「凍結中」織斑さん家の奇妙な共同生活。 作:よし
「そ、それで!…うん、うん。とにかく落ち着いて!」
受話器に耳を付ける杉山自身も取り乱した様子である。
その姿を小清水が心配そうに見つめていた。
一方で三夏はいたって平然として紅茶の注がれたティーカップに口を付けその匂いと味を楽しんでいる。
「小清水さんロイヤルゼリー」
「こちらでございます」
「どうも」
電話の相手はドイツにいる千冬からで内容は第二回モンド・グロッソを観戦するためにやって来た一夏が何者かにさらわれたという内容だった。
あまりの突然のできごとに杉山の頭は混乱していた。何かを言いたいのに何も言えない。考えが出たり消えたりでまとまらない。
「は、博士ぇ……」
自分ではどうにもならないと思い泣きべそをかきながら杉山が三夏の名前を呼んで助けを求めた。
デスクのPCを操作していた三夏は杉山から受話器を受け取って耳に付けた。
「三夏だが?」
『に、兄さん!一夏が…一夏が!!』
震える千冬の声が受話器から聞こえてきた。
かなりの大音量である。弟を誘拐されたのだ慌てていて無理もないだろう。
三夏はいったん受話器を離し再び耳に付けた。
「まず耳元で怒鳴るのは止めたまえ私の鼓膜がダメになって困るのは君だろう」
『わ、分かった……それでどうすればいいんだ!!?一夏がどこにいるか分からないのか!!!!』
また怒鳴る千冬。
「お前の理解力は杉山と同レベルかバカもん!!……それで私に何をして欲しい?」
『兄さんなら一夏の居場所が…いや、一夏を助けられるはずだ』
確信を持ったように千冬は言う。
根拠など無かった。ただそう思ったのだ。
「うむ…いいだろうこちらで手を回してやろう」
『あ、ありがとう!私もすぐに一夏のところに』
「ダメだ君は大会に出場したまえ」
『な、何で……嫌だ!私も行く!!』
「いいかこれはかなり大掛かりなものとなるそれなりに金がかかるんだ君が大会を棄権した場合その請求はさらなる借金として残るんだぞ?」
『かまわない!!』
千冬は絶対に引く気はなかった。
こればかりは譲れなかったのだ。
それは自分の家族は必ず守るという千冬の決意からくるものだった。
「…………。では勝手にしろ間も無くドイツ軍がそちらに到着するはずだこれは後は彼らに従いたまえなおこの件は君から我が社への正式な依頼として受理されることとなるだろう。では」
三夏はいったん黙って考えた後にそう言って一方的に通話を切った。
「また完済期限が延びた……」
その態度に杉山が激怒した。
「何ですか!その態度!!あなたは一夏君が心配じゃないんですか!?」
「誘拐犯の目的なんてどおせ千冬の大会出場を拒み大会二連覇をさせないことだそれが確認できるまで人質を殺すとは思えないその証拠に身代金の要求は一切ない」
「でも!…それにどんな関係であろうと千冬ちゃんと一夏君はあなたの大切な子どもなんですよ!?なのにお金を取るなんて信じられません!!お金がすべてなんですか!?そんなの間違ってます!!」
「お前は本当にバカだな一度ウガンダの密林へ行きマウンテンゴリラと突っ張り相撲でもとってくるといい強烈な張り手で少しはマシになるだろう。いいか何をするにも金が必要なのだ人を動かすのはすべて金だ無償で引き受ける人間などくだらない正義感と自己満足に酔いしれた役にも立たないクズの素人どもだプロは金で動くその額が高ければ高いほど一流なのだそして我々はその一流の人間なのだよビジネスに私情は挟まない。金がすべてじゃない?金なんだよこの状況下で一夏の生命を保証してくれるのは千冬への同情でもなく一夏への危虞でもなく犯人への憎悪でもなく金なんだ」
「…………」
「分かったら君は引っ込んでいたまえそこの机で上への報告書でもまとめているといい私の邪魔にならないように」
「……絶対に一夏君を助けられるんですよね?」
「愚問だねぇ私を誰だと思っているんだ君は」
杉山は三夏に言われたとおりに机に向かうとノートPCを起動して書類を制作しはじめた。杉山にも自分の考えや言い分があったが今はそんな場合ではないと押し殺したのだった。
三夏は白衣のポケットからケータイを取り出すと登録されついる番号の一つを引き出してコールした。
ワンコールですぐにケータイはつながった。
「私だたった今君たちのPCに資料を送ったただちに動いてもらいたいもちろんドイツ軍上層部には我が社から通達をしておく……あぁ、それで問題ないそれとブリュンヒルデがどうしても同行すると言って聞かなかったすまないが途中で拾っていってくれたまえ」
ケータイを元のポケットへしまった三夏はソファーに腰を勢いよく落とした。
「さぁこれで安心だ…小清水さん今日の夕食はイタリアンが食べたいなぁ」
「御意」
三夏は態勢を前かがみにすると顔の前で手を組んだ。
「第三勢力のご登場かお呼びでない奴らには早々にご退場願いたいな」
その後、無事に救出された一夏の生還パーティが盛大に執り行われたのはまた別の話だ。
それから千冬は一年ほどドイツ軍でIS操縦者を育成する教官となることになった。
これはドイツ軍からの申し入れだった。
世界最強のIS操縦者の技術を手に入れたいドイツ軍。ドイツ軍に出来るだけ恩を売りたいインペリアル・コーポレーション。相互利益の一致だった。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。一夏君のことはこの小清水めにお任せください」
「本当にありがとうございます小清水さん」
深々と頭を下げる千冬。
「わ、私も頑張って一夏君の面倒をみるから心配しないで」
「杉山さんもありがとう」
一夏は千冬が大会二連覇を逃したことに自分を攻めていた。千冬がドイツへ行かなければならないことも。
千冬はそんな一夏の頭を優しく撫でた。
「そんな顔するな一夏。お前は悪くない。なに、一年なんてあっという間だ」
「でも……」
泣きそうな一夏。
瞳に溜まった涙を腕で拭い取り必死に堪えている。
「今生の別れでもあるまいしいちいち毎回私のベッドの真下にある玄関で朝ドラを演じるなまた起きてしまったじゃないか」
「博士!」
千冬は三夏に向き直る。
「兄さん一夏を助けてくれて本当にありがとうございました。また…少しの間でかけてきます」
「あぁ……ところでドイツ軍の将校ということは給料はいくらなんだろうねぇ小清水さん」
「はい…ええっと…「はぁかぁせぇー!!小清水さんも計算しない!!」……いや、すいません」
「ちっ」
杉山がすかさずツッコミを入れる。
そんなやり取りの末、千冬は再びドイツ行の飛行機に乗るため織斑家から空港へ向かった。
それを一同は静かに見送った。
が……
「小清水さん私も少しの間留守にしますので家をよろしくお願いします」
「え!!?そんな話し私は聞いてませんよ!?」
「言ってないから当たり前だそれに今回は君のようなお邪魔虫は必要ない」
「どこ行くんですか?」
「教えなぁーい着いて来そうだからー」
「もう!!」
「あー小清水さんが着いつきてくれならなー」
「申し訳ありません」
「ですよねぇどっかの誰かに任せたら我が家がどうなることやら」
「私のことですか!?家事ぐらいできますよ!」
「私は君などと一言も言ってないぞ何だ?自覚があるのか?一度エビチリでも作ってみるといいもしかしたら一撃必殺の毒薬に様変わりするかもしれないぞ」
「もう知りません!!」
杉山はそのまま部屋の奥へと言ってしまった。
「小清水さんどんなことがあってもあいつに料理はさせないように」
「それほどなのですかな?」
小清水が苦笑いを浮かべる。
三夏はローブを脱ぐと着替えに向かった。
「小清水さん」
「はい、スーツや着替えなど必要なものはすべて用意しておきました」
「よろしい!さぁ朝食を食べたら出発だーついでに仕事がてら観光を楽しんでくるとしようイッツバカンス!!」
ドイツ。
さっそく千冬は仕事をはじめていた。
彼女が指導するのはシュヴァルツェ・ハーゼ。ドイツのIS配備特殊部隊で通称「黒ウサギ隊」だ。部隊章は眼帯をした黒ウサギ。ドイツ国内にある10機のISのうち、3機を保有している名実ともに最強の精鋭部隊だ。
今日はその顔合わせである。
千冬は部隊特別仕様の黒い軍服に着替え整列した部隊の前に姿を現した。
「私が織斑千冬だ。一年間君たちの教官を務めることになったよろしく頼む」
「教官」
訓練指導を終えた千冬を一人の隊員が呼び止めた。
「どうしたハルフォーフ」
彼女の名前はクラリッサ・ハルフォーフ。シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長を務める人物で隊員たちからの信頼も厚い。
「我が部隊の顧問がお会いしたいとのことです」
「顧問?」
疑問を持った千冬だったがクラリッサに促されそれに続いた。
クラリッサはドアをノックすると返事を待って中へと千冬を招き入れた。そして自分はドアの横へ後ろで手を組み立つ。
千冬は誰かが座っているであろうデスクの前に歩み寄った。
裏返っていた椅子が回りこちらを向く。
「世界は狭いねぇまさかこんなところで会うとはそう思わないか千冬君?」
「っ!!?」
「我が部隊をよろしく頼むよ」
聞き覚えのある声に見慣れた顔。
あまりの驚きに千冬は固まってしまったのだった。
「はじめまして、と言っておきましょう。シュヴァルツェ・ハーゼの顧問謙管理者を務めますインペリアル・コーポレーションから出向の織斑三夏です」
その挨拶に千冬は答えることができなかったのだった。
少し前のお話。
都内の空港に一夏と鈴の姿があった。
鈴は突然の親の離婚により中国へと帰ることになったのだった。
理由は簡単で、女尊男卑がはびこる世界では親権は必然的に母親のものとなる。そして母親の実家が中国にあるというだけだ。
別れの言葉を交わす二人。それとなぜか三夏の姿もある。
ただ一夏を空港まで送って来た様ではないようだ。
「ねぇ一夏……あたしの料理の腕が上がったら毎日酢豚を食べてくれる?」
「おう!」
「そ、そっか…ありがと一夏」
三夏はそれを冷めた目で見ていた。
「愛の告白……恋愛ドラマのヒロインと主人公か……」
そして、二人の会話は終わったようである。
「じゃあ、元気でな」
「あんたもね。また会いましょ!!」
「ああ!」
鈴はそう言ってカバンを持つと飛行機へと乗り込んでいった。
そのとき三夏の姿を見てふと前のできごとを思い出した。
それは鈴が織斑家で過ごした最後の日の帰り際だった。
ソファーに座って足を組んでいた三夏は帰宅しようとしていた鈴を唐突に呼び止めた。
『中国へ帰るようだねぇあんな環境最悪の公害大国へ帰るなんてお気の毒にぃPM2.5を吸い込んで肺癌で早死しないことを祈ってるよ鈴君』
『三夏さん……』
相変わらずのひどい物いいだったが、それなりに織斑家との付き合いがある鈴は三夏はこういう人物であると理解しているため別に何も言わなかった。
『ときに鈴君、君はこれからどうするつもりなんだ?女尊男卑の世の中であろうとシングルマザーの子は辛いだろうに』
『……ISの適性が高かったから軍からスカウトが』
『うんうん、それなら安心だそこで一つ君に提案があるんだが』
『提案?』
『我が社の草の者になりたまえ』
『は?』
『中国軍の兵器の消耗率や使用率、欲している兵器などその他もろもろを報告して欲しい社会主義国の軍隊はガードが硬くて厄介なのだよ』
『でも……』
『軍からの給料ではあまり足りないんじゃないか?スカウトと言っても一介の兵にすぎないからな母親に苦労はかけたくないだろ?』
『……っ』
『仕入れた情報はできる限りの高値で引き取ろうじゃないか悪い話ではないと思うが…どうかな?』
『…………』
そうして中国へ向かう鈴の手には三夏から手渡された高性能通信機が握られていたのだった。
「ねぇ三夏兄、何か嬉しいことでもあったの?」
「ない」
「いや、顔がすごい笑ってるけど……」
「ないったらないよぉーー」
「?」
飛行機が飛び立つのを見届けた一夏は三夏ともに我が家へと帰ったのだった。
今回はちょっと短いです。ごめんなさい。
後、時間系列がバラバラです。本当にごめんなさい。