吾輩はいい感じの岩を見つけて寝そべってみるのである。少し泳いで疲れたのかもしれぬ。体がぬれているのでよく乾かさねばならぬ。このまま帰ったら巫女に怒られてしまうかもしれぬのはいやである。
ふむ、なんとなく吾輩は巫女のところに帰ると思ってしまったのである。まあ、いいのである。どこに行っても吾輩の庭には違いないのであるからして、これはかりかりくらい小さなことである。
……かりかりは小さいことではないかもしれぬ。あのご飯をたまにしかりんのすけはくれぬ。巫女とかりかりはどちらが大事であろうか……ううむ。巫女であるな。なんもんであった。
「なんでそんなところで寝そべっているんだ」
おおもみじである。おおもみじといっても、おおきいもみじではないのである。普通の大きさであるな。
なんだか髪がきらきらしているのである。心なしかご機嫌に見える。
全身ぬれているのは吾輩と同じであるな。お揃いである。吾輩はここでゆっくりと体を乾かすのであるからして、もみじはゆっくりと温泉に浸かっているといいのである。こがさもさっきおよいでいたのを寛大な吾輩は見ぬふりをしたところだ。
「お前、風邪をひくぞ。こっちにこい」
うにゃあ。吾輩を持つではない。
吾輩お気に入りの岩が遠ざかっていくのである。もみじは吾輩を持ったまま。温泉に浸かったのである。吾輩は足が届かぬ。両脇を持たれたまま動けぬ。
ちゃぷちゃぷ。ふむ。あったかいのである。吾輩は綺麗好きであるから、よく地上でも温泉には入るのである。あそこは吾輩のひみつのすぽっとであるな。吾輩はいんぐりっしゅにもたんのうなのかもしれぬ。
「ふぅ」
もみじもりらっくすしているようで吾輩は満足である。むむ、こがさには負けるのでるが、もみじもほっぺたがぷにぷしていそうであるな。吾輩は思わず前足で触ろうとしてしまったのである。
「こら、おとなしくしていろ。いたずら猫」
しんがいである。吾輩は紳士であるからしていたずらはちょっとしかせぬ。吾輩はこうぎするのである。するともみじは吾輩をじっとみてきたのである。
「なんだかおまえ……私が言っていることがわかるような気がするな」
もみじよ。吾輩にはわかっているのである。もみじはいい子なのである!
「まさかな。ただの猫にわかるわけもないわ」
吾輩はちょっと寂しいのである。だからにゃあと言ってみるのだ。
もみじは首をちょっと傾けて、小さく舌を出したのだ。
「おどろけーっ……だったか」
もみじよ何を言っているのであるか? 吾輩はきょとんとしてしまったのである。
するともみじは目を吾輩からそらして恥ずかし気にしているのである。
「う、ぅ。猫相手でもあいつの真似なんてするもんじゃないな」
おお、こがさのものまねであるな。吾輩も物まねは得意なのである。
にゃあ。
こがさが吾輩に言ってくる真似である。
「何鳴いているんだ?」
わかってもらえなかったのである……吾輩もまだまだなのかもしれぬ。うむ? 何かがお湯の中を泳いでいるんである。もみじよ何かが近づいてくるのである。吾輩を見るよりも下を見てほしいのである。
そんな吾輩の願いとはうらはらにもみじがいうのだ。
「うらめしやー」
何を言っているであるかもみじよ。吾輩に笑顔で舌ださなくていいのである。それよりも下から何かが、
ばっっしゃーん。
いきおいよくお湯の中からこがさが現れたのである。
「お、おどけげほげほ、ごほごほ、ちょ、ちょっとた、たいむ」
「わあ! い、いきなりなんだ!」
けほけほ、吾輩にもお湯がかかったのである。なんであろうか、お湯の下を潜っていたのはこがさであったのである。なんかせき込んでいるのだである。たいむとはなんであろうか。
もみじは本当に驚いているようであるな。吾輩がみると大きく目を開けているのである。こがさがやっと息を整えているのだ。
「驚いた?」
「お、お、驚くに決まっているだろう! お風呂くらい静かに入れ」
うむうむ。もみじにどうかんである。
「でもさっき猫さんも泳いでいましたし……」
あれは桶を沈められて仕方なくしていただけなのである。吾輩はまなーは知っているのである。吾輩は恥ずかしいことはしておらぬとむねをはるのだ。
「おまえそんなことをしていたのか……だめだろう」
もみじが吾輩をじっくり見つめてくるのである。誤解としかいいようがないのである。犯人はあのひしゃくをつかって吾輩を沈めようとした船長である。どこに行ったのであろう。
吾輩はこがさを見る。するとこがさはくすりとして肩までお湯につかったのだ。
温泉に波がたっているのである。なんで温泉はきらきら光っているのか吾輩にはとんとわからぬ。いがいとめだちやがりなのであろうか。
吾輩は不思議に思って波を前足でパンチしてみるのだ、すると別の波がくるのでパンチをするのだ。これがなかなかやめられぬ。
もみじとこがさはそのまま黙っているのである。
まあ、二人とも気持ちよさそうな顔をしているからいいのである。吾輩はそろそろ熱くなったから上がりたいと思うのであるが、もみじが吾輩を離さぬ。
「ふー」
「ふー」
おお、二人ともなんだか同じことを言っているのである。もみじが嫌そうな顔をしているのはなんでであろう。
「そういえば小傘は鬼の皆さまを驚かせに来たんだろう? どうせないでしょうけど、勝算はあるの?」
「あ、ありますよ! ほら、物陰からうらめしやーって飛び出てみれば」
「一応言っておくけど、やめておいた方がいい」
「ですよねー……。あーあ。椛みたいに驚いてくれたらいいのに」
もみじが片手でお湯をこがさにかけたのである。ふんと鼻を鳴らしてながらであるな。
「わ、やったね! そりゃ」
こがさも吾輩にお湯をかけてきたのである。もみじよ吾輩を盾にするのではないのである。にゃあ!
「ご、ごめんなさい」
いや、こがさに怒ったのではないのである。顔をお湯につけるくらい落ち込んでほしくないのである。吾輩も悪かったのである。
もみじよなにか言ってやるのである。ううむ、ぶあいそうなひょうじょうをしているのであるな。
「そもそもお前は全然怖くないんだ」
「む、そ、それなら椛も猫さんに話しかけていたじゃない、天狗らしくないわ」
「え? そ、そんなことはしていない。み、見間違えだろう」
けんかはやめるのである。お互いにお湯をかけあいながら吾輩を盾にするのもやめた方がよい。いや、やめるべきなのである。
おおこがさが吾輩を奪おうとしているのである。強く引っ張るではない。もみじもむだな抵抗をするのをやめるのである。
吾輩を間にしてこがさがもみじのほっぺたをひっぱろうとしているのだ。いや、吾輩つぶれそうでこわいのである。喧嘩はよくないのであるが、吾輩をおたがいの体の間に挟むと大変なことになりそうである。普通にこわいのである。
そう思っているともみじが立ち上がったのだ。吾輩をかかえたまま、こがさを見下ろしているのだ。吾輩ちょっと安心したのだ。
「もういい、私は上がる」
「も、もう上がるんですか?」
なんだかこがさが勝ち誇った顔をしているのだ。
もみじよ、何を震えているのであるか。
椛が吾輩を地面に下ろしてから、またお風呂につかったのだ。
こがさともみじは汗を額からたらたら流しているのであるな。あがらぬのであろうか?
「は、早く上がればいいだろう?」
「も、椛こそ早く上がったらいいじゃないですか?」
何をしているのであろうか、吾輩はお風呂の縁でのんびりするのである。
こがさVSもみじのしょうもないたたかいのまくが切って落とされた