エヴァンジェリンと呪いの玉   作:ぽぽぽ

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第5話

 

「……ふぅ」

 

 そこまで話すと、エヴァンジェリンさんは疲れぎみに溜め息をついた。

 

 この別荘の中でも夜という概念はあって、同じように太陽も月もある。人工的に造り出したものだそうだけど、月はちゃんと周期的に欠けて満ちていくようになっているらしい。

 その満月を見て、僕の師匠は感情のはっきりしない複雑な表情をしていた。寂しみながら笑っているかのような、曖昧な顔だった。

 どうかしましたか、と訊ねれば、彼女は過去を思い出していたと答え、駄目元で内容を聞いて見ると、また微妙な表情をしたけれど、ゆっくりと話をしてくれた。

 昔を語るエヴァンジェリンさんは、いつもよりどこか大人っぽく、そして儚げだった。白い肌は美しくあったけれど、同時に弱々しさを備えているようで、その姿はいつもの彼女からは想像が出来ないものであった。

 

 

「……少し、話しすぎたな」

 

「いえ! そんなことないです!」

 

 勢いよく首を振った。

 エヴァンジェリンさんについて、僕はまだ知らないことは沢山あった。師匠として僕に魔法を教えてくれるようになって数か月。教え子として机に座る彼女が実は悪名高い魔法使いで、しかも僕の父と関わりがある、ということは聞いているけれど、彼女自身のことは分からないことが多い。

 だから、こうして話を聞く機会があって純粋に嬉しく思っていた。

 

「おまえ、まだ聞きたいのか」

 

 今度は縦に首を振った。

 こうして彼女が自分の話をしてくれたことは今までほとんどない。たまたま今、満月が見える状況で昔を思い出したから気まぐれにこうして語っているだけであって、多分僕に聞かせたいという感情ではないのだろう。私のことを知ってほしいと、年頃の女性にありがちな主張をエヴァンジェリンさんがする筈がなかった。

 だからこそ、今日この機会を逃したら、次はいつ彼女がこの話をしてくれるのか分からない。もう二度と彼女の過去を聞けることはないかもしれないというのは、嫌だった。

 

「つまらん話だぞ」

 

「そんなことないです」

 

「ただ私が一人で語ってるだけなのにか」

 

「その語りを聞きたいんですよ」

 

 エヴァンジェリンさんはまた息をついた。

 

「……そうか。分かった。だが少し私に休ませろ。喉が渇いた」

 

「えっーと、僕の血、飲みます? 」

 

 僕が自分の腕を差し出すと、彼女はふっと短く笑った。

 

「嬉しい申し出だが、そんな気分じゃないな。ワインを持ってくる」

 

 そう言って、エヴァンジェリンさんはゆっくりと立ち上がり僕の側から遠ざかっていく。

 長い金色の髪が、きらきらと揺れている。暗闇に映えるその色は、星のようにも月のようにも思えた。背丈は僕とそう変わらない筈のに、彼女はずっと大きな存在に見える。

 遠くなっていく背中を眺めながら、僕は考える。彼女がしてくれた話は、今から何年前の話になるのだろうか。

 

 お父さんが掛けた呪いである登校地獄と、不思議な玉の呪いの話。

 エヴァンジェリンさんがお父さんと関わりがあるのは知っていたけれど、登校地獄という無茶苦茶な呪いを掛けたのがまさかお父さんだなんて思ってもみなかった。

 それに、意識のある呪いだなんて、僕は聞いたことがない。呼んだ書物の数には自信があったけれど、その中にもそんな呪いの存在が書かれていたことはなかった。

 きっとどちらの呪いも、かなり稀少なものだろう。

 

 今現在、彼女の中でその2つの呪いがどうなっているのかは僕はまだ知らない。

 早く答えを知りたいという好奇心はあれど、急いて聞き出そうとは思わなかった。ゆっくりと順序を追って、彼女がそのことを話すのを待ちたかった。彼女の口から、その答えを知りたいと思った。

 

 

 

 ……しかし。この話の結末はある程度予想出来てしまう。今まで何度か彼女の家を訪れたけれども、家の中で話に出ていたその呪いの玉は見たことがなかった。

 ということは、もしかすると、それはもうすでに―――。

 小説を読んでいてバッドエンドだと分かってしまったように、寂しさで胸を締め付けるような想いはしていると、脇にある柱から視線を向けられていることに気付いた。

 不審に思ってそこをじっと見つめると、がた、と物音が立つ。

 

 

 

「……あのー、皆さん。何してるんですか? 」

 

 声を掛けると、彼女達は「しまった」という顔をしながらぞろぞろと出てきた。やっちゃった、というジェスチャーをしつつも困ったような笑みを浮かべて、ばらばらに足音を立てて此方に向かって歩いてくる。

 

 

「ほらぁ、明日菜が顔を出しすぎるから見つかってしもうた」

 

「ちょっと木乃香! 私のせいだって言うの?! 」

 

「そもそもあんなところに皆で隠れるのが無理があったんですよ……」

 

「のどかなんて押しくら饅頭されてつぶれてたです」

 

「う、うう。辛かったよぉ」

 

 

「皆さん……今までの話聞いてたんですか? 」

 

 僕がじっと見つめてそう訊ねると、明日菜さんはあまり反省してなさそうに頭を掻きながらごまかし笑いを続けた。

 

「盗み聞きはよくないってうちは言ったんやえ? なぁせっちゃん」

 

「まぁ、言うには言ってましたけど、お嬢様結構ノリノリだったような……」

 

「なによ!私ばっかり悪者にして! 皆結局一緒に聞いてたじゃない!」

 

「はい、そうですね。これに関しては全員悪いといっていいでしょう」

 

 夕映さんは淡々とそうは言うけれども、悪びれた様子もなく、いつものように冷静な顔つきだ。

 

「二人で密会していますから、何かけしからんことでもするのではないかと心配だったのですよ」

 

 訊いてもいないのに夕映さんはそうは言って、ねぇのどか、と前髪で目を隠された少女にも同意を求める。

 

「ええ!? い、いや、……そう言う訳じゃなく……はないんですけど……」

 

 うう、とのどかさんは顔をほんのりと赤らめながら、ごめんなさい、と小さく謝る。その姿は可愛らしかったけれど、僕に謝られても、と少し困ってしまった。

 

 

「……でも、珍しいわよね。エヴァちゃんがあんな風に自分のこと話すなんて」

 

「そうやなぁ。うち、エヴァちゃんに色々教えてもろうとるけど、昔のこと聞いたのは初めてやわ」

 

 同じクラスメイトである皆も僕と同じような感想を思ったらしくて、口々にそう言った。

 彼女達も、エヴァンジェリンさんにはお世話になっている。この別荘は魔法の修行にも便利だし、ちょっとずるだけれど、休んだり勉強したりするのにも使えるのだ。エヴァンジェリンさんはこの場所に特にこだわりがある訳ではないようで、歳をとっても構わんと思うなら勝手に使うがいい、と言っていた。ついでに、皺が出てきた時にここを使ったことを後悔しても遅いからな、と呆れつつも加えていた。

 

 

 

「……千雨さん。どうかなされたのですか? 」

 

「……ん、ああ」

 

 皆から一歩引いたところで思い更けるようにしていたのは、千雨さんだ。この中でも最も冷静で、年不相応な落ち着きを持った彼女は、僕達を安心させてくれることが多い。まぁ、たまに爆発したかのように騒ぎ立てることもあるのだが、それは置いておいて。

 

「エヴァがあいつの話をするとは思わなくてな」

 

「……あいつ?」

 

「それって、さっきのお話に出ていた、呪いの玉のことですか?」

 

 そうだよ、と千雨さんは頷く。

 

「千雨ちゃんも、その玉のこと知ってるの?」

 

「まあ、な」

 

 この中でエヴァンジェリンさんと一番仲が良いのは、千雨さんだ。

 僕が着任してくる前から二人はよく一緒にいたようで、互いに話すときはいつも自然であった。女子同士の馴れ合いというよりも、お互いの距離感をしっかりと掴んだ上で付き合っているみたいで、じゃれあったりするような二人ではないけれども、遠慮のないその感じは見ていて心地良いと思うことがある。

 

「あの話って……私達が中学生になる前のことですよね? 千雨さんは昔からエヴァンジェリンさんと知り合いだったんですか?」

 

「昔つっても、小学校の時だ。多分四年か五年」

 

「あー、だからエヴァちゃんと千雨ちゃん仲ええんやなぁ」

 

 かもな、と千雨さんは気の抜けた返事をする。

 

「それで、呪いの玉のことも知ってると」

 

「知ってるというか、私もあいつとは知り合いだったよ」

 

 だった、と千雨さんは確かに言った。その発言に気付いた数名は、若干気まずそうに顔を背けた。

 

「……どんな人だったんですか」

 

「……人ではなくない?」

 

「明日菜さん、ちょっと静かに」

 

「余計な茶々いれんでええよ、明日菜」

 

「ええ……なによなによ皆して……」

 

 悲しい話になりそうだと直感した人は真剣にその話を訊こうとしていたため、気付いてない明日菜さんだけ妙に温度差がある。

 

 どんな人と言われてもなぁ、と呟いてから、千雨さんもエヴァンジェリンさんと同じように月を眺めた。

 その横顔は、やはり曖昧であった。

 寂しいという気持ちが見えつつも、ほんのりと見せる微笑みが穏やかさを備えている。眼鏡から反射する月の光が、さらに色濃く見えた。

 

「エヴァの言う通り、変わった奴だったよ。我が儘に見えないのに変なとこで我が儘で、何故か礼儀にはうるさかった。人に厳しくも、甘くもあった。大人っぽくて、今の私の周りにはいないタイプだった。あとは、そうだな。いい声をしてた」

 

「いい声?」

 

「ああ。落着く声だ」

 

 千雨さんは懐かしそうに頬を緩めていた。

 

「あと、そうだな。あいつはエヴァのことが……」

 

「なんだ千雨。いつから語り手が変わったんだ?」

 

 エヴァンジェリンさんが、ワイングラスを片手にしながら戻ってきた。グラスの中で真紅の液体が僅かに波打っている。

 

「エヴァ。悪かったな、勝手にあいつのこと話しちまって」

 

「ふん。貴様らが隠れていることは分かっていた。今更さ」

 

 エヴァンジェリンさんは皆がここにいたことに気付いていたらしい。彼女たちは順々に謝罪を述べるが、エヴァンジェリンさんはさして気にも留めていないようだった。

 

 

「あのぉ……それで……」

 

「ふむ、続きか……」

 

 僕がもう一度話をしてくれるよう促すと、エヴァンジェリンさんはグラスを持っていない手を顎に当てた。

 

「気が変わったな。私が語るのはやめよう」

 

「え!?」

 

 皆の視線が一斉に彼女に集まる。やはり盗み聞きはまずかったと、反省する表情が見えた。

 

「そんな、師匠……」

 

「その代わり、だ」

 

 エヴァンジェリンさんは細い指をそっと千雨さんに向けた。

 

「しばらくは千雨に語らせる」

 

「はぁ!?」

 

 千雨さんは予想外だったようで、蚊でも追い払うかのように片手をひらひらとさせた。

 

「ふざけんなよ。嫌だぞ私は」

 

「いいじゃないか。私も少しは聞き手にならせろ。今まで私の話を勝手に聞いてたんだろ?」

 

「だからって私だけが話すのは納得いかん」

 

 更には背中を向けて、千雨さんははっきりと拒否の姿勢を示すのだが、エヴァンジェリンさんはぼつりと呟く。

 

「前のコスプレ」

 

「!?」

 

「あの餓鬼っぽい服装をつくるのに協力してやったのは誰だったかなぁ」

 

「ぐぬぬ……」

 

「あのとき貴様は、『恩にきる!エヴァのおかげでコミケに間に合った。今度埋め合わせする!』やら言ってたなぁ」

 

「……コスプレ?」

 

「……コミケ?」

 

 首を傾げるのは、聞き手の僕達。彼女がコスプレ趣味だと知らないものは、どういう話かも分かっていないだろう。しかし、コミケとはいったいなんのことなのだろうか。

 

「さらに言えば」

 

「だぁーーー! わかったよ、話せばいいんだろ話せば!」

 

 最初からそうしろ、とエヴァンジェリンさんは悪い顔で笑っていた。

 思わぬ形で語り手が変わり、聞き手の人数も変わった。僕は、エヴァンジェリンさんの話が中断するのは惜しかったけれど、同じくらいに千雨さんの話にも興味も持っていた。彼女もまた、自分を語るようなタイプではないからだ。

 クラスメイト達も千雨さんの語りが気になるようで、おのずと小さく円をつくり座り始める。さっきまでと違い、今度は大人数で千雨さんを囲む形で、皆がじっと千雨さんに注目していた。

 

「……っく」

 

「なんだ、照れているのか?」

 

「うるさい!」

 

 からからと笑うエヴァンジェリンさんに、千雨さんは耳を赤くしながら吠える。それから、ゆっくりと息を吸って、再び月を眺めた。

 

「しゃあないから、つまらねぇ話だろうけど、私も少し昔を語るぞ。何を言えばいいかわからんからエヴァの言ってた、呪いの玉の話だ。私があいつと出会ったときはだな―――」

 

 

 

 こうして、語り手が変わり、また話が始まる。

 満月はまだ落ちそうにない。

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