「凍結中」織斑さん家の奇妙な共同生活。   作:よし

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番外編?

 

 

 

 

とある民家の前。

 

いかにも獰猛そうな大型犬が少女の手首に噛み付いた。

少女は必死に引き剥がそうと腕を振るが所詮は少女の力だ。どうやっても無理である。それどころか犬の牙はさらに深く食い込む。

 

「痛い! 放してよ! 誰かぁぁ助けてぇぇー!」

 

表から聞こえた悲鳴に少女の母親と見られる女性が気づき慌てて家を飛び出した。

娘の下へ駆け寄ると、牙をむいている犬めがけて持てきた日傘を振りかざした。

 

日傘は犬の右目を直撃した。

よほどの力であったのだろうか、犬の右目は潰れ、民家の中にある犬小屋へと逃げ込んでいった。

 

「優奈ちゃん、大丈夫!?誰かー!救急車を呼んで!」

 

そのとき民家から住人の中年男性が飛び出した。

 

「だ、大丈夫ですか!?どうしてこんな……」

 

「あなたねぇ!犬の躾けぐらいしっかりしときなさいよ!」

 

母親は少女の手首にハンカチを巻き止血をしながら怒鳴り散らす。

 

「も、申し訳ございませんでした!!」

 

住人の男はただ頭を下げることしかできなかった。

 

「きっちり責任はとってもらうから覚悟しておきなさいよ!!」

 

その一週間後、愛犬の殺処分要求と慰謝料と損害賠償を合わせた1500万円が男に突きつけられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは仕方がないんじゃないですかねぇ実際あなたの愛犬が女の子に噛み付いたのは事実ですし。妥当な判断だと思いますがね」

 

古美門は事務所の応接室で紅茶を飲みながら佐々木という男の話しを聞いていた。横の席にはお盆を手にした服部と黛の姿がある。

 

「でも納得いかないんですよ!」

 

「納得いかないとは?」

 

「あの日は確かにジョンを」

 

「ジョン?」

 

「私の愛犬の名前です」

 

「あぁ、なるほど。話しを戻していただいてかまいませんよ」

 

「あの日は確かにジョンをリードに繋いであったんです! 玄関の門も閉めてありましたし、ジョンが路上であの娘に噛み付くなんてありてないんですよ」

 

佐々木は拳に力をいれながら力説する。

 

「それを相手側に話してみてはどうです?」

 

「話しましたよ! しかし、彼女たちは取り合ってもくれなかった。謝罪しろ、金を払え、犬を殺せ、の一点張りで……」

 

それを聞いていた黛が前に出る。

 

「そんな、こちらの主張も聞かずに酷い…………。先生、助けてあげましょうよ」

 

「嫌だ。私はこんな仕事は受けない。動物裁判などゴミ屑以下だ」

 

古美門は紅茶を飲みながら黛の言葉を一蹴した。

 

佐々木が口を開いた。

 

「もしも私を助けていただければ彼女たちに支払う1500万を、全額お支払いいたします」

 

古美門の顔色が変わった。

 

「佐々木さんジョンの犬種は?」

 

「シェパードです」

 

「大型犬ですねぇ訓練所に預けましたか?」

 

「はい。子犬の頃に」

 

「では、人に噛み付くことなどあり得ないと?」

 

「はい。ありえません」

 

「分かりました。3000万で手を打ちましょう」

 

「さ、3000万!? そんな大金はとても……」

 

「半分の1500万は成功報酬でかまいません。相手からふんだくってやりましょう」

 

佐々木はただ首を縦に振ることしかできなかった。

 

「黛君! ただちに書類作りを始めたまえ愛犬ジョンを救おうじゃないか! 佐々木さんご安心くださいこの正義の弁護士古美門研介が必ずや救って差し上げましょう」

 

「よろしくお願いします!」

 

古美門は人差し指を立てた右手を突き上げ、笑顔で宣言したのだった。

 

都合よく正義を語る古美門に黛は呆れながら眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内某所に建てられた巨大ビル。そこの看板には三木法律事務所と書かれていた。三木長一郎が所長を務める日本有数の大事務所である。

 

所長室のソファーには、テーブルに脚を投げ出して我が物顔で腰を据える古美門と礼儀正しく背筋を伸ばして座る黛の姿だあった。

二人の前には、不貞腐れた表情でケータイをいじくる中学生少女と、いかにも親馬鹿という雰囲気を垂れ流した女性がいる。

母親の山下水菜と娘の優奈である。

 

双方の間を挟むように仏頂面の三木、その右手には三木の秘書である沢知君江、彼女はいつも美しい顔に怪しげな笑みを浮かべている。

左にはイケメンの新人弁護士で、三木を尊敬している井手孝雄がいた。

 

沈黙が続いていた刹那、ついに三木が口を開いた。

 

「こちら要求は以前と変わらない。慰謝料と損害賠償、合わせて1500万円の支払い。そして獰猛な危険動物の殺処分だ。これは山下さんの良心だ。普通であれば刑事裁判になってもおかしくはない」

 

「その要求は受け入れられません。佐々木さんは、確かにジョンのリードは止めていたとおっしゃっていました」

 

普通の会話がいやにトゲトゲしい。三木長一郎と古美門研介の仲は最悪なのだ。まさに犬猿の仲と言っていいだろう。

 

古美門を、いかなる犠牲を払っても地獄へ落とす、それが三木の生き甲斐であり、使命だそうだ。彼はそれを、自分への贖罪と言う。

 

「ジョン?」

 

「犬の名前です。少しは資料をお読みになったらいかがですか? ちなみに玄関の門が開いていたのも納得がいかないと」

 

黛も古美門に続く。

 

「今回の事件は不明な点が多すぎます。もう一度、双方の話し合いをきちんとしてから……」

 

バン! と大きな音を立てて水菜が立ち上がった。かなり興奮しているようである。

 

「ふざけんじゃないわよ! 何が納得いかない、ですって!? 現に私の大事な優奈は傷ついたのよ! だいたい何であいつはいないのよ!」

 

ヒステリックに騒ぎ立てる。

 

「落ち着いてください。佐々木さんはお仕事があって……。とにかく良く話し合いをしましょう。ね?」

 

「裁判よ! 三木先生、どうかよろしくお願いします」

 

三木の腕にまとわりつく水菜。

 

黛の言葉も虚しく事の流れはどんどん悪い方向へ向かってゆく。

 

「では、裁判所でお会いしましょう! ぐうの音一つ出ないほど叩きのめして差し上げます。帰るぞ黛!」

 

古美門が決定的なトドメを刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古美門邸。

 

食卓には豪勢なイタリアンが並べられていた。

事務員である服部のお手製でどれも美味しそうだ。

 

「相手側の言い分は全面的に認めないんですか?」

 

「当たり前だ認める意味が分からない。あんなモンペ予備軍の馬鹿親と365日永遠とスマフォをいじくり倒してるバカッター予備軍の言い分などどうせ都合が良く捏造されているはずだ」

 

「……佐々木さんにも過失があったのかもしれませんし」

 

「早く成長しろオタマジャクシ。例えこちらに過失があったとしても依頼者の望んだ通りに解決するそれが我々、弁護士の仕事だ」

 

「…………優奈ちゃんは怪我をしているんですよ」

 

「傷が残るほどの怪我ではない」

 

「心にも傷を負っているはずです!」

 

「それは佐々木さんも同じだ。独り身で今まで家族同然に暮らしてきたジョンがある日突然、右目を奪われ病院送りにされたんだからな。相当なショックだったに違いない。いいか、いちいち相手に同情などするな心を叩き壊すつもりでいけ。それが裁判というものであり弁護士というものだ」

 

そう言って古美門はピザに噛り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一回口頭弁論。

 

「それにしても、また三木先生と当たるとは思いませんでしたね……」

 

「恐れることなど何もない。徹底的に叩き潰してやる」

 

こうして裁判は幕を開けた。

 

「これがジャーマン・シェパード・ドッグです。警察犬などにも多く採用されている犬種で大変獰猛であります。優奈さんは帰宅途中、佐々木さん宅の前で突然、この犬に襲われたのです。なんと恐ろしかったことでしょう! 幸い母親である水菜さんの迅速な対応により、大事に至ることはありませんでした。しかし! 優奈さんは心に大きな傷を追ってしまったのです。これは明らかに佐々木さんの過失であります。よって被告に慰謝料と損害賠償、計1500万円の支払い、並びにシェパードの殺処分を要求するものであります。以上です!」

 

三木はシェパードの映像が映ったモニターの前で、わざとらしいジェスチャーを交えながら熱弁し席へと戻っていった。

 

「被告代理人」

 

裁判長の指名とともに古美門が立ち上がり前へと歩み出た。

 

「原告代理人は、突然襲われた、とおっしゃいました。しかし、そのような可能性はかなり低いと考えられます。シェパードとは先ほど原告代理人が述べたとおり警察犬などに多く採用されている、つまり頭が良く人間への忠誠心も高い。そして佐々木さんは愛犬をまだ子犬の頃に訓練に出しています。よく調教されていたのです。よほどの事がない限り人を襲う事など無いのです。なぜそのような行動に出たのかは分かりませんし、犬に聞いたところで返事が返ってくるはずもありません。よって私はこう推測いたしますジョンはただじゃれていただけではないか、と。リードにつきましても、佐々木さんは常に点検をしていました事件当日も例外ではありません。今までリードが外れたこともなかった。ちなみに玄関の門には注意を促すシールも貼っていました。よって佐々木さんに過失があったとは言いづらい」

 

「だから怪我をしていても許されるというのか!」

 

三木が指をさしながら声を張り上げる。

 

「原告代理人は静粛に! 被告代理人、続けてください」

 

「友達とじゃれあって怪我をしても許される。だが、犬は許されない。それどころか殺してしまえと。裁判長これはいかがなものでしょうか。これは不幸な事故なのです。佐々木さんに罪は無く落ち度も決してありません無論心優しき忠犬ジョンにもです!」

 

「ジョンとは?」

 

「犬の名前です裁判長! 原告の請求は即時棄却されることを望みます以上!」

 

黛はガッツポーズを掲げ、古美門は椅子に浅く腰掛けながら頷いたのだった。

 

そんな二人を三木は睨みつけていた。

 

被告本人尋問も行われ、この日の裁判はつつがなく終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまぁー!」

 

服部の手料理を食す時間は密偵の加賀蘭丸にとって至福のひと時だ。

 

「あ、これ。頼まれてた資料ね。先生の言ってたとおり、山下優奈の評判はあんまり良くないよ。まさに親馬鹿の子供って感じかな」

 

「ご苦労。今回の報酬だ」

 

資料の入っていると思われる大きな封筒と引き換えに、古美門は蘭丸に茶封筒を手渡した。

 

「毎度!」

 

「引き続き探ってくれたまえ」

 

「了解、任しといてよ。服部さん、今日も美味しかったです。ご馳走様でした!」

 

「それはそれは。またいつでも」

 

「それじゃ! 加賀蘭丸、これにてドロン」

 

蘭丸は帰り際に服部に声をかけ、風のように去っていった。

 

「こりゃあ楽勝かもなぁー!!」

 

古美門は笑顔で櫃まぶしを口に掻き込んだ。

 

「確かに、裁判員のみなさんはこちらの言い分にも理解を示してくれているとは思います」

 

黛も出汁をかけた、それを美味しそうに頬張っている。

 

「守りに徹すれば、いけるかも知れませんね」

 

「は?」

 

「え? 何ですか、その顔は……」

 

「なぜ守りに徹する必要がある。裁判は戦いだ守るだけでは敵を打ち倒すことなどできない!」

 

「まさか反訴するんですか!?」

 

反訴とは、民事裁判においての被告が、口頭弁論終結前に同じ裁判の中で、原告を相手方として新たに提起する訴えのことをいう。

つまり、この制度を用いれば、関連する紛争の解決を一つの裁判手続の中で行うことができるのだ。

 

彼が反訴に踏み切ったのには明確な自信があった。先日、佐々木が事務所を訪れた際に持ってきた物。それは、一枚のハンカチだった。可愛らしい模様があしらわれており、女子中学生が好む代物に違いなかった。佐々木曰く、事件が起こる数週間前に庭で、それも犬小屋の近くに落ちていた物だそうだ。反訴を提起する理由としては申し分無い。

 

「少しは頭を使うようになったなオタマジャクシ。その通りだ、逆に慰謝料を踏んだ食ってやる」

 

「だから1500万は成功報酬でいいって……! これ以上の争わせて何の意味があるんですか!? お金がすべてですか!」

 

「この世に金で解決できないことなどありはしない。強いて言うなら君のオッパピーな脳ミソだけだ」

 

「勝利をお金で買うと?」

 

「その通りだ」

 

「お金では買えない物も沢山あります」

 

「例えば?」

 

「い、心とか、人と人との繋がり、絆とか! ……何物にも変え難い、大切だと感じる物です!」

 

どもりながらも必死に浮かんだ言葉を口にしてゆく。

 

「ふん! どれもこれもくっだらなぁーい。が、覚えておくといい。その大切な物を守るのためには金がいると言うことをな」

 

「…………」

 

「理想も現実もすべては金だ。それを基盤に成り立っているのだ! わはははははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裁判所。

 

「新たな証拠の提出を認めていただき、ありがとうございます。我々は前回の主張を一部、撤回したします」

 

冒頭で古美門は裁判長にそう告げた。

 

「と言うと?」

 

「はい。前回同様、佐々木さんにはまったく非はありません。むしやろ非があるのは原告側だ。原告、山下水菜の娘、山下優奈さんは佐々木さん宅にに侵入し、あろうことかジョンを連れ去ろうとしたのであります! いきなり侵入してきた優奈さんにジョンはもちろん抵抗したでしょう。これは紛れもなく正当防衛であり、佐々木さんにもジョンにも罪はありません。結果としてジョンは右目を失明しました。よって原告を相手取り名誉毀損、損害賠償、慰謝料、合わせて1500万円を請求する反訴申し立てを提起いたします!」

 

法廷が一気にざわつく。裁判長は慣れた手付きでそれを静めた。

 

法廷のディスプレーには証拠の映像が次々に流された。

 

証言1。

 

『優奈はさぁ、何でも自分の思いどうりにしないと気が済まない性格なんだよね』

 

証言2。

 

『欲しい物はすぐにお母さんにねだっていました。iPhone5も発売日に手にいれてたし……。スマフォの機種変更したばかりなのに』

 

証言3。

 

『他人を見下してるっつうか、自己中つうか……まぁ、性格は悪いっすよ。あ、こないだも犬を飼いたいとか言ってたんすよ。それがダメだったみたいで、ボロクソ言ってました。とにかく酷いんすよ俺なんか比べものにならねぇぐらい。良く母さんに対してあんなこと言えるなぁって思いましたよ。本当に性格悪りぃっすよね』

 

『ありがとな』

 

『いやいや蘭丸さんの頼みなら断れないっすよ。気にしないでくださいっす』

 

ここで映像は終わった。

 

「裁判長、ご覧の通り山下優奈はクソガキです!」

 

「被告代理人」

 

「すみません。訂正したします。脳ミソの代わりにポップコーンが詰まっている世間を舐め切った立派な子供、以上です!」

 

古美門はズカズカと椅子に戻った。原告席の三木は笑っているだけだ。

 

「原告代理人」

 

「はい。それでは証人尋問を行います。……しかし、山下優奈さん本人ではなく、坂口咲さんに証人として出廷していただきました」

 

黛が目を見開き古美門の腕を引っ張った。

 

「誰ですか坂口咲って!? 山下優奈さんは!?」

 

慌てふためく黛の腕を引き剥がし古美門が立ち上がった。その顔に表情は無かった。

 

「裁判長、事前申請されていない証人です。認められません」

 

「うむ。原告代理人、どのような証人ですか?」

 

「はい。本件の事実を知る、極めて重要な人物です。どぉか! 認めていただきたい!」

 

「山下優奈さんは?」

 

「彼女はまだ未成年です。これ以上、傷つけたくはありません。裁判長、どうか!」

 

三木はやはり大振りなジェスチャーで裁判長に懇願した。

 

「分かりました。許可します」

 

 

 

 

証人尋問。

 

「坂口咲さん、先月の11月2日の午後4時頃、あなたは何を見ましたか?」

 

三木は証人席の周りを歩きながら、大学生の女性に問いかけた。

 

「女の子が犬に襲われていました」

 

「どのように襲われていましたか?」

 

「飛びかかられていました」

 

「じゃれあっているように見えましたか?」

 

「いいえ。まったく、そうは見えませんでした」

 

「女の子は恐怖に怯えていた?」

 

「はい。泣いているように見えました」

 

「ありがとうございます。以上です」

 

三木は勝利を確信したのか、大笑いしそうな自分を必死に抑え込み、古美門を一瞥したのだった。憎き敵を倒すことがてきたのだ、当然だろう。

 

「勝ったぞ、ついに勝ったぞ。こぉみぃかぁどぉ……くくく」

 

勝ち誇った表情のまま。

 

「せ、先生……」

 

「…………」

 

弱々しい黛の言葉。古美門は機敏な動きで椅子からずり落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、住宅街に怒号が響き渡った。

 

「お前のせいだぞぉぉぉ!!」

 

「何でですか!? 私、何もしてませんよ!」

 

「何もしていないなら何か役に立つことをしろ!! お前に巻き込まれて私の連勝記録にストップがかかってしまいそうなんだぞ! あぁこんなゴミ屑以下の訴訟で私の輝かしい記録に泥を塗るなんて悪夢だぁぁぁぁぁぁ!」

 

「まだ負けたと決まったわけではありません!」

 

「うるさいクソがに股女! 絶対負けちゃったもん! 負けちゃったんだもん! うわぁぁぁぁん服部さぁん」

 

まるで子供のように服部に抱きつく古美門。

 

黛はため息をつくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黛は静まり返った事務所で一人、もくもくと裁判の書類に目を通していた。

 

「あ」

 

一枚の書類に証人、坂口咲の写真を見つけた。

 

「あれ。眼鏡かけてたんだ……」

 

ふと気がつけば、時刻は12時になろうとしている。黛は腕を挙げて固まった体を伸ばした。

 

「お疲れ様です」

 

どこからか服部が現れ、テーブルに紅茶の注がれたティーカップを置いた。

 

「あ、服部さん。まだ、いらしたんですね」

 

「はい。料理の仕込みに思いのほか手間取ってしまいまして。いやはや、細かな作業をすると目が疲れてしまいます」

 

「細かな作業って?」

 

「魚の骨抜きでございます。毛抜きを使って一本一本」

 

「大変ですね」

 

「いえいえ、そんなことは。黛先生こそ、小さな文字をお読みになっていますな」

 

「やっぱり視力が悪くなりますかね……。眼鏡やだなぁ」

 

「なぜです?」

 

「いや、あれって慣れない人はいつまで経っても慣れないんですよ。そう考えるとやっぱりうっとおしい…………」

 

黛の言葉が止まった。

 

「黛先生?」

 

「服部さん!」

 

「は、はい」

 

「ありがとうございます! 本当に!」

 

「お役に立てたようで……」

 

勢いよく立ち上がった黛は服部の手を握りしめて頭を下げたのだった。

 

「先生ー!! ちょっと起きてください! 分かったんですよぉー」

 

「何時だと思ってるんだ馬鹿女ぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂口咲、証人尋問。

 

黛は気を引き締め直して事に臨んだ。三木の威圧に潰されないように、気をしっかり保つ。

 

「坂口咲さん。あなたはジョンが」

 

「ジョン?」

 

「失礼、犬の名前です」

 

「あぁ」

 

「では、質問を続けます。あなたはジョンが優奈さんに襲いかかった現場を目撃した。間違いありませんね?」

 

「はい」

 

「距離はどの程度、離れていましたか?」

 

「詳しくは分かりませんけど20メートルは無かったと思います」

 

「はっきりと襲われているところを目撃されたんですね?」

 

「裁判長、質問の意味が分かりません」

 

「とても重要なことです」

 

「……被告代理人は続けてください」

 

「ありがとうございます」

 

三木の意見は却下された。

 

「確かにその距離であればしっかり見えます。……目が悪くなければ」

 

「!?」

 

「最近では視力が低くても日常生活で眼鏡やコンタクトを使わない若い方も増えています。理由は、ダサい、うっとおしい、別に不便では無い、目が充血して痛い、など。あなたもその一人なのではありませんか?」

 

「その……」

 

「文字を読む時にしか眼鏡は使ってませんよね?」

 

「……こ、コンタクトを」

 

「坂口さん、調べれば分かってしまうことなんですよ?」

 

坂口の表情が途端に曇り、目が泳ぎ始めた。三木も苦い顔をしている。

 

「もう一度、お聞きします。あなた、近視ですよね?」

 

「……そ、そうです」

 

「視力は両目とも1ありませんね?」

 

「…………」

 

「本当の事をおっしゃってください」

 

「……0.3です」

 

「事件を目撃したとき眼鏡はかけていましたか?」

 

「……か、かけて…なかった、です」

 

原告の代理人席から舌打ちが聞こえてきた。水菜も爪を噛んでいた。相当イラついているようだ。

 

「私からの尋問は以上です」

 

黛は大きく空気を吐き出した。彼女は賭けに勝ったのだ。

 

「では、続いて当事者である山下優奈の尋問でよろしいですね?」

 

手を顔の前で組んだ古美門が、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当事者、山下優奈への尋問。

ここからは古美門のターンだ。

 

「山下優奈さん。あなたは道を歩いているときいきなり噛みつかれた、と証言していますね?」

 

スーツの乱れを直して前ボタンを閉めた古美門は山下優奈の立つ証人席へと歩み寄った。

 

「そうだけど」

 

「それは事実ですか?」

 

「そうだよ。何、あたしが嘘言ってると思ってるんですか? ちょーウケるんだけど」

 

「優奈さん、あなたは佐々木さん宅から犬を連れ出そうとしたんじゃありませんか?」

 

「は?」

 

「どうです?」

 

「馬鹿馬鹿しい〜。意味わかんない」

 

最近の若者によく見る、ウザイを表す表情だ。完全に不貞腐れている優奈をスルーして古美門は質問を続ける。

 

「あなたはこう言っていたそうですね。マジ犬が飼いたい、でも親が許してくれないウザイ。アレルギーとか知らねぇよマジ死ね。よくもまぁここまで語彙力ない減らず口を叩けるものです。ヘキサゴンのおバカメンバーだってここまで酷くはありませんでしたよ?」

 

「喧嘩売ってんの!?」

 

「裁判長!」

 

優奈に混じって原告席の三木も抗議をする。

古美門は即座に質問を変えた。

 

「質問を変えます。このハンカチ、あなたの物で間違いありませんか?」

 

「…………そうでぇーす」

 

「これは事件の起きる数週間前に佐々木さん宅の庭に落ちていた物です。なぜ、あなたのハンカチが?」

 

「知らないわ」

 

「あっれぇおかしいですねぇ」

 

「何よ?」

 

「家の近くで落とした」

 

「っ!?」

 

「あなたは友人にそう言ったそうじゃないですかぁ」

 

「何でそれを……」

 

「ご友人が証言してくれましたよ。人なんて簡単に信用するもんじゃありません」

 

「あ、あいつ」

 

「何であなたはハンカチを落とした場所に見当がついたんですかぁ? 答えられないのなら私が教えて差し上げましょう。数週間前にもあなたは佐々木さん宅に侵入ししたんだ。犬を連れて行くつもりだったのか、下見のつもりだったのかは分かりませんが、このハンカチはそのときに落ちた物に違いない!! あなたはそう考えてしまった。だから近所に落としたと言ってしまったんだ」

 

「誘導尋問だ!」

 

三木の異議は瞬く間に裁判長によって却下された。

 

「却下します」

 

三木の横槍も古美門の計算の内だった。

 

「もう一度聞きます。なぜハンカチを近所に落としたと判断することができたをんですか?」

 

「い、家に帰ったら無かったから」

 

「では、なぜこのハンカチは佐々木さん宅の庭にあったのでしょう。ちなみに学校では探していませんよね? 職員に届けも出していない。かなり気に入っていたらしいのに。やはり、あなたは思い当たる節があったんだ!」

 

「うっせぇな! 知らねぇよ!」

 

怒鳴り声に動じることもなく、古美門は笑みを貼り付けたまま捲し立てる。

 

「あなたは今まで望めばどんな物だって与えられてきた。しかし、今回は駄目だと言われてしまった。我慢ならなかったことでしょう、今までどんな物でも買ってくれたのに! 何で駄目なんだ、なんで、なんで、なんで、なんで! ふざけるな、私は犬が欲しいんだ! あぁもうどんな犬だっていい! だから他人の犬をとってしまおう、そうしよう!」

 

「飼えない……」

 

「何ですって?」

 

「何で他の奴が飼えてあたしが飼えないのよ!! おかしいじゃない!!! あの馬鹿犬も餌までやったのに襲ってくるなんて!」

 

ついに優奈が折れた。古美門の質問で募った怒りが優奈の口からぶちまけられる。

 

「住居侵入罪、窃盗、器物破損、これは立派な犯罪ですよ?」

 

「くっ……」

 

「しかし、ここで言っても仕方がありません。佐々木さんも被害届を出すつもりは無いそうです。良かったですねぇ。歪んだ性格に犯罪歴のオマケがつかなくて」

 

優奈は何も言わずうつむき震えていた。それが恐怖なのか怒りなのかは判断できなかった。

 

「んふふふ〜。裁判長、私からの尋問は終わります」

 

そう言う古美門の目線はしっかりと三木を捉えて外れることはなかった。

三木の顔は悔しさに歪み、憎悪に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三木法律事務所。所長室。

 

三木は拳に力を込め、怒りを抑えていた。彼の後ろから、そっと沢知が寄り添う。

 

「必ず奴を地獄へ落とす……」

 

「はい。それが出来るのは三木先生の他にいませんわ」

 

沈黙が部屋を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

「また勝っちゃったぁ! 敗北というものを教えてもらいたいねぇはははははは!!」

 

古美門に黛、蘭丸に服部を交えて古美門邸はすっかり祝杯ムードに包まれていた。

 

テーブルは、酒や料理と大にぎわいだ。

 

「さっすが先生、やっぱり強いねぇ」

 

「さすがでございます」

 

「当たり前だぁ私は最強の弁護士、古美門研介なのだからな」

 

その中で黛一人だけが納得していないようだった。

 

「優奈さん、学校を変わることになったそうです。周りからイジメまがいの事をされたようで……」

 

「今までのツケが回ってきただけだろう。世間の非情さと自分の愚かさを思い知るといい少しはマシになるだろう。まぁ馬鹿は治らないだろうけどねぇー」

 

「だけど、あんなに大騒動にしなくたって勝てたんじゃ……」

 

「同情かぁ? 敵を再起不能にしたんだ何も問題は無い」

 

「あちらに非があった事は明白ですけど、やっぱりやり過ぎだと思いますよ」

 

「…………」

 

「何ですか?」

 

「ハンカチ」

 

「ハンカチ?」

 

「なぜ佐々木は数週間も前の物を処分しなかったと思う」

 

「……さぁ」

 

「だからお前は勝てないんだよ。シェパードは主に従順な忠犬だ。おまけに知能も高い。そして、山下優奈は幾度となく佐々木の家の近くでチャンスを伺っていたはずだ。佐々木が気づいていたとしてもおかしくはないだろう。そこから導き出される結論は?」

 

古美門の言わんとしている事を察して黛の表情が凍りついた。

 

「まさか、優奈のとる行動を分かっていて、あえて襲わせた?」

 

「筋は通るな。しかし、証拠は一つも無い」

 

古美門は笑顔で平然と食事を続けている。

 

「あなたは、それを知っていて!!」

 

「間違えるな。我々の仕事は依頼人を勝たせる事だ」

 

いつものごとく一蹴された。

 

「…………」

 

「早く手足をはやせ、ポンコツオタマジャクシのガニ股無能女ぁぁぁぁぁー」

 

「むきぃぃーーー!!!」

 

黛は頭を乱暴に掻きむしったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リーガル・ハイは、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました』

 

リモコンによって、テレビの電源が落とされた。

 

「ふぁ〜。さて寝るか」

 

「そうだな。よし部屋に帰ろう」

 

三夏と千冬はパジャマ姿でソファーから立ち上がると、同じタイミングで伸びをした。

 

「あの、わざわざ私の部屋でドラマを見るのはやめていただけませんか?」

 

「なぜ?」

 

「何でもです! それにこのドラマのキャラはあんまり好きじゃありません」

 

ノートPCで書類作りをしていた杉山が言う。

 

「まったくもって痛快なドラマじゃないか」

 

「どこがですか」

 

「君は、自分の考えを真っ向から否定し木っ端微塵にされる気がして嫌なのだろう?」

 

「…………」

 

「図星かぁ?」

 

「し、知りません! もう!」

 

千冬が玄関の扉を開けた。

 

「杉山さん、頑張ってくださいね。風邪をひかないように」

 

「あ、うん。ありがとう、千冬ちゃん」

 

千冬の声に杉山も返事を返した。

 

「まぁ何でもいい。さっさと書類作りを終わらせたまえ夢物語のドロシー君!」

 

三夏は高笑いを残し自室へと戻っていった。

 

「むぅかぁつぅくぅーー!!!」

 

一人残された杉山は三夏への鬱憤を晴らすためか髪をワシャワシャと掻きむしったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上です。

僕は専門家ではないので法的解釈があっているのかは分かりません(^^;;
雰囲気だけで楽しんでいただければ幸いです。

※お好きな場面でリーガルハイのテーマを流してみるのもいいかも知れません(笑)。YouTubeで調べれば簡単に出てくるはずなので。


さて、箒の挽回試合はどうなることやら……。

ではでは〜。
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