ひさびさの地面である! ……吾輩は頭をすりつけてご挨拶するのだ。
なんとなくうれしいのである。吾輩は思わずその場でくるくると歩き回ってしまったのだ。はずかしい。吾輩は我に返って、きょろきょろとあたりを見回したのである。
吾輩が上をむくと、吾輩たちが降りてきた穴が見えるのである。あそこを降りてきたのであるか、とてもすごいことである。まあ、吾輩はとちゅうの記憶がないのであるが。
「何をしているんだ、いくぞ」
先に行っているもみじの声がするのだ。吾輩はその後ろにたったか近づいて、後ろからついてくのである。こがさも傘を広げて横を歩いているのだ。吾輩と二人とお散歩であるな、だれかと一緒に歩くだけでうれしいのである。
地底の地面はひんやりしているのだ。吾輩はしゃりしゃり水気のある地面を掻いてみたり、においをかいでみたりする。
「こら、寄り道するな」
もみじに怒られたのである。吾輩は反省も得意であるから、安心するのだ。吾輩はじしんをもってもみじに答えたのだ。
「にゃあって。わかっているのかなぁ」
わかっているのである。それよりももみじもそろそろ疲れているのであろう、吾輩がだっこできればいいのであるが、少しおおきいのである、吾輩にはもてぬ。こがさよ、どうにかできないであろうか?
「鬼を驚かせれば地上ではきっと一年中おなかがへることはないわ……」
なんだかぶつぶつ言っているのである。おなかがへっているのであろうか。むらさきの傘をさしたまま、こがさは吾輩達とは違う方向に行き始めたのである。
「ぶつぶつ……ぶつぶつ」
もみじよ、こがさがどこかに離れていくのである。吾輩は呼び止めたいのであるが、行けばこんどはもみじがまいごになるやもしれぬ。だからもみじに必死に訴えたのである。このままではこがさがどこかにいってしまうのだ!
「どうしたんだ、さっきから鳴いて。それにしても疲れたわ。温泉につかってから、てきとうに写真を撮って帰……」
もみじがおしりやこしをまさぐりだしたのである。なんだか顔が青ざめているのである、大丈夫であろうか。
「か、カメラ忘れた」
なるほど忘れものであるな。とりに……は戻れぬ。わがはいともみじは空を見上げて、椛だけ下を向いてためいきをついたのだ。
ちょっと遠出したから難しいのである。まあ、こういうこともあるのだ。吾輩はもみじのあしくびに頭をあててすりすりする、元気出すのである。
「……はあ、こんな時に甘えてくるのか。ほら」
なでなで、もみじが吾輩を撫でるのである。元気づけるつもりがいい具合に……いい。
む、ものがけがから誰か出てきたのである。茶色の妖怪である! 傘を持っているのだ、なんだ、こがさである。
「こ、こけた~。椛も猫さんも私が変な道に行ってたのに言ってくれないんですか……」
うーむ泥だらけでたのしそ……いやいや、かわいそうであるな。吾輩は慰めるのである。ううむ、もみじもこがさも仕方ないのである。吾輩はほごしゃとして気が抜けぬ。もみじはこがさを見ているのだ。
「遊んできたのか」
「遊んでいるようにみえる?」
「そうとしか見えないわ。はあ。カメラを忘れて落ち込んでいるときに……」
二人してため息をつくではない、いつでも明るくいかねばならぬ。吾輩はその場でにゃあにゃあと鳴いて元気づけるのである。おお、よくわからぬが二人とも吾輩をみて小さく笑ったのである。
それからこがさが言ったのである。
「カメラがないなら絵に描けばいいじゃないですか」
「そんなご飯がないならパンを食べればいいみたいに」
「ぱん? 食べたことある?」
「一応あるけど……関係ないだろ! まあ上司には何か報告はしないといけないから、絵か……じしんないなぁ」
吾輩も絵は描いたことはないのである。いや、一度神社のろうかに吾輩のにくきゅうのてがたを描いたことはある。あの時は巫女が怖かったのである。
それはそうと先に進むのである。む、何か火が見えるのである。おおきなおおきな橋が架かっているのだ。しゅぬりであるな、吾輩はものしりなのである。
橋の向こう側に大きな街が見えるのだ。
「ついた!」
こがさがぴょんと飛んで喜んだので、吾輩も一緒によろこ……
「ぐえっ!」
下駄が引っかかってこがさがこけたのである、ううむ。ここは、あれであるな、吾輩も一緒に地面に転げておくのだ。ごろごろ。これでおあいこであろう。
「小傘。何をあそんでいるんだ」
「あ、遊んでいるように見える……? 足をくじいた~」
「はあ、せわしないやつだな。それよりも早く行こう」
「まった、まった。大切なことを忘れているわ」
大切なことであるか!? 吾輩は忘れていることを思い出してみるのだ、今朝のごはんはちゃんと思い出せる。大切なことは忘れておらぬ。こがさよ、大切なこととはなんであろうか。
「記念写真を撮らないと、せっかく旅行に来た気がしないわ。カメラはないけど、絵の練習と思って」
うんうん頷きながらこがさが言うのだ。
きねんしゃしんであるか、吾輩初めてのなのだ。撮ってみたいのである、絵しかできぬらしいのであるが、それでもいいのである。
吾輩はもみじの袴の裾を軽くかんで引っ張ってみたのだ。
するともみじが吾輩をちらりと見たのだ! わかってくれたのであろうか。
「……いや、ほら。猫も早く行きたいとせかしているから」
ぜんぜんわかっておらぬ。こがさよ何か言ってやるのだ。
「ほら、猫さんは私が説得しますから……」
「せっとく……いつから動物と話せるようになったんだ」
もみじとこがさがふもうな会話をしているのだ。吾輩は最初から反対などしておらぬ。
それでもこがさは吾輩を持ち上げて、顔を向き合わせたのだ。ほっぺたの泥が付いているのであるが、目がきらきらしているのである。
「にゃあにゃあ?」
なぁご
「にゃあ?」
みゃー
「ぐるぐる~、みゃー」
なーご。
「ふっふっふ。猫さんも賛成だそうです」
……うむ! そういうことにしておくのだ!!
さあ、もみじよ吾輩とこがさをぞんぶんに絵にするのである。もみじも観念したようである、ため息をついて手近な岩に腰かけたのである。吾輩はこがさと一緒である。
もみじは腰から竹の筒をとりだして、ぱっかり開けてから中の筆をとりだしたのだ。なるほどそうやって持ち運ぶのであるな。それに腰から紙の束をひもでとめたあれをとりだしたのだ。
「…………」
もみじよ、吾輩をよく描いてくれるようにお願いするのである。こがさも吾輩を抱いたまま身じろぎもせぬ。
もみじがさらさら何かを書いているのだ。あ、紙をぐしゃぐしゃぐしゃにして捨てたのである。それに悩んだり、頭をふったりせわしないもみじである。まったくもみじは、しゅぎょうがたらぬ。
「あの、いつまでこのままにしていればいいですか?」
「……動くな、もう少し」
こがさが聞いたら、もみじは吾輩達をにらみつけてくる。しんけんであるな。吾輩はもみじが怒ってはおらぬことちゃんとわかっているのである。吾輩は顔をきりりとさせているのである。
「できた! あ、こほん。とりあえず完成だ」
もみじが一瞬えがおになってから、すぐにぶすっとした顔に戻ったのである。
「どれどれ~みせて~」
にゃあにゃあ
吾輩とこがさは興味津々である。もみじは鼻を鳴らして、そっぽを向きながら吾輩達に絵を見せてくれたのである。
紙のなかで吾輩とこがさがにっこり笑っているのである。
吾輩がこがさをみるとこがさもにっこりしているのである。
ふむ、あっぱれ。