吾輩はこがさの顔をちゃんと覚えているのである。なすびのような傘を持っていたらこがさであるな、間違いないのである。
「猫さんだ」
猫さんである! いや……わがはいはわがはいである。吾輩は後ろ足で立って前足をこう、伸ばしてみるのである。するとこがさは吾輩の前にしゃがんで、両手を前に出したのである。
「たーっち」
おおぉ、こてん。
吾輩は倒れてしまったのである。「たっち」とは何であろうか、吾輩にはわからぬ。しかし、こがさよ危ないのである。吾輩はにゃーと抗議したのであ。
「あっあっ。ご、ごめん」
なでなで。
うむ。許すのである。
「それにしてもなんでこんなところに猫さんがいるのかしら?」
こがさが小首をかしげたので吾輩もやってみるのである。こがさの大きなおめめに吾輩の姿が映っているのである。なかなかなりりしいのである。
「あっ。あれ? あそこにいるのは椛?」
こがさが指を指したのである。吾輩はそうであると答える前にこがさはとてとてお団子屋さんの前に歩いてったのである。吾輩もついていくのである。
戻ってみるとはたてがお茶を飲みながらわがはいに「おかえり」と言ってくれたのである
わがはいもちゃーんと「ただいま」と答えたのである。
「まるで言葉がわかっているみたいね」
ずずずとはたてはお茶を飲んでいるのである。吾輩はもみじを見るとこがさがその周りをぐるぐるしているのである。何をしているのであろうか。
「椛? 今日はすごいおめかししているじゃない。どうしたの?」
「うるさいな……唐傘風情には関係ない。私は忙しいんだ」
「……お団子食べるのに忙しい? くす」
「……!! う、うるさい! そもそもなんで妖怪のお前が普通に人里にいるんだ」
「え? 人里でよく子供たちと遊んでいるから……」
「な、何を言っているんだは? ああ、もうとにかく帰れ」
おお。もみじがこがさを押しながら「かえれ」と言っているのである。こがさも負けずに胸を張っているのである。ううむ、どっちも負けないでほしいのである。
「こがさ……小傘。ああ、あの記事で椛と一緒に地底に行ったとかいう!」
急にはたてが立ち上がったのである。手に持った湯飲みからお茶がこぼれたのを吾輩はかれーに回避したのである。
「椛、このえっと小傘にインタビューをしてよ」
もみじにはたてが言うのである。
「えっ、なんで私が、こんなところでいつもの人見知りになってもらっても困るんですけど……自分でやってください」
「ひ、人見知りで言っているんじゃないわ。ほら、文の記事ではあいつの第三者視点ばかりだったからあんたとこの子のインタビュー記事は行けるわ」
はたてはひとみしりさんであるか。大丈夫である。おなかをこう見せれば誰でも仲良くなれるのである。吾輩はよく知っているのである。
「えっ、インタビューって」
こがさもキョトンとして聞いているのである。はたては椛のちょっと後ろから言うのである。
「いや、貴方は鬼を倒した唐傘としてちょっと有名になっているのよ。まあ、倒したっていうかあれだけど。独占インタビューって記事ならきっと受けると思うわ」
「……鬼を倒した……有名……えへへ」
こがさが頭を掻きながら幸せそうであるな。いいことである。それにしてもインタビューとはなんであろうか。吾輩も食べたいのである。いや、食べ物かはわからぬが。
そう思って、吾輩ははたての足元をすりすりして見るのである。
「ん?」
はたては吾輩をひょいと持ち上げたのである。
「インタビューしてくれないとこの子がどうなっていいの?」
はたてが吾輩を撫でながら言うのである。するとこがさも笑顔で言うのだ。
「ななんだとーひれつなー」
はたてはひれつなのであるか。吾輩はそうは思わぬ。もみじもきっとそう思うのである。
吾輩はもみじに聞いてみるのである。
「お前も茶番に付き合わされて大変だな……」
ちゃばんとはなんであろうか? お茶は飲んでみたいのである。
★
「そこでちぎってはなげ、ちぎってはなげと活躍したのよ」
もぐもぐとこがさがお団子を食べながら言うのである。うむうむ。吾輩もあの時は楽しかったのである。
吾輩ははたてのひざ元で丸くなって聞いているのである。はたては「うんうん」いいながら手元の紙に何かを描いているのである。吾輩がちらっと見てみるのである。
『多々良小傘はお調子者である。話を盛るところがある』
なんと書いているのかは読めぬ。きっといいことが書いてあるのである。おお、そうである文字はわからぬが、じっと見ているとなんだかわかるような気がするのである。
ううむ、ううむ。きっとこう書いてあるのである。
こがさともみじはなかよしである。吾輩も仲良しである。はたてもなかよしである。
うむうむ。
はたてもなかなか良いことを書くのである。そうお思ってにゃあとほめてみるのである。はたては吾輩を見下ろして白い歯を見せて笑ったのである。
「それにしてもはたて。これから貸本屋に偵察に行くんだろう。そろそろ行かないでいいのですか?」
「なーんか椛。敬語と混ざってへんなしゃべり方しているわね」
「そりゃあ、まあ」
ずずずともみじがお茶をすすっているのである。それから言ったのである。
「小傘もお茶、熱いから気をつけろ」
「はーい。ありがと。でもまあ、お茶でやけどするような妖怪なんていないだろうけど」
はたてともみじが黙ったのである。吾輩は尻尾をふりふりしてこがさに合図をしてみるのである。
「おいしい」
こがさは幸せそうである。これでいいのである。
「あっ」
むっ? はたての声で吾輩は気が付いたのである。吾輩の頭の上にお客さんであるな。イチョウの葉っぱである。吾輩はよく遊んでやっているのである。いっぱい落ちているところで寝るといい音がするのである。
まだ紅くはないのであるな。はたてが指でつまんでくるくるとしているのである。
「そういえば今年はいつかもみじも紅葉するかしらね」
「誰が紅葉なんてするか!!」
「え?」
「え?」
はたてともみじが顔を見合わせているのである。少し遅れてこがさも「え?」と首をかしげているのである。
はたてはにやりと笑って、手元のイチョウをもみじに見せているのである。すると、もみじが口を開けて何も言わずに下を向いて、
見る見るうちに、かぁーっと赤くなったのである!
「おお。紅葉した!」
こがさが何か言っているのである。はたてもにこにこしているのである。
おう、もみじが吾輩を引き寄せて抱っこしたのである。吾輩で顔を隠すのは構わないのであるがくすぐったいのである。
「……文さんには秘密ですよ」
はたては「わかっているわよ」と言って、こがさは「秘密秘密」と軽く言っているのである。もちろん吾輩もしゃべったりはせぬ!
★
お団子屋さんを後にして吾輩達はとことこ歩くのである。
なぜかこがさもついてきたのであるが吾輩はうれしいのである。
「小傘、なんでお前まで付いてくるんだ」
「なんとなく」
「なんとなくで付いてこられても困るんだ」
「猫さんはいいの?」
「猫は……」
ちらっともみじが吾輩を見たのである。
「猫はいい。お前はダメだ」
「かささべつー」
吾輩はゆるされたのである。
「あんたたち、とりあえずあそこが目的の場所ね。なんだか思ったよりも時間がかかっちゃったわ」
先頭を歩くはたてが言うのである。吾輩がとてとてその前に行ってみると、ちょっと向こうにほんのり大きな建物が見えるのである。表には「鈴奈庵」と架けてあるのであるが吾輩は、よめぬ。