わがはいは、わがはいである   作:ほりぃー

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さわがにとあめとにじのつめあわせなのである

 さとりの眼がぴかっとなると吾輩は昔のことを唐突に思い出してしまったのである。

 忘れていたわけではないのであるが、まあ大したことでもないのである。巫女と初めて会った日のことであるな。

 

 吾輩は暑かったので水浴びに出かけたのである。

 山の中に入ってすこし歩いてみると、吾輩の知っている川があるのである。その川には名前があるのかはわからぬ。吾輩が見かけたときからずっと流れているのである。

 

 お天道様が元気な日だったのである。おおきなにゅうどうぐもの下をあるいて吾輩はその川にやってきたのである。セミがみんみんと鳴いているので、どこにいるのかを探してみたのであるがあまりに多すぎて取るのをやめておいたのである。

 

 吾輩は川の流れが好きである。特にお昼に近くの岩で寝そべりながら流れを見るのが好きなのである。きらきら光りながら流れていく水はもしかしたらたからものが入っているやもしれぬ。

 そうおもって吾輩は前足を水につけてみてもきらきらはとれぬ。なんどすくってみてもとれぬ。ううむ、そう悩んでいた日のときである。

 

 吾輩のそばでこけて川に飛び込んだ巫女を見たのである。

 さとりよ、何を笑っているのであろう。吾輩はその時すごく心配したのである。吾輩は驚きすぎてびくと体がはねてしまったのである。

 

 吾輩がずぶぬれになった巫女を心配してにゃあにゃあと言ってみたのである。

 

「あ? なによあんた」

 

 一言目がそれであった。巫女は足が滑って恥ずかしがっていたのやもしれぬ。吾輩にはちゃんとわかっているのである。

 巫女はいつもの服と手に桶を持っていたのである。

 

「沢蟹を取りにきてとんだ災難ね。へっくち」

 

 巫女は鼻を押さえながら言っているのである。なるほど沢蟹を取りに来たのであるな。吾輩も手伝うのであると思ったのだ。沢蟹はいかぬ、ハサミもいかぬが硬いから食べられぬ。

 

 巫女はじゃぶじゃぶ足を川に入れて石をどけていたのである。吾輩もちゃぷちゃぷ川に入って水の流れを見ていたのである。吾輩が水に入ると胸のあたりまで浸かってしまうのであるこればっかりはどうしようもないのである。

 

「あ、いた!」

 

 巫女が沢蟹を捕まえてから近くに桶に入れているのである。あんなに捕まえてどうするのであろうか、その時の吾輩にはわからなかったのであるが、どことなく巫女はうれしそうだったので吾輩もうれしくなってしまったのである。

 

「今日は沢蟹をいっぱい食べれるわ」

 

 ニコニコしながら巫女が言っているのである。

 そこで吾輩は思ったのである。巫女は顎が強いのであるな。沢蟹は食べようとしたことはないのである。あの桶に入っているものたちはきっと巫女がそのまま食べるのであるな。

 もしかしたら吾輩も食べられるかもしれぬ。恐ろしいのである。さとりが涙をながしているのである。おなかが痛いのであろうか。

 おお、あそこにもいるのである、にゃあにゃあ、巫女よあそこである。

 

「あ。沢蟹。あんた見つけてくれたの? ……そんなわけないか。猫だもんね」

 

 しんがいである。吾輩はお手伝いがしたかったのである。

 そんなこんなで吾輩と巫女は楽しく沢蟹をとったのである。いっぱいとれて満足であったのであるが、いつの間にか空が真っ暗になっていたのである。

 おおきなにゅうどうぐもが吾輩達の上に来ていたのである。ぽつぽつと雨が降り始めて、ばばばと大雨になってしまったのである。

 

「い、いきなりなんなのよ!」

 

 巫女が頭のりぼんを押さえながら走り出したので、吾輩もつられて走ったのである。帰りに道は泥がいっぱいで吾輩と巫女は泥だらけになりながら一緒に帰ったのである。

 よく考えたらあの時に吾輩が巫女と一緒になる理由はなかったのであるが、なんとなくついていったのである。

 

 巫女についていくといつの間にか見知らぬながいながい石段を登っていたのである。今思えば神社に行く道であるな。いまはもう吾輩の庭である。

 石段をとてとて滑らないように歩いたのは覚えているのである。雨の日は滑りやすいのであるからして、気をつけねばならぬ。

 登り切ったときに吾輩大きな鳥居と雨に濡れている神社をみたのである。おおきなたてものだったのである。巫女はそのそばのお家に入っていこうとしたのであるから、吾輩もおじゃましようとしたのである。

 

「あ、あんた、ついてきていたの?」

 

 ついてきていたのである。おじゃまするのである。

 

「だ、だめだめ」

 

 吾輩は脇をつかまれてもちあげられたのである。このころから巫女は吾輩を家には入れてはくれなかったのである。吾輩は持ち上げられて巫女と顔を合わせたのである。

 あめのおとがざあざあとなっていたのである。

 あめの日はどことなくくらいのであるが、巫女は困ったような顔をしていたのである。

 

「はあ、玄関までよ」

 

 吾輩を玄関において巫女はひとりで上がっていったのである、一度振り向いて「玄関までだからね!!」と叫んでいたのである。吾輩はしかたなくその場に体を落ちつけたのである。

 よくふっているのである。吾輩は玄関からそとを見ていたのである。なんとなく寒いのである。

 そう思っていると上から何かに包まれたのである。見れば手ぬぐいであるな。

 ごしごし、ごしごし

 

 体が拭かれるのである、気持ちいいのである。

 

「かぜひくんじゃないわよ」

 

 顔は見えないのであるが、巫女が拭いてくれているのはわかったのである。ざあざあ雨のおとをききながら拭いてくれるのは気持ちがいいのである。吾輩はすっかりと拭かれて、手ぬぐいから顔を出してみると、

 顔に泥をつけた巫女がいたのである。

 ……巫女は口が悪いのであるが、吾輩を先に拭いてくれたのをちゃんと覚えているのである。なんとかお礼を伝えたいと思ってにゃあにゃあと言ってみるのである。

 

「なによ。どこかかゆいの?」

 

 ちがうのである。お礼を言いたいのである。

 ごしごし。

 ううむ、巫女よ、自分の心配をするのである。おお背中が気持ちいのである。いやちがうのである。吾輩は巫女の手のうちから飛び出してみれば、巫女はけげんな顔をしているのである。

 びしょぬれであるな。

 吾輩はちゃんと着替えてくるように言ってみるのであるが通じぬ。むしろ吾輩を拭こうとするのである。

 そうであるな。吾輩はこのころから巫女が口は悪くてもやさしいことをちゃんと知っていたのである。

 そうであるな。吾輩はあの時のお礼をちゃんと言っていないのである。いつのまにかこみゅにけーしょんのことばかりを考えてしまったのである。いかぬいかぬ。ちゃんと思い出すことができたのである。

 

 さとりが吾輩を見ているのである。さとりの顔は優しい気がするのであるな。

 

「そうですか。ちゃんと思い出すことができましたか?」

 

 大丈夫である! もう忘れたりはせぬ。それと沢蟹は巫女がちゃんと食べ方を教えてくれたのである。まあ、一匹もくれなかったのであるが。けちんぼなのである。

 でもそれもあの雨の後にお庭で作っていたのである。虹が見える雨上がりは気持ちよかったのである。

 

「私もたんなる興味だったのだけど、あの巫女にもそういうところがあるのね……」

 

 さとりよこんど巫女と追いかけっこして遊んでみるのである。遊んでみるといいところがよくわかるのである。

 

「私が巫女とおいかけっこ? ふふ。考えておきましょう。それと」

 

 さとりが吾輩に向かって言ったのである。

 

「ふふ、紳士な貴方に必要なものをひとつあげましょう。それまで地底を楽しんできなさい」

 

 さとりはぱちり片目を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

 


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