エヴァンジェリンと呪いの玉   作:ぽぽぽ

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第16話

 

 あきほは、次の日も学校に来なかった。

 ゆみとむつみが、自分たちのせいで無理させて悪化してしまったのかも、と心配していた。あんまりお見舞いに行かない方がいいかもね、と訊かれたので、ああ、と答えた。

 次の日も来なかった。

 千雨が放課後私の家に一人で来た。最近あきほさん見ないんだがどうかしたのか、と訊かれたので、体調が悪いらしい、とだけ答えた。千雨は心配して、お見舞い行くか悩んでいた。私は何も言わなかった。

 次の日も来なかった。

 朝、タカミチが教卓の前で深刻な顔をして言った。みんなに大事な話があるので訊いて欲しい。実は吉野さんが入院した。いつ退院出来るかは分からないらしいが、面会できる時なら顔を見に行ける人は見に行ってあげて欲しい。そんなようなことを言いながら、タカミチは私の顔をちらりと見た。私は顔を合わせないようにした。クラスメイトの殆どが、心配する声を上げていた。ゆみやむつみは、泣きそうな表情をしていた。私は二人の顔も見ないようにした。

 その日、私は学校が終わると誰とも話をせずに家に帰った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 雪姫には、あきほのどうしようも出来ない未来が見えてしまったらしい。それは、霊だとか呪いだとかの悪いモノではなく、本当に手の付けようのないもの。寿命や運命と呼ばれる、人の手によって左右出来る筈もないものであったようだ。それは、人の死を願われてきた彼女の呪いとしての背景があったからこそ、見えてしまったものなのだろう。

 下らない。そんな迷信めいたものを信じるものか。

 なんて、言えなかった。

 雪姫が、確信もなく巫山戯てこんなことを言う人格じゃないことなんて分かりきっていた。長い付き合いでもないが、こいつは確定したことだからこそ口に出して私に教えたのだという、絶対の自信があった。疑えた方が、まだ気持ちは楽であったかもしれない。

 

 

 

 私は家に着くと、鞄を放り出すようにしてソファに投げつけた。いつもなら注意する筈の雪姫も何も言わない。そのまま椅子に背中を向けて、どさりと座る。木が軋む音が高く鳴った。片手を額に当て、目を瞑る。身体から雪姫が抜ける感覚がした。足音を聞くに、台所へ向かっているらしい。夕飯の支度でもするつもりなのだろうか。

 

 少しすると、コンコンという玄関を叩く音が聞こえた。何も言わないでいると、きぃと誰かが勝手に入ってきたのが分かった。

 歩く気配は段々と私に近づいて来ている。

 

「……エヴァ、寝てんのか?」

 

「……不法侵入だぞ」

 

「わりぃ」

 

 謝意を感じない返事をして、千雨は私の荷物を隅に避けてからソファに座った。千雨ちゃん来たの、いらっしゃい。と奥から声がしたので、お邪魔します、と雪姫に届くように少し大きな声を出していた。本来は家主である私にまず言うべきだろ、と咎めたかった。

 

「そういやあそこのゲーセン、新しいアーケードのゲーム置いてあったぞ」

 

「そうか」

 

「なんだ、あんま興味ないのか? 好きだと思ってたんだが」

 

「まぁな」

 

 気が乗ってない私の姿を見て、千雨はどうしたんだよ、と笑って言った。私はその笑顔が見たくなかった。酷く不愉快な気持ちになった。

 

「やっぱ今日もあきほさんは学校来てねぇのか?」

 

「ああ」

 

「そうか……。ケータイに返事も来ないし、やっぱり心配だから、お見舞いに行ってこようと思うんだが」

 

 そこまで言って、千雨は私をちらりと見た。

 

「……なぁ、一緒に行ってくれねぇか? 私あきほさんの家知らないし、学校も違うのに一人で行くのちょっと恥ずくてさ」

 

 はは、と顔を赤くして照れ臭そうに言う千雨の顔に、私はまだ目を向けていなかった。

 

「あいつの家に行っても意味ないぞ」

 

「はぁ? なんでだよ」

 

「あいつは今家にいない」

 

「何言ってんだよ。病人が家に居なくてどこにいるって……」

 

 千雨は先を言いかけて、察したようにしてから、はっと息を飲んだ。

 

「病院か⁉︎ まさか、入院してんのか⁉︎ どこに⁉︎ 」

 

「麻帆良大学付属病院」

 

「まじか……、そんな悪かったのか」

 

 千雨は顔を歪ませて、眉間に皺を寄せた。彼女なりに本気で心配はしているのだろう。

 

 だが、それでも。

 死ぬ、ということまでは、考えていない筈だ。頭の片隅にもないだろう。先週まで彼女は私達の前で笑顔を見せてくれたのだから。人の死というものを身近に感じたことがないのだから。人は想像よりずっと簡単に死ぬんだと知らないから。

 

「なら尚更、お見舞い行くべきじゃねぇか。一緒に行こうぜ」

 

「行かん」

 

 私がそう言ったところで、千雨は眉の間に皺を寄せるようにした。眼鏡の奥の瞳が細くなっている。

 私のことをじっくり見てから、彼女は立ち上がった。

 

「……さっきからなんなんだよ、エヴァ。なんか機嫌わりいのか?」

 

「悪くない」

 

「じゃあなんだよその態度、なんで私と顔合わせねぇんだ」

 

 千雨がぐっと私に近付いた。私はそれでも彼女と目を合わせない。

 

「おい、いい加減にしろよ。とりあえず、一緒に病院行こうぜ。あきほさん心配だろ? 」

 

 千雨は私の手をとって、私を立たせようとしたのだろう。私はその手を弾くようにはたいた。

 

「……なにすんだよ」

 

「行きたければ一人で行けばいいだろう? 貴様は私が行くか行かないかで自分の意見を決めるのか? その程度の気持ちなら行かない方がずっとましだろうな」

 

「お前、心配じゃないのかよ! 」

 

 千雨が大きな声で怒鳴った。

 雪姫にも聞こえているだろうな、と思った。彼女はまだ台所で料理をしているのだろうか。それとも、私達の様子を伺ったりしているのだろうか。聞かれてたら嫌だな、と思った。

 

「私が心配しているかどうかが貴様にとってそんなに大事なことなのか? 何故他人の気持ちを自分と同調させようとする。自分と同じように考えていないなら、私がおかしいとでもいいたいのか?」

 

 私はゆっくりと立ち上がった。千雨を見ることなく、背中を向けた。

 

「勘違いするなよ。私はそもそも人ではない。貴様の感性で測ろうとするな。そもそも、人間一人どうなろうと、私にとってはどうでもいいことでしかない」

 

「っ‼︎ なんだよその言い方! あきほさんがエヴァをどんな風に想ってるのかわかんねぇのかよ!」

 

「知るわけないし、あいつが何を考えてようと私の行動を決める理由にはならない」

 

「もういいっ!」

 

 千雨はまた叫ぶように声を出した。ひったくるように自分の荷物を持って、大きな足音を立てて我が家から出て行く。玄関の閉まる音はいつもよりずっと煩かった。

 

 

 

 私は、小さく溜息をついて、また椅子に座った。そして目を瞑る。視界が真っ黒の世界に覆われて、遮るものは何もない。

 包丁がまな板をリズム良く叩く音が聞こえた。タタタタ、と疾走感のある音は、聞いていて心地が良かった。私はそのまま、何も考えないようにして、抵抗なく睡魔に襲われた。

 

 

 ○

 

 

 

「エヴァ、ご飯よ」

 

 雪姫が肩を揺らした。どれくらい寝ていたのだろうか。時計を見るとまだ遅い時間ではない。夕焼けが見える程度の時間だろう。ん、と吐息を漏らすような返事をして私はおもむろに立ち上げる。

 机に着くと、いつものように二人分の夕飯が用意してあった。早めの飯だが、腹はそこそこに空いていたので構わなかった。

 雪姫が正面に座り手を合わせる。私も同じようにして、いただきます、と小声で言った。

 飯を食べる音が二人の間に流れる。それ以外は何の音もなく、雪姫もただ、料理を口に運ぶだけであった。

 

「……私に何も言わないのか」

 

「何か言って欲しいの?」

 

「さっきのやりとり、聞こえてただろ」

 

 ええ、と返事をしつつ、雪姫は肉じゃがに入っている人参を箸で掴んだ。

 

「真剣に二人が話せば、衝突することもある。喧嘩になることもある。別に悪いことじゃないわ」

 

「お前は言わないのか」

 

「なんて?」

 

「あきほの様子を見に行け、と」

 

 私がそう言うと、雪姫は箸を置いた。そして、じっと私の顔を見つめている。

 

「お前だってあいつとは知らない仲ではないだろう」

 

「そうね。あきほちゃんは、私にとっても友達ね」

 

「なら、行けばいい。もし、私と距離が離れすぎて行けないというのなら、無理矢理私を行かせればいい」

 

 雪姫の顔は、まだ私を見ている。私はやっぱり顔を合わせられなくて、下を向くばかりであった。

 

「金縛りなんだりして、行かせればいいだろう。その気になれば私を動かすことなど造作もないのだから」

 

「……私に決めて欲しいの? 本当は、行きたいの? 」

 

「ちがう!!」

 

 思わず、両の手で机を叩いた。食器が高い音を立てた。

 

「私は、あいつなんてどうでもいい! 所詮ただの人間の一人で、いつか離れていく存在で、それが早まっただけだ! 何人死体を見てきたと思っている! 何人私が殺してきたと思っている! 子供一人死のうが、吸血鬼である私がいちいち感情を左右されることでもない! 」

 

「……エヴァ。エヴァ」

 

 雪姫が私に手を伸ばす。頬に手を当て、ゆっくりと撫でる。そして、自分の顔を見るようにと、顎を持ち上げるようにした。

 

 雪姫は、優しい顔をしていた。慈愛に満ちた、表情であった。

 

「決めるのは貴女なのよ。エヴァンジェリン」

 

 語りかけるような口調だ。柔らかく、寄り添いを感じるその声に、私は惹きつけられる。

 どうしてか、手を払うこともしない。体温などないはずの彼女のその手が、どうしようもなく、暖かい気がする。

 

「吸血鬼でもない。人でもない。吉野あきほの友達である貴女が、どうしたいかを決めるのよ」

 

「……だが 」

 

「ええ。貴女の気持ちも、分かるわ。自分があきほちゃんを見に行ったら、きっと良くない顔をする人がいる。彼女の家族はより心配してしまうかもしれない。だから、千雨ちゃんとも喧嘩になってしまったのでしょう?」

 

 私は、なにも言わない。そんな風に考えていただなんて、絶対に言わない。それでも、雪姫は確信めいたように、私に言い続ける。

 

「でもね、いいのよ。貴女は、貴女のしたいようにやれば。人とか吸血鬼とか、全く関係ないの。その心に宿る気持ちは何? 貴女という存在が、彼女と知り合い、遊び、作った関係の上で、彼女にどうしたいの? 」

 

「……わ、私は」

 

 頭には、あきほの姿が浮かぶ。あいつは、私が吸血鬼と知った上でも、友達であろうとしていた。距離を縮めようとしていた。そんな彼女を私はどう思っていたか。

 最初は嘘くさいと決め付けていた。

 でも、彼女は最後まで、私の近くにいようとしていた。私がどんな奴か、知ろうとしていた。悪評や、噂に流されず、私という人物に向き合おうとしてくれていた。

 そして、心を開いてくれていた。それは、何百人と見てきた人間の中で本当に珍しいことで、私はそんな彼女の態度が、嫌じゃなかった。

 

 

「……もう一度、話がしたい」

 

「そう」

 

 頬に触れる手を感じながら、前を見る。

 どうして。雪姫はこんなに私をまっすぐに見てくれるのだろう。私なんかのために。

 

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 彼女は立ち上がる。机に残った料理は後で食べましょ、と笑顔で言った。

 

「……後で、千雨ちゃんとは仲直りしておくのよ。喧嘩したあと仲直りするのも友達なんだから」

 

「……しらん。私が謝らなきゃいけないのか」

 

「さあ? それを決めるのも、貴女よ」

 

 挨拶をしなかったり、人を無視したりすると、怒ったり注意してくる癖に、こういうことは私に決めさせようとしてくる。本当によく分からない奴だ。

 

 私も立ち上がると、雪姫はくすくすと笑いながら、私に向けて手を伸ばした。あまりに自然に差し出されたその手に、私は身動きが取れずにいる。

 

「行くんでしょ? まだ面会は間に合うわ」

 

「あ、ああ」

 

 握れない。握る必要がない。病院まで行くのに、どうして手を繋ぐ必要などあるのだ。さっさと向かえばいいだろう。歩きにくいだけだろう。

 そう思うものの、何故か口には出来ない。

 

「ほら」

 

 動かない私の手を、彼女は無理矢理握った。

 大きい手だ。私より一回り大きな、女性の手だ。私が幻覚で作った筈の姿なのに、全く身に覚えがない感覚がした。彼女はまるで別物に見えた。

 

 そして、その掌から伝わる暖かさは、どうしたって、振りほどけない気がしていたんだ。

 

 

 

 

 

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