「あっはっは。悪い悪い。いきなり驚かせてしまったね。許せ、許せ天狗」
吾輩の前にゆうぎが立っているのである。いや吾輩は座り込んだままのもみじに抱かれているのであるから、もみじの前にゆうぎが立ってるのであろうか。これは難題である。
もみじよどう思うであろうか、しかしそれにしてももみじの腕の中は安心できるのである。きっともみじががんばりやさんだと吾輩が知っているからであろう。
「…………」
もみじが口を開けてゆうぎを見上げているのである。おめめを開けると綺麗であるな。
それにしてももみじの歯はとがっているのである。まるでいぬのようなところであるな。いやいや、これは失礼であろうか、まるで吾輩のようなのである。
なんとなく……開けている口に前足をいれてみたくなってしまっ、おお、危ないのである。もみじが口を閉じるのに巻き込まれるところであった。
「ほ、星熊勇儀様」
「硬いなぁ」
ゆうぎがしゃがんで顔を近づけてきたのである。片手には盃を持っているのだ。ちゃぷちゃぷ音がしているのである。
「勇儀……あー。一応序列はつけないといけないのか。じゃあ、勇儀様でいいよ」
「あ、はい……?」
「せっかく天狗が地底に来たんだ。あいつらどうせ地上ではまたお前ら白狼天狗をこき使っているのかい?」
「あ、はい……」
「そりゃあまた、変わらないねぇ。で?」
「あ、はい?」
もみじが同じことばかり言っているのである。しっかりするのである。
「ほしくま……勇儀様! わ、私は決して地底を争うなどと思ったのではなく。あの天邪鬼がこの猫を誘拐したので取り返そうとしただけです。決して、そのあの」
なんか焦っているのである。もみじよおちつくのである。吾輩も同じことを思ってしまったのである。
「わかった。わかった。勝負で白黒はっきりつけるんだね」
「へ、へええ??」
勇儀がにっこり笑っているのである。笑顔はいいことなのである。もみじも笑っているのであるがなんだかひきつっているのである。吾輩がにゃあと言って励ますのである。もみじは笑っていた方がいいのである。
それにしてもせいじゃとこがさはどこに行ったのであろうか、おお、せいじゃは屋根の上で眠っているのである。なんだか全く動かぬ。
「あいつ、頭打ったのか……」
もみじの言葉に吾輩ははっとしたのである。急いで駆け寄りたいのであるが、その前にゆうぎが顔を寄せてきたのである。角が近いのである。なんだかうれしそうであるな。
「いや、退屈しててねぇ。どうせ勝負するならぱあっとやらないとな。あっはっはっは」
にゃあにゃあ、吾輩もぱあぁとやるのは好きである。
「おお、おまえもそう思うか」
ゆうぎが吾輩の前足をつかんだのだ! あくしゅであるな! 吾輩は満足である。
「い、いえ。そんな、もう猫はここにいますし。それに天邪鬼も気絶していますし。……小傘はどこに行ったんだ……?」
「ああ、あの青髪のことか? すまないけど、さっきので屋根から落ちていったよ。まあ、あれも妖怪の端くれなら大丈夫だろう」
「い、いつもながら不憫な奴……あ。いえそれよりも勇儀様。勝負と言っても天邪鬼も気絶しておりますし」
「ああ、いいよ、どうせ準備にはちょっとかかるからね」
「じゅ、じゅんび?」
「ああ」
にやりとしているのである。吾輩はゆうぎが楽しそうなのである。
からんからんと勇儀は下駄を鳴らしながら屋根の上を歩くのである。どこに行くのであろうか、このおやしきの前は大通りであるな。もみじが吾輩を抱いたままたちがあるとよく見えるのである。
ゆうぎが息を吸っているのである。それから、叫んだのだ。
「野郎どもぉ!!この星熊勇儀のもとに酒をもって集まれぇ!!!!」
おお、体が後ろにいくのである。もみじが吾輩のみみをふさいでくれているのであるが、なんだか顔につよい風が当たってくるのである。ゆうぎは声が大きいのであるな。
うむ? なんだかいろんなところから大きな鬼やら、妖怪やらが集まってきたのである。
――なんだなんだ!
――酒が飲めるのか!
――勇儀姐さんのもとへ集まれ!
どっどっど。どたどたどた。
地面が揺れているのである。地震である。久しぶりであるな。地震にも吾輩はにゃあと挨拶するのである。久々にあったらするのである。
「な、なんだ!? 何が起こっているんだ」
もみじがきょろきょろしているのだ。おお、町中から煙が上がっているのである。
「あ、あれは土煙だ。ま、まさか」
「ほーい」
しゅたっと近くに誰かが降りてきたのである。なんだくろだにであるな。
「土蜘蛛、なんでここに」
「え? なんかあるんでしょ? ただ酒が飲めると聞いて」
「す、すでに尾ひれがついてる。というかまさか地底中の妖怪が」
「くるんじゃないの? みんな暇だし」
「……あ、ああ」
もみじよ落ちるのである。しっかり抱いてほしいのである。……なんか青い顔をしているのである。元気出すのである。にくきゅうを触ってもやぶさかではない。
おお、どんどん妖怪が増えていくのである。
笛の音が聞こえるのだ。よく見れば屋敷の下にはでみせもできていくのである。
がやがや、わいわい。
いつの間にかゆうぎは屋根に腰かけてにこにこしているのである。お酒をくいっとのんで言うのだ。
「ぷはぁ。こんなもんでどう?」
「え、え? あの」
もみじよ元気だすのである。吾輩は応援しているのである。まあ、なんで元気がないのかわからぬが。勇儀は不思議そうな顔をしているのだ。
「あ? まだ足りないのかい」
こくびをかしげているのである。キョトンとした顔であるな。吾輩も同じようにこくびをかしげてみると、ゆうぎはにっこりして立ち上がったのである。
わしゃわしゃと吾輩を撫でてくれるのである。
「こいつ私の真似をするとは」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
荒っぽいのであるな。しかしこれはこれでいいのである。
わいわい、わいわい。
いい匂いがするのである。それに下のでは提灯がつられているのである。楽し気であるな、行きたいのである。前足をばたつかせてみるのである。
おお、よく見ればこがさも屋根の上に登ってきたのである。
「うう、ひどいめにあった、それにしても今から何かあるの?」
吾輩はにゃあと挨拶するのだ。なんだか久しぶりな気もするのである。
「にゃあにゃあー」
にっこりこがさも挨拶をしてくれたのである。もみじも何か言うのである。
「こがさ……笑っていられるのも今のうちだからな」
「え? ど、どういうことですか」
こがさは傘をたたんで。浴衣の着崩れを直しているのである。髪をふたつむすびにしているのであるが、なかなか似合っているのである。そんなこがさの背中をばしばしとゆうぎがたたいたのである。
「おお、気が付いたかなにかの妖怪!」
「え? あなた誰」
「私は力の星熊勇儀。いい勝負を期待するよ」
もみじがこがさをひっぱったのである。吾輩は片手もちであるな
「こ、こら小傘! こちらは鬼の中でも山の四天王と恐れられる方だ」
「……鬼……、ふ、ふっふっふ。ここであったが百年目ですね!」
きらきら、目を光らせてこがさ飛びあがったのである。もみじが驚いているのである。吾輩もちょっとだけ驚いたのは秘密である。
「地底に鬼を驚かせに来たんだから! えっと勇儀さん。勝負よ!」
「ほう。私に勝負を挑むとは腕に覚えありか! いいよ、その喧嘩買った!!」
もみじが今にも泣きそうな顔をしているのである。
どこか痛いのであるか。吾輩心配である。ちゃんと痛いときは言うのである。