はんにんは吾輩ではない。
いい天気だったので吾輩はいつも通り、神社に来てみたのである。しかし、巫女が庭のどこにも居らぬ、にゃおと挨拶しても返事もない。
吾輩は巫女がおらぬので仕方がないと諦めて、賽銭箱の近くに寄りかかって眠っていたのである。日差しがたいそう気持ちのいい日であるから、眠った時のことを覚えておらぬ。
そして吾輩が起きたら、いきなり目の前に怒った巫女がいたのだ。吾輩には訳が分からぬ。
「あんた、私のお饅頭食べたでしょ?」
巫女よ吾輩のほっぺたを両側に引っ張るのはやめてほしいのである。
とりあえず、吾輩はお饅頭を食べたことがないのである。甘いと聞くそれを、いつかは食べてみたいものであるが、吾輩は紳士であるからして盗もうとは思わぬ。
「白状しなさい!」
どう言われても吾輩にはとんと分からぬ。吾輩は無実である。べんごしを呼ぶのである。吾輩は何かけんかがあると仲直りさせにべんごしとやらが来ると聞いたことがあるのである。それにしてもべんごしとはいいやつである。
「……うー。ああもう。猫相手に言ったって仕方ないか」
吾輩を巫女がやっと離してくれたのである。
巫女はその場でうんうん唸っているのだ。それにしても心外なことである。吾輩はただ寝ていただけなのである。悪いことは一切しておらぬ。
「それに、こいつの口元に何もついていないし。勢いでいったけどこいつか魔理沙しかいないし」
ちらりと吾輩を疑いの目で巫女が見てくるのである。
しかし、巫女自身の言うとおりである。吾輩は巫女の前で口の周りを舌で嘗めてみるのである。もしも吾輩がねぼけて饅頭を食べていたのであれば、口元が甘いかもしれぬ! ……ちょっとそれはいいかもしれぬと吾輩は思うのである。
「あーもう。まだ饅頭はあるからあきらめるしかないか……」
巫女がとぼとぼとと背中を見せて歩いていくのである。
ううむ、吾輩が犯人という誤解が解けたのか、解けておらぬのかわからぬ。もやもやするのである。
★
吾輩はもやもやしたから、神社の境内を歩き回ったのである。相変わらず人があまりおらぬから、気兼ねなく散歩できる。それに巫女も掃除をちゃんとしていることを吾輩は木の陰からしっかりと見ているのである。
吾輩は知っている。安心するがいいのである。
吾輩はひとしきり神社を一周したから、また巫女の所に戻ってきたのである。ううむ。縁側で書物を広げているのである。傍に小さなお盆があるではないか、その上に栗色の何かが置いてあるのである。
吾輩は気になって寄ってみるのである。
「そこで止まりなさい」
だんっ、と巫女がその場で立ち上がって。吾輩を止めたのだ。
「あんたの疑いが解けたわけじゃないから。それ以上近寄るんじゃないわよ?」
むむむ。吾輩は饅頭など食べていないのである。こう、どこかに吾輩の気持ちを代弁してくれる者はおらぬであろうか、もしくは吾輩が喋ることができればこみゅにけーしょんがとれるのであるが……
巫女は警戒しながら座り込んで書物を読み始めたのである。仕方ないのである。吾輩もその場でまるくなっておくのである。
それにしてもいい天気であるな。最近雨も降らぬ。
吾輩はうとうとしてきたのである。ああ、寝る少し前が一番気持ちいいのである。
うむ?
なんかへんな物が見えるのである。
書物を読んでいる巫女の後ろに変なスキマがあるのである。吾輩、眼をぱちぱちさせてから起き上がってみる。
なんであろうか、空中に何故スキマが空いているのであろう。どうやら巫女は気が付いていないようであるが……にゃ、スキマが開いたら目みたいになったのである。紫色の眼が空中に浮いているのである。不気味で吾輩はびっくりしたのである。眼の中に眼がいっぱいあるのである。
おお、そこから白い手袋をした手が伸びてきたのである。
その手がお盆に乗っているおまんじゅうを摘まんでスキマの中に持って行ったのである。巫女は気が付いておらぬ。
吾輩。この目で犯人を見たのである!
巫女よ、吾輩の話を聞いてほしいのである。
「あ? なににゃあにゃあ鳴いているのよ。今いいところなんだから」
書物に夢中になっている巫女の後ろでまた、白い手が伸びてきたのだ。そうはさせぬ。吾輩はだっとその場を蹴り、縁側に乗ったのだ。
白い手にパンチをお見舞いしたのである。
驚いた白い手が紫色の眼に帰っていく。
吾輩の勝利である! おそるるにたらぬ。
「あんた、もう! おまんじゅうはあげないっていったでしょ」
ううむ吾輩の両脇を持って巫女が持ち上げてくるのである。吾輩の活躍を伝えられぬのはもどかしいところであるな。
巫女はそのまま吾輩を地面に下ろしたのである。
……まあよいのである、吾輩は謎のどろぼうを撃退したのだ。これで巫女もへいわにおまんじゅうを摘まむことができるであろう。吾輩はそう思って、その場でまた丸くなったのである。
ふと、影がかかったのである。吾輩がいぶかしく思って起き上がってみると、傘を持ったおなごが吾輩をにこにこと見ろしているのである。いつの間にきたであろうか、金髪をしたそのおなごは、日傘をさしているのだ。
なるほど、それで吾輩に影がかかったのであるな。
「げ、ゆかり」
巫女が何か言っているのである。どうやらこのおなごはゆかりというらしいのである。
ゆかりは吾輩の頭を撫でてくるのである。何だか変に手のひらが柔らかいのは何でであろう。
「こんにちは、霊夢。最近猫を飼い始めたのね」
「いや、そいつ野良よ」
なーご。
何だか気持ちよくなってきたのである。吾輩は丸くなったまま、頭を撫でられるのはなかなかに好きである。このゆかりという者もやるのである。
「野良ねぇ。でもこの子はただの野良じゃないわ」
「どういうことよ、ゆかり」
「幻想郷の賢者だって撃退したこともあるのよ?」
おお、気もちいいのである。うにゃうにゃ。
「そんな嘘を信じるわけないでしょ」
「あら、霊夢も助けられたのに……恩知らずね」
「わけわかんないわ」
ゆかりの手が離れていくのに吾輩はふと寂しくなって立ち上がったのである。耳が勝手にぴくぴく動くのである。吾輩は歩いていくゆかりの足元をなんとなくついていくのである。
ゆかりと巫女が並んで縁側に座ったのである。吾輩も昇ろうと思ったのであるが、スキマがないのである。そう思っているとゆかりが自分の膝のあたりをぽんぽんとしたのである。吾輩はにゃあと一礼してから、上るのである。
おお、中々に寝心地がよい膝である。しかもゆかりがまだ撫でてくれるではないか。
「どうみても、普通の猫ね」
巫女の声がするのである。巫女よ、吾輩はそこらの猫と一緒にしてもらっては困るのである。さっきもちゃんと泥棒を退治したのである。
「この栗饅頭を食べようとしたのよ」
だから巫女よ、吾輩はそんなことしておらぬ。何か言ってやるのだゆかりよ。
「霊夢……貴女はまだまだ修行がたらないようね。真犯人は他にいるわ」
「じゃあ、だ、だれよ」
「ふふふふ」
ゆかりが笑いながら吾輩を撫でてくるのである。ゆかりは右手に吾輩をそして左手に栗饅頭を手にして、ぱくりと食べたのである。
「お茶はあるかしら? 霊夢」
「……はいはい」
巫女が歩いていくのである。吾輩が見上げると栗饅頭をおいしそうに食べているゆかりがいたのである。吾輩もちょっとほしいのである。だから、のっそり起き上がってゆかりの肩に手を掛けながら口元についた欠片を食べてみたのである。
うまいのである!!
きのうきえたのはちぇえええんのはなしだったのですが、こっちをさきに