最近吾輩は良い発見をしたのである。行きつけの神社のお参りする場所にさいせんばこなるものがあるのだ。吾輩はそれに乗って一つお昼寝をしてみたのであるが、これが中々に良い。偶に来る参拝客にはしっかりと挨拶もしておるから巫女も文句はないであろう。
中を覗き込むとほとんど何も入ってはおらぬ。お金を入れるというが、おかねという物を何故人が欲しがるのか吾輩にはわからぬ。あれは嘗めてみたが、どうともいえぬ味である。
あれを貰えるのならば、吾輩は煮干しの方がよい。そんな形で吾輩は賽銭箱の上で思索にふけっているのである。
「あんた、なにやってるのよ」
吾輩は体を起こす。見ればちょっと怒った顔の巫女が立っているのである。手に持った箒が怖い。まあ、落ち着くのだ巫女よ、吾輩は何もやってはおらぬ。たださいせんばこの上を少し借りているだけである。
「降りなさいっ!」
巫女が箒を吾輩に向けて振ってくるものだから、吾輩はバッと飛び上がって避ける。ううむ。急な事だったので巫女にとびかかる形になった。
「ふゅぎゃ」
失敬。顔にのしかかってしまったのである。巫女が変な声を出している。
すぐにどこう。だが巫女よ、気に食わぬからと言って暴力はいけぬ。吾輩はそう冷静になるように「にゃあ」と鳴きながら地面に降りる。見上げてみれば巫女はこめかみをぴくぴくしながら怒っておるのである。
これはいかぬ。
吾輩はまるでウサギのようにその場から離れた。後ろから巫女の声がするが、ううむ。少し申し訳ないかもしれぬ。あのさいせんばことやらはそんなに大切なものなのであろうか。ならば今度は蝉の抜け殻でも入れておけば許してくれるであろうか。
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さて、今日は神社には行けぬ。
そうだ、寺に行くのである。
今日はあのひじきはおるであろうか、うむ。たしか名前はひじきであったと思うのであるが、うろ覚えかもしれぬ。それにしても昨日りんのすけにご馳走してもらった「ひじきのかんづめ」とやらはうまかったのである。
――ふむ。消費期限切れていても食べられるのか。缶詰とは便利な……
りんのすけが意味の分からないことを言っておったのが気になるところではあるが、吾輩は思いもかけずにご馳走にありつけてよかった。吾輩は昨日のことを思い出しながらとことこ道を歩くのだ。
神社から見れば人里の向こうに「寺」はある。中々遠いので片方に行けば、もう片方にはいかぬが今日は仕方ない。前に行ったときは夜であった。
お天道様が真上から少し傾くくらいの時間歩くと、目的のお寺に着いたのである。
しっかりとした瓦葺の門がその目印である。神社の鳥居なるものの方が大きいが吾輩こんな門の方がよじ登っていけるので好きである。屋根に上ってお昼寝はまた格別なのだ。
「おぬし。おぬし」
うむ。なにか声が聞こえてくる。吾輩は背筋をピンと伸ばして、あたりを伺うのである。こういう時には耳を立てておいた方がよく物音が聞こえるのである。
よく見れば門の中の陰にいるのは見慣れた烏帽子である。ふとではないか。いつも真っ白な服を着て、妙な被り物をしているからよくわかるのである。ふとは吾輩につかつかと歩み寄り、しゃがんだ。顔が近い。
「奇遇であるな。我も今からこの寺に忍び込もうとしているのだ」
吾輩、別に忍んではおらぬ。
「この前には神社の軒下で会ったが今度も太子の命でな……」
こそこそあたりを伺いながら吾輩の耳元に話しかけてくるふとであるが、こんなところで四つん這いになって猫に耳打ちしている者は怪しいのではないだろうか、相も変わらず隠れるのが苦手そうである。
ともあれ、元気そうで何より。吾輩はとことこ物陰に歩いていくと、ふとは「ど、どこにいくのだ」という。いや、目立ちそうにない物陰にふとを誘導しているである。そう思っているとふとが吾輩を抱きかかえてため息をついたのである。
「全く猫は気ままだな。あまりうろつくと寺の者に追い出されるであろう」
どうやらふとも吾輩が寺の者に追い出されないか心配してくれているようである。吾輩とふとは言葉は通じぬが気は合うかもしれぬ。
ともあれ旅は道連れという、ふとは吾輩を抱きかかえたままこそこそと目立ちながら中に入っていくのだ。ふと、いや不意に気が付いたが人に抱いてもらいながら歩くと楽ちんである。石畳の階段の左右の木々、その影が揺れているのだ。
「ふう、ふう。お、もい。猫を抱えて階段はきついであろう……」
なかなか石段は続く。左右に赤い「毘沙門天」と書かれた幟(のぼり) が整然と並んでいる。あれは何と読むのであろう。吾輩はふとににゃあと聞いてみる。
「ふ、ふふ。我を応援してくれおるのか」
なにか別な感じで伝わったようである。まあいいのである。
石段を吾輩とふとが昇りきると、広い広場に出た。ここで祭りなどすればよい塩梅になりそうである。そして石畳自体は真っ直ぐに続き、その先には大きな本堂があるのだ。吾輩はいつもあそこでひじきに何か貰っている。
「げっ。いちりん」
ふとが何か驚いている。見れば青い髪で袈裟を着た少女が近づいてくる。
吾輩は初めて見るのである。濃い藍のフードを被って、胸元に赤い宝石を付けているのである。もしや、ふとのいう「いちりん」とは名前であろうか。
ふとはきょろきょろとあたりを見回して、吾輩を持ったまま、横にあった赤い幟の裏に隠れた。いや、ふとよ。幟の後ろなど丸見えであろう。吾輩は真剣な顔をしているふとが見つかる前に囮をしてやろうと思うのである。吾輩はふとの右手を嘗めた。
「ひっ」
高い声をだしてふとは吾輩を離してくれたのである。さっさと吾輩は走り去る。もちろんさっきの広場に出るのだ。ちゃんと近寄ってきていた「いちりん」も吾輩に気が付いたようである。
「あ、猫だ」
吾輩は地面の剥き出しになっているところに寝そべって首を掻いてみるのである。この隙にふとを逃がそうというのであるが、ここから見れば幟からふとの足が見えている。ううむ。隠れるとか以前の話であろう。
しかし、いちりんは吾輩に近づいてくるのである。何故かニコニコしながら、腰をかがめて話しかけてきた。この少女意外に派手な服を着ているのだ。この袈裟爪でちょっと破いてみたい、ううむいやいや紳士な吾輩は人様の物を粗末にはせぬ。
「今日はなんできたのかにゃ?」
妙な話し方をするやつであるな。
「おまえは聖様といっつも遊んでる猫ね。聖様は留守よ」
おおう何故か頭を撫でてくるのである。そういえばひじきではない「聖」であったな。昨日のりんのすけのひじきしか頭になかったのである。いちりんよ感謝するのである。
「そうだ! 実はお前が来るかと思って煮干しを少し持っているのよ、ほらおたべ」
にゃあにゃあ。そういえば聖と遊んでいる時に後ろの方に「いちりん」もいたのである。今思えば遊びたそうな顔をしていたのだ。煮干しうまい、うまいのである。かりかり。
「おいしいかにゃ?」
微笑みながら聞いてくるいちりんに吾輩はにゃあと答えると、嬉しそうにしているのである。しかし、吾輩は驚いた。いちりんの真後ろにふとが口を押えて、笑いをかみ殺しながら見下ろしている。
な、何故隠れておかぬ。吾輩は怒ったのである。せっかく囮になったというのに、と吾輩は抗議の声を上げるのだ。
「な、何でいきなり怒っているの……あ」
後ろを振り向いたいちりんがふとを見て固まっている。
逆にふとはこらえきれぬとばかりに高笑いした。