とある男の独白
別に誰かに褒め称えて欲しかったわけじゃない。
生きた証をこの世に残したいと思っていたわけじゃない。
自分の名前を広めたいという十代の子供じみた承認欲求を満たしたかったわけじゃない。
俺にはどうしても見過ごせない現実があって。
俺には決して裏切れない理想があった。
その現実は、誰もが知りながら目を逸らしてきたもので。
この理想は、誰もが一度抱き、そして捨ててしまうものだ。
俺はそんな現実が許せなかった。
俺はこの理想を放棄できなかった。
ただそれだけのことだった。
数百年にわたる一族の悲願だとか、宇宙人の世界征服計画だとか、人類史の再編だとか。
そんな物語にある御大層な動機で動いていたわけでは決してないのだ。
そこらの道に転がっている石と同じくらいありふれた、いっそ陳腐と呼ばれても仕方がないほどに使い尽くされた動機。
俺を主人公として書いた物語が出版されれば、こう評されるだろう。
三流にすらなれない駄作。
大赤字で初版打ち切り間違いなしの糞作品。
大手通販サイトのレビューで軒並み星一評価が付くだろう。
それも嫌がらせでなく、本音で。
俺自身はなんてことのないただの凡人。
神の血なんて引いてないし、宇宙人にアブダクションされて使命を言い渡されてないし、時を渡る怪人でもないし、数億年地球を観測し続けた人工生命体でもない。
何処にでもいる、平凡なただの人間。
つまりは、貴方のような誰かである。
だからこそ、平凡で、ありきたりで、他人から馬鹿にされるような理想を張り続けた。
大国の大統領も、高名な宗教者も、財閥の社長も、IQ200の科学者も。
御大層な肩書を持つ人々は、力を持った人々はしなかった。
誰も彼もがしなかった。
だから、俺がした。
何処にでもいる平凡な七十億分の一が実行した。
骨肉、血液一滴、細胞一片にいたるまで。
全身全霊、一分一秒も漏らさずに。
『俺』という存在の全てを掛けて。
いつも誰かが捨て去って、いつかの誰かが祈り続けた理想を形にしようとしてきた。
人としての正しさ。
社会が持つべき責任。
人類が償わなければならない罪。
俺の理想の説明に古めかしい宗教の古書も難解な哲学論を持ち出すつもりはない。
この理想は誰にでも、そう子供にすらわかる至極単純なものなのだから。
全ては上手く行っていた。
全ては上手くいくはずだったのだ。
俺の理想は―――
あの日、あの時。
始点となる終着点。
最後の決戦の時。
仲間全てを失って。
俺の取るに足らない失敗で。
―――砕かれたのだ。