エヴァンジェリンと呪いの玉   作:ぽぽぽ

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第7話

 

 雪姫。

 その名前を聞いた時、初夏だと言うのに肌寒さを感じた。暑い陽射しが窓から部屋に入り込んでいる筈なのに、何故か冷気のようなものが充満している気がして、気付けば私は自分の腕をさすっていた。しかし決して不快なものではなく、むしろどこか清々しさがあるように思えて、心がすっと楽になる感覚に覚える。

 外に見える木々が宿す葉は黄緑で、僅かな風で揺れるその様は間違いなく今の季節を示すものなのに、場違いだと感じてしまう。

 

 彼女の、肌白くシミひとつない美しい肌は、その名に相応しいと思ってしまった。

 

「……雪姫、か」

 

 エヴァが呟くように言うと、私達はハッとして現実に戻されたような気になった。再び蝉の声が響き渡り、部屋がみるみる暑くなっていくような錯覚に陥る。

 

「大層な名前だな。雪の姫だとは。自分で言って恥ずかしくないのか」

 

「そうかしら。私の(なり)に値すると思うのだけれど」

 

「自己評価が高いやつめ。それにそれは私の姿だろうが」

 

「だからよ」

 

「……意味がわからん」

 

 エヴァはそう言ったが、勿論私にも二人の会話の意味はよく分からなくて、黙って聞いている他なかった。

 するとそんな私達に気付いてくれたのか、雪姫さんはこちらを見て笑いかけてくれた。

 

「ごめんなさいね、こんな病人の部屋に長いこと居させて。それじゃ別の部屋で約束通りお茶でもしましょう」

 

「いや、その私は、エヴァンジェリンさんに会いに来ただけで……」

 

「いいのよ、この子は。私ずっとこの子としか話してなかったから、他の人と話すのは久しいの。私の話し相手になって欲しいのよ」

 

「ふん、私に気を使うならさっさと部屋から出てってくれ」

 

「ほら、本人もこう言っているし、ね?」

 

 遠慮しておきたかったが、無理矢理背を押されるとなんとも断りづらい。あきほさんも困ったような顔をしていたけれど何も言えないようで、私達は移動していく。

 

「美味しいお菓子もあるのよ。みんなで食べましょう」

 

 

 

 そう言った所で、後ろからドタドタとついてくる足音がした。

 

「おい! お前! まさかあの菓子を勝手にあげるつもりじゃないだろうな!」

 

 さっきまでは掛け布団で隠れていてよく分からなかったが、エヴァの服装はワンピース型の洋風なネグリジェで、淡いピンク色が可愛らしかったのだが、その時の表情は可愛らしさとはかけ離れたものだった。つまり、怒っていたのだ。

 

「どの菓子のことか分からないけど、棚の中の物を出すつもりよ」

 

「ばか! やめろ! あれは私がジジイから奪った高級菓子だぞ! 」

 

「奪ったものならいいでしょ」

 

「だめだ!ばか!とまれーー!やめろーーー!」

 

 エヴァは怒号を上げながら雪姫さんの服を掴むのだが、力が足りないようでズルズルと引き摺られている。その姿は、今まで大人ぶった喋りをしていた人と同一人物とは思えないほど子供っぽく、私はなんだか可笑しかった。

 あきほさんはそんなエヴァの様子が意外だったようで、驚いた表情をしていた。

 

 

 

 ○

 

 

 

「くそ……。どうしてお前らと三等分して食わねばならんのだ。これは大月堂の菓子だぞ……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらエヴァは羊羹を口に運んでいた。

 結局エヴァも私達と一緒にリビングに降りて来て、お前らに食われるくらいなら私もここで食うと言い、どっしりと席に着いた。雪姫さんが出してくれた和菓子は確かにとても美味しくて、それだけで面倒だったが着いて来たことが報われたと感じるほどだった。さらに彼女が入れてくれた冷えた煎茶も、お茶などまったく分からない私でも美味しく思えるものだった。

 

「あんた、風邪はいいのかよ」

 

「もう治った。しかし呪いが発動しないとこを見ると、ちゃんと病欠として処理されてるようだな」

 

「ちゃんと学校に欠席の連絡をしたからよ。学生として真っ当な理由があって正しい手段を行った上での休みなら何も問題はない筈よ」

 

「……呪い?なんの話だ?」

 

「貴様には関係ない。というか、結局何者だよお前は」

 

「今更だな」

 

「長谷川 千雨ちゃんよ。あきほちゃんの付き添いで来てくれたんだって」

 

「そうか」

 

「興味なさそうだな。別にいいけど」

 

「あのぅ……」

 

 なかなか和菓子に手を付けようとしなかったあきほさんが、おずおずと訊ねようとした。

 

「どうしたのあきほちゃん。嫌いなものだった?」

 

「いえ!そんなことないです!とっても美味しそうで、ありがとうございます! でも、その、雪姫さんは、いいんですか?」

 

「いいって何が?」

 

「お菓子、私達の分しかないので……」

 

 そう言われて、私は初めて雪姫さんの分がないことに気が付いた。コップも3つ分しかなく、お菓子もそうだ。彼女がわざわざ私達のために自分の分を譲ってくれたのだとすると、美味しい菓子なだけ、申し訳ないと思った。そして、言われるまでそのことに気付かずご馳走になっていた自分を恥ずかしく感じた。

 

「いいのよ、私は。食べられないから。気にしないで」

 

「食べられない? 調子悪いんですか? 」

 

「そうじゃないの。食べられないの」

 

 私達が頭に疑問符を浮かべてその意味をよく考えようとしていた所で、エヴァがまた羊羹を爪楊枝で刺しながら適当に言った。

 

「いらんいらん。これ以上私の食う量を減らしてたまるか。それに、こいつは元は玉っころだからな。今の姿は魔力を形どってるだけで飲み食いする能力はない」

 

「……はぁ?」

 

「あそこにあるだろう? あの金色の玉がこいつだ。中の思念は私に取り憑いてるようだが、まさかこんな風に離脱して意識を持てるとは、私も今日知った」

 

「そんなに離れたりは出来ないけどね」

 

「……まじでさっきから何言ってんだよ」

 

 もはや意味が分からないどころじゃなかった。巫山戯ている様子もなく淡々と理解できないことを言っている。日本語の筈なのに私には何も分からないことが、苛つく気持ちにさせた。

 

「エヴァ、二人がいる前でそんな話ししていいの?」

 

「構わん。秘匿だのなんだは私には関係ない。話したいときは話すしやりたいようにやる。当然オコジョにされるつもりもないしな。それに、分からんだろう? お前らには。私らはこういう訳の分からない話をする不気味な奴等なんだ。関わらん方がお前らのためだぞ」

 

「すぐそう言うことを言う。だから友達出来ないのよ貴女」

 

「うるさい。余計なお世話だと言ってるだろう」

 

 

「……あきほさん、この人達ちょっと変ですよ。さっさと帰りましょうよ」

 

 多分、この暑さに頭がやられたのだろう。それか、二人共厨二病的なものを患っているか、だ。そういうものに理解がない訳ではない。漫画やアニメで見る剣や魔法を格好良く思うのは良く分かるし、もし自分が使えたら悪漢などをさらっと倒して、見かけた通行人に向かってそっと指を唇に当てて、秘密だぞ、なんてやってみたい。いや違う。やってみたいじゃない、やる奴もいるだろうなぁ、だ。私がしたい訳じゃない。勘違いするな。

 

 とにかく。

 現実でそんなことを言い出して、それを躊躇なく他人に言い聞かせるように話してる時点で、普通ではないのだ。害のない厨二病は心で妄想するだけで止まるが、周りを巻き込む時点でそれはもう痛い人でしかない。これだけ美しい容姿をした奴らがそんな性格なのは凄く勿体ないのだが、私にその性格を変えられる訳でもない。

 

 だから、私は早くここから帰りたいと思った。美味しい和菓子は惜しいが、それよりもあきほさんを連れてこの家から出ることを優先しようとした。

 

 

 

 

「……私、分かります」

 

 だから、私はあきほさんがそう言ったことが、途轍もなく衝撃的だった。こいつらちょっと痛いですよ、と続けて言おうとしたところでの発言だったので、口はぽかんと開いて間抜けな顔になっていたと思う。

 

 

「何を言っているか、分かります。呪いとか、そんなに詳しい訳ではありませんけど、でも、そういうの知ってます」

 

 そういうの、というのが何を指しているのか、私には理解出来なかったが、雪姫さんとエヴァには通じたようで、二人の表情が少し変わった。真剣味を帯びたこの空気に、私だけが疎外感を覚える。

 あきほさんもそっち側だったのか、と私は逃げ場のなさを嘆いていた。

 

「知っている、か。なら、私のことは分かっているのか?」

 

「……うん。分かるよ。有名人だもん」

 

「吸血鬼ということもか」

 

「うん」

 

 あちゃあ、吸血鬼ときたかぁ。

 私は頭を抱えた。年頃の女性オタクは吸血鬼にハマる人が多いというのは聞いたことある。背が高く黒いローブを羽織り颯爽と空を駆ける様子が格好いいんだろう。その尖った牙に襲われたいという気持ちを抱いてしまうんだろう。しかしそれなら自分が吸血鬼という設定は悪手じゃないのか、なんて私は考えてしまう。

 

 

「……どうして、あきほちゃんはそういう事を知っているの? 貴女、魔力もないし鍛えてる様子もない。とても関係者とは思えなかったのだけれど」

 

「家系です。両親はそうでもないのですが、叔父が名の売れた魔法使いで、私の一族は皆一度は魔法を学びます。私は身体も弱く特に才能も無かったため、深くは追求しませんでしたが、それでも、エヴァンジェリンさんの話は聞いたことがありました」

 

 魔力、魔法使い。もう私にはとてもついていけなくて、どう切り出して逃げ出そうか悩んでいた。いやむしろ、私も何か職を設定した方がいいのだろうか。魔法少女、という言葉が浮かんで、朝のアニメでやっている変身した少女達の姿に自分が重なる妄想をする。意外と悪くなかった。

 

 

「……ふん。だからか、貴様が私に絡んできたのは。興味か、今の私に対する同情かは知らんがーーー」

 

「違うよ!!」

 

 あきほさんが、椅子から立ち上がりながら大きな声を出すので、わたしは驚いた。

 彼女は、とても声を荒げるタイプには見えなかった。設定や演技でこんな真剣な声が出せるとは思えなかった。エヴァと雪姫さんの真っ直ぐな眼差しが、とても巫山戯て出来るようなものには思えなかった。

 だから私は、凄く混乱して、どうすることも出来なくて、ただ、座っているしかなかった。

 

「あなたが吸血鬼だからとか、そんな理由で、私はあなたと友達になりたい訳じゃない! 私は、あなたが……」

 

 ゆっくりと、彼女はもう一度席に座りなおす。だれも机の上の菓子に手を伸ばすこともなく、あきほさんの言葉の続きをじっと待った。

 

 

 

「……一年生の時にね、エヴァンジェリンさんを見たとき、私、凄く悲しい気持ちになったの。この人は、『生きたくない』と思ってるって感じたから」

 

 

『死にたい』ではなくて、『生きたくない』。その表現の違いは、簡単には説明出来ないのだろうけど、なんとなく伝わった気がした。死にたい訳じゃない。ただ生きるのが辛い。そう思うことは、確かにあると思った。

 

 

「……分からんな。例え私がそう思ってたとしても、お前になんの関係がある。まさか、私を救いたいとでも思ったか? それこそ、同情でしかあるまい」

 

 

「救いたい……って思ってはないと思う。エヴァンジェリンさんは、毎日そんな風に思いながら、それでも学校に来てて、ずっと外を眺めてた。……そんな姿が、とても悲しくて儚いけれど、私には、凄く綺麗に見えたの。素敵だと思った。そう考えてから、私は、貴女と友達になりたいと、思ってた」

 

 

 あきほさんは、喋りながらも悩むようにしていて、慎重に言葉は選ぶけれども、はっきり纏まっているとは思えなかった。

 

「……お前は分かってないな」

 

 

「私は、吸血鬼だ。闇の福音だ。600年生き、人の生き血を吸い、殺し、そうして生きてきた。素敵だと? 馬鹿を言うな。殺人鬼と仲良く手を取り合えるか? この血で塗られた手を躊躇なく握れるか? 悪いが私は、今更誰かと共にいようだなんて思っちゃいない」

 

 

 

 

 

「……あんたさ、何言ってんの?」

 

 

 思わず。

 口を出してしまった。

 

 

「……貴様、まだいたのか。帰っていいぞ」

 

「いや、こんな状況で帰らねぇよ」

 

 そう言って私は立ち上がって、あきほさんのそばに行き、その手を持った。困惑している彼女を立たせて、そして、エヴァの席に近付く。

 

 彼女の手を、エヴァの手の上に無理矢理置いた。

 握って。

そう私が呟くと、彼女は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに意を決したように、強くエヴァの手を掴んだ。

 

「……何をしている」

 

「ほら、あきほさんはあんたの手を握れたぞ。これで友達。何か問題あるのか?」

 

「……貴様、何も分からないのなら黙っていろ」

 

「ああ、分からねえ。さっきからあんたらがなんの話してるかなんて、1つも理解できん。でも、そんな難しい話じゃないってことくらいは、分かる」

 

 

 なんで私はこんな行動に出たのか、考えた。

 きっと、ムカついたからだ。

 ただ友達になろうと言っているだけなのに、一生懸命に言葉を選ぶあきほさんや、格好つけて自分を語るエヴァに、ムカついたんだ。

 

 私に友達は少ないが、友達作りがそんな大変なものじゃないことくらい分かる。

 エヴァがなんだって、あきほさんがどう思ってたって、そこに手があるなら、握るのが難しいなんてことはない筈だ。うだうだと悩むより、さっさと繋がってしまえばいい。その考えは間違っているのかもしれんが、でもそうした方がいいと思ってしまったのだから仕方がないのだ。

 

 

「なんなら私も握ってやるよ。ほら、これで三人友達だ。あんたが吸血鬼だか人殺しだとかは知らねぇが、気に食わなかったら文句いってやるし最悪縁を切ってやる。でも、それまでは友達。いいだろう? 」

 

 

「……貴様……」

 

「あはははは!」

 

 

 エヴァがまた何かを言おうとしたが、それを遮るように、雪姫さんの綺麗な笑い声が部屋に響いた。

 

 

「あはは、エヴァ、負けよあなたの。千雨ちゃん、いい子ね、本当に。意外とわがままで、いい子なのね」

 

 

 

 本当に楽しそうに雪姫さんが笑うから、部屋の空気は少し和やかになり、私は自分が偉そうに口上を切ったことを冷静に思って、少し顔を赤くしたのだった。

 

 

 

 

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