吾輩はぽてぽてとあてどもなく歩いているのである。
横にはあくびをしているれいせんがいるのだ。吾輩が誘ったわけではないが、たびは道連れというものであるな。旅をしているわけでもないのであるが、まあいいのである。おお、いい小石が置いてあるのだ。えい、えい。
「なーに遊んでんのよ」
れいせんも小石を転がして遊ぶのである。今なら一つ譲ってもいいのである。にゃあと伝えて見るのだ。れいせんはきょろきょろしてそのあたりの石に腰を下ろしたのだ。吾輩はころころと石を転がすのを見ているのである。
「ほーら」
おお猫じゃらしとかいう草であるな。吾輩はじゃらされはせぬ、れいせんが目の前でふりふりしても……ううむ。手が勝手に動くのである。にゃあ、にゃあ。
「あはは。はあぁ」
吾輩は猫じゃらしの先っぽのふわふわしているところをつかんでみるのだ。なかなか柔らかいのであるな。吾輩はこれがなかなか好きなのである。れいせんよ、なかなか猫じゃらしの見る目があるのである。
「ああ、薬を売ったお金がお団子に化けたなんてどうやって言い訳しよう……」
何か悩んでいるのであるな、まあなるようになるのである。吾輩はいろんな者にあったが、みんな優しいところは一緒なのである。だいじょうぶである。
「にゃあにゃあってまるで励ましてくれているみたいね」
励ましているのである。
「まあ、悩んでてもしょうがないしわ」
吾輩もそう思うのである。こう吾輩は考えることがあると地面に転がってお天道様と一緒にお昼寝をするといいと思うのだ……あ、れいせんよどこに行くのであろうか。
「かえるわ、じゃあね」
そうであるか、寂しいことであるな。吾輩はにゃあと挨拶したのだ。
行ってしまったのである。
吾輩も行くとしよう。
この先は神社であるな。巫女は今日いるのであろうか。
とてとて、ころころ。吾輩は歩くのは好きなのである。走ったら疲れることもある。今日はれいせんと一緒にお散歩できてよかったのだ。毎日何か、いいことがあるものであるな。ああ、今日も素敵な日である。ううむ、生まれてこの方、素敵ではない日がないかもしれぬ。
神社が見えてきたのだ。山の上に続く石段があるのだ。
おう? 誰か立っているのである。いや……あれは。誰か大きな傘を持った少女がいるのである。ううむ、なすびみたいな傘に大きな目玉が描かれているのだ。
目立つのである。こがさであるな。吾輩の知り合いである。
とっとと、走って近づいてみるのだ。吾輩が走るとまるで風が顔を仰いでくれるのだ。風もいいやつであるが、走ると体が熱くなるのがいかぬ。風がせっかくすずしくしてくれたに申し訳が立たぬ。
それはそうと、
にゃあ。
吾輩は挨拶をしたのだ。こがさよこんな神社の石段で何をして……
「う、うう」
くるりと振り返ったこがさは大粒の涙を流していたのだ。ど、どうしたのであろう。どこかが痛いのであるか、ああ、まだ片目だけ赤いのである。おいしゃに行かなければならぬ。吾輩は心配なのである。
「わぁあん」
むぎゅ、吾輩は抱き着かれたのである。
「このごろ人間にだいどうげいにんあつかいしかされないの……」
ううむ、ゆるせぬ。よくわからぬが弱いものをいじめてはいかぬ。だいどうげいにんというのはよくわからぬが、こがさよ悲しんでばかりではいかぬ。この前に吾輩と一緒に人里の皆を驚かせたではないか!
「あなたのせいでもあるんだからねー。このー。ねこー」
泣きながらこがさが吾輩のほっぺたを伸ばしてくるのである。両側から引っ張ってはいかぬ。辞めるのである。
やっとやめたと思ったら、こがさは吾輩を持ち上げたのである。
顔をすぐ近くにしてほっぺたをぷっくりと膨らませているのであるが、もしかして怒っているのであろうか。おおう、揺らすでない。吾輩は上下に揺らされて目の前のこがさが数人に見えるのだ。
いきなり止まったのである。こがさに「にゃあ」と聞いてみるのだ。
「肩がつかれたー」
じゃあやらないでほしいのである。吾輩はこがさのほっぺたにぱんちしたのだ。あ、動くではない。ぜつみょうなタイミングで動くから、軽く当てたつもりが強く当たってしまったのだ。
「ぎゃっ」
すまぬ。吾輩驚いたこがさに投げられても華麗に着地したのである。こがさよこちらを涙目でにらまれたら困るのである。わざとではない。吾輩は必死に訴えたのだ。
こがさははあと大きなため息をしているのだ。ちらちらと吾輩を見ながら言う。
「人里に驚かせてほしいって言われて行ってみればねこまわし、ねこまわし。私がうらめしや~っていっても全然驚いてくれないし……。もう異変でも起こして巫女を倒さないとだめかなーっておもったけど……こわくて」
ねこまわし、とは何であろうか。もしかしてこの前、傘の上で歩いたことであろうか。心外な気もするのであるが、吾輩はじっとこがさを見るのだ。泣くほどのことであるならば、吾輩も真剣に聞くのである。
じー、
じーー
じーーーー
「う、うう。そ、そんな目で見ないで。いきなりあなたのせいにしたことは謝るからー。じっと見られたらちょっとこわ……こ、怖くはないけど」
なんだか謝られてしまったのである。吾輩もまだまだこみゅにけーしょんが取れぬ。仕方なく足をなめて、落ち着くのだ。毛並みのブラッシングはいつでもせねばならぬ。紳士は身だしなみにはうるさいということである。
そういえば吾輩以外の紳士は身だしなみになると大声で叫んだりするのであろうか? うるさいというのも考え物かもしれぬ。
そうである、こがさも足を舐めれば元気になるかもしれぬ。
吾輩は落ち込んだこがさの足元に行って、素足を舐めてあげるのである。
「ひっ、くすぐったい!」
やはり元気になったようであるな。足の指がわきわき動いているのだ。吾輩下駄をはいたことはないが、……うむ? 神社の石段の上から誰か降りてきたのである。吾輩はよく確かめるために小傘のスカートの下をくぐりぬけ……
「こらこら」
なぜ怒るのである。この前のこころに怒られたばかりである。今度けいねに聞いてみねばならぬ。吾輩にはとんとわからぬ。
吾輩はこがさを見上げながらにゃあと聞いてみたのだ。いや、今気が付いたのであるが……こがさよ……真後ろにこいしが立っているのである。
「もしもーし、今あなたの後ろにいるの」
「ひぃい!? びっびっくりした!?」
こがさがすさまじい勢いでジャンプして、前方に転がったのだ。吾輩といきなり現れたこいしは目を合わせて、互いに小首をかしげざるをえぬ。こいしは片手に紙束をたくさん持って、もう片方の手の人差し指を自分の唇に当てているのだ。
それから歯を見せて吾輩ににっと笑ってくれたのである。
「こんにちはー猫さん。こんど地底でこんなことがあるけど、ごらいじょうおまちしていまーす」
紙束の一枚をくれたのである。ふむふむ、読めぬ。こがさよ、これを読んで……へんじがないのである。ぴくりともせぬ。
「ごうがーい、ごうがいだよー」
訳の分からぬことを言いながら、こいしは紙束をばらばらとばらまきながらどこかに走り去ってしまったのである。いや、これは何が書いてあるのであろうか。吾輩はもう一度こがさのおしりのあたりをたたいてみたのであるが……動かぬ、ううむ。
その紙には大勢の人が、温泉につかっている絵が描かれているのである。
まずは読める相手を探さねばならぬ、吾輩はすっと立って神社を見上げたのである。口にこの紙を咥えたのだ。