エヴァンジェリンと呪いの玉   作:ぽぽぽ

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第14話

 千雨は途中で初等部に向かったので、私とあきほは2人で中等部の門を潜った。話しながらのんびりと歩いていた筈だが、まだ時間は早いようで人の姿は少ない。

 学校の玄関はいつも賑わっているイメージであったが、人がいないだけでなんだか別の場所に感じるほど静かだった。早起きも悪くない、と単純に思った。

 

 下駄箱にローファーを入れて、内履きを取り出す。あきほは一番下の段であったため、しゃがむようにして靴を取り替えていた。

 

「下の段だと面倒そうだな」

 

「一年生の時も下だったの。ずっと下だから慣れちゃった」

 

(貴女も長く通ってるんだから下の段を使う時ぐらいあったでしょ)

 

「ふふん。それがないんだよ。私はいつも真ん中だ。間違いなく、日頃の行いがいいからだろうな」

 

 学年が変わるごとに下駄箱入れの場所は変わる。私は普通の人よりその機会が多いが、膝を曲げねばならない下や手の届かないほど上にはなったことがない。

 

(日頃って、ゲームか寝てるだけで特に何もしてないでしょ。なに変に自慢げになってるのよ)

 

「でもずっと真ん中ってのは凄いね」

 

(駄目よあきほちゃん。下手に褒めたら調子乗っちゃうわ。よく考えなさい。実際全然凄くないわよ)

 

「あはは……」

 

 あきほと雪姫の反応は大きく違う。雪姫は呆れるように私に叱咤し、あきほは純粋に凄いと感じて褒めてくれる。

 

 下駄箱の場所なんて、どうでもいいことだろう。話にするようなことでもなかろう。

 それでも私は気付けば話題にしていて、そして二人は自分の言葉で答えをくれた。こんなになんでもない事なのに、それが今までしてこなかったことで、今は出来ている。

 この時の私はこの変化に自覚していなかったと思う。

 

 

 同様に人通りの少ない廊下を通り、教室の扉に手を掛ける。

 がらら、と古臭い音を立てながら部屋に入った瞬間だった。

 

「ばあ!!」

 

 突然、大声が耳に響く。

 

「……」

 

 目の前には、茶色い短髪の少女がいた。大きく手を突き上げながら、目を見開いて立っている。

 どうやら、扉の裏に隠れていたらしかった。

 

「……」

 

 私はただ唖然とそいつを見る。

 後ろにいたあきほが、なんか変な声したけれどどうしたの、とひょいと肩から顔を出した。

 

「あ、ゆみちゃん。おはよう。今日は早いんだねぇ」

 

「あ、あー」

 

 大口を開けたままのせいか上手く喋れずフリーズしている少女の横を、私はすっと通る。

 いいの?、と雪姫に聞かれたが、無視して席に向かった。

 

「ちょちょちょっとーー!! なになになに!? 君はどうして無視するのかなぁ!?」

 

 だだだ、といきなり駆け出して、ゆみ、と呼ばれた奴は私の肩を後ろから、がし、っと掴んだ。

 

「なんだお前は。朝から煩すぎる」

 

 芸人のような少女の手を払いのけながら答える。

 せっかく静かな朝だと思いながら登校していたのに、その余韻が台無しである。

 

「なんだ、じゃないよぉ! 私ね! 今日はたまたま早く来たの! それであまりにも暇だったから次くる人を驚かせようとずっと待ってたの! それなのに! なのに! 無視って!!」

 

 何も聞いてないのに勝手に説明している。本当に煩かった。雪姫が、元気な子ねぇ、なんて和やかに言っているが、私からしたら鬱陶しいだけであった。

 

「ってあれ。君、エヴァンゲリオンちゃん? 」

 

「誰が人型決戦兵器だ」

 

「エヴァンジェリンさんだよ、ゆみちゃん」

 

「あーそっちかぁ! おしいね!」

 

 ぱち、と指を鳴らしながら悔しがる少女は、どうやら巫山戯た発言も全て本気で言っているらしくて、話していて頭が痛くなる。千雨もスイッチが入ると喧しいタイプだったが、常時騒がしいこいつと比べたら随分マシである。

 

「初めてちゃんと話すね!エヴァンジェリンちゃん! 私、竹光ゆみ! おはよ! 」

 

 手を開いて、此方に伸ばしてくる。

 握手を求めているということは、すぐに分かった。

 

 無視したいものだった。純粋な瞳であったが、私がそれに答える義理はない。

 そうやって、今までならシカトを決め込んでいただろう。

 だが今は私の中に雪姫がいる。挨拶を無視したらどうなるかなんて、短い付き合いだかもう流石に学習していた。朝から金縛りに合うのは勘弁である。

 

「……エヴァンジェリンだ。おはよう」

 

 適当に手を向けると、ゆみは力強く掴んでぶんぶんと振り回した。

 

「むふ、むふふふ」

 

「なんだ気持ち悪い」

 

「いやーー。柔らかい手だねぇ。すべすべだねぇ」

 

「……ゆみちゃん、危ないおじさんみたいだよ」

 

 もういいだろ、と無理矢理手を離すと、ああーとゆみは名残惜しそうにした。

 

「エヴァンジェリンさんてさ! 何が好きな食べ物なの!? いつも何してるの!? 好きなアーティストは!?」

 

「ええいなんなんだお前は鬱陶しい!」

 

 ぐいぐい質問してきながら顔を近づけてくるので、私はその頭を抑え込む。それでもゆみは負けじと力を入れてきて、思わず助け舟を求めるようにあきほの顔を見てしまった。

 

「ゆみちゃんゆみちゃん。エヴァンジェリンさん困ってるよ」

 

「え、なんで!? 誰のせいで!?」

 

「ゆみちゃんが凄い圧だからだよ。一回おちつこ? 深呼吸して、ね?」

 

「私のせいだったのか!? 深呼吸するよあきほちゃん!」

 

 すうぅ、はあぁ、と身振りまでつけて大袈裟に息を吐くゆみを横目に、この隙にあきほに私は問い掛ける。

 

「こいつは一体どういう生き物なんだ」

 

「い、生き物って……」

 

 あはは、と困ったように笑いながらあきほは頬を掻いた。

 

「ゆみちゃんはね、中一の時から一緒のクラスだったよ。いつも凄い元気で楽しい子だよ。だけど、たまに暴走しちゃうの」

 

 当然、私も去年から同じクラスだったことになる。

 これだけ騒がしい奴がいて、教室で注目されない筈がない。それなのに顔すら覚えてないということは、それほど私はクラスの人間に興味がなかったのだろう。

 あきほと関わるまでは、極端な表現だが全員がカボチャにしか見えていなかったのかもしれない。

 

 ふうぅ、と何回目かの深呼吸を終えたゆみが、カッと目を開いて私を見た。

 

「それでねエヴァンジェリンちゃん! 好きなーー」

 

「おいゆみ、朝から誰を困らせてるんだ」

 

 誰かが後ろからゆみの頭にぼんと鞄を当てて、言葉を遮ってくれた。

 

「あ、むつみさん。おはよう」

 

 ゆみの後ろには、長い黒髪の少女がいた。痩せ型で身長も高い。落ち着いた性格だということが見れば分かるほどすっとした顔付きだった。

 

 流れで私も、おはよう、と言ってしまう。

 

 するとむつみは意外そうに目を丸くしてから、やんわりと微笑んだ。

 

「おはよう、あきほ、エヴァンジェリンさん」

 

 むつみはそのまま私の後ろの席に座った。

 私は後ろの席の存在すら、今初めて認識したらしい。

 

「んが!むっつんじゃん!おは!」

 

「おはよう。ゆみ、今日ははやいな」

 

「そうそう! 早起きしちゃってね! 一番乗りだったよ!」

 

「それは良かった。そういえば、さっきC組の佐藤がゆみに話があると言ってたぞ」

 

「さっちゃんが? なんだろ! 聞いてくるね!」

 

 そう言って何故か全速力でゆみは教室を出て行く。

 ちらほらと登校してきた人達もその行動に一瞬ぎょっとしていたが、ゆみだと分かるとすぐに冷静になっていた。このクラスではもう見慣れたものなのだろう。

 

「やっと喧しいのが消えたか……」

 

「ふふ。すまないな。ゆみは騒がしいのが良いところで悪いところなんだ」

 

 むつみは悟ったような口調で言った。ゆみの後に話すからか、むつみはとても同じ年齢のものとは思えないほど大人びてみえる。

 

「エヴァンジェリンさん、私の名前、分かるか?」

 

 あきほやゆみがむつみと呼んでいたからそうなのだろうが、苗字までは分からない。

 

「……すまん」

 

「いや、いいさ。ちゃんと話したこともないからね」

 

 私が知らんという意味で謝ったことに対しても、むつみは笑って流すだけで怒ったりすることはなかった。その余裕が尚更大人っぽく見えすぎて、こいつはこいつで中学生には見えん、と思ってしまう。

 

「沢村むつみだ」

 

 彼女もまた、私に手を伸ばした。

 1日に二度握手することなどあっただろうか、というかなんでこいつらはわざわざ握手したがるのか、などと思いながらも、私は手を出す。

 

 むつみはゆっくりと私の手を握った。先程のゆみとはとても対称的に感じる。ただ、二人がどうしてか満足げなのは同じであった。

 

「エヴァンジェリンさんには悪いが、ゆみが興奮する気持ちも理解出来るんだ」

 

 手を離しながら、むつみは言う。

 

「うんうん、私も分かるよ。お話したくなっちゃうよね」

 

 くすくすと口を押さえてあきほが可愛く笑う。

 

「どういうことだ?」

 

「エヴァンジェリンさんとは2年間同じクラスだったが、まともに話をしたことがなかっただろう? 挨拶だって、無視はされどもそちらからされたのはさっきが初めてだ」

 

(貴女……)

 

(ええい過去のことだ今更金縛りなどするなよ!?)

 

 同情と怒りの混じった声が脳に響いたので、釘をさすように言っておく。

 

「ゆみちゃん、みんなと仲良くなりたがる人だから。きっとエヴァンジェリンさんにも何回か声を掛けてるんじゃないかなぁ」

 

「……全く覚えがない。しかし、私のことをエヴァンゲリオンとか呼んでいたぞ?」

 

「まぁゆみは基本忘れっぽいからな」

 

(それですませていいのかしら)

 

(要するにあほってことなんだろ)

 

「だが、声を掛けていたのは事実だ。……お前らのことなどどうでもいい。二度と話しかけるな。君はそんな風に答えていたけどね」

 

(最低じゃない。貴女の方があほよ)

 

(ぐぬぬ……!)

 

「……悪かった。もしかしてお前にもそんな態度をとっていたか?」

 

 私がそう言うと、むつみはまた大人っぽい笑みを見せた。

 

「いいや、私はそんな君が怖くて怖くて、話しかけれなかったよ。どう見ても君は私達とは見ている世界が違くて、こう言うと悪いが、恐ろしかったんだ。君の佇まいは、とても同年代の人間には見えなかった」

 

 意外と鋭い、と思いつつも、私はその言葉に考えさせられていた。

 

 一瞬で思考の闇に堕ちていき、足からずぷりと沼にハマるような感覚を覚える。

 深海のようにくらい闇の中で、ちょっと前までの自分を思い返していた。

 

 私は、どうでもいい話をクラスメイトと話すようなモノだっただろうか。

 差し伸べられた手を、簡単に握るモノだっただろうか。

 誰にでもおはようなどと挨拶するモノだっただろうか。

 過去の自分を、悪かったなんて素直に謝れるモノだっただろうか。

 

 周り全てが真っ暗で、ただ消費していく日々を生きていた私は、何かと関わるのを異常なほど避けていた筈だ。

 

 だが。

 雪姫が私の中に来た。

 あきほが私に声を掛けた。

 たったそれだけのことで、どうしてこうも変わってしまったのだろう。

 

 どうして、誰かと一緒な自分も悪くないと思ってしまったのだろう。

 

 

 

「あきほと教室で話す姿を見るようになってから、エヴァンジェリンさんはちょっと柔らかくなった。私は、今の君の方が好きだな」

 

 恥ずかしげもなくキザな台詞を吐く彼女を前に、私は辛うじて、そうか、と言うだけであった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 それから、私の学校生活はまた色を変えた。

 

 

 

「エヴァーー! 一緒にお昼たべよーー!」

 

 午前の授業が終わると、満開の笑顔のゆみが私の机の前に現れる。弁当を片手にしていて、後ろにはあきほもいる。

 

「私も一緒でいいか?」

 

「もちだよ!」

 

 むつみも私の後ろから声を掛けてきて、許可を出した訳でもないのに、彼女達は勝手に机をくっつけて私の側に座る。

 

 彼女達とまともに話すようになってから、ずっとこうだった。

 それまで購買で適当にパンを買って飯を済ましていた私はその提案を断ろうとしたのだが、いつのまにか雪姫が弁当を作って私の鞄に詰めていて、それを食べるしかなかった。

 

「エヴァのお弁当いつも美味しそうだよね!」

 

「そうだな。いつ見ても凝っている」

 

「やらんぞ」

 

「それ、雪姫さんが?」

 

「ああ」

 

「凄いなぁ。今度お料理教えてもらおうかなぁ」

 

「いいんじゃないか。どうせ断らんだろう」

 

「ほんとう? それなら、次お邪魔した時にお願いしようかな」

 

「なになに? あきほちゃんエヴァ家に行くの? 私も行こうかな!」

 

「ふむ。良ければ私もいいかな?」

 

「……勝手にしろ」

 

 二人には雪姫の正体については教えていない。

 何度も説明するのは面倒だし、あきほと違って二人は魔法などとは無縁である。質問漬けにしてくるのは千雨だけで充分だ。

 

 

 ……だから、二人には、雪姫は私の母親というふうに説明している。

 

 

 

 変わったのは学校生活だけじゃない。

 

 

 朝、家を出る時は、雪姫が飯を作ってくれる。

 いってらっしゃいと言ってくれる。

 風呂に入れやら、ゲームのしすぎやら、細かいことを言ってくる。

 寝る前には、おやすみなさいと、声を掛けてくる。

 

 

 

 私はそんな生活にずっと違和感を覚えていた。

 心が動揺しているのが、自分でも良くわかった。

 心の水面に浮かぶ一枚の木の葉は、絶えずせわしなく震えていた。

 沈むことはなく、ただ、リズム良く揺れるのだ。

 雪姫が、あきほが、千雨が、ゆみやむつみが私に当然のように声を掛ける。

 その度に、胸を抑えたくなる衝撃が走る。

 

 感じたことのない感情の波が、私に押し寄せる。

 

 生まれてから、ずっと大荒れだった筈の私の心が、その時だけ確かに緩やかな波と変わり、小さな木の葉は、心地よく泳ぐのだ。

 

 そんな変化に戸惑いを感じながらも、私は、彼女達に流されていく。

 

 決して、不愉快ではなかったからだ。

 嫌だと感じるものではなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、心の変化に私自身も慣れ始め、学校に行く憂鬱さを私が忘れ掛けた頃のことだ。

 

 

 

 あきほの姿を、学校で見ることがなくなってしまったのは。

 

 

 

 

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