「凍結中」織斑さん家の奇妙な共同生活。 作:よし
001
大陸から空を飛ぶこと2時間強。
あたしは島国の大国へとやって来た。
国際空港のロビーに立った。ごった返している。
懐かしい。この場所には何の思い出も無いのだけれど、それでも懐かしいと感じるのは、あたし自身が早く戻ってきたかったと、心のどこかで願っていたからなのだろうか。
この空が、この地面が、この空気が、この人混みが、この日本で感じることすべてが懐かしい。
なぜか少しだけ複雑な気分だけれど別に悪い気はしない。
あぁ、改めて実感したあたしは戻って……いや、帰ってきたかったのだ。あいつのいるこの国へ。
あたしの祖国を、親を、あたしの持っているほとんどすべてを擲ってでも。
帰ってきたかったのだ。
「凰 鈴音様ですね?」
あたしは空港の出口でスーツにサングラスの男に声をかけられた。
初めは怪訝に思ったが男が胸元に付けている徽章を見て納得した。と言うより悟ったと言った方が正しいかもしれない。
あの黄金の道化。
それが示す組織をあたしは知っている。
「こちらに織斑一夏様がお待ちです」
「えっ」
その名前を聞いてあたしは声が出なかった。
男に促されるままに表に停車していた黒塗りのリムジン型のベンツへ乗り込んだ。
「よう」
「…………」
そこにあるのはあたしの向かいに座る織斑一夏の姿。
固まるあたし。
世の中には順序と言う物がある。心構えと言う物もある。
ましてや会うのを楽しみにしている片思いの相手に来日してから1時間経たないうちに再開してしまったら、この様な反応をしまうのは理解してもらいたい。
「残りのデータを渡してくれないか?」
黒い軍服姿の一夏はそう言って手を出した。
「な、何であんたが……」
やっと出た言葉はそれだった。
「三夏兄の使いだよ。それと早速で悪いが仕事を頼みたい……いや、協力して欲しい」
「だから何であんたがそんなことしてんのよ!?」
「じゃあ、自己紹介といこうか。インペリアルコーポレーションの織斑一夏中佐です」
あたしは今度こそ何も言うことができなかった。
再開の言葉さえも。
「あ、久しぶりだな鈴々」
「あたしはパンダか!?」
「失礼、噛みました」
「絶対わざとだ!」
「噛みまみた」
「わざとじゃない!?」
「神が来た」
「どこぞの神様よ!」
突っ込むことはできた。
002
あたしが連れてこられたのはインペリアルコーポレーション本社だった。
「でぇ。何であんたが中佐なわけ?」
「他の軍や軍属組織とのバランスを考慮した結果だってさ。代表生だしな」
「ふーん。それで軍服なんだ」
想像していた再開とは程遠かったけれど、一夏とあたしの間に溝はなかった。昔と同じ。馬鹿な話をできる間柄。何も変わらない、ちょっとは進展して欲しい間柄。
それが、たったそれだけのことが、今のあたしはとても嬉しかった。
あたしは一夏が好きだ。理由なんて知らない。自分が好きだと思ったから好きなのだ。
そう言えば、一夏はあの約束を覚えてくれているだろうか。
あたしは聞きたい気持ちを押し殺した。今はまだそのタイミングではないと思ったから。
「そんな、にやけた顔をして何かいいことでもあったのかい?」
「……ねぇ、思ったんだけど。これは何?パロディ?あんたがアロハ役なわけ?蝸牛役なわけ?」
「天の声が聞こえたんだ」
「だから、どこぞの神様だよ!?」
「お前が主人公だとするならば俺は残りの全キャラを網羅しなければならない」
「あんたいつからそんな万能用員になったのよ!」
「御都合主義さ」
「……使い方がどこか少しズレてる!いや、間違ってる!」
真っ白なホール。
真っ白な廊下。
真っ白なエレベーター。
白の中に飾られた金色の道化。
インペリアルコーポレーション本社。
あたしは上へと向かう真っ白な箱の中にいた。
純白。美。
普段ならばそう思える色がここではどこか不気味に見えるのはなぜだろう。
まるで内側の真っ黒な何かを真っ白な薄い薄いペンキで塗り隠しているように。
……考え過ぎか。
「あんたにしては出世してるわね。二等兵かと思ったわ」
「それはこっちのセリフだ。代表候補生」
やっぱり知っていた。
「……ねぇ」
「ん?」
「あんたが車で話したフランス人……まだ良くは見ていないけどかなり詳細に情報がまとめてあったわよね。それって、もしかすると……あたしの分もあったんでしょ?」
「まぁな。一応、目を通した」
「そう。なら全部知ってるんだ」
「紙の上、液晶の中に並べられた文字の羅列からは一人の人間の人生の全てを知ることは出来ない出切るはずがない、そんなことが出切るのはこの世に絶対に存在しない超能力者だけだぜ?」
「……あのセリフは言わないんだ」
「言って欲しかったか?」
「バサ姉ファンに怒られそうだから遠慮しとくわ」
そこから一夏は何も言わなかった。
普通を演じている普通では無い奴。
平凡に見えて実は非凡。
掴み所がない。
ときに予想外の行動をとってしまうけれど、それでもしっかりと打算を働かせる。
計算高い奴。
それが初めて出会ってからの一夏の印象だ。
あの親にしてこの子あり、だ。
きっとあたしのことも知っているに違いない。
なぜ触れないのかは分からないが、何かを考えているのだろうか。
それとも彼なりの気遣いなのだろうか。
一夏はあたしが親を、国を、捨てたことを知っている。
それは間違いない。
003
仏蘭西代表候補生ノ對策會議。
「こんな幕、よく作ったわね。金の無駄じゃないの?」
「こんな会議に意味あるの?」そこまで出かけた言葉を直前で飲み込んだ。
意味が無ければやりはしないだろう。
意味の無いように思えることに意味がある。意味があるように思えることに意味が無い。
物事のプロセスとはそんなものだ。
その考えを肯定するもう一つの要因は、この会議を開くのが、あの拝金主義者にして一夏の父親役である織斑三夏の存在であった。一文の得にもならないことをやるはずがない。
あの人物にとって人の価値とは金である。行動の意味とは金である。世界を構成している物は金である。
すべてが金である。
その上、偏屈、毒舌、皮肉屋、気分屋、浪費家、人格破綻者。
ここまでくると軽蔑や呆れを通り越し尊敬の念が沸き起こってくる。
そう、彼は決して自分を偽らない強い人間なのだ。
今の言葉だけでは語弊が生まれているかもしれないが彼を慕っている人間は少なからずいる。あたしも彼のことは嫌いではない。
彼が天才だから、そして彼自身の利潤を追求したコミニュケーションの副産物と言うだけなのかも知れないが、それが結果として彼を慕う人間を作っていることは確かだ。
それがあるからこそ、彼はその気になれば世界すらも動かせる。協力する人間がいるのだから。
それが正しいのか正しくないのか、それが正義なのか悪なのか、そんなことあたしは知らない。
白と黒、光と闇、そんな簡単に割ることが出来ないのが世の中だ。
世の中はグレーで薄暗い。
些細な行き違いで、歪み合い、争い合い、殺し合う。救いなんてない馬鹿げた世界。あたしたちはそんな世界にいる。
「嫁よ」
会議室のドアの前で一夏とお揃いの黒い軍服を着た眼帯の少女があたしたちを待っていた。
「誰よあんた」
「私か?私は……織斑一夏の夫でありエロ奴隷だ!」
「はいストーップ。ラウラお前はもう二度と自己紹介はしなくていいぞー。鈴さーん、そんな引いた目で俺を見ないでーあらぬ誤解ですよー」
態度には表さなかったが今ので確信が持てた。
この眼帯はあたしの敵だ。
そのとき、ガチャンと会議室のドアの鍵があいた。
「……入らないの?」
「そうだな」
「入るか」
004
その部屋には誰もいなかった。
いるはずの人物がいない。
その代わりに、いや、代わりと言えるのかは分からないが机に3人分の鰻重が置かれていた。
「……鰻。何で鰻?」
「あれだろ?これ書いてたのが土曜の丑の日だからだろ」
「リアルタイムネタかい!」
あれこれ言ったものの、鰻重はとても美味しかった。
食後のお茶も飲み終えたところで、いよいよ話しは本題だ。
「管理官が不在なので私が仕切らせてもらおう。凰鈴音、一夏から大まかなことは聞いているな」
「鈴でいいわよ。……フランスから来る転入生が怪しいんでしょ?」
「怪しいと言うか、ほとんど黒だ」
それはそうだろう。
フランスの転入生。性別、男。IS開発に息詰まっているデュノア社の企業代表生にして御曹司。
氏名はシャルル・デュノア。
これが提出された公式な資料。
きな臭いにも程がある。
それなら、とっ捕まえて身包みを剥いでしまえばいい話だ。
そうしないのには理由があるのだろう。
「お前の諜報力は聞いている。しばらく学園でそいつの行動に目を光らせて欲しい。外部との連絡。監視。すべてを調べてくれ。その後は我々、主に一夏が処理する」
「分かったよ。……只でやれとは言わないわよね?」
「もちろんだ。報酬は用意する」
これが、あたしの日本での初仕事。
一人の人間を監視し陥れる。
一夏たちが、どうやるのかは知らないが、すべては織斑三夏の計画だろう。
もしかしたらデュノアは自分が陥れられたことに気づかないかも知れない。
デュノアの行動が、何気無い動作が、ドアを開けたり、誰かと会話をしたり、人間として本当に当たり前の行動さえも計算されているとしたら。たぶん、あたしでも気づかない。
これはあたしの勝手な思い込みだ。ある意味、被害妄想に近い。
それほどまでに、あの天才の存在は恐ろしい。
あたしは彼に敬語を使わない。何度も連絡しているうちに自然と外れてしまった。
親しい間柄になった、と言えばそうないのだけれど、それでもあたしは彼に一種の警戒心を今でも抱いている。
あたしは彼が恐い。
それはこれからも変わることはないのだろう。
005
両親が離婚する。
珍しいことでもない。
30%、三人に一人が離婚する時代。しかも最近では女性から離婚を決意するケースが急増している。
あたしの両親はまさにそれだった。
別に驚きはしなかった。二人の間に亀裂が生じているのは分かっていた。
悲しくはなかったと言えば嘘になるが、そのとき、あたしはすでに諦めてしまっていたのだった。毎日のような二人の口論。聞きたくなかった、鬱陶しいだけだった。
まるで一日が終わる合図だと思えた。
そして、家庭崩壊。
あたしは母親に引き取られた。
離婚の理由は教えてもらえなかった。あたしを引き取ることになった母親は頑なに言おうとしなかったからだ。
中国へ帰るとすぐに軍へと入隊した。自分で言うのもあれだがあたしは優秀だった。それなりに給料も与えてもらうことができた。
親子二人が暮らすには十分なほどのお金だ。
そこから、母親が変わった。
あたしの給料で遊び歩くようになったのだ。物も買いあさるようになった。でも、何も言わなかった。心に傷を負った者は何かに依存し、必死に心のそれを埋めようとする、と聞いたことがあったからだ。
金銭の工面にあたしは織斑三夏から提案されたスパイ活動に手を付けた。
稼げば、稼いだ分、使われた。
負の連鎖。
それでも、あたしは納得していた。自分を必死に納得させていた。
そんなある日のこと。
非番に家に帰ると、一糸纏わぬ姿の母親と見も知らぬ男が一つの布団で寄り添っていた。
その男は、あいつの浮気相手だった。
これで合点がいった。すべてのことに。なぜ、あいつが離婚の理由を話そうとしなかったのか。なぜ、あいつが湯水のごとく金を消費するのか。
今にして思えば、あいつがあたしを引き取ると言い出したのも、あたしのISの適性が高いことを知った後だった。
あぁ、そうか。あいつにとってあたしは娘ではなくて、ただの金蔓だったのか。男に貢ぐために必要なだけだったのか。
あぁ、そうか、そうか。
あたしは馬鹿だ。
絶対に気づけたはずなのに自分から気づかないふりをしていた。
こんな奴のために、あたしは働いて、一夏とも会えなくなって、幸せだった生活を壊されて。
惨めだ。
耐えられなくなってあたしは飛び出した。もう二度と戻るつもりはなかった。
あいつと縁を切る。
あいつが何を言おうが知ったことか、他人がどう言おうが知ったことか。
あたしはあたしの為に自分自身の為にあいつと、母親と、縁を切った。
それから、あいつは幾度となくあたしに連絡を寄越してきた。
ごめんなさい。許して。心を入れ替える。もう二度としない。彼とは別れる。二人で仲良く暮らそう。
気持ちが悪い。
そんな薄っぺらい言葉をどうやって信じろと言うのだろうか。あいつが、あたし以上の大馬鹿であることは分かった。
あたしの決心は微塵も揺るがなかった。
そして、あたしはあの親を捨て、あの親の祖国を捨て、日本へと向かった。
あいつがどうなったのかは興味はない。
どうせ金が無くなったと知った男に捨てられて、一人寂しくどこかで、うな垂れていることだろう。貢ぐ者がいれば、貢がれるものがいる。男でも女でも、それが愛情表現だと言うのだから仕方が無い。女尊男卑の世界になっても変わることはない。
散々、人の金と幸せを食い潰して天国のような生活を満喫してきたのだ。それぐらいの地獄を願っても罰は当たらないだろう。いや、その罰すらも、あいつに当たればいい。
それが、あいつの贖罪なのだから。
あたしはタラップを登る。
006
あたしは計画の内容を詳細に説明された。
インペリアルコーポレーションが独自に入手したシャルル・デュノアの細部資料。
本名、シャルロット・デュノア。
愛人との間に産まれた妾の子。
数年前に母親を亡くし、父親役であるデュノア社長が渋々引き取った。
疎まれる厄介者。
絵に描いたような不幸な少女。
一矢報いる。
そんな言葉がある。
今回はまさにそれだ。
この不幸な少女に一矢報いさせてやろうと言うのだ。
恨んでいるであろう相手への復讐に手を貸してやる。
「何か、ちょっと正義の味方って感じね」
あたしの言葉に一夏が応えた。
「この子にとってはな。他人の正義が自分にとっては悪。自分の正義が他人にとっては悪。シャルロットにしてみれば俺たちは確かに自分を救ってくれる正義の見方かもしれないが、デュノア社長やデュノア夫人にとっては俺たちは悪そのものでしかない」
「いいんじゃないの?万人に感謝される人間なんていないんだし。そんな奴がいるとしたら、そいつは偽善者か詐欺師ね」
「いずれにしても、この計画の要はシャルロット・デュノア本人だ。奴の心を開く必要がある。嫁よ。不本意ではあるが、頼んだぞ」
「と言うか、何で一夏なのよ」
「書類上は同性なのだから相部屋になるのは当然だ。となれば、接する時間が長い嫁が適任だろう」
「何か納得できないわねぇ。……あんた、手ぇ出すんじゃないわよ?」
「必要に応じて手は出す!」
「いや待てそれは最低だ!あんた、紳士さってもんが無いわけ!?」
「紳士さ?何だそりゃ、知らん!」
「さすが嫁だ!なぜだか凄くカッコ良く見えるぞ」
「えぇい!あんたは黙ってなさいよ!話がややこしくなるし、あんたの立ち位置とキャラ設定が分からない!」
「安心しろすでに設定はめちゃくちゃだ」
「ドヤ顔でいうことじゃねぇ!」
「そしてお前もな」
「返す言葉が見つからない!」
一夏とラウラの下らないボケの連発と、下らないあたしのツッコミの応酬は、それから暫らく続いたのだった。
結局、あたしはこの仕事を引き受けてしまったのだけれど、その理由は意中の人間と、行動と目的を共有できることが大きかった。
良く言えば絆。悪く言えば共犯意識。
本当のところ、どちらが正解なのか、あたしには分からない。
007
静まり帰っている本社をあたしは歩く。用意されている部屋へ向かうために。
一夏とラウラとは会議室のまえで別れた。
軍服姿の黒い二人はそのまま何処かへと消えてしまった。
やっぱり、ここは不気味だ。あたしも含め、普通の人間が普通に感じられなくなる。
異形の者、怪異の様に感じられてしまう。
空間を介した精神的な思い込みなのだろうけれど。
闇の力?馬鹿馬鹿しい。
「目が痛いわ……」
何も室内まで白で統一しなくてもいいと思う。
あたしはベッドに倒れ込んだ。
ふかふかの毛布に顔を埋める。
妾の子供とは言えども自分の娘に潰される親の気持ちはどんなものなのだろうか。
ふと、そんな意味の無いことを考えてしまった。
答えなど出るはずが無いのに。
ともかく、あたしは自分の仕事をするだけだ。それ以上でもそれ以下でもなく。依頼されたことを忠実に実行しよう。
睡魔が襲ってくる。
今日は疲れた。このまま眠ってしまおう。
あたしの意識は落ちていった。
こうして、あたしの学園生活は交差する陰謀と共に始まろうとしついる。この先、どうなるのかは誰にも分からない。
一夏「一夏だぜー」
ラウラ「ラウラだよー」
一夏「誰しも黒歴史ってあると思うけど。時折、思い出すとスゲー恥ずかしくなるよな」
ラウラ「一夏はどんな黒歴史があるのだ?」
一夏「昔、絶叫マシンに乗って千冬姉に抱きついちゃったことがある」
ラウラ「ほほう」
一夏「そして、それを写真に撮られてた。千冬姉は今でもその写真を持ってるらしい」
ラウラ「ほうほう。今度、拝見させてもらうとしよう」
一夏「やめてください。で、ラウラは何かあるのか?黒歴史」
ラウラ「昔、人を殺したことがある」
一夏「それは黒歴史じゃなくて犯罪歴だ!」
ラウラ「冗談だ」
一夏・ラウラ「次回、鈴物語、其の弐」
ラウラ「続くかどうかは未定だがな」
一夏「たぶん、いつも通りに戻るんじゃないか?」