突然だが、諸君は夜寝るときは布団派だろうか。それともベッド派だろうか。
さながら犬か猫か、あるいはきのこかたけのこかといったように、どちらも善し悪しで一概に甲乙付け難い議論だろう。ちなみに、それらの二択について個人的な所感を述べさせてもらうと、俺はぶっちゃけどっちでも良いしそこまで興味がなかったりする。どっちも美味しいしどっちも可愛い、それで十分な瑣末事としか思えない。強いて白黒つける必要のないところに究極の二択の妙味はあるのだから、いい加減に休戦しても構わないのではないだろうかなんて考えていたりするのである。
前置きが長くなってしまったが、要するに俺が言いたかったのはだ。
「石の棺桶で寝るのは絶対にやめて"おけ"、なんつって」
いや、本当に冗談ではなく身体中がバキバキに痛くて辛抱たまらない。特に後頭部と背中、それに尾てい骨のあたりが壊滅的だ。おまけに石棺の中で寝かされていたからか、尋常じゃなく身体中が冷たい。全身の熱という熱が奪われしまったかのように寒くて寒くてしょうがない。脊髄反射で上腕をこすりこすりしてみると、なぜかこすった部位からパラパラと白い砂のようなものがこぼれ落ちた。
「おいおい、マジでどうなってんだよこれ」
墓から蘇るゾンビよろしく――後から思い返してみれば、あまりにも笑えないジョークだ――棺から身を起こして這い出てみて分かったが、そこは洋風の墓石と枯れ木だらけの景色が広がるうら寂しい山間の墓地だった。なるほど、たしかに墓地なら石棺が置いてあっても不自然ではないだろう。もっとも、そこに押し込められていたのがまだ元気に活動している俺という生者であることと、俺がこの棺桶に入っていた経緯が全くの謎であることを除けばの話ではあるが。
「よぉ、やっぱお前も居たんだな。これでめでたくウチのクラスの全員が揃ったわけだ」
石棺からそれほど離れていない場所には人だかりが出来ていた。不安そうに顔を見合わせてざわざわと言葉を交わしている彼らの姿を見とめた俺は、自分がとても安心していることに気がついた。努めて自覚しまいとしていた俺の無意識も、どうやら見知らぬ世界でひとりきりという状況には相当堪えていたと見える。俺の姿を見つけるなり、いつものようにシニックな笑みを浮かべた友人の姿が、その時はまるで救いの神かなにかのように頼もしく思えたものだ。
「樋浦……」
「お前の姿だけ見えなかったから気になってたんだが、残念だったな。お前ひとりだけ部外者では居られなかったらしいぜ、佐渡」
ざわつく集団の中から抜け出てきた樋浦の背後では、こちらに気づいた何人かがめいめいに俺に向かってリアクションを取っていた。那須川は「よっ」と軽くこちらへと手を振ってみせてから、また仲の良い女子友達との会話に戻った。和卿はいつもと変わらぬ癒しのスマイル。権藤は……ちらっとこちらを窺って、すぐに素知らぬふりで明後日の方向を眺め始めた。俺に気づかない連中も、やはりいつもどおりの姿でそこに存在していた。マルチオタクの菰田は数名の男子に弄られているし、みんなのアイドル武智は今日も清楚で見目麗しい。
それが、逆に言いようのない不安を煽って仕方がない。見慣れない世界に、見慣れたクラスメイトたち。なにもかもが不自然だ。
「本当にクラス全員居るみたいだな。いったいなにがどうなってるんだよ、この有様は」
「オレに聞かれても困るな。ついでに言うと、このメンツの中で事態を把握できている奴はひとりも居ない。だよな?」
それな。意味不明だよな。ていうかお前、ここで目が覚める前になにしてたよ? 私は小山田の課題をやってた、よーな気がする……? 俺もテレビ見ながら課題やってたような気がするな。あ、やべぇ、俺すっかり忘れてたわ課題どーしよ。
口々にまくし立てるクラスメイトの様子から察するに、どうやら本当に誰もこの荒唐無稽な状況を理解できていないようだ。そしてこれはなんの理論的な根拠もないような、それこそただの勘でしかない思いつき程度に過ぎないことだが、俺にはひとつ気づいたことがあった。
「なあ樋浦。これがもし、その……”そう”だったら、まるっきり意味がない質問になるかもしれないんだけどな」
「まどろっこしいな。言うだけ言ってみろよ」
「その、俺らが今いるここな。たぶんこれ、夢じゃないような気がするんだ」
「まったくなんて答えたものか迷う質問だが、オレも同感だ。こんな無駄に知った顔ばかりが出てくるような無駄に日常感溢れる夢、今まで見たことがない」
やはり樋浦も俺と同じことを考えていたらしい。樋浦の言うとおり、目の前に居る見知ったクラスメイトたちの姿はあまりにもいつもと変わらず、あまりにも現実味にあふれ過ぎている。見慣れない景色に皆不安そうな雰囲気を醸し出していることを除けば、まるっきり朝のHR前の教室の様子そのままだと言ってもいいくらいだ。これを夢と言い張るには、いささか以上に無理があるように思える。だとすれば、いよいよもってこの状況を説明する合理的な理由付けを探すことが困難になってくる。1クラスの生徒を丸々巻き込んでの大誘拐? はたまた、32名の生徒を被検体とした集団催眠実験? 冗談じゃない、それならまだ超高クオリティな明晰夢でも見ている可能性の方が現実的だろう。そもそも、この場所は日本のどこかなのだろうか? 外観や質感こそどこかで見たような気がしないでもない風景ではあるものの、オブジェクトそれぞれの取り合わせや雰囲気にはまるで親しみを感じられない。まるで、現実世界を題材にして作られたファンタジーの世界に迷い込んだような……
「あーもう我慢できねえ、俺あいつにちょっかい出してくるわ! 止めんじゃねーぞ委員長!」
「君はバカか! そんな危ない真似、止めないわけにはいかないだろう! よすんだ安藤くん!」
なにか核心に迫りつつあったような気がする思考を中断したのは、ふたりの男子生徒の口論だった。口々に好き勝手騒いでいた他のクラスメイトたちもぴたりと口をつぐんで見つめる先、白熱した調子で言い争っていたのはヤンチャ者の安藤と委員長の篠部だった。
「だから構うことねえって言ってんだろうがよ! 俺がひとりで行ってくるから、他のヤツらには迷惑かけねえってよお。どのみち、こんなとこでいつまでもウダウダやってたってなんも解決しねえだろうが! 行動しようぜ、行動!」
「いいやダメだ。君がもし怪我でもしようものなら、その面倒は誰が見ることになる? それに、見ての通りここには手当てに使えるような設備もない。持ち物だって、この正体不明の指輪がひとつだけなんだ。無茶な行動は許可できない」
あのふたりはこんな状況でも言い合いかと思わず妙な居心地良さを感じたが、それも束の間、いくつかの気になるフレーズが耳へ飛び込んできた。安藤が指さす先を見ようとしながら身体のあちこちをまさぐる忙しい俺を見かねた樋浦が、なにやってんだと言いたげな呆れ顔で横から教えてくれた。
「安藤が言ってるのは、あっちの方に居た黒い外套を羽織ってる人影のことだ。ここからは陰になって見えないんだが、明らかにヤバそうなのがぽつんと立っててな。危険すぎるってことで、今のところはみんな様子見してたんだよ。で、委員長が言ってたのはこれのことだ。どうも、ここに居る全員がこの指輪だけを持って目覚めたらしい。財布も携帯電話も見当たらないのに、こいつだけな」
樋浦が手に取って見せてくれたそれは、あちこち汚れに塗れ細かい罅が走ったひどくくたびれた代物だった。ほどなくシャツの胸ポケットに入っていた自分の物であろう指輪を発見した俺は、ざっとひと通り観察してみてから、なんとなくそれを右の人差し指に嵌めてみた。
「安藤がいつ短気を起こすかはたしかに気がかりではあったが、このままここで油を売っていても事態が好転しそうにないのも事実だ。オレも安藤についていって様子見に行こうかと思ってたんだが、お前もどう……、佐渡? おい、聞いてるのかお前。おいったら」
横で樋浦がなにかを言っていたようだったが、奴には悪いが俺の方はそれどころじゃなかった。
実を言えば、目を覚ましたその時からなんとなく予感はしていたのだ。予感こそしていたものの、俺はその可能性をまったく吟味することなく、すぐさま頭のどこかへとうっちゃってしまっていた。なぜならそれは、集団誘拐や集団催眠よりもさらに輪をかけてありうべからざる可能性であり、敢えて可能性という言葉を持ち出すことすらもおこがましいような非現実的な話だったからである。
「おい樋浦。安藤はその、黒外套の人影とやらの方にもう行っちゃったか?」
「ん? ああ、まさにたった今、行ったところだ」
なんてことだろう。奇妙にリアルでありながらそれでいてまったく親近感の湧かない、寂れた墓地の風景に覚えた違和感の正体。そして、見慣れたクラスメイトたちが残らず揃っているこの状況。バカバカしくて口に出すのも気恥ずかしいが、どうやら我々は”招かれて”しまったらしいのだ。
「マズイ、ヤバイぞ樋浦。急いで安藤を止めるんだ。でないと……」
「でないと、なんだ? いったいなにがマズくてヤバイと……!」
もたつきながらもどうにかこうにか右手に目当てのブツを引っ張り出した俺は、驚きに目を見開く樋浦を他所に、逸る呼吸と緊張をなんとか鎮めようと試みる。
右手に握った『盗人の短刀』の重さを確かめながら、俺はもうひとつあることに気がついた。気がついて、今まで生きてきた中でも味わったことのないような、途轍もない不気味さに襲われた。
「汗、かかないんだな。この身体は」
最初から、なにもかもが不自然だったのだ。いつもどおりの級友たち、鈍感なことにそんな風に見えていた皆の姿。そんなわけあるはずがない。誰も彼もが押し殺して、装っていただけで、本当は我慢していただけだったのだ。
「がああああ!! い、いでええええええええちくしょおおおおお!!」
火の無い灰である我々は、滅多なことでは汗をかかない。
そして、火の無い冷たい身体にも、赤い血は通っている。
安藤の痛々しい絶叫に併発して阿鼻叫喚の有様となったクラスメイトらをかき分けて走りながら、場違いに冷えた頭で俺はそんなことを考えていた。
限りなく「オリジナルでやれ」って感じのダクソ3デスゲームモノ。
書き上げてから「激しい発汗」のことを思い出した作者。