吾輩は散歩が好きである。ぽてぽてと何も考えることなしに歩いていると、ふといいことを考え付いたりするのである。吾輩は何も考えていないつもりであるが、景色をみていると頭に浮かぶことがあるのだ。
吾輩はそんなわけで堂々と街道を歩くのだ。お天道様が少し傾いてきたお昼過ぎであるから、すれ違う人間達はせわしくなく歩いてくのだ。
おお、布都ではないか。と吾輩は知り合いにはちゃんと挨拶をするのだ。
「おお、おぬしは」
布都は良い娘である。布都はかがんで吾輩の顎の下を触って来る。ごろごろ。
「おぬし。元気であるか」
布都も元気そうであるな。それでは吾輩は忙しいから行くのである。布都も名残惜しそうに手を振ってどこかに行くのだ。それにしてもどこに行くのであろうか、たまたまあの娘にであったが、人はいつもどこに行くのであろう。何をしに行くのか気になるところである。
意外と本人達にも分かってはいないのかもしれぬ。それは吾輩とて同じであるが、そもそも散歩とはそういう物であろう。
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散歩とは近くへの旅であろうな。と吾輩は神社へ帰る道が遠いことに気が付いてから思ったのである。調子にのって遠くまで来てしまったかもしれぬ。野宿してもよいのであるが、たまには神社へ顔を出さねば巫女が寂しがるかもしれぬ。
吾輩は紳士であるからちゃんとご機嫌を伺いに行くのである。その時に煮干しを少し分けてもらえればいう事はにゃあしかないのである。
とは思うのであるが、今日はもう神社は遠いのである。幻想郷は吾輩の庭のような物ではあるのだが、ままならぬ。仕方ないので吾輩は草むらに腰を下ろして欠伸をしてから、今日の予定を立てるのである。
おお、そうだ。りんのすけの所であれば雨露しのげるかもしれぬ。吾輩はそう思って体を起こしてから歩き出した。胸を張りつつ、尻尾を振りながら歩くのが紳士な歩き方なのである。そういえば前に知人に渡した鈴はどうなったのであろうか、なんとなく思い出したのである。
魔法の森という所があるのである。吾輩もたまに入るのであるが、人間だけで入るのはあまりおすすめせぬ。吾輩も最初入って迷ったことがあるのである、あの時はありすと会わなければ吾輩はお腹がへってしまったかもしれぬ。
しかし、今日は入らぬ。こんどありすにはせみでも持って行ってあげようと思っている。きっと喜ぶであろう。吾輩がそんなことを思いながらぽてぽて歩いていると、目的の場所に着いたのである。
大きな木の下にこじんまりとしたお店がある。そこには「香霖堂」と書かれているが吾輩には読めぬ。ふむ、あれは漢字であろう。裏手には大きくて、頑丈そうな倉があるのである。その壁に立てかけられているのは外の世界のじてんしゃとかいう物であるな、その周りにも珍妙なものが並んでおるのである。
あれはどーろひょうしきだとかてれびだとかとりんのすけが言っていたのである。外の世界の何かしらであるが、吾輩にはとんとその使い方が分からぬ。吾輩はそんな使い方の分からぬものにもにゃあと挨拶をしておくのである。いつか物にも心が宿るやもしれぬ。
吾輩には暖簾は高い。入口から入るといつも通り中は暗いのである。そこには吾輩にもわからぬいろいろなものがあるのだ。りんのすけには困ったものである。吾輩も光る物くらいはひみつのねぐらに集めているのであるが、ここには所狭しとガラクタが置いてあるのである。
まあ、吾輩には良い寝床になるので許してやるのである。さて、りんのすけは今どこにいるのであろうか。そう思って吾輩は店の中を歩き回ってみるのである。外はもう暗くなる手前であるが、店内はもっと暗いのである。
まあるいランプにほのかに点る明りを頼りに吾輩はきょろきょろとりんのすけを探す。しかし、よくよく考えれば吾輩夜目は効くのである。半端なあかりで目をぱちぱちするから、くしくしと顔を掻いてみる。
おお、誰かいるのである。吾輩はカビの匂いのする棚と棚の間をするりと抜けていくのだ。そこには樽に腰掛けて本を読んでいる妖怪がいるのである。なんでわかるかというならば、髪の毛が白と青で角が生えているならば人間とはいえぬ。
「……」
吾輩はその本を読んでいる妖怪に頭を下げてそろそろと離れるのだ。こういうところで邪魔をせぬのが紳士のたしなみといっていいであろう。
物音がした。今度こそりんのすけであろうか。吾輩はあわてて飛び出したが、近くのガラクタの山を崩してしまったのである。後ろでなにか小さな驚いた声がするのは、聞こえないこととするのである。
吾輩が音のした方へ行ってみるとまたりんのすけではない。むう、いつになったら食事にありつけるのであろうか。前にりんのすけに分けてもらった「かりかり」をまた食べたいものである。
「あら、ねこのお客さん?」
そこにいたのは妙なシャツを着た娘であった。首輪のような物を付けて、そこから鎖が三本伸びているのである。その鎖には一つ一つ色の違う「ボール」がついて宙を浮いているである。頭の上にボールを乗っけているところが珍妙としか言えぬ。スカートも妙な柄である。
「奇妙なものを置いてある店があるからって来てみたけど、店主は留守。ざんねんね、猫さん」
ふむ、りんのすけは留守であるか。吾輩は少々肩を落とすのである。この娘も何かを探しに来たのであろうか、手に持っているのはやはり吾輩にもよくわからない何かである。小さなリングと手のひらより小さな箱に見える。
「ああ、これはポケットベルよ。懐かしいから手に取ってしまった」
吾輩の目線で察してくれたのか、娘は応えてくれた。しかし、ぽけっとべるとはなんであろうか。いんぐりっしゅであろうとおもうのである。
しかし、その変なシャツの娘はその疑問には応えてはくれぬ。ぽけっとべるなるものを適当に棚に押し込んで、腰をかがめて吾輩を撫でる。
「こんなところで迷っているなんて、迷子……迷い猫?」
吾輩は迷ってはおらぬ。ただ、娘とはやはりこみゅにけーしょんはとれぬ。
「まあ、ここには忘れられたものが集まっている。この猫が迷い込んでしまったのもそれだけの理由かもしれない」
言っている意味が分からぬ。しかし見上げれば物が詰まった棚。天井にも何かわからぬものが吊ってあるのである。そういえば、この物たちも迷い込んだのかもしれぬ。
だがよいではないか、迷い込んだ先でも楽しめるであろう。吾輩は迷ってはおらぬが、明日はどこに行くかは知らぬ。それより変なシャツではあるがよい手つき、ごろごろ。
「お客さんか」
りんのすけの声がするのである。吾輩と変なシャツは声の方向を見て、同じように動くのである。おお、この娘裸足である奇妙な。吾輩はその横をするりと抜けようとして、尻尾が触ってしまったのである。
「く、くすぐったい」
変なシャツがよろけて棚に手を突こうとするので吾輩を無視してかけよったりんのすけが抱き留めたのである。ちょっと吾輩を抱くときのような形で変なシャツをりんのすけがかかえておる。
「あぶないな。倒れたら一大事だった。商品が……」
吾輩はそれを傍観しているのである。ふむ、昼頃も思ったのであるが吾輩は今日であった者が何者で、何をしているかを知らぬ。そう考えるとむくむくと知りたい気持ちが湧いてくるの感じる。
ところで棚の間から本を抱えた妖怪がなぜか顔をむくれさせて突っ立っているのである。何か怒ることがあったのであろうか。