わがはいは、わがはいである   作:ほりぃー

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あのねこはいいやつなのである

「よいしょっ」

 

 大きな傘の上で吾輩は歩くのである。この紫の傘も見慣れてくるとおつなものであるな。

 ついつい吾輩も見物している人間達が驚きの声を上げるともう一度やってあげたくなるのだ。小傘も歓声が上がるたびににこにこしているのである。

 

 ぱちぱちぱち、わーわーわー。

 

 寺子屋から出てきた人の子供達が笑っているのである。吾輩も嬉しくなってくるのだ。

 笑う門にはふくきたるというのである。それにしてもふく、とは誰であろうか。名前からして「ふと」の親戚かも知れぬな。

 そんなことで吾輩は小傘のまわす傘に乗って歩き続けたのである。

 道端で小傘と一緒に歩く練習をしていたら、もう遠くで鴉が鳴いているのである。いつも思うのであるが、遊んでいると時間は早く過ぎていくのはなんでであろう。もしかしたら時間も吾輩と一緒に遊んでいるかもしれぬ。

 

「あーつかれたー」

 

 小傘が吾輩を下ろして、言うのである。見ていてくれた人も帰って行ったから、道には吾輩たちしかおらぬ。もこおはどこに行ったのであろう。

 そういわれると吾輩も疲れたのである。もうかれこれ、どれだけ歩いたかわからぬ。小傘がよろけるたびに飛び降りたりしたから、吾輩肉球が疲れたのである。そんな吾輩の両前足を小傘が手に取ったのである。

 ふにふにと吾輩を肉球を揉んで来るのである。いい感じである。

 

「今日は久しぶりにいっぱい人を驚かせたわ! ……やっぱりなにか違う気がするけど、でもやればわたし……わちきにもできるのねっ!」

 

 ほっぺたを膨らませて小傘が吾輩を見るのである。ううむ、やはり柔らかそうであるな。それにしても、人を驚かせるのが好きとはなんだか妙な趣味であるな。そう言えば吾輩には趣味を持たぬ。そろそろ何か考えなければならぬかもしれぬ。

 

 ふと横をみるのだ。おお、お天道様が吾輩にさよならをしているのである。

 お天道様は山の間に沈んでいく時が一番きらきらしているのであるな。吾輩と小傘は並んでみているのである。吾輩の眼に映る景色がオレンジ色の変わって行く夕方は、なんとなく好きである。

 

「ふふふ。今からは夜、おばけの時間よ」

 

 小傘が何か言っているのであるが、吾輩にはとんと意味が分からぬ。

 それから小傘は吾輩を抱き寄せて、ぐりぐりと顔を吾輩のお腹に当てるのである。

 

「ふかふか~」

 

 吾輩は毛並みのケアは怠らぬのである。それによく吾輩行きつけの山の中で風呂にもはいる。吾輩は綺麗好きなのである。それにしても小傘は、あれであるな、吾輩からみてもだ――

 

 ちゅっ。

 

 吾輩の額に小傘が顔を寄せているのである。ちょっと吾輩の額が濡れた気がするのである。

 小傘は吾輩を下ろしてから「それじゃあね、ねこさん」というのだ。吾輩もちゃんと挨拶をする。

 

「うーん。猫の挨拶はわからないけど……にゃーお」

 

 吾輩の真似をしてから、小傘は片目をつぶってから舌を出しているのである。なんだかわからぬが、笑いながらであるからよいのである。

 小傘の背にした夕日がまぶしいのである。

 小傘は傘をくるりと回してから夕陽の方へからからか下駄を鳴らして帰っていくのだ。曲がり角でひらひら手を振っているのは、人間の挨拶であろう。別れるときは少し寂しいのはなんでであろう。

 影が小傘から吾輩に伸びているのだ。

 小傘も、影も手を振っているのである。影はまだ、帰りたくないのであろうか?

 それでも吾輩も頑張って手を振るのである。こう、前足を上げて。こう……、吾輩はこけた。

 

 ★

 

 寺子屋にやっと入ることができた。吾輩、ここまで来るのは長かったのである。

 ううむ、玄関は閉まっているのだ。吾輩の前足では開けるのは難しいと思わざるをえぬ。吾輩は仕方なく庭の方へ回ってみるのだ。

 それにしても吾輩は、人の見方を一つわかっているのである。

 庭が歩きやすいように掃除しているものに悪い者はおらぬ。この寺子屋も何度来ても、小石も落ち葉もあまりないのである。

 

「今日は外がにぎやかだったな」

 

 声が聞こえるのである。この声はけーねであろう。よく吾輩にいろんなものをくれるのである。

 

「寺子屋の前でまさか唐傘お化けが大道芸をしているなんて思いもしなかったけど、妹紅があの猫を連れてきたの? いつも私に会いに来てくれる猫だよ」

 

 相手はもこおであるな。吾輩はけーね達がどこにいるのかきょろきょろと探してみるのだ。

 だんだんと周りが暗くなっていくのである。そうすると、ぼんやりと明るい部屋があるのが外からもわかってくる。吾輩はそちらに歩いていくのだ。走る必要はないのである。

 

「連れてきたのは私だけど……なんだ、慧音の知り合いだった?」

「……ふふ。そう、猫の知り合い」

 

 吾輩のことを話しているようであるな。吾輩は縁側に前足を変えて「みゃー」と鳴いてみるのである。そこにはいつの間にかいなくなっていたもこおと、青い髪の毛をしたけーねがいたのである。

 

「おや、噂をすればだな」

 

 けーねが立ち上がって吾輩に近づいてきたのである。いつものを頼むのである。けーねは縁側に置いてあった水の入った盥とそこから手拭いを出して、吾輩の足を拭いてくれるのだ。

 

「お前は外の世界で言う紳士だからな。ちゃんと足を拭かないとだめだぞ」

 

 けーねよ、それは吾輩が来るたびに言っているのである。ちゃんと吾輩はけーねの言う通りいつも「紳士」であろうとしているから、心配しなくてもいいのである。

 

「よし」

 

 みゃー。

 お礼も吾輩は忘れぬ。

 けーねの部屋にあがっていく。うむ、ここの畳を吾輩好きである。巫女のところでもこの前寝転がったのであるが、こう、畳の匂いが吾輩はたまらなく好きである。そうは思わぬか、もこお。

 

「おまえ。慧音の知り合いだったとはねぇ」

 

 もこおが吾輩の顎を撫でるのである。ごろごろ。

 ごろごろ。

 いかぬ。吾輩は今日こそぱちぇに勝つために勉強をしに来たのである。もこおにかまっている暇はないのである。吾輩は顎撫での誘惑を力強く振り払ったのだ。

 

「なんだ、お腹がいいのか」

 

 もこおが今度は吾輩を掴んで腹を撫でてくるのだ。

 

「そらそら」

 

 ええい、もこおよ。そう吾輩にかまうではない。けーねも吾輩を助けてほしいのである。そう思って吾輩はけーねに助けてほしいような目で見るのだ。

 

「楽しそうだな」

 

 けーねも吾輩を見ながらうっすら笑っているのである。いや、楽しそうだななどと言ってほしいわけではないのである。吾輩は勉強をしてみなのものとこみゅにけーしょんを取らねばならぬ。吾輩はもこおの指をパンチして跳ねのけるのである。

 

「おお」

 

 悪く思うなもこお。吾輩はすーこうな思いでここに来たのである。吾輩はすくっと体を起こして、油断なくあたりを見回すのである。けーねの前に机があるのだ。そこに書物が置いてあるではないか。

 吾輩、一目散にそこに駆け寄るのである。机の上に載って広げられた書物を見るのである。おお、これはカンジがいっぱい並んでいるのである。吾輩は字に肉球をあてて、読んでみるのだ。吾輩は熱心に書物を読みふけるのだ!

 

「こらこら、その本は逆向きに置いてあるんだ。読めるのか?」

 

 …………けーねよ、それは先に言うのである。

 けーねが吾輩を抱きかかえるのである。

 

「さて、今日はなんの話をしようか。猫さん」

 

 はあ、今日もけーねの話を聞いてやらねばならぬのである。いつも長いのである。それでもけーねの話をいつも聞いていて、吾輩は、

 

 吾輩

 

 という響きが大好きになったのだ。けーねの話してくれたそーせきのねこはいいやつである。

 

 


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