エヴァンジェリンと呪いの玉   作:ぽぽぽ

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第2話

『御早う。お嬢さん。朝よ。もう日が出てるわ』

 

 脳に直接語りかける声で、私は起きた。髪はボサボサでまだ眼は半開きだ。時計を見る。いつも起きる時間より一時間は早かった。

 私はもう一度毛布をかぶり直した。

 

『……お嬢さん? 学生なんでしょう? 起きなくていいの?』

 

 頭に声を響かせるのは、卑怯だ。どうやったってその声を無視できる筈がなかった。

 

「……煩いぞ。私は私の起きたい時間に起きる」

 

『……へぇ。そうなの。でも、関係ないわ。私は私が起こしたいと思った時間に貴方を起こすのよ』

 

 それからも、布団から出てこない私に向かって、ちょくちょくと声を掛けてきた。不快で仕方なくて、朝から苛々とした気持ちが積もった。

 

 

「おい! 茶々ゼロ! こいつを黙らせろ!」

 

「……ご主人。そうは言うケドヨ。俺にはその声は聴こえないし、その玉っころを壊すことも出来ないゼ」

 

『あら、私の声を聴かせることくらいできるわよ』

 

「ウォお!? 」

 

 突然茶々ゼロにも声が届いたのか、茶々ゼロは飛び上がるように声を上げた。しかしこの玉、取り憑いた人物だけでなく、誰にでも話し掛けることが出来るようだ。

 

 

 

 

 

 

 昨日の夜。

 

 こいつに取り憑かれた私は、とりあえずその玉を壊そうとした。呪いを望んではいたが、女が取り憑くだけのものなどは要らなかった。鬱陶しいだけだ。

 

 こいつの本体は玉であることは明らかであったので、玉さえ壊せばこの声は消えると予想した。本人も、もしそれを壊せたら私は消えるわ、と意味深に言った。

 

 色々と試してはみたが、その玉にはどんな物理的ダメージも魔法的干渉もモノともしなかった。私が弱っていることなど関係なく、それはきっとどんなことをしても壊れないのだろう。そういう手応えだった。

 他にも方法が思い付かない訳ではなかったが、妙に身体が疲れてしまったので、その日はもう眠ることにしていたのだ。

 

 

 

「ああ! 分かった。起きる。起きるから、頭の中でラッパを鳴らすのはやめろ!」

 

『ふふ、分かったわ』

 

 声は、楽しそうに笑った。私はストレスが貯まるばかりだった。

 

「くそ。海にでも投げ捨ててやればいいのかコレは」

 

『やってみてもいいけれど、きっと無駄よ。家に戻ればまた玉は元通りよ』

 

「そんなことだろうと思ったよ」

 

 呪いと言うからには、そういうものなのだろう。RPGで捨てられない武器があったことを私は思い出していた。

 

 これ以上頭で騒がれても面倒なので、私は大人しくベッドから降りる。

 カーテンを開ければ、既に太陽が昇っていた。

 眼を照り付けるその光は、眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 適当に身なりを整えてからパンを一つ摘まみ、制服に袖を通して家を出た。学校に向かうにはまだ早い時間であったが、起きてしまった以上家にいてもやることはない。

 

 我が家は街の外れにあるので、登校中に他の生徒に会うことは少ない。

 自然に囲まれるような形で朝の道を歩くのは、少しだけ心地が良かった。

 

『いい朝ね、お嬢さん』

 

 本体である玉から離れてもその声は聴こえた。取り憑く、といったからには、ほぼずっと私の中にいるということなのだろうか。

 憂鬱だった。

 

「まず、お嬢さんと呼ぶのを止めろ。そんな歳じゃない」

 

『あらそうなの。道理で、少女にしては貫禄があると思ったわ。それで、いくつなの』

 

「600年は生きている」

 

 私がそう言うと、声は笑った。

 

『なんだ。そんなの、私にとってはお嬢さんよ』

 

「なに?」

 

『だって私なんか、もう千年は前に生まれてるわ』

 

 千年前と言えば、日本で言えば平安時代辺りだろうか。

 あの玉としてこいつが生まれてきたのか、それとも人間の意思があの玉に移って存在しているかは分からんが、どちらにせよこいつは随分と長いこと人間の歴史を見ていたことになる。

 

『もしお嬢さんと呼ばれたくなければ、名前を教えて欲しいわ』

 

「……エヴァンジェリンだ」

 

 名前を言うべきかは迷ったが、お嬢さんと呼ばれ続けるよりましだと思った。

 

『……エヴァンジェリン。ああ、聞き覚えがあるわ。闇の福音って貴方だったのね』

 

「まぁな」

 

 長いこと存在しているからか、私のことは知っているらしい。

 

『……ふーん』

 

「なんだ」

 

『じゃあ、不老不死の吸血鬼、って言うのは本当なのね』

 

「本当だよ」

 

 再び笑い声が頭に響いた。クスクス、と口に手を押さえて控え目にしている映像が想像出来た。

 

「何が可笑しい」

 

『いーえ! 面白いって訳じゃないけど、中々個性的な人に取り憑くことが出来たって思ってね』

 

 跳ねるように上機嫌になった声は、朝の私には煩わしかった。

 どうしたらこいつは消せるだろうか、と考えながら、私はいつもより人通りの少ない登校路を進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の通う麻帆良学園は、始業時間ギリギリに駆け込む生徒が圧倒的に多い。

 部活動が盛んなため朝練を直前まで目一杯励むものも多いし、早朝バイトしているため遅れそうになる奴もいる。加えて全寮制であるために、もっと寝ててもまで大丈夫だろう、と怠けた奴は毎度限界まで部屋にいようとしている。私は寮で暮らしてはいないが、そのタイプだ。

 だから、早い時間に教室にいる奴は大抵日直の仕事があるか、真面目な奴かのどちらかだった。

 

 

 

 下駄箱置場で内履きに履き替える。

 いつもはドタバタ感で煩い場所なのだが、今日は静かだった。

 

 

『そういえば、エヴァは何故学校になんて通っているの?600歳なのに』

 

 早速名前で呼ばれて、その馴れ馴れしさに腹を立てるかと思ったが、意外にも私の中に不快感は芽生えなかった。

 

『趣味なの?』

 

「違うわ」

 

 うんざりとしながら私は答える。

 

「呪われてるんだよ、私は。ずっと学校に来なければならないという、最悪の呪いにな」

 

『……へぇ。あら、本当ね。呪いが掛かってる』

 

「分かるのか」

 

『まぁ、見ようと思えば宿主の身体のことは大体見えるわ。私がいれば健康診断いらずよ、エヴァ』

 

「それは嬉しい限りだ」

 

 どうでもよすぎて、皮肉っぽく答えておいた。

 

『……んー。無茶苦茶ねぇ、これ。頑丈な鍵を使った訳でもなく、丈夫な門がある訳でもないけど、相当硬く縛られてる。紐を使ってるんだけど、適当に縛り過ぎてほどけなくなってる感じね』

 

 自分も呪いだからか、登校地獄という呪いについて興味深く分析しているようだった。初めてこいつが役に立つ気がした。

 

『相当魔力を込めてたのねぇ。長いこと生きてたけど、これほど魔力を込めれる存在は片手で数えるほどしか見たことないわ』

 

 長い歴史で見てもナギはやはり規格外だったらしい。私の目からしても、奴ほどの実力者はほぼいなかった。

 

『しかも途中から呪いが螺曲がってしまってるわね。まさかエヴァ、中学生活ループしてる?』

 

「そのまさかだよ」

 

 もう何年目だろうか、この中等部に通い初めてから。

 せめて中等部の後は高等部に、と移ってくれたらよかったのだが、それすらも出来ない。

 自分だけ、時に置いていかれているようなこの感覚は、私の孤独を色濃くさせた。

 

「……解けるのか、この呪いは」

 

『解きたいの?』

 

「当たり前だろう」

 

『……ふーん』

 

 考えるようにそう答えて、声は静かになった。

 

 

 

 

 

 

 廊下にも人通りはほとんどいない。

 時計を見ないでここまで来たが、どうやら相当に早い時間に私は学校にいるらしい。

 

 2-Bと書かれた札のある教室を、私は開けた。

 

 教室はがらんとしていた。いつもの煩い活気はなく、まるで別の場所のようであった。

 

 そんな中で一人の生徒だけがいた。

 黒板消しを持って、黒板に当てている。今日の日直はその少女らしい。

 少女は私を見て眼を丸くさせていた。

 

 

「……あ、あの……。おはよう、ございます」

 

 

 私は少女の挨拶を無視して、どかりと席について荷物を置いた。少女は顔を曇らせたが、気にしない。

 

 後はいつも通り、屋上に行って放課後まで寝て過ごす気だった。

 

 

 

『ちょっと。無視は良くないわ』

 

 

 教室を出ようとする直前に、声は私にそう言った。

 それも無視して、私はさっさと教室の扉を開けようとする。

 

 

 が、突然、身体は動かなくなった。

 

 

「……き、貴様……!」

 

「えっ。わ、私ですか!?」

 

「ち、違う。お前ではない」

 

 

 身体は全く動きそうにない。

 不自然な形で動きを止めた私を、少女は不思議そうに見ていた。

 

 

 

『挨拶をその子に返しなさい』

 

 

 声は、怒っていた。

 まるで、幼稚園児の母が子供にマナーを教える時のような口調だった。

 

 

  (……貴様! こんなことをして貴様に何の得がある! )

 

 

 頭の中で、私は怒鳴った。

 

 

『損得で言っているんじゃないの。人として、やるべきことをしなさいと。そう言ってるの』

 

  (私は人ではない! 吸血鬼だ!)

 

『そういう事を言っている訳ではないわ。貴方が人であろうと、吸血鬼であろうと、マナーとモラルを持ちなさい。誰かの善意を、無視するのは止めなさい』

 

 

 

 強い力だった。

 頑なな意思で、私の身体全てを支配しているようだった。腐っても千年生きた呪いだということなのだろう。

 

 

 

  (……ちっ! 分かった! 挨拶くらいするから、力を弱めろ!)

 

 

 

 そう答えると、やっと私の身体の自由は戻った。

 私は、少女をキッと睨むように見つめる。

 少女はビクリと震えた。

 

 

『エヴァ』

 

  (分かってるよ!)

 

 

 少女は私が近付いたことで、その震えを強くした。

 脅すつもりはなかったが、苛々を伝えてしまったらしい。

 

 

「……おい」

 

「は、はい!」

 

 ぴしっとした姿勢で少女は返事をした。

 よく見れば、少女は可愛らしい顔をしていた。前髪は少々長く、落ち着いた雰囲気というよりは陰キャラといった感じではあったが、素材は悪くないと思った。

 

「……おはよう」

 

「……あ、はい。おはよう、ございます」

 

「……おう」

 

 

 気まずい空気が流れていた。

 

 だが、挨拶はした。これ以上話すことはない。

 そう思って私が再び教室から出ようとした所で、少女は私に声を掛けてしまった。

 

「あ、あの。え、エヴァンジェリンさんは、今日は早いんですねぇ……」

 

 明らかに無理して話し掛けていた。

 私が怖いのなら相手にしなければいいのに、少女は無理矢理話題を作って私と話そうとしたのだ。

 

 無視したらまた動きを止めるわよ、という無言のプレッシャーを感じた。

 本当に、厄介な呪いだった。

 

 

「……そうだな、いつもより早く起きてしまった」

 

「へ、へぇ。私はてっきり、エヴァンジェリンさんが日直なのかなって、思っちゃいました」

 

「……日直はお前なのだろう?」

 

「あ、そ、そうでした。えへへ」

 

 少女は、照れ臭そうに笑った。少しだけ緊張が解けてきているようだった。

 

「あ、あのエヴァンジェリンさん。わ、私の名前、分かりますか?」

 

「……知らん」

 

「そ、そうですよね! 私、ちゃんと自己紹介もしてないし、その、それで……」

 

「名前。なんと言うんだ」

 

 私が面倒くさそうにしながら聞いたのにも関わらず、少女は、とびきり嬉しそうにした。

 

「わ、私! 吉野 あきほって言います!」

 

「……吉野 あきほ、な。覚えておく」

 

「は、はい!」

 

 あきほの返事を背中で聞きながら、私はやっと教室から出ることが出来た。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「おい貴様! どういうつもりだ!」

 

 屋上で、私の怒鳴り声が響いた。本当に姿があったなら胸ぐらでも掴んでやりたかった。

 

「ああいう意味のないことをさせるのは止めろ!」

 

『意味のない? エヴァ、全ての行動には意味があるし、意味はないわ』

 

「そういう哲学めいた話をしたいのではない! 」

 

 

 あんなことをしても、何にもならない。

 他者とわざわざ絡んでも。あいつらとの縁が出来たとしても、私に良いことなんて起こりはしない。

 それは、独りで生きていた私には分かっていた。

 

「私は学園ごっこをするつもりなんてない! 余計なお節介をかけるな! 」

 

『……あら。登校地獄、という呪いを解くのに、その学園ごっこが必要だとしても?』

 

「……何だと?」

 

 

 

 私の熱は、その言葉によってすぐに引いていった。

 

 

「……どういうことだ」

 

『登校地獄、って呪いはね。本来不登校の生徒を学校に無理矢理行かせる程度のものよ。それが貴方の中では、無茶苦茶な魔力と無茶苦茶な仕掛け方によって、因果や記憶操作にまで作用する呪いとなっているわ』

 

 

 そこまでは、私も分かっている。

 

 

『でもね、いくら無茶苦茶になろうとしても、呪いは根本的は変わらない筈なのよ。本来の登校地獄を解くためには、ちゃんと学校に登校していくことが条件。学校にさえ通っていれば、いつかは解ける呪いよ』

 

「私はしっかり通っていたぞ! 」

 

 正確には呪いによって通わざるを得ない状態だったのだが。

 

 

『いいえ。エヴァ。貴方本当にちゃんと学校に通っていたかしら? 』

 

「……どういうことだ」

 

『ちゃんと勉強して、ちゃんと部活動をして、ちゃんと学校行事に励んで、ちゃんと友達と遊んだかしら? 』

 

 

 

 

 私は、こいつの言いたいことが分かってしまった、

 その答えは、当時の私にとっては、どうしようもなくきつく、辛い答えだった。

 

 

「つまり、まさか」

 

 

 

『そうよ。強力になった登校地獄を解くためには、ただ学校に通う程度では駄目。しっかりと学校生活を謳歌してやっと、その呪いは解けるのよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 この言葉を信じるか信じないかは、迷ったさ。

 だって、あれだけ解くのに苦労していた呪いなのに、そんなことで解けるようになるとは、思わないだろう?

 いや、そんなこと、とは言ったものの、私にとっては大変なことだったさ。

 

 

 

 ……え? 吉野 あきほ、なんて人のことは知らない?

 

 

 それはそうだろう。これは、坊や達の代が中等部に入部する前の話なんだから。

 

 






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