監督役
「んぅ…、ぁあ…。」
ルナは、昨夜の疲れでぐっすりと眠っていた。
それもそのはず。彼女は、英霊を召喚したマスターなのだから。
いくら聖杯が肩代わりするとはいえ、召喚に至るまでの過程で既に魔力を消費するのだから、それによる疲れは相当のものになる。
「ふわぁ…、よく寝たぁ。昨日のは、夢…、じゃないわよね…。」
目覚めた彼女は、右手の甲に刻まれた令呪を確認する。
それこそが、今の状況が現実であることを示す印。
「でも、おかしいわね…。ライダーの姿が見えない…。」
契約している以上は近くに居るのだろうが、あの言動から察するに、興味のあることに対してすぐに飛び付くタイプだ。
だから、もしかしたら何か
そんな一抹の不安を抱えながら、彼女は着替えを始めた。
普段通り青のワンピースを着ると、ルナは階段を降り、ダイニングへと向かった。
「ライダー、ライダー?」
やっぱり。
ルナは確信した。
—
「…使うのは勿体無いけど、でも…。」
令呪の使用も考えたその時、突如として、
「どうした、マスター。お主、ちと疲れているのではないか?いくらわしが夜中ずっと霊体化していたとはいえ、やはり召喚の負担はあったろう。しかし安心せい。これから、わしが今朝仕入れた食材で、素晴らしい馳走を披露して参ろうぞ!」
よく見ると、彼女の父親のスーツを、わざわざ自分のサイズに調整した上で着用している。
「ちょ…、ライダー、その格好…。」
「うむ、少し暇だったのでな、お主の父上の部屋の衣装棚から、この服を頂戴したのじゃ。わしには大きかった故、少し調整させてもらったぞ?」
ライダーは意外にも小柄で、ルナよりも少し高いぐらいだ。
対してルナの父親は、170cmは超えているため、そのままでは着れるはずがないのだ。
「あぁもう…、なんであなたは…。」
「まずかったか?いや、何せ大量にあったものでな。」
悪びれる様子もなく、ライダーが答える。
「…まぁ、後でパパに連絡すればいいか…。」
ルナが溜息をつく。
「そら、出来たぞ、マスター。白飯に味噌汁、焼き鮭と卵焼きだ。この家にはちと似合わんかもしれんが、そこは勘弁してくれ。如何に南蛮
ライダーが慣れた手つきで料理を出す。
「話に聞いていた通り、あなた料理上手なのね。…あっ、美味しい。」
ルナが味噌汁を啜る。
「何も料理だけではない。能なんかも嗜む程度にはやっていたぞ。太鼓に至っては太閤殿に披露したことだってある。時間でもあればお主にも見せてやるのじゃが…。」
ライダーが過去を懐かしむように空を見つめる。
「本当に多才ね。派手好きはただの噂話かと思ってたけど。」
「わしとてただ大口を叩くだけの無能ではない。実行してこそ漢であろう。…まぁ、時にはハッタリも必要じゃがな。」
そんな事を話しながら、朝の時間は過ぎていく。
「ライダー、今日は教会に行くわよ。」
朝食を食べ終えたルナが言う。
「教会?…ああ、
「領地には無かったの?」
「将軍殿が南蛮との交易を禁じてしまった故な。まぁ、わしはその前から
ライダーが意味深そうに語る。
「してマスター、出掛けるのであれば、手段が必要であろう?わしの馬でもよいが、それでは目立ってしまう。そこでだ、お主、何か代わりとなる騎乗物、即ち、現代の乗り物などは…。」
「あるわ。パパから貰ったけど、私はまだ乗れないから、ライダーにあげるわよ。」
ルナが言う。
「ほう…、うむ、気に入った。色も
馬のエンブレムを持つ黒い車を見たライダーは、とても興奮していた。
「じゃ、行くわよ。」
「応ッ!」
一方、京都聖霊教会。
その地下にある一室では、大量の
「…うん、色、香り、味、全て完璧に近いな。もしや、私には唐辛子農家の才能が…!」
「ないですから。早く持ち場についてくださいな、清慈君?」
そこには、カソック姿の男女が居た。
女の方は、上からフード付きのローブを着ている。
"清慈君"と呼ばれた男—この教会の神父、
彼をそう呼んだ女—そのパートナー、
「…あぁ、すまない。で、鈴音はどうして此処に?普段は近寄りすらしないのに。」
「近寄らないのは教会の地下でこんなことやってるからに決まってるでしょう。というか、今日が何の日か忘れたんですか。"あの子"がそろそろ来ますよ。準備しなくていいんですか。」
鈴音が清慈に軽く毒を吐く。
「そうだね。ではそろそろ戻ろうとしよう。」
そう言いながら、清慈が階段を上がろうとすると、上から声がした。
「師匠〜!この荷物、何処にしまえばいいですか〜‼︎」
声の主は、全身ジャージの活発そうな女性。
「
「清慈君…?なんで勝手に椅子を改造してるんですか…?」
「ギクッ…。」
この後、彼はキツい"お仕置き"を受けたとか受けてないとか。
「…さて、もう来る頃だろう。」
清慈は教会の前で待ち構えていた。
今回の聖杯戦争の参加者にして勝利に最も近い少女。
監督役として、「父親」として、「兄」として。
公正でなければならないのに、公正ではいられない原因。
故に、彼の内心は複雑であった。
「まぁ、ルナの実力があれば、負けることはないだろうけどね。」
「着いたわ、ここよ。」
車で5分ほどかけ、ルナ達が到着した。
ルナの家も大概だが、聖霊教会もここ京都では異質と言える存在だ。
その清廉さを示すかのような白壁に、豪華絢爛と言うのが相応しいほどのステンドグラス。
はっきり言って、ライダー好みの様相をしていた。
「ほう、ここの主はなかなか良い趣味をしておる。是非わしの城も改築してもらいたいところだな。」
と、実際かなり絶賛していた。
教会の前にはカソックに身を包んだ
「やぁ、ルナ。随分と久しぶりだね。そっちは…、サーヴァントかい?えらく現代に馴染んじゃってるけど。」
「久しぶりね、セイジ
それも当然である。
外車で教会に乗り付けたのは、スーツにサングラス、身長以外は威厳たっぷりのほぼチンピラなのだから。
「マスター、此奴はお主の知り合いか?随分親しげに話しておるが…。」
ライダーが首をかしげる。
「あぁ、すまない。自己紹介が遅れたね。私は葉山清慈。この教会の神父にして、今回の聖杯戦争を取り仕切る監督役だ。」
清慈が握手を求める。
「…お主、わしと同属じゃな?歳の割に喧嘩好きで隙あらば戦いを挑むタイプの。」
ライダーは差し出された手を無視して言った。
「…バレてたか。うん、さすがは英霊、と言ったところかな。まぁ安心してくれ。私は君のマスターの家族みたいなものだから。」
清慈が照れ臭そうに笑う。
「さぁ、入ってくれ。」
教会の中には二人の女性がいた。
「あれ?ハルキ
ルナが全身ジャージの方に声をかける。
「だーかーらー、ちゃんと瀬戸先生と呼びなさいって…、中じ、ルナちゃん⁉︎」
「別に学校じゃないんだからいいでしょ。というかそっちは呼び方直ってるし。」
ジャージの女性—瀬戸春姫—は驚きを隠せないでいた。
自分がお世話になっていた家の娘にして自分の学校の生徒が、見ず知らずの男と一緒にいるのだから。
しかも、自分の
あぁ、と清慈が口を挟む。
「春姫には私達の補佐をしてもらっているんだ。ほら、今でも私は
「…へぇ、聖堂教会も忙しいのね。」
ルナが呟く。
「あ、ルナちゃん、久しぶり。私のこと、覚えてるかな?」
もう一人の女性—いや、
「お久しぶりです、スズネ
ルナが珍しく敬語を使って話す。
「うん。実はね、つい最近までバチカン勤務だったから、なかなかここに戻って来れなかったの。…そういえば、マリア
「はい。…とは言っても、パパとママとは電話でしか話してないですけど。また海外に飛んでしまって…、確か、アフリカの方とかなんとか。」
「アフリカ…。じゃあ、エリザさんのところ向かったのかも。今は慈善活動をしてるから…。」
鈴音が含みを持たせつつ言う。
「…さて、登録も済んだことだし、少し話でもしようか。」
書類を書き終えた清慈が、紅茶を運んで来た。
「話って?」
ルナが訊く。
「いや、本来私は公正でなければならないんだけど、まぁこのぐらいならバラしてもいいよねってヤツをちょっとだけ。」
清慈の顔はほんの少しだけ笑みを浮かべていた。
「今回の聖杯戦争は、
「…と、いうと?」
ルナの声色が変わる。
「この土地に古くから根付く大家にして、魔術協会や聖堂教会と不可侵を保ってきた、
「…っ⁉︎」
ルナは驚きで声も出ない。
土御門家は1000年を超える陰陽道の大家。
おまけに京都市内でも有数の霊脈上に居を構え、先祖を祀っていると聞く。
そこが参加するということは—。
「そう、間違いなく"あの英霊"が来る。この国において最も強力な魔術師の一人が。」
清慈も急に真剣な顔になる。
だが、彼女の決意は固く。
「…いや、勝ってみせるわ。そうよね、ライダー?」
「応とも。わしとマスターならば、どんなサーヴァントが相手でも勝ち残ってやるぞ。」
「うん、ルナならそう言うと思った。」
「じゃ、またなんか会ったら来るから。」
そう残して、ルナとライダーは帰っていった。
「はぁ…。ホント、似てるよねぇ…。」
清慈が呟く。
「心配?ルナちゃんのこと。」
「いや?全然。」
「…そう、良かった。清慈君、意外と落ち込むもの。」
鈴音が言う。
「まぁ結局、私達はこう言葉を送ることしかできないのさ。」
「—汝の道に祝福あれ、と。」