぁよ」

 

「一人で行ける。地図だけ寄越せ」

 

「いやいや、ご客人を満足させるのも私の仕事だぁよ。これくらいはさせて欲しぃんだぁよ」

 

 ロズワールの指示を聞きラムとレムは小走りで部屋から出て行くとアタッシュケースと地図を取りに行く。

 これ以上に強く反発する事はできず、ネロは二人が戻って来るのをしばらく待った。

 

///

 

 城を出て数十分は歩いただろう。時計もないので正確には確認できないが、進んだ先では小さな村落が見える。

 木やレンガで建てられた家、家畜小屋には牛のような生き物から見た事もない大きなトカゲのような物まで。

 水は井戸から組み上げ、外で走り回る子供達は茶色い革で作られたボールを蹴って遊んでいる。

 

「到着しました、ネロ様」

 

「この村です、ネロ様」

 

「随分とさびれた村だな。電気も通ってなさそうだ」

 

「姉様、姉様。文句の多い人ね」

 

「レム、レム。愚痴の多い人ね」

 

「わかったよ、悪かったって。じゃあここで一旦はお別れだ。お前らはお前らの仕事をしろ。俺は俺でやりたいことがあるしな」

 

 言うとネロはレムが両手と頭で支えるアタッシュケースを軽々と左手で掴むと挨拶も早々に歩き始める。

 遠ざかる彼の背中に深々とお辞儀をする双子のメイド。

 コートのポケットから渡された地図を取り出すネロは振り返ろうともせず、それを確認してラムとレムもロズワールに頼まれた買い出しをする為に踵を返す。

 アスファルトやコンクリートで舗装されているはずもない地面を歩きながら、ネロは地図を凝視する。

 

「やっぱり文字は読めないな。アルファベットの一つもない。で、城はあっちか?」

 

 表記されている絵だけで地図を読み取るネロ。自信がある訳ではないが、立ち止まっていても何にもならない。

 村を進んで行く中、遊んでいる子供のボールがネロの前を横切った。

 

「ちゃんと取れよ!」

 

「ごめん、ごめん! すぐに拾ってくる!」

 

 転がっていくボールは村を囲う柵の隙間から外へと出ていってしまう。追い掛ける少年も隙間から外へと出ていってしまう。

 出た先は雑木林。生い茂る木の枝に太陽の光は遮られ、一歩中へ踏み込めば昼間でも薄暗く不気味だ。

 何気なく様子を見ていたネロだが、いつまで経っても少年の姿が戻って来ない。

 

「アン? 何かあったのか?」

 

 地図を一旦コートのポケットに戻し柵に向かって歩く。子供なら悠々と抜けられる柵の隙間も身長の高いネロではそれも無理だ。雑木林の先にある薄暗い景色を覗き込むが、少年の姿はどこにも見えない。

 

「どこに行ったんだ……」

 

「何をしているの?」

 

「何を考えてるの?」

 

 振り向けば別れた筈の双子のメイドがそこに立っている。手には紙袋に入ったフルーツや野菜を持っていた。

 

「お前らか……いや、子供が外に出て中々戻って来ないだけだ」

 

「この村は結界に守られているから無闇に外へ出てはいけないのよ」

 

「外が危ないことは子どもでも知ってる筈よ」

 

「でも……気になるな……」

 

 子供が戻って来ない事だけではない。今まで数え切れない程に悪魔を退治して来たネロの嗅覚が感じ取る。この先に何かがあると。

 二人の忠告を無視してネロはジャンプして柵を乗り越えた。

 

「っと、ちょっと見てくる」

 

「いけません! ロズワール様の許可もなく森に入っては!」

 

「ダメです! 森には魔獣が住んでいます! 下手をすれば死んでしまいます!」

 

「へぇ、魔獣か……退屈しのぎにはちょうどいいかもな」

 

 怖がる所か笑みを浮かべるネロは柵の向こう側の二人をおいて奥へと歩いて行く。一〇〇メートルと進まぬ間に後方の二人の姿も声も闇へかき消された。

 聞こえるのは枯れた葉を踏みつけるネロの足音と風で枝葉が揺れる音。それ以外の音は聞こえず不自然な程に静まり返っていた。

 

「この感じ……間違いなく何かあるな。鬼が出るか蛇が出るか……悪魔でもいいぜ!」

 

 ネロは以前にもミティスの森でエキドナと呼ばれる悪魔と戦った事がある。一〇メートル以上の巨体の蛇龍。口の部分が花弁のように開くと中から植物と融合したような女性の本体が姿を現す。

 密林の世界における上級悪魔であるが、ネロは対等に戦った。それでも最後は取り逃がしてしまうが。

 その上級悪魔、エキドナの巣となったミティスの森と今歩いている森とで雰囲気が似ている。

 進み続ける中、不意にぽっかりと木々が開けてある空間を目にした。小高い丘があるそこだけは空が広がり光が差し込む。

 その先に、村で見た少年が横たわっていた。急いで駆け寄るネロは少年を抱き起こして呼び掛ける。

 

「おい、生きてるか? オイッ!」

 

「う゛ぅ……ぅぅっ……」

 

「良かった……ケガもない」

 

 けれども少年が目を覚ます事はなく、うめき声を上げたまま苦しんでいる。

 

「酷く衰弱していますね」

 

「これは呪いに掛かっているかもしれないわね」

 

 声が聞こえた方向を見てみればいつの間にか双子のメイドもこの場所にまで来ていた。二人も少年の元へ駆け寄ると額に手の平を当てたりして状態を確認する。

 

「付いて来たのか?」

 

「ネロ様を心配した訳ではありません」

 

「村の結界の一部が破損していたので気になっただけです」

 

「それで、治るのか?」

 

「魔法を使ってみます。ですが完全に治るかどうかまでは……」

 

「万が一、呪いの類ですとロズワール様かベアトリス様に見てもらわないと」

 

 少年に手をかざすラムの手から淡い光が発光すると小さな体を包み込む。するとどうだろう、うめき声を上げていた少年の呼吸が整い、見た目にも肌の血色がよくなっていく。

 数秒もすれば少年は意識を取り戻し、虚ろな目で前を見た。

 

「こ……こ……は……」 

 

「気がついたか? 一人で立てるか?」

 

「う……うん……まだ奥に女の子が残ってるんだ。ボクは……大丈夫……だから」

 

「奥だと?」

 

 少年が指差す先は更に闇が深い。草木の青臭ささえも消え、獣と血の生臭い物が漂って来る。

 普通の人間なら脚が震えたり恐怖を感じたりするがネロは違った。むしろ笑みを浮かべている。

 

「なら急いだ方がいいな。お前らはソイツを連れて村に戻れ」

 

「魔獣を相手に武器もナシに戦うなんて無謀です」

 

「一体何を考えているのかしら」

 

「武器ならある」

 

 言ってホルスターのブルーローズを取り出し二人に見せた。でもラムとレムが見せるのは疑いの目だけだ。

 

「そのような物では何もできません」

 

「ナイフですらないなんて拍子抜けね」

 

「うるせぇ、いいからお前らは戻れ。わかったな?」

 

 碌な準備もせず、ネロは一人で魔獣が待ち構えているであろう森の奥地へ走って行ってしまう。

 

///

 

 奥へ進めば進む程、闇は深く濃くなっていく。太陽の光など一切届かず、静けさに加えて空気が冷たくなる。完全に魔獣のテリトリーに入っていると誰でもすぐにわかるくらいに、周囲の闇からの殺気を肌で感じた。

 でもネロはそれくらいでたじろいだりしない。呼吸を殺そうともせず、足音を隠そうともせず、堂々と歩いて行く。

 その先で魔獣は居た。

 

「グゥゥゥゥッ--」

 

 森の深い闇と同じ漆黒の体毛を纏うその生物は狼のようだった。長い四脚が大地を踏みしめ、体毛の上からでもわかる筋肉を持った重たい体を軽々と支えている。

 脚から伸びる鋭い爪、大きな口から覗かせる牙は餌になる肉を引き裂き食いちぎる為だけに特化しており、魔獣と呼ばれるにふさわしい殺気を持っていた。

 闇の中でもハッキリとわかる赤い双眸に見られただけで普通の人間なら動けなるなるだろう。その魔獣が見つめる先にあるのはズタボロになった少女の体。

 土だらけの茶色い髪の毛、白い肌の至る所で血が滲みうつ伏せに倒れていた。

 

「うぅ--」

 

 虫の鳴き声よりも小さな声がかろうじて聞こえる。あまりに弱々しい呟き。

 魔獣は視線の先で倒れている少女へよだれを流しながら、鋭い牙を柔らかい皮で包まれた首元に食い込ませようとした。

 瞬間--

 

「ぐギャァぁぁッ!?」

 

 爆音が響き渡り魔獣の後脚が一本吹き飛んだ。殺気をみなぎらせて振り返った先に居るのはブルーローズを構えるネロだ。

 

「お前が魔獣? なんだ、ただの犬っころじゃねぇか。大したことなさそうだな」 

 

「グルぅぅぅぅッ! ガァッ!」

 

「ハンッ!」

 

 脚を一本失いながらもネロに向かって飛び掛かる魔獣。銃口を向けたままのネロはその額に目掛けてトリガーを引こうとした。が、弾丸が射出される前に魔獣の頭と胴体が別れた。

 かまいたちのような鋭い風が魔獣の首を切断したのだ。

 切断面から大量の血を吐き出しながら重力に引っ張られる重たい体。絶命した魔獣は少しの間だけ痙攣すると動かなくなってしまう。

 

「何だ?」

 

「何だとは失礼な人ですね」

 

「助けてもらった後に言う言葉とは思えませんね」

 

 この声を聞き間違える筈もない。振り返ると帰ったと思っていた双子のメイドがそこに居た。

 

「どうして戻って来た!? あの子供と一緒に帰れって言ったろ!」

 

「アナタこそレムと姉様の言葉を聞いてなかったのかしら」

 

「一人で魔獣と戦うなんて無謀もいい所です」

 

「俺の心配なんてしなくていい! それよりも--」

 

 無数の気配を感じる。それだけではない、足音も、鳴き声も、殺気も--

 周囲を見渡せばさっき死んだ魔獣と同じ生物がネロ達を囲んでいた。

 それはネロが今までに経験して来た戦場の雰囲気に似ていた。けれども絶対的に足りない。

 ――恐怖――

 人間の心の中にまで忍び寄り植え付けて来る恐怖、それが足りない。

 目の前に居る生物はどこまでいっても生物、どこまでいっても魔獣。人間の心に恐怖を植え付ける事はできない。そしてそんな魔獣を相手にネロが怯える道理もなかった。

 

「おい、ラム、レム。自分の身は自分で守れよ?」

 

「何度も同じことを言わせないで下さい」

 

「全く……減らず口なんだから」

 

「ですがこれだけの相手、目に見えるだけでも十五は居ます」

 

「逃げるのにも苦労するかしら」

 

 双子のメイドは魔獣がどれだけの強さを持っているか充分にわかっている。だからレムはどのようにしてこの場から逃げ延びるかを考えるが、ネロはどんな奴が相手だろうと逃げる事などしないし、そうやって今まで戦って来た。

 

「たかが犬っころの集まりだろ?」

 

「ですが相手は魔獣、精霊術も持たないアナタが相手をするには無謀かしら」

 

「ここは逆にアナタが逃げる方が得策かしら。どのくらい腕が立つかは知らないけれど、騎士でもないアナタが戦うのは無謀かしら」

 

 二人のセリフにネロは口から大きく溜息をつく。自身の生い立ちなど詳しい事は何も言ってないせいでもあるのだが、小さなこんなの子にここまで言われるのは心外だった。

 

「良いからさっさと行け。ここに居られたら邪魔になる」

 

「ですがアナタはエミリア様のご客人」

 

「何かあってはロズワール様の名に関わります」

 

 三人が話してる間にも犬型の魔獣は闘志をむき出しにする。鋭い牙と爪を相手に向け、声を荒げると一匹がネロに向かって飛び掛かった。

 一メートルを超える体には凄まじい筋力を持っており、牙はネロの皮膚に噛み付こうとして、だが口の中に入るのは空気だけ。

 

「躾のなってない犬だ。良いぜ、教えてやるよ!」

 

 グローブを嵌めた右手で魔獣の喉元を掴み上げるネロ。そのまま地面に叩き付け衝撃に体が打ち上がり、次は渾身の力を込めて顔をぶん殴る。

 勢い良く吹っ飛ぶ魔獣の体は数メートルは飛んで行き、そして木にぶつかると背中からくの字へ折れ曲がり動かなくなった。

 

「やっちまった後の聞くのもどうかと思うけど、殺しちまっても良いんだろ?」

 

「この人……」

 

「強い……」

 

「だから最初っからそう言ってんだろ。ケースの中に剣が入ってる。開けてくれ」

 

 握っていたアタッシュケースを二人に渡すネロ。言われてラムとレムは受け取ったアタッシュケースを地面に置いて中を見た。中身は一メートルはある分厚い大剣。 だが持ち手と剣、その他の部品がバラバラになって配置されている。

 

「彫刻が入ってる、見た事のない剣」

 

「でも分解されてるわ。組み立てるの?」

 

「あぁ、そうだ。すぐに終わる」

 

 置かれたアタッシュケースにしゃがむネロは剣の部品を慣れた手付きで組み立てる。ネロ専用に作られ、長年愛用してきた武器。彼以外にこの武器を使いこなす事はできない。

 だがその隙を見計らって更に魔獣がまた一匹、牙をむき出しにしてネロ達に襲い掛かる。

 

「言っただろ? 躾がなってねぇってな!」

 

 通常の剣とは違い推進剤噴射機構が備わったこの剣の重量はかなり重たいが、ネロは左手だけで容易く持ち上げる。

 そして袈裟斬りすると魔獣達の頭は首から切断されて重力に引かれて落ちて行く。切断面からは大量に血が吹き出し地面は水溜まりのようになる。

 立て続けに仲間が殺された事で魔獣達はネロを完全に殺すべき相手として認識した。でもそれ以上にネロから漂う`ニオイ`に闘志をむき出す。

 

「最近は体が鈍ってると思ってたんだ。良いストレッチになりそうだ」




いつも読んで頂きありがとうございます。感想も非常に嬉しいです。
これからもご意見、ご感想お待ちしております。

ここから完全に原作とは違う展開になっていきます。原作が未完結という事もあって独自解釈も多くなりますが読んでいて楽しめるでしょうか?

  • 独自の展開でも良い
  • 原作に遵守して欲しい
  • 女性キャラの出番が増えれば良い
  • 日常シーンがもっと増えればいい

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