下京区、京都駅。
1日に70万人近い数の人が行き交う、全国でも有数のターミナル駅。
オカルト誌『ムー・スタリオン』のライターである
「"行くと正気を奪われる幽霊旅館"…、うん、これはネタになるな。でも、父さんの『怪奇!未遠川の巨大生物‼︎~幻覚か、生物兵器か、それとも異教の邪神か!?~』や、
吸血鬼事件。
2000年頃に彼の地元―福山市で起きた事件。
多くの人が無差別に殺害され、血液が全て抜き取られるという猟奇殺人事件。
遺体の首筋に、歯形のような痕跡が残っていたために、"吸血鬼"がやったのではないかと噂されている。
時盛が直接関わった訳ではないが、ニュースで大々的に報道されたので、かなり印象に残っている。
「はぁ…、僕も早くメインの記事書きたいなぁ…。もうコラムはウンザリだよ…。間桐雁夜さんみたいにウマいモノが書けるわけじゃないし。そういえば、最近は全然名前を聞かないなぁ…。今は何やってるんだろ。」
彼は、自分が尊敬する人物の今について、想いを馳せていた。
「しかし、編集長が"気をつけてね"みたいなこと言ってたけど…。まさか父さんじゃあるまいし、怪奇現象に首突っ込みすぎて行方不明、なんてことはしないつもりだけどね。ただ、僕もライターである以上は、しっかりと事実をこの眼に焼き付けたいっていう望みがねぇ…。」
彼の父である甲斐田
しかし、1998年に観布子市で起きた"食人鬼事件"を取材した際に行方が分からなくなり、現在も手掛かりすら見つかっていないという状況である。
その取材記事は、"遺稿"という形で現在の編集長—渡良瀬川
巷では、『食人鬼に喰われた』というのが定説となっている。
「…さて、今日から予約していた、ステーションホテルキョウトは…、ってうわぁ⁉︎」
スマホで地図を見ながら歩いていた時盛は、前からやってきた少女に気付かずにぶつかってしまった。
衝撃でお互いに跳ね飛ばされる。
「痛ったたた…、大丈夫、お兄さん?」
フード付きのパーカーを着てホットパンツを履いた少女が、起き上がりながら尋ねる。
「ま、まぁ…。なんとか、ね…。」
右の掌を擦り剥いた以外は、大したことはなかった。
立ち上がろうとすると、少女が右手を差し出してきた。
よく見ると、怪我をしているのか、包帯が痛々しそうに巻かれている。
「うん、問題なさそうだね。でも、一応心配だから、
そう言って、彼女が時盛の右手に自分の右手を重ねると、そこがほんのりと温かくなってきた。
見ると、さっきまであった擦り傷は、見事に消え去っていた。
「もう大丈夫だよ、お兄さん。じゃあね~!」
「ま、待って!君、今のはどういう…。」
その場から立ち去ろうとした少女を、記者根性で呼び止める。
—これは紛れもないオカルトだ!
「だから、"おまじない"、だってば。…もう私行かなくちゃ。」
「せめて名前だけでも…!」
ネタを逃すまいと、必死で食らいつく。
「名前?…うん、最後だから教えてあげる。私はウィル。…じゃあ、今度こそ、バイバイ。」
そう残して、彼女は去ってしまった。
「いったい、何だったんだろう…。」
ホテルに到着するや否や、時盛はベッドに倒れ込んだ。
「はぁ〜、疲れた…。いや、特に何かしたってわけじゃないけど。…さて、明日に備えて荷物の整理を…、って、あれ、何だこれ?」
右手の甲に、赤黒い"何か"が刻まれていた。
細長い菱形が3つ、という何とも奇妙な模様だった。
「うーん…、さっきまでこんなのあったかなぁ…。とりあえず、水で落ちるといいけど…。」
ほんの気休め程度に、洗面所へ向かう。
しかし、いくら擦っても全く消える気配はない。
「やっぱりダメだぁ…。これ、どうやったら落ちるかなぁ…。」
諦めつつベッドルームに戻るとそこには、妖艶な雰囲気を放つ
ん?ちょっと待って、ナニコレ?
え?なんで僕の部屋の中に着物美人が居るの⁉︎
オプションなの?このホテル限定の京都的サービスか何かなの⁉︎
突然のことで回ってない頭を無理やり回転させる。
「え、え〜っと…。どちら様、でしょうか…?」
とりあえず話しかけてみる。
「あら?もしかして…、貴方様が
旦那様⁉︎
ごめん、もうわけがわからないよ…。
「あの…、"旦那様"っていったいどういう…。」
「私は暗殺者のサーヴァント、アサシン。今より、貴方様に仕えさせていただきます。」
ダメダ…、ナニイッテルカワカラナイ…。
とりあえず、整理するためにも、色々話を聞いてみることにした。
「…ふーん。ようは、その"聖杯"ってヤツを手に入れればいいんだね?」
「はい。そのためにも、旦那様には気を付けていただきたいことがあります。」
それよりも、"旦那様"という呼び方が気になる。
「あのさ、なんで僕のことを"旦那様"なんて呼ぶんだい?」
「それは…、"愛"ゆえにございます。私は夫を亡くした身。つまりは未亡人です。だから、せめて現界しているうちだけは、"夫婦"でありたいのです。」
彼女—アサシンの"願い"が見えた気がした。
「うーん、困ったなぁ…。聖杯戦争については一切口外出来ないなんて…。」
こんなにオカルティックなことは、全国、いや世界中を探してもないんだけどなぁ…。
「当然でございます。特に、私が勝ち残るためには、情報の秘匿というのがとても重要になってきます。ですので、旦那様にも肝に命じておいてもらいたいのです。」
アサシンが若干強めに言う。
「う、うん…。」
ギリギリで、良心が勝った。
「ところで旦那様?貴方様は魔術師ではないのですよね?」
アサシンが変な質問をする。
「? そうだけど?」
「サーヴァントというものは、旦那様—マスターからの魔力供給がなければ、現界し続けることが出来ません。契約した以上は魔力のパスは通っていますが、魔術師ではない旦那様からでは、こうしてただ居るだけでも魔力が尽きてしまいます。ですので、今後のためにも、旦那様に直接魔力を提供させていただきたいのです。」
魔力供給ねぇ…。
確かに、今こうしているだけでも、身体中が痺れを感じている。
効率のいい方法があるなら、是非そっちを採用したいところだ。
「別に問題はないけど…、どうやるわけ?」
「同衾…、つまり、"まぐわい"でございます。」
同衾?まぐわい?
それってつまり…、
「お隣、失礼致します。」
アサシンが、時盛が腰掛けるベッドの中に入ってきた。
「い、いや…、僕たち、まだ出会ったばっかりだし、いきなりそういうのは…、ちょっと公序良俗的にどうなのかなぁって…。」
未だ困惑する頭を、なんとか追いつかせようとする彼に対し、彼女は着物をはだけさせながら詰め寄る。
「何か問題でもございますでしょうか?旦那様と私はもう既に"夫婦"ではないですか。」
マズい…。
彼女のペースに飲まれていく。
「旦那様…。中々にしっかりとした体つきをしているのですね。」
アサシンの細くて綺麗な手が、時盛を撫で回す。
「ま、まぁ…、一応鍛えてるからね…。」
彼女の手は、さらに下へと延びていく。
「ふふっ。拝見しても、よろしいかしら?」
「や…、そこはダメだって…。」
こちらの意思を無視して、枷が外れていく。
「まぁ!随分と立派な野太刀をお持ちなのですね。これが私の関所を蹂躙していく…。考えただけでも、昂りが抑えられませんわ。」
—あ。
意識が急に遠のいていく。
「さあ旦那様?その野太刀で私の関所を突破してくださいませ?」
最後に聞いたのは、そんな言葉だった。
外で鳥が鳴いていた。
「うーん…。あれ?僕何してたんだっけ…?」
物凄く淫蕩な夢を見た気がする。
時盛が目を覚ますとそこには、既にホテルのバスローブに着替えた女性が居た。
「旦那様、おはようございます。昨晩は、夜襲お疲れ様でございました。貴方様は、意外と積極的なのですね。さあ、早く服を着てください。」
そこまで言われて初めて、自分が一糸纏わぬ姿だった事に気がついた。
—やっぱり、やっちゃったのか…。
「そういえば、まだ誓いを立てていませんでしたね。…では、改めて。暗殺者のサーヴァント、アサシン。聖杯に招かれし者なり。問いましょう、貴方様が、私の旦那様でございますか?」
アサシンが真面目な顔でこちらを見る。
「あ、はい…。こちらこそ、よろしくお願いします…。」
「契約は今を以って真なるものになりました。…一緒に、頑張りましょうね。
この瞬間、此度の戦に招かれし者たちが、全て揃ったのだった。