エヴァンジェリンと呪いの玉   作:ぽぽぽ

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第10話

 

 

 

「大体な、麻雀なんていう運ゲーで勝敗を決めるってのがおかしかったんだ。麻雀の実力は何百回と打った時の勝率で決めるもんだ。1日やそこらで決着が着くもんじゃない。そうだろう?」

 

 そうだそうだ、と頷いておく。これ以上エヴァに不貞腐れていても話が進まない。今日の本題はまだ何も話していないのだ。

 

「……言うことは最もだけど、賭けは賭けよね?」

 

「うぐっ……。まぁいい。名前で呼ぶ程度いくらでもしてやる。あきほと千雨。ふん、満足か? これでいいか?」

 

 彼女にもプライドはあるようで、流石にあそこまでコテンパンにやられたら約束を反故にしようとは思っていないらしかった。雑な呼び方だが、それでもお前や貴様なんかよりはいい。無理矢理呼ばせて急に仲良し、となるものではないが、呼び方からして距離があるよりはずっといいだろう。

 別に私は仲良くなろうとは考えていなかったが、エヴァとゲームをするのは思った以上に楽しいものだったので、今後もそういう関係であれたらいいとは思った。

 女のゲーム友達なんてそうそういないのだ。

 

「うん。ありがと」

 

 皮肉も感じず穏やかな笑みであきほさんがそう返すので、エヴァはつまらなそうに舌を打った。

 

「それで、聞きたいことがあるんだろ? さっさと聞け」

 

「お、おう」

 

 若干苛ついた様子でエヴァは私に言った。膝を揺するのをやめなさい、と雪姫さんに注意されている。

 随分と長く遊んでいたせいで、少し日が落ちていた。しかしそれでも休日な分前回よりは時間があって、途中で説明が終わるということはなさそうだ。

 

「吸血鬼と、呪いについて教えてくれよ」

 

 ふむ、とエヴァが頷く。私に対する警戒心は大分解いてくれたのだろう。面倒だ、と一蹴される心配はないようで安心する。

 きっと、元はわりと面倒見のよい性格なんだと思った。何だかんだこうやって逃げずに相手をしてくれる時点で、彼女はそれなりにお人好しなんだと気が付いた。

 

「そうだな。吸血鬼のことなら私に。呪いのことなら雪姫が話すのがいいだろう」

 

「じゃあ、エヴァから頼む。……いや待った。吸血鬼のことじゃなくていい」

 

「はぁ? なんなんだお前は」

 

「エヴァのこと、教えてくれよ」

 

 この時には、吸血鬼という存在自体よりも、エヴァ本人のことの方が気になってきた。彼女は本当に吸血鬼なのか。だとしたらどうして吸血鬼が麻帆良の街にいるのか。やたらゲームは上手かったが、普段は何しているのか。

 

 私が改めて訊くと、彼女は腕を組んだ。横にいたあきほさんも話が気になるようで、身を少し乗り出すようにした。

 雪姫さんが用意してくれた冷たい麦茶を、一口飲む。カラン、と氷が音を立てた。

 

「……」

 

 少しだけ、話すのを悩んでいるように見えた。自分のことを話すのは恥ずかしい、と思っているのではない。きっと彼女の中にはもっと複雑な感情があって、それが心の中でせめぎ合っているのだと思った。

 

「……ゲームの報酬は、名前を呼ぶだけだったんだかな」

 

「……エヴァ、いいじゃない」

 

 雪姫さんが、エヴァの肩にそっと手を置く。

 

「……気安く触るな」

 

 そう言いつつも、エヴァはその手を振り払うことはしなかった。ほんのりと微笑んだ彼女の顔は慈愛に溢れていて、本当に綺麗な人だと思った。

 

 ふぅ、と一度息をついて、エヴァは私とあきほさんの顔を見つめる。吸い込まれそうに美しい瞳の奥には、怖さが見えた。覚悟が問われているような気がした。ここで目を逸らしては駄目なんだと、私は睨み返すように彼女を見る。あきほさんも、じっとその瞳を見ていた。

 

 雪姫さんの後押しがあったからか、エヴァは諦めたかのように表情を落ち着かせ、静かに語り出す。

 

 

「……私は、吸血鬼だ。今から約600年前、ちょうど百年戦争の最中に生まれ、齢10歳で吸血鬼となった」

 

「……なった? 元は人間だったのか? 」

 

 反射的に聞いてしまった。

 失言だと思い口を手で抑えたが、エヴァは特に気にした様子はなかった。

 

 寧ろ乾いた笑みを浮かべていて、哀愁を感じるその顔がどうしようもなさを物語っていて、私は息が詰まりそうになる。違う。そんな顔にさせたくて、訊いた訳ではないんだ。

 

「気にするな。人間だったことに思い入れはない。それに、生きた時間のほとんどが吸血鬼だ。人としての生き方など、もはや覚えていない」

 

「っ……」

 

 あきほさんが、唇を軽く噛み締めた。何か言いたそうだが、我慢しているように見える。

 

「最初に言っておくが、決して私に同情するな。それは私にとってもっとも侮辱的で、気に触る行為だ。貴様らがそうしたと感じた瞬間、有無を言わせずここから叩き出す」

 

「……うん」

 

 あきほさんは、エヴァがそう言うことを分かっていたのだろう。先日彼女が言っていたことを思い出す。辛いことも悲しいことも沢山あっただろうと言っていた。でも、私達に簡単に、辛かったね、などと分かったように言われるのを望んでいないことは、私にも察せた。

 

「真祖の吸血鬼となった私は、不老不死になった。それから600年ダラダラと生き延びて、そして今ここにいる」

 

 彼女がここまでの経緯を簡潔に話すのは、私達に余計な詮索をさせない為なのだろう。

 どうして吸血鬼になったのか。親はどうしたのか。その間どうやって生きてきたのか。それらのことは話すにはあまりに重々しく、会って数日の私が知るようなものではないのだ。

 私自身、きっと重くて受け入れられない気がした。10歳なら、今の私とそう変わらない年齢だ。

 突然人間ではなくなり不老不死になったと言われても、何か出来るとは思えない。孤独を感じたり、苦悩したりするのかな、と安易な予想をするしかことしか出来ない。

 

 ただ、彼女の容姿が異様に若い理由がやっと分かった。吸血鬼になった時から不老ということは、当時の姿のままだと言うことだ。創作ではよく不老不死を求めて旅をする者たちがいるが、私はエヴァの表情を見ていると、羨ましいとは思うことが出来なかった。

 

「……そんなエヴァが、なんで中学校なんかに通ってるんだ? 」

 

 かろうじて質問出来たのは、そんな内容だった。吸血鬼として人間とどこまで違うのかは、怖くて聞けなかった。臆病者だと言われても、この時の私は彼女と深く関わるのが恐ろしかったのだ。

 エヴァははっきりとした嫌悪感を示した。失礼だが、そんな顔でもさっきのような諦めたように悲しい笑みよりも、分かりやすい表情がずっとマシだと思ってしまう。

 

「色々あってな、中学校に無限に通い続けなければならないという呪いにかかってしまったんだ」

 

「呪い? それが、雪姫さんに関係あることなのか? 」

 

「その呪いはこいつとは関係ないんだが……」

 

「いいわ、ここからは私が話しましょうか」

 

 そう言って、雪姫さんはエヴァに代わって話し始めた。

 

「彼女が罹った呪いは、登校地獄。言った通り、中学校に通い続けなければならない呪いで、卒業まで経っても、また一年からやり直さなきゃいけないの」

 

「それじゃあ、エヴァンジェリンさんはもう何回目かの中学校なの?」

 

「何度目かなんか虚しくて数えてないが、一回や二回ではないな」

 

「……どうやったら解けるの?」

 

「それは」

 

 雪姫さんが言葉を続けようとした瞬間、エヴァが手で彼女を制した。

 

「ーーまだ分かっていない。だから私は未だにあんな所に通ってるんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 この時の私達は、エヴァが何か隠しているのかな、と言うことくらいしか思わなかった。

 

「んじゃ、雪姫さんの呪いってなんなんだ?」

 

「私はねぇ、エヴァが露天商から貰った呪いの玉なの」

 

「……玉?」

 

 まるで意味が分からなかった。

 

「封印されてたのだけどね、エヴァが解いてくれたの。だから取り憑いちゃった」

 

 取り憑いちゃったって、彼女は幽霊みたいなものなのだろうか。

 

「お前が出てくると分かってたら、封印など解かなかったがな」

 

「またまた。そんなこと心にもないこと言って」

 

「本気だ」

 

「あの、雪姫さんは何の呪いなんですか?」

 

 あきほさんが訊ねると、雪姫さんはじっと彼女を見た。

 

「えと、あの、登校地獄みたいに、何かあるのかなって……」

 

「何だお前、取り憑くだけじゃないのか」

 

「そうねぇ……」

 

 雪姫さんは、手を顎に置いて、考えるような仕草をした。彼女のそんな表情を見たのは、初めてだった。

 

「……私はね、呪いであり、呪い(まじない)でもあったのよ」

 

「……?」

 

 私には意味が分からなくてエヴァを見たが、エヴァも神妙な表情をしていた。

 

「呪術と呪い(まじない)の区別など、そうないはずだが」

 

「そうね。でも、おまじない、って訊いたら、違う気がするでしょう?」

 

 確かに、呪いなんかは悪いイメージが想像出来るが、おまじないというと、何となく良いことを思い付く。

 エヴァは納得いかないような表情で、雪姫さんの話が続くのを待った。

 

「私が生まれたのは1000年前。ある国で、国王の娘が産まれそうになった。しかしそれが余りにも難産で、出産に長い時間が掛かったの。その時に、王が必死に母子の無事を願い、たまたま握り続けた丸い石があった」

 

 エヴァもこの話は初めて訊くようで、興味深そうにしている。私は、人の姿をしている彼女が、玉である、ということに未だ脳が納得していなくて、そのことを考えたりしていた。

 

「結果、子供は無事に産まれ、王妃も何一つ後遺症はなかった。その後、石は願いを叶える石とされて、王の宝となった。事実、王は何か困ったことがあると、石に願いを込めた。娘には、お前はこの石にお呪い(まじない)をしたから元気に産まれたんだよ、と説明していた」

 

 彼女の語りを、私達は真剣に訊いていた。私もいつの間にか次の言葉を待っていたと思う。それは、雪姫さんの高くても不快さは全くなく、澄みきった声が、心地良かったからだろう。

 

「その噂が国中に広まり、願いの石とされて、有名になった。すると今度は、石を悪いように活用しようとするものが現れた。盗賊により盗まれた石は、別の貴族に買われ、他の貴族を凋落させるために悪い願いを込め続けられた。その願いは見事に叶い、それからたらい回しのように多くの場所で悪の願いを聞き続けた石は、呪い(のろい)の玉と呼ばれた」

 

「手垢に塗れるほど呪いを込められた石は、ついに意思を持った。それが私よ。あらゆる呪いを内包し、それを達成させることに飽きた私は、人に取り憑くことを覚えた。そしてその人が死ぬまで人生を共にして、また石に戻る。何十回と繰り返した私は、ついにはエヴァに取り憑いたって訳」

 

「……なんだ、じゃあ、お前を握って願い続ければ、何か叶うのか?」

 

「いいえ。私が意思を持ってから、私が本気にならないと無理よ。まぁ、本気になったことなんてないけどね」

 

 つまらん、と言い放ったエヴァは途端に興味がなくなったようだった。

 

「……只ね、お呪い(まじない)の石として生まれた私は、誰かの願いを拾い続けているの。黒い願いもあれば、清い願いもある。だから私は、人間を嫌いになれずにいれたのかもね」

 

「……それで、その姿は?」

 

「ああ、これはね」

 

 雪姫さんは、くすくす、と可愛らしい笑い声を漏らした。

 

「エヴァが幻術を使って見せる大人の姿なの。それを魔力で形どって成り立たせってこと。つまりエヴァの、理想の姿っていうか、憧れの姿っていうか……」

 

「……へぇ、エヴァってそんな感じになりたいんだな」

 

 よくよく見れば、今のエヴァと違って出るとこはしっかり出ていて、かなり良いように成長した美人、という感じだ。彼女らが似ている理由ははっきりしたが、まさか彼女の夢見る姿が実現されているとは思わなかった。

 私が雪姫さんの身体、いや特にその豊満な胸を凝視した後エヴァを見ると、エヴァはみるみると顔を赤くした。

 

「なんだ貴様! 何が言いたい!? 何が言いたいんだ!? 」

 

「いや、うん。いいと思うぞ。コンプレックスってのはないものを欲する心だからな」

 

「あのな! 私は小さいままだと色々不便だったんだ! だから大人の姿が必要だったんだ!」

 

「そうだな。胸も小さいままだと不便そうだもんな。大人なら胸もバインバインの方がいいもんな」

 

「き、貴様ぁ!! お前だってある訳じゃないだろうが! 貧乳だろうが!」

 

「ば、馬鹿か! 小学生に何言ってんだ! 私には無限の成長の可能性があるだろ! 今からそんな気にする奴なんていないからな! 」

 

「馬鹿は貴様だ! 素質があればな、その頃には片鱗を見せてるんだ! 何の希望見えないお前はもはや成長性もないんだよ!」

 

「はー?! 永遠のロリッ子には言われたくねーよ! 」

 

「なんだと!?」

 

「やんのかよ!?」

 

 そう言い合いながら、気付けば私達はまたゲームのコントローラ握っていた。

熱くなりながら罵り合う私達を、あきほさんと雪姫さんは、どこか呆れながらも、少しだけ微笑んで見ていた気がした。

 

 

 





お気に入り追加や感想ありがとうございます。本当に力になります。

タイトルは、まじない、のろい、どっちもの意味で読んで欲しいです。
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