約束した通り、私は日を改めて休日にエヴァの家を訪ねた。
先日の帰り道にあきほさんと連絡先を交換して、2人で行ける日を合わせて決めた。エヴァへの連絡はあきほさんが学校でしてくれて、エヴァは相当に面倒くさがっていたようだが、断ると雪姫さんがエヴァを硬直させるらしく、結局承諾してくれた。
硬直させるの意味は理解出来なかったが、どうせまた魔法絡みの話で私が訊いても仕方ないので追及しなかった。
エヴァ家に着くというところであきほさんからメールが来た。どうやら家の用事で少し遅れるらしい。私は了解しましたと短く返事をして、玄関のドアを叩いた。
「勝手に入れ」
雑な迎え入れの声が聞こえたので、私はあまり遠慮せずに、お邪魔しますと言って中に入った。雪姫さんがまたすぐに案内してくれるかな、と思ったが、誰の姿もなく、私はエヴァの指示通り勝手に進んだ。
リビングにつくと、エヴァは大型のテレビを前にしてゲームのコントローラを握っていた。画面には有名な2D格闘ゲームが映っていて、かちゃかちゃとコントローラを操作する音と、ゲーム内で人が殴られる音が響いていた。エヴァは私の方を振り向く気もなく、ゲームに集中している。体力的に彼女は優勢らしく、それでも一切の油断もしていない辺り相当本気で取り組んでいるのが分かる。
「千雨ちゃん、いらっしゃい」
「うぉお!?」
いきなり横から声を掛けられたので、私は思わず飛び上がるように驚いてしまった。
「ゆ、雪姫さん、いたんですね」
「いたというか、千雨ちゃんが来たのが分かったからエヴァの中から出て来たのよ」
「……えっと」
「こういう感じよ」
そう言って、音もなく雪姫さんは唐突に消えた。
先程までそこにいたのに今や見る影もなく、私は彼女がいた場所に手をかざしたりして感触を確かめようとしたが、なんの手応えもなかった。
魔法という存在を知ったにしても、何が可能かなんかはまだ知らないので、いきなり消えるという行為に驚きしかない。
それから、また一切の音も立てずにいきなり雪姫さんが現れる。
「って風にしたのよ」
「は、はは」
腰が抜けそうになる。人の存在とはこんなに自由自在だったのか。いや、前の話からするに雪姫さんは普通の人ではなさそうなので、そのせいだろうか。そこら辺の話も今日は聞いておきたい。
「なんかこう、ドロンってしたりボンって感じじゃないんですね」
「それじゃ魔法使いっていうより忍者じゃない。キュイン、ならまだ分かるけど」
「そうですね」
無音でいきなり現れたり消えたりするのは心臓に悪そうだ。かといって爆音であっても困るのだが。しかし、雪姫さんにこんな話が通じるとは意外である。俗っぽいところもあるんだな、と変なところで感心する。
「おい! 今いいとこなんだから出たり入ったりするな! 気が散るだろ! 」
「何がいいところよ。お客さんが来たのだからゲームはやめなさい」
「ま、まて! 切ろうとするな! せめてこの試合が終わってからにしてくれ!」
ガチャガチャと画面に釘付けになっているエヴァに、仕方ないわねぇ、と言いながら、雪姫さんは私に問いかけてくれた。
「千雨ちゃん、あきほちゃんは?」
「もう少ししたら来るそうです」
「そう。じゃあ先に何か飲み物でも飲む?」
「いえ、そんな」
「遠慮しなくていいの。お茶でいいかしら?」
「すみません。なら、お願いします」
「はい。今持って来るわ」
「雪姫! 私はコーラだ!」
「冷蔵庫にないでしょ。貴女もお茶よ」
そう言って、雪姫さんは奥へと移動していった。手持ち無沙汰になった私は、とりあえずエヴァの横に座った。
YOU WIN、と、大きく書かれた文字が画面に映った。
「何勝手に横に座っている」
「……いいだろ別に。あんた、そのゲーム好きなのか?」
エヴァはやっとコントローラを置いて、私の顔を見た。
「好きでも嫌いでもない。ただの暇つぶしだ」
「あんなにまじになってたのにか」
金髪の幼女が血を沸き立たせるようにしながらコントローラを握る姿はあまりに不似合いだと思ったが、スウェットでダラけたエヴァの格好は引きこもりのニートを彷彿させて、様になってしまっているのが少しがっかりとする。もっとお上品なことをしていれば、私もこいつに一目置いていたかもしれない。
「負けるのは嫌いなんだ。お前、前から思っていたが吉野あきほと雪姫には敬語なのになぜ私には敬語を使わんのだ」
「いやなんか歳上には見えねえし、いいかなって」
彼女が本当に600歳ならエヴァにこそ敬語を使うべきなのだろうが、初めからタメ口で話しかけてしまったので、今更敬おうとも思えなかった。
エヴァはその答えが気に食わなかったのか、私を睨みつけるように見てきた。
「分かったよ。せめて、あんた、じゃなくて名前を呼ぼう。エヴァンジェリン、は長いな。エヴァでいいか?」
「……馴れ馴れしいな」
「雪姫さんもそう呼ぶじゃんか」
「あいつはいくら言ってもやめないからもういいんだ」
なんとなく、その言い方に2人の間での力関係が見てとれた。エヴァは雪姫さんに逆らえないようだ。
「エヴァも私のこと貴様とかお前とか言うのやめろよ」
「はぁ? なぜ私がお前の言うことを聞かねばならん……って、何勝手にコントローラ握ってるんだ」
「これ二人用だろ? ばとろうぜ」
このゲームは持ってはないがゲーセンでそこそこプレイしたことはある。格闘ゲームは苦手ではなかった。
「あほか。なんでお前とやらねばならんのだ」
「なんだ、負けるのは怖いのか」
「はぁぁん?! 」
エヴァは額に筋を付けながら、すぐにもう一つのコントローラを取り出してきた。まさかここまで単純に挑発に乗るとは思わなかった。本当に600年も生きたのか尚更疑い深くなる。
「ほざいたな、貴様。ボコボコにしてやる。ボコボコにだ。もし負けたら一生私に敬語を使いエヴァンジェリン様と呼べ」
「じゃあ私が勝ったら、あんたもちゃんと私の名前を呼べよ? 」
「塵ほど可能性がないことだが、いいだろう。乗ってやる」
すぐに画面は2人バトル用に切り替わり、キャラクター選択画面となる。エヴァはすぐに強キャラと呼ばれるものを選び、私は自分の使い慣れたキャラを選択した。
『READY』
と大きく文字が飛び出すと、私とエヴァは食い入るように画面を見つめた。
『FIGHT』
○
「お邪魔します」
「あきほちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは、雪姫さん。……なにか、すごい楽しそうな声が外まで聞こえてましたが……」
「ああ、あれよ」
呆れた声でそう言った雪姫さんが指差した先では、大声で怒鳴り合う私達の姿があった。
「おい! お前同じ強キャラばっか使ってんじゃねぇよ! ずりぃぞ!」
「何がずるいだ! 貴様こそ球持ちか待ちキャラしか使わんだろうが! 鬱陶しいんだよ!」
「はぁ? それを言うなら隙あればハメ技狙って来るのはどーなんだ! 強キャラでしかもハメ技しないと勝てないんですかねぇ?!」
「修正されるまでは立派な戦法の一つだろう! 大体貴様負けたんだから私に敬語使えよ!」
「お前が『雑魚な貴様のために1ラウンドくれてやろう』とか調子こいてた時は私が勝ったんだが? ちゃんと名前を呼んで欲しいんだが?」
「あほか! あれは勝負がついた後の提案だ! 初戦の戦いで賭けは貴様の負けで成立してるんだよ! くそが! ギアスロールでも書かせるんだった!」
「ダサいよなぁー、余裕綽々で一ラウンド渡して負けて文句言う奴はなぁー、ぐ、やばい、とか言ってるエヴァはダサかったなぁー」
「殺す。貴様は絶対に殺す。骨も残さん。バラバラにしてやる」
「上等だやり返してやる」
そう言って2人は再びコントローラを一瞬で握って、キャラを決める。
何度目かの『READY』の文字がまた画面に浮かび上がった。
「死ね」
「お前がな」
『FIGHT』と表示され、コントローラが千切れるほどに気合が入った私達がキャラクターを操作しようとしたときに、画面は唐突に真っ暗になった。
「はい、2人とも、そこまでよ」
雪姫さんは、いきなりゲーム本体の電源を切った。黒い液晶が反射して私とエヴァのドアップしかそこには映っていない。
「雪姫ぇ! お前何勝手なことをしている!」
「ゆ、雪姫さん、後一回、後一回ですから!」
「駄目よ。さっきも言ってたでしょ貴女達。あきほちゃんも来たし、2人でやるゲームはやめなさい」
「巫山戯るな。もう一戦だ。こいつを血祭りにするまで終われん」
もう一度電源を付けようとエヴァがゲーム機に近付いたところで、ぴたり動きが止まった。ギギギ、と何かに縛り付けられているかのように、エヴァはゆっくりと此方を振り返る。
「き、貴様。こ、こんなことに力を使いよって……」
「……? 何かされてんのか? 」
「千雨! ゲームの電源を入れろ! お前は動けるだろうが! 」
「わ、分かった」
初めて名前を呼ばれたことに若干戸惑いを感じてしまった。まさかこんなタイミングで呼ばれるとは思っていなかった。エヴァも勢いで言ったようだったが、ゲームの電源を入れろって。もっと良い場面はなかったのか。
「千雨ちゃん」
私がスイッチに触れようとした時、背筋を這い上がってくるような悪寒がした。
「一度やめましょう、ね?」
怖かった。笑顔の裏に見える鬼のような影が、恐ろしい。怒ると一番怖いのは学校の教頭先生だと思っていたが、それは違った。世界一はここにいたのだ。
「は、はい」
「よろしい」
雪姫さんがそう言ったところで、背中に感じていた寒気が消えた。
「あきほちゃんごめんなさいね、放っておいて」
「いえ、私は全然……。そうだ。それならみんなで出来る遊びをしませんか。雪姫さん、いいですよね? 」
「あきほちゃんも楽しめるならいいわよ」
「4人用か……何かあんのか?」
「なんだ、雪姫もやるつもりなのか」
「あら、駄目なの?」
「……構わんがこういうのが出来るタイプとは思えん」
確かに私もそう思った。雪姫さんもあきほさんもゲームなどをしそうではない。しかし、彼女らがいいと言うなら良いのだろう。ゲームはやはり楽しくて、今もまだ熱が残っていた。誰かとこうして一緒にやるのは久しぶりだった。
この時の私は本来の目的をすっかり忘れていた。
「マ○カとかねぇのか? 」
「私はS○NY派だ。任○堂のゲームはない。そもそもコントローラは二つしかないぞ」
「別にテレビゲームじゃなくてもいいじゃない。ボードゲームとかないの?」
「ボードゲームか、確か暇つぶしに買ったのがいくつかあったな」
そう言って、エヴァは雑貨などを纏めている箱に向かっていった。初めてあった時の刺々しさは忘れてしまったみたいに自然体だった。年相応、ではなくて、見た目相応の彼女に、私はどこか安心感を覚える。
おもちゃ箱を漁る子供のように箱に顔を突っ込んで腰を曲げていたエヴァが、体を起こした。
「カタンとドミニオンならあったぞ」
「なんだそりゃ。マイナーゲームか? 」
「あほう。日本じゃ流行ってないだけで有名どころだ」
しかし、エヴァは何故多人数用のボードゲームを持っているのだろうか。家に誰かを呼んでやるようには見えないのに。訊いたらまた機嫌が悪くなりそうなので訊かないが。
「難しそうなのは皆が覚えるの面倒だからなしよ」
「あの、人生ゲームとかないのかな」
「ないな。あー、あと麻雀ならあるぞ」
「私は分かるが一番初心者にきついだろうそれは」
覚えることが多く、簡単でもない。このままだとトランプとかになるかな、と思っていたところで、あきほさんは意外なことを言った。
「私、麻雀できるよ」
「え? そうなんですか? 」
「うん。お兄ちゃんが好きでね、教えてもらったんだ」
「役もばっちりですか?」
「うん」
「雪姫はどーだ」
「私に出来ない遊びはないわ」
「なんだそれは……。まあいい、決まりだな」
エヴァはまた箱に近づいて、麻雀牌とマットを取り出した。
「手積みだがいいな」
「ああ」
「ふふふ、これで貴様を血祭りに上げてやる」
おかしな賭け方さえしなければ血が関わるようなゲームではないのだが、エヴァがやる気なのでよしとする。私もさっきの格闘ゲームのストレスをぶつけたいところだった。
「当然だけど金を賭けるのはなしよ」
「ふん。面白さ半減だが仕方あるまい。おい、さっきの続きだ。負けたら一生敬語だぞ」
「はっ、エヴァこそ、負けたらちゃんと名前を呼んでもらうからな」
名前を呼ぶは先程達成したのだが、エヴァは呼んだ自覚がないようでまたすぐに貴様とか言い出しそうなので、同じ内容でいく。
「あの、私もいいかな」
マットを引き、四人が四角く座りジャラジャラと牌を混ぜ合わせているところであきほさんが言った。
「エヴァンジェリンさん。私が勝ったら、名前で呼んで、くれる?」
「なんだ、まさかお前まで私に勝てる気でいるのか。舐められたもんだ」
「ねぇ、いい?」
「ふん、構わん。何でもいい。どーせ私が勝つのだから。しかし勝負を挑むなら、貴様も負けたら私に一生敬語だ、いいな?」
「うん、いいよ」
「じゃあ私はなるべく邪魔しないように手堅く打とうかしら」
そう言って、雪姫さんが仮仮親を決めるサイコロを振ってゲームが始まった。
○
ここで細かく内容を語るのは、やめておこう。
結果だけ言うと、物凄い強さを見せ付けたあきほさんが、圧勝であった。信じられない強さであった。
始まってすぐにあきほさんがエヴァに直撃で大きな当たりをして、焦ったエヴァがイカサマをしようとするも全て暴かれて、自分で点数を減らしていき自滅した。
どうしようもなく情けない負け方をしたエヴァは、何もしてない私よりも当然点数が低く、圧倒的ビリであった。
かなり落ち込み、拗ねた子供ようになったエヴァの機嫌が元に戻るまでは、しばらくかかった。
麻雀ハイライト
「ははは、リーチだ!」
「な、まだ5巡目だぞ!」
「馬鹿が、貴様らとは運も実力違うんだ!そら、ツモ……ではないな」
「ロンです」
「く、ダマか、小賢しい……。いくつだ」
「清一色純チャン二盃口平和です」
「……は?」
「数えね」
「ば、ばかな。ドラもリーチもなく、役満だと……」
「や、やべえな。当たらなくてよかった」
「つ、次だ次!」
「く、このままではまずいな……」カチャ
「……エヴァンジェリンさん、駄目だよすり替えなんかしたら」
「なに! 私の完璧なイカサマが……」
「てかイカサマすんなよ」
「く、ならば……」
「ロンです」
「ロンです」「ロンです」「ロンです」「ロン」「ロンだ」
ぐにゃ〜
○
唐突な麻雀描写で申し訳ありません。
次からは真面目に話を進めます。
そういえば今更ですがこれって憑依タグいるんですかね……。