エヴァンジェリンと呪いの玉   作:ぽぽぽ

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第8話

 

 

「じゃあ、説明してもらおうか」

 

 改めて席について私が三人に訊ねると、それぞれが、あー、と言いながら顔を合わせた。

 

「あの、ね、千雨ちゃん。本当はこう言う話は普通の人にはしたらダメで……」

 

「話すと長くなるのよねぇ」

 

「わざわざ聞くほどのことじゃあるまい」

 

「お前ら説明を面倒くさがってるだけだろうが!」

 

 ドン、と机を叩いたので、掌が少し赤くなったのだがそんなことを気にしている場合ではなかった。

 

「そうね」

「まじで面倒だ。帰っていいぞお前は」

「ち、ちがうのよ千雨ちゃん。ほんとにあんまり知らない方がよくて……」

 

「ここまできて何も分からず帰ってたまるか! 気になって眠れなくなる! 頼むから説明してくれよ!」

 

 三人は息を合わせたかのように私への説明を拒もうとしていた。あきほさんだけは面倒という訳ではなさそうだったが。

 

「うるさい奴だな。大体何が知りたいんだよ」

 

「全部だよ! 魔力とか魔法とか呪いとか吸血鬼とかだよ!」

 

 この時点でも、そんなものが本当にあるのかは半信半疑だった。いや、半分も信じてはいない。十中八九そんなものはないと心では思っていたのだが、彼女達が全てを妄想で話をしているとはとても考えにくかった。あんなに真剣な声で、あんなに本気な表情で話す彼女達が、偽物とは思えなかった。だからこそ、私は説明して欲しいのだ。

 

「仕方ないわねぇ」

 

 そう言って、雪姫さんは立ち上がり、私の目の前に来た。背の高い彼女を前にして、私はちょっと怯んでしまう。

 

「なんだ、記憶を消すのか」

 

 エヴァがぽつりと言うので、私の肩はびくりと跳ね上がる。

 記憶を消す。フィクションでは何か秘密を知ったものにやる常套手段だ。

 私は急にどうしようもなく怖くなった。迫る手がとてつもなく大きく恐ろしいものに見えた。足が震えて、嫌な汗をかく。

 

「あ、あの。私は、それはちょっと嫌かなって……」

 

 気付けばあきほさんも立ち上がって、雪姫さんの服の袖を摘んでいた。

 

「せっかく、3人でお友達になれたのに、その想いがなくなっちゃうのは、嫌です……」

 

「……あきほさん」

 

 エヴァはその様子を暫し見つめて、頭をぽりぽりと掻き、大きく溜息をついた後でゆっくりと言った。

 

「……あんなことで友達になったと思われるのは困るが」

 

 そう言いつつ、エヴァは首を横に振った。

 

「やめとけ、雪姫」

 

「……あら、そう呼ばれるのは初めてね」

 

「茶化すな。私も記憶を消すのは反対だと言っている。勘違いするなよ? 記憶を消すってのはリスキーな行為だ。後処理を考えたら面倒だが今説明する方がよっぽどましなんだ」

 

「……勘違いするなって、ツンデレみたいなセリフだな」

 

「前言撤回だ。脳が壊れるまでやっていいぞ」

 

「じょ、冗談だっ! 頼む、やめてくれ! 」

 

 私が大声で懇願すると、雪姫さんはくすくすとお淑やかに笑った。

 

「安心して。元からそんなことする気はないわよ。情報をそのまま入れてあげようかと思ったけど、それもやめとくわね。せっかくだし、お話した方が面白そう」

 

「それも結構怖いけどな……」

 

 入れる、という表現がすでに恐ろしく感じた。人間の脳とは、そんな簡単に情報を出し入れ出来るものだったのか。

 

「とりあえず、一つ魔法を見てもらおうかしら。エヴァ、なんかやって」

 

「雑すぎるだろフリが。しかもなんで私なんだ。お前がやればいいだろう」

 

「私がやると結局貴女の魔力を使うことになるわよ。それに久しく使ってないから加減が分からないわ」

 

「部屋を壊さない程度なら別に構わんぞ」

 

「貴女も私を止めたのよ。ちゃんと協力しなさい」

 

「……はぁ、仕方ないな。プラクテ ビギナル 火よ灯れ(アールデスカット)

 

 唐突に、何の準備もしてない私の前にエヴァが指を差し出して、その先から一筋の揺らめく炎を灯した。ゆらゆらと漂う炎は、音もなく指の先に在り続ける。綺麗で神秘的だと思った。

 

「……魔法なんて、ほんとにあるんだな」

 

「疑わないのか? 手品かもしれんぞ」

 

 そうだとしても私には見破れないのだが、違うという確信があった。根拠はなくただの直感でしかないが、これに仕込みや細工があるとは思えなかったのだ。

 

「ッチ。つまらん奴め。本当に小学生か? もっと驚いたり出来ないのか」

 

「充分、驚いてるよ」

 

 夢にまで見た魔法だ。漫画やアニメの世界ではなくて、目の前で本当に実現している。だと言うのに、意外と私が冷静でいられるのはどうしてなんだろうか。

 金髪の髪をしたエヴァの顔が、炎で明るく照らされている。シミひとつなく、赤子のように綺麗な肌だ。なんだ、と怪訝な顔をして言う彼女に、何でもない、と私は答える。現実離れしたこの光景に、彼女の存在がしっくりとくる。きっと、魔法を使うエヴァの姿があまりに自然であったから、私はまだ考えが追いついていないのだと思う。

 

「あきほさんも出来るんですか? 」

 

「うん。それは初級呪文だから。でも私は杖がないと無理かな」

 

 杖、と聞いて少しずつ実感が湧いた。それは魔法使いっぽい。

 

「私にも使えるんですか?」

 

「練習すれば出来ると思うけど……」

 

「いや、どうかな。初級と言えどもセンスがいる」

 

「うーんそうねぇ。出来なくもないだろうけど、多分千雨ちゃんは苦労すると思うわ。魔法道具を手にするのは仮契約するだけでいいんだけど」

 

「戦闘に役立つものが多いがな」

 

 やはり戦うということがあるのかと、私はまた現実から引き離される感覚に陥る。こんな小さい火ならまだしも、大きい火球なんかをぶつけ合うような世界があるのだとしたら、踏み入りたいとは思えなかった。

 

「いや、戦うとかはちょっと……なんか日常で役立つのがいい。ワープとか、時間戻しとか」

 

 そんなの出来たら本当に魅力的だ。学校行くのに早起きの必要はなく、テストがあっても問題を見て戻って答えを確認出来る。魔法使いというのはなんてずるい奴らなんだ。

 

「あほか。急に小学生らしいことを言うな。そんなのお前が使うのに何十年と掛けても足りないレベルだ」

 

「でもエヴァは影を使った転移は出来るんじゃないの? 」

 

「え、本当? エヴァンジェリンさん、やっぱり凄いね」

 

「ふ、ふん。まあな、全盛期ならそれくらい訳ないさ」

 

 満更でもないようにエヴァは言う。少し鼻を高くして、得意げになっている様子に彼女の子供っぽさを感じて、そんな一面もあるんだなとまじまじと見ていた。私には分からないが、エヴァは凄い魔法使いらしい。

 

「……魔法使いってのは、結構何人もいるものなのか?」

 

 たまたまあったあきほさんと、エヴァと、雪姫さんはよく分からないが、ここだけで4人中3人だ。私が知らないだけで、実は皆何かしら不思議な力を持っているのだとしたら、何ももたない私は劣っているように見える。

 

「全体数は多くはないけれど、麻帆良には結構多いと思う」

 

「……麻帆良には?」

 

「この街には世界樹があるからな」

 

「あの馬鹿でかい木が何か関係あるのか?」

 

 麻帆良の中心に聳える信じられないほどの大きさの木は、普通ではないと思っていたが、まさか魔法なんてものに関わりがあるだなんて想像もしていなかった。

 

「あれは凄いわよ。世界的に見てもあれだけ魔力を蓄えてるものは二つとないわ。あんなのがあったら色んなものに影響するだろうし、当然悪いものも寄り付くわ」

 

「それを追い払ったりするのに魔法使いがいたりするの」

 

 悪いもの。それがさっき言った戦闘に関わる部分なのだろう。自分の住むところにそんなのが集まってきているとは、あまり知りたくないし関わりたくもない。

 

「へぇー……。じゃあこの街にむちゃくちゃ運動出来たりする常識外れな奴が多いのもその影響ってことか? 」

 

「……ほぉ。常識と違うというのが理解できるのか」

 

「……そりゃそうだろ」

 

 幼い頃から、周りと齟齬を感じる瞬間があった。普通じゃない、と思うことが多かった。だが、周りがそう感じていないから口には出させなかった。それが世界樹のせいというなら、良かった。私がおかしいという訳ではないのだから。

 

「千雨ちゃん。その感覚は良いことよ。周りにあるものを当たり前と捉えずに、環境に染まらず、俯瞰的な眼を持つのは簡単なことではないわ。貴女はそういうところが優れているのね」

 

「あんまりいい事はなかったんですが……」

 

 自分だけが、この街が普通ではないと感じていた。誰にも理解されずにいたので口に出す事はなかったが、ずっと心にしこりは残っていた。

 皆と違うと言うのはきっとまともな事ではなくて、私はどこかおかしいのではないのかと、自問自答している時があった。そんな自分が不安で自信を持てない時もあった。1人にいる時が多かったのは、多分その影響もあったのだろう。

 

「多勢と違う、っていうの決して悪いことではないわ。違うというだけなの。悲観的に考えては駄目。貴女は胸を張っていい。私は貴女が優れていて、とても素敵な子であることを知っているわ」

 

「……ありがとうございます」

 

 そんな風に面と向かって言われたことがなかったので、純粋に感激してしまった。ありがたいと思った。自分は変じゃないと独りで言い聞かせるのと、他人から言われるのは大きく違う。大袈裟かもしれないが、ここにきて一つ救われたと思った。

 

 私は変じゃなかったのだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 本当は魔法のことをもっと知りたかった。呪いや吸血鬼についてなんてほぼ説明されていなかった。しかし、気付けば夕暮れ時を過ぎかけていて、親が心配する時間になってしまったため、その日は御開きとなった。

 後日また話を聞きにきますとエヴァと雪姫さんに伝えると、エヴァは来なくていいぞ、と腕を組みながら言い、雪姫さんが、ごめんねこの子ツンデレだから。また来てね、と小さく手を振ってくれた。だれがツンデレだ!、と叫ぶ声を背中で聞きながら、私とあきほさんはお洒落なログハウスを後にする。

 

 陽が落ち始めると、林道は来た時とは姿を少し変えていて、木々に宿る葉の間から差し込む夕暮れが地面をオレンジ色に染めていた。履いて来た白いスニーカーは若干土で汚れてしまって、次来るときは汚れてもいい靴にしよう、と次回のことを既に考えていたりした。

 

 改めて考えると、凄い1日だった。ただ学生証を落としただけであきほさんとの繋がりが出来て、それからエヴァや雪姫さんと会い、魔法だなんていう存在を知る。間違いなく人生で一番濃い日で、今後の生き方に関わるターニングポイントであったと思う。でも、嫌な日とは思わなかった。

 それはきっと、最後の雪姫さんの言葉のおかげだろうと、私はまたあの台詞を思い出し、胸を暖かくした。

 

 

「千雨ちゃん、ありがとね」

 

 折れた小枝を踏むと、ぱり、という爽快感のある音がして、気持ちいいな、なんて思っていたところで、あきほさんが急にそう言った。

 

「何がですか?」

 

「あの時、手を取って、エヴァンジェリンさんの手の上に置いてくれたでしょ? 私、ああいうこと咄嗟に出来ないから、千雨ちゃんが凄いと思ったよ」

 

「そ、そんな大したことじゃないですよ」

 

 勢いに任せてやっただけで、何か考えがあった訳でもない。売り言葉に買い言葉、という感じに近かったのだ。

 

 

「あの、あきほさんに一つ聞きたいことがあるんですけど」

 

「なあに?」

 

 今日の会話の中で、気になったことがあった。そのときは深く触れれなかったけれど、なんとなく心に残ったのだ。

 

「あの人のこと、『生きたくない』と思っていたって言ってましたよね? なんでそんな人と友達になろうと思ったんですか? 」

 

 彼女は言っていた。『生きたくない』という彼女が綺麗で素敵だったと。私にはその感覚がよく分からなかった。そんなネガティブな感情を纏った人に向かって、そんな風に思えるものなのだろうか。

 

「……ああ、それはね。エヴァンジェリンさんは私と逆だと思ったから」

 

「逆?」

 

「エヴァンジェリンさんは、吸血鬼だって話があったでしょ?」

 

「はい。それが何かはまだ分からないんですけど」

 

 吸血鬼というのは、人の血を吸い、ニンニク嫌いで、十字架や銀や日差しに弱い、という創作で得た知識しかない。彼女が本当にそれだとしても、見た目が人間にしか見えなかったので全く実感がなかった。

 

「エヴァンジェリンさんは、600年生きてるって聞いたことがあるの。それだけ長生きしたら、きっと色んなことがあったと思う。私なんかには全然分からないし、想像もされたくないんだろうけど、いつもあんな悲しそうな表情をしていたってことは、辛いことも沢山あったんだと思った。それでもやっぱり『死にたい』とは思ってないの。心の底に芯がある強さみたいのが見えてて、それが格好良くて、凄くて、いいなって、思ったの」

 

「……は、はあ」

 

 説明を聞いても、私にはさっぱり意味が分からなかった。あいつが600歳ということも、魔法なんかより疑わしいと感じてしまった。そもそも死ぬとか生きるとかいうことについて、そんなに深く考えたこともない。

 

 ただ、この話をしているときのあきほさんは、なんだか寂しそうな顔をしているように見えて、私はあんまり追及しようとは思えなかったのだ。

 

 

 

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