ひまであるな。
吾輩はなずーりんに抱きかかえられたままでやることがないのである。いい天気であるから、あくびがでてしまうのである。ううむ、いかぬこういう時にもちゃんとしなければならぬのである。
ゆらゆら、ゆらゆら。
……にゃむにゃむ……はっ! いかぬいかぬ。眠ってしまうところであった。なずーりんが歩くたびに心地よく揺れるのであるから、吾輩もふかくにもゆだんをしてしまったのである。
なずーりんを見ればちょっとだけ目があったのである。
「…………ふん」
なずーりんが吾輩を見てそっぽを向いたのである。ちゃんと前を向いて歩かねば危ないのである。吾輩はそれをちゃんと注意したのである。そういえば、吾輩はいつも前を向いて歩くことではちゃんとしているのである。
「ここだよ、ここ」
にとりの声に吾輩はむくっと体を起き上がらせようとしてできなかったのである。抱きかかえられたままでは難しいのである。そう思ってもぞもぞしていると、なずーりんが吾輩の両脇から手を回して抱きなおしたのである。
そうではない。そうではないが、うむこれでもいいのである。
ちゃんと前が見える。今日はちゃんとしていることが多いのである。いいことであるな。
みれば多くのお茶碗が並んだお店であるな。さっきいろんなところで見たお店よりもいっぱいある気がするのである。
ござの上に多くのお茶碗が並んでいるのである。みせばんはにとりと同じような格好をしたおかっぱの少女であるな。吾輩がもぞもぞしていると、なずーりんは地面に下ろしてくれたのである。
「ああ、重かった」
ありがとうなのである。吾輩はお礼も欠かさぬ。けいねよほめるのである。
けいねはしゃがみ込んでお茶碗を眺めているのである。
「にとり。随分といろいろとあるんだな。河童が焼き物をするとは初めて聞いた気がするけど」
「ちっちっち、なめてもらっちゃ困るね。我々は日々いろんな研鑽を積んでいるのさ。この前作ってみた焼き物を焼く機械で人間たちよりも多く作れるようになったんだよ」
きかいとはがんばりやさんなのであるな。いつか会ってみたいものである。
けいねの足元にいくとけいねは吾輩を撫でながら「どれがいい?」と聞いてくるのである。
吾輩が見るところ、ううむ……悩むのである。前足でちょんと触ってみたりするとおかっぱの少女が「ああ、だめだめ」と言ってくるのである。げせぬ。
けいねはひょいと一つのお茶碗を取り上げてみたのである。おお、色が桜のようであるな。吾輩は大好きである。
ひょいとけいねのひざもとに上ってみるのである。
「わっ」
そのままお茶碗をじっと見つめていると、慧音が言うのである。
「これがお気に入りかな? ……にとり、これちょっと形がゆがんでいるみたいね」
「……ああ、そういうのをおりーべとかいうとか、外の世界ではね」
「もしかしてあんまりうまく作れなかったけどいっぱい作ったから売りに出したとか」
「……ごそーぞーにお任せするよ、でもあくどいことはしてないぜ」
にとりもそっぽを向いたのである。
うむ、うむむ、おかっぱが吾輩を撫でてくるのである。なかなかうまいのである。そこである、その首のあたり。おかっぱも「うふふ」とか言っているのであるな。
「そういえばこれは一つおいくらなのかしら? にとり」
「これくらいだよ」
にとりがけいねへ指を立てて見せているのである。何が面白いのであろうか、吾輩にはわからぬ。それよりもおかっぱよ。肉球を触るのはあれであるな。まあいいのであるが……やさしくするのである。
「それは高すぎるね」
けいねが何かが高いと言っているのである、そうである高いのである。よくわからぬが。
「いやーお客さん。これ以上は難しいよ。我々だってただで作っているわけじゃないからね」
にとりも言っているのである。そうであるぞ、むずかしいのである。けいねとにとりは何かを言い合っているのであるが、吾輩にはとんとわからぬ。なずーりんよわかるのであろうか? なずーりんはしゃがんでお茶碗を手にもっては戻しているようである。
「ご主人様のことだから底が深い方がいいかな……。意外と柄とかにもうるさいんだよな……おい、君」
にとりに話しかけているのである。にとりは「なに?」と答えるのである。
「その桜色のお茶碗をその先生が買えないなら私が貰う、お代はちゃんと払うからいいだろう?」
「まいどー」
にっこりとにとりが笑っているのである。
「ま、まってくれ」
けいねが慌てて止めているのである。吾輩はついに仰向けになっておなかをなでなでしてもらっているのである。ごくらくとはこのことであろう。
「この子もお茶碗を気に入っているようだ。ここはちゃんと決めよう」
そうである、けいねの言う通りちゃんとすることは大切である。よくわからぬが吾輩もすくっと立ち上がってみるのである。吾輩はけいねとにとりとなずーりんを見回して、にゃあ? とところで何の話をしているのか聞いてみたのである。
「ふふ、やはりこの子もお茶碗がほしいんだ」
けいねよ。何の話であろうか。
「いや、お金を私が出すと言っているんだから他をあたってくれよ」
なずーりんよ当たったら痛いであろう。何を言っているのであるか?
「金さえくれれば別にどっちでもいいよ。じゃんけんでもして決めれば」
けいねとなずーりんがにとりを見て「この河童は……」と一緒に言ったのである。仲がいいことはよいことである。吾輩はうれしい……おぉ、けいねに抱きかかえられたのである。そして前足を持たれたのだ。
「わかったナズーリン。じゃんけんをしよう」
「はあ? なんでそんな子供のようなことをいやに決まって」
「買い食いのことをばらすよ」
「ろ、露骨じゃないか! くそ、わかったよ」
おおぉお! これはもしかして吾輩はじゃんけんをできるのであろうか! うれしいのである。吾輩はじゃんけんは初めてのことである。慧音が吾輩の両前足を持ってゆらゆらさせているのである。
なずーりんははあ、とため息をついてから首をこきこきならしているのである。
「なんだこの勝っても大してうれしくない勝負はさっさと終わらせよう。さいしょーはぐー」
うむうむ。なずーりんはやる気がなさそうな声を出しているのである。吾輩の前足をけいねがフリフリしてくれるのである。
「じゃーんけんぽん」
なずーりんは手をかにさんのようにしているのである。吾輩は自信をもって前足をぷらぷらさせているのである。
「これはこの子の勝ちだな」
おお、けいねよ吾輩は勝ったのであるか?
うれしいのである。よくわからぬが、勝ったのである。
「ま、待ってくれ。そいつはどう見ても手のひらをそのままにしているからパーをだしているじゃないか!」
「いや、ちょっと肉球を丸めている。これはグーだよ」
「お、横暴だ! 解釈の違いじゃないか」
あきらめるのである。なずーりんのかにさんも頑張ったのであろうが、吾輩には及ばぬ。吾輩はみゃあとなずーりんに声をかけてみたのである。するとなずーりんは「な、なんだそその目は。ば、ばかにしているのか」と言ってきたのである。いや、別にしておらぬ。
「それじゃあ、にとり。これをもらうよ」
「まいど」
けいねがにとりにお金を渡しているのである。それからにとりはとてとて吾輩のところにやってきたのである。おお、またまだ抱きかかえられたのである。にとりは目を光らせていいかおをしているのである。
「まいど!」
白い歯を見せてにとりが笑ったのである。