吾輩はどこにいるのであろうか。さっきまでぬえと一緒に寝ていたと思ったのであるが……。そもそもぬえもおらぬ、代わりにおるのが
「おや、どうしましたか?」
ながーい帽子をかぶったどれみーであるな。うむ……、吾輩はどれみーのことを知っていると思うのであるが、なんだかあまり思い出せぬ。前にあったことはあると思うのである。
どれみーはふよふよと浮かぶ桃色のぼーるのようなものに乗って、ぱらぱらと本を読んでいるのである。吾輩も読んでみたいものである。どれみーは吾輩をじとっとみて、言うのである。
「それなりに長く生きてはいますけど、私も猫さんの夢に何度も入るなんてそうはなかったわ」
ぱたんと本を閉じたのである。
「……」
どれみーは片手を上にあげると、手のひらに小さな桃色の玉を出したのである。それからにやっと吾輩に笑いかけて、ぽいっと吾輩に玉を投げてきたのである。
吾輩は子供ではないのである。このようなボール遊びはもうやらぬ。こう、ぱんちして、のってみて、ごろごろして、ううむ。たのしい。
意外と弾力があるのである。吾輩はコロコロ転がして遊んでみるのである。おお、どこに行くのか! 吾輩は転がっているボールを追いかけていくのである。
「……くすくす、それにしても猫さん。なんだか不思議な気……のようなものがまとわりついていますね」
今忙しいのである。ごろごろ。
「不幸でも呼びそうなものが体についてますよ。もしかして、最近貧乏神にでもなでなでされました?」
うむ? びんぼうがみとはなんであろうか。びんぼーとはあれであるな、巫女のことであると誰かが言っていたのである。意味はわからぬ。がみとはなんであろうか……。
「ふふ、これも何かの縁。まあ、私にはどうすることもできませんが、ここ数日は気を付けていた方がいいかもしれないわ……」
どれみーが本を開いたのである。ぱらぱらと風もふいていないのにページがめくられていくのである。
「漱石の猫にも最後には悪いことはありましたけど、貴方は……そうですね。信頼するような相手と一緒にいればきっと大丈夫でしょう」
ごろごろ、やっと「こつ」を掴んできたのである。ボール遊びもなかなか侮れぬ。
「……あの、聞いています?」
……も、もちろんである。ちゃんと聞いていたのである。吾輩はじっとドレミーを見てみるのである。ふよふよと浮かんでいるのは不思議であるな。
どれみーは吾輩とじっと見つめあってから、うっすらと笑ったのである。
それからウインクしたのである!
☆
「んんぅ」
いたいっ。吾輩はころころと飛ばされたのである。な、何が起こったのであろうか? よく見るとぬえがすごい寝相で寝ているのである。暑かったのであろうが、吾輩もいたかったのである。
吾輩はぬえに近寄ってなにゃぁーと威嚇して見るのであるが。「えへへ」とぬえは笑ったのである。……なんだか幸せそうであるな、まあいいのである。
それにしてもさっきまで誰かとあっていた気がするのである。なんだか悪いことが起こることがあるから気を付けるように言われた気がするのであるが……誰であったか。それにしても悪いこととはこわいのである。
「ぅん」
ごろりとぬえが寝返りを打っているのである。とても幸せそうであるな。おお、二度も幸せそうなになるとはぬえは幸せ者である。
吾輩は昨日と同じように朝に起きてしまったようであるな。外から明るい光が入ってきているのである。吾輩はその場で大きく伸びをしてから、毛並みのめんてなんすをするのである。ぺろぺろ。くしくし。
今日はなにをするべきであろうか、そう思っているとけいねがやってきたのである。目をぱっちり開けているのである。流石である、それに比べてぬえはだらしがないのである。
「あ、起きていたのか。まあそちらさんはまだおねむのようだけど」
けいねは吾輩の顎の下をこしょこしょしてくれた後に縁側の障子をからりと開けたのである。うむ、まぶしい。今日もいい天気であるな。しかし、まだ涼しいのである。
吾輩はとてとてあるいて縁側から外に出たのである。
「お、おい、もう行くのか?」
うむ。世話になったのである。まあ、また来るのである。今度はけいねにセミの抜け殻でも持ってきてもいいかもしれぬ。吾輩はけいねににゃあとお礼を言ったのである。紳士としてわすれるわけにはいかぬ。
「まったく。せっかちな奴だな。また、いつでもおいで。せっかくお前のお茶碗も買ったんだから」
また来るのである。吾輩はとてとて歩いて、門をくぐったのである。
☆
今日は何をしようかと思いながら歩くのは結構楽しいのである。朝は涼しいから、吾輩は散歩も好きである。最近は忙しかった気もするのである。そういえば地底から戻ってきて、吾輩だけになったことはほとんどなかった気がするのである。
吾輩は人里からちょっと離れた場所で丸くなってみるのだ。たまには木陰でのんびりするのもいいかもしれぬ。
そうである。吾輩はまたたびを取りに行くつもりだったのである。思い出したのである。すぐにすっと立ち上がって、きりりと山の方を向いたのである。
それからのんびり歩きだすのである。急ぐことはないのである。いずれつく、と吾輩は知っているのである。
お天道様が吾輩の真上にのぼるまで競争である。吾輩は負けたことはないのである。休まずに歩いているとちゃんとつくのである。
とてとて、としばらく行くと向こうから誰かやってくるのである。髪をまとめた着物の少女であるな。あと後ろにいるのは……おお!
吾輩はだっと駆け寄ったのである。にゃあと挨拶をすると、椛も驚いたような顔をしているのである。
「わっ、びっくりした。お前か……」
なんだか今日はもみじもおしゃれであるな。しっかりした着物を着ているのである。
「なに? 椛。その猫は知り合いなの」
「え、ええ。ちょっと」
「あ、もしかして文の奴が言ってた猫ってこの子ことなの? へー」
もう一人の少女も吾輩をなでなでしてくるのである。ううむ、いいのである。ニコニコしているのであるな。手に板のようなものを持っているのである。それを吾輩に向けて。
ぱしゃっ!
! びっくりしたのである。吾輩はもみじの後ろに隠れたのである。
「お、おい。毛が付くだろう」
なんだかひどいのである。
「あはは。とりあえずこれが一枚目ね。この調子で文の奴をぎゃふんといわせられる写真をとってやるわ」
「はたてさん……なんで私まで人間の里なんていかないといけないのでしょうか?」
「はたて、でいいわよ椛。いいじゃない、私だって人里なんて一人で行くのはこわ……つまらないし。これも仕事よ」
はたては両手を組んでうんうんと頷いているのである。
「はぁ、普段引きこもっているから……」
もみじが何か言っているのであるが、吾輩には聞き取れぬ。
はたてはむすっとして言うのである。
「だって、文の奴がまーた私の新聞を念写に頼るだけのありきたりな新聞っていうのよ! 敵情視察もかねて、取材にいくのよ」
「だ、だからなんで私まで、この前の休みは地底で消えましたし」
「……な、なによ。甘味くらい奢ってあげるわよ」
「……………………………ぅ」
もみじがちょっとうつむいたのであるが、吾輩が下から見ると嬉しそうである。もみじははっと吾輩を見たのである。
「ち、違うからなっ!!」
「何で猫に言い訳しているのよ、あんた」
そうである。吾輩なら言い訳はせぬ。
はたてはもみじの背中を押しながら行くのである。