上京区、晴明神社。
1000年以上もの歴史を持つこの神社は、日本史上最強の陰陽師、安倍晴明を祀っている。
その関係上、街の中でも有数の霊脈の上にあるわけだが、ここの神主一族である
なぜなら、西洋魔術を元とする聖杯戦争と東洋の呪術では、魔術親和性が低く、決して相容れないからである。
しかし、
「はぁ、なんで私の家はマスター権放棄出来ないのかなぁ…。」
そう呟きながら神社に向かうのは、巫女服を着た小柄な少女。
名を、土御門
神社で働く巫女にして、神主代理。
今は、歩いて10分程の所にある、京都聖霊教会に行った帰りである。
「うーん、私は乗り気じゃないんだけどなぁ…。そりゃ家の都合っていうのもあるけど…。」
『聖杯』と呼ばれるものは、その性質に関わらず、最高級の聖遺物である為、それを監督する必要がある。
京都では、聖堂教会管轄下の京都聖霊教会と、霊脈の守護をしている土御門家が、共に監督役を務めている。
そして、この間には、ある協定が結ばれている。
"聖霊教会の人間か土御門家の人間に令呪が宿った場合、該当人物は必ず聖杯戦争に参加しなければならない。"
もちろん、私利私欲の為に聖杯を使用することは禁止されていて、獲得した後、然るべき場所に返還しなければならない。
つまり、聖杯の監督をする為の参加ということである。
現に、明春の右手には三画、左手には委託された一画の令呪が刻まれている。
「でも、あの神父さんも、随分勝手ですよねぇ…。ちょっとぐらい融通してくれてもいいのに…。辛いものの食べ過ぎで頭がおかしくなっちゃったのかなぁ…。」
見た目とは裏腹に、思っていることは結構辛辣である。
「まぁ、サーヴァント召喚のやり方は聞いたし、そもそも興味はあるんだけどね。その、英霊というものに。」
特に誰に言う訳でもなく、脳のメモリーに書き込むように言を発する。
「ふふっ。なんだか楽しくなってきちゃった。」
午前1時。
境内に召喚陣を刻み、そこに、井戸から汲んだ霊水を注ぐ。
流石に1000年もの歴史があるだけあって、マスターも神社自体の魔力も、他とは桁外れの量を誇っている。
「—誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
そして、召喚は無事行われた。
魔力の渦は、まるで聳え立つ山の如く空を裂く。
それが解かれると、陣の中央に、束帯を纏った
「美少女
恐ろしくハイテンションな
その登場の仕方は、他人に寛容な性格の明春でも驚きを隠せない程。
「えっと…、たぶん…。」
想像とは全く違っていたので、反応に戸惑う。
「これからよろしくね、主さま!」
握手を求められる。
手を差し出すと、キャスターは、千切れんばかりにブンブンと腕を振り回した。
よく見ると、狐のような耳と尻尾が生えている。
「えっと…、キャスター?その…、尻尾が、それ、何?」
「へ?…ってうわぁ!?また出てきちゃったのか…。まぁ、しばらくしたら戻るからこのままでいいや。」
キャスターは、さして気にしてはなさそうだった。
月夜の中で揺らめく純白の尻尾。
明春は、まるで催眠にかけられたかのように、それを見つめていた。
自分の中の情動が抑えられない。
彼女に会ったときから、心の昂りが止まらない。
纏う雰囲気に当てられてしまった。
—例えるならそう、捧げ物の神酒のような。
あと少しで、"何か"が外れる。
「ねぇ主さま、私たちって似た者同士なのかもしれないね。だって、初めて会ったのに、もうこんなに馴染んでるんだもん。…これはもう運命だよ!私たちは、正しく出会うべくして出会ったんだよっ!!」
あ、"切れた"。
「キャスター…、尻尾触ってもいい?」
「もちろん!特別だよ?」
もふっ。
例えるなら、これは綿菓子。
凄くふわふわで、すぐに溶けてしまいそうな感じ。
「どうです?主さま。なかなか触れませんよ?神狐の尻尾なんて。」
もっと触りたい。もっともっと触れていたい。
もふもふもふ。
「あっ…、そこは、っひゃうん⁉︎あ、あるじさ…、んっ、ふあぁ…、もう、らめぇぇぇ…!」
もふ。
もふもふ。
もふもふもふもふもふもふもふもふ。
もう、何も考えられない。
「んっ…。あれ、もう朝?」
次に明春が目を覚ました時、空の明るさは増し、遠方では鴉が鳴いていた。
まるで夢でも見てたかのようだ。
しかしそれは、足下でまだ痙攣している一人の少女によって否定された。
「あっ、ぅん…。」
「大丈夫?キャスター?」
フラフラになりながらも、キャスターがなんとか立ち上がる。
「うん…。でも、主さまがあんな妙技の使い手だったとは…。これはもう逆らえないね。もうずっと一緒にいるしかないね〜!」
マスターをからかうだけの余裕はまだあるようだ。
「もうっ、キャスターったら。こんなんでホントに"最強"なんて言えるの?」
「何を〜!これでも私は朝廷の陰陽頭だよ⁉︎私に並ぶ実力者なんて、タマモちゃんかアシヤくんしかいないんだからね‼︎」
明春は、そんなキャスターに笑いかけると、こう言った。
「とりあえず、まぁ、これからよろしくね?キャスター。」
「もちろん!私は主さまのサーヴァントだからねっ‼︎」
そして、今回の聖杯戦争における、"最も仲の良い組"が誕生したのだった。