ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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ep.09 そして日常は崩壊する

18

 それでは、コルテ大規模討伐戦までに一体何があったのかを記述しよう。

 

 

 レーヴァテインがシンとラーメンを食べにいった翌日。奏官だけでなく、街の住民にもコルテに迫る危機について発表された。一万体の異族という絶望的なまでの暴力を前にして、住民たちの緊張はかつてないほどに高まった。住民の一部では街を離れようとする動きもあったようだが、教会がそれを引き留めた。どうせ街の外に出ても、彼らが生き残る保証はない。むしろ生存の可能性は下がる。キラープリンセスを伴わない人間など、異族たちにとっては格好の獲物なのだから。教会側の遅すぎる対応を非難する勢力もあったが、彼らに対しては発表同日に教皇庁から街にやってきた枢機卿が討伐戦が終わった後に糾弾を受ける、と会見したために完全に封殺された。教会の教皇に次ぐ権力者がそう言ったのだから、ただの一般人が口を出せるはずもなかった。ただ不満を持っている人々が口を閉じたのは、教会に逆らったらどんな目に遭うかわからない、という無言の暴力が背景にあったこともここに付け加えておく。

 シンに置いてけぼりをくらったレーヴァテインはというと、シンの知り合いであるカルロの所に預けられた。彼女はシンの自分勝手さに静かに憤慨し、戻ってきたらブン殴る、と心の中で決意した。預けられたカルロは「他の奏官に自隊のキラープリンセスを預けるのはよろしくないけど、彼ならば事情があるのだろう」と全面的にシンに信頼を置いているらしい。レーヴァテインからすれば、昨日出会ったばかりの人間に信を置くのは愚かとしか言いようがないが、カルロ隊のキラープリンセスはそう思ってないようだ。よほど自分たちの奏官を信頼しているようだった。 

 またレーヴァテインはカルロから思わぬ情報を得ていた。

 ラーメン屋でシンが落としたあの部品。どうやら教会の地下墓地から帰ってくると手にしていたらしい。カルロが言うには、「一応今回の騒動の原因は潰したましたが、おそらく手遅れでしょう」と言っていたとのことだった。意味のわからない言葉にレーヴァテインは眉を顰めたが、シンがこの場にいない以上確認がとれないのでどうしようもないことだった。それにあの男の意味不明さは今に始まったことではない。すっかり慣れてしまったレーヴァテインは、すぐに気にしなくなった。シンが知ったら「冷たくないっ!?」とか言いそうだが、知ったことか。自業自得である。

 さて、正式に一万体の異族の襲来が知らされてから教会の動きは迅速だった。今回の総指揮官であるトナティウや位階の高い奏官たちによって作戦が決定されたあとは、三日間街の外でひたすらに隊の間での連携訓練が行われた。今回の討伐戦はいかに早く討伐戦を終わらせるかが重要になる。そのための隊と隊との連携だ。各キラープリンセスの得手不得手を上手く嚙み合わせることが連携の意義となる。そのためにより丁寧に、より時間をかけて連携訓練は行われた。

 レーヴァテインを含めたカルロ隊が連携を組むことになったのは、運よくマイア・ガレットの隊だった。奏官同士、キラープリンセス同士が一度共同戦線を張ったことがあるだけに連携の完成度は高く、二人の隊のキラープリンセスの不足を補うタイプのレーヴァテインが加わったことでかなりの安定性を得た。唯一の問題はレーヴァテインが独断先行をしてしまわないか、ということだったが、そこは上手く手綱を握るしかないというのが両奏官の見解だ。

 コルテの街の人々はとういうと、戦う力を持たないためにただただ見えない恐怖に怯えていることしかできなかった。恐怖にさらされ続けていることによって発生したストレスのはけ口は、常日頃忌避の対象としているキラープリンセスに向けられた。そんなこと、別段なんの不思議もないことだ。自然すぎる話であった。例えるならば、ボクシングの選手が普段殴っているサンドバックに対して八つ当たりをしている、といった具合だ。いつも殴っているものを、改めて殴った所で気おくれすることなどない。つまるところ、大規模討伐戦当日を迎えるまでに街の人々がしたことは、特別に奇妙なことではなく、人間として当然のことだった。行き場のない憤りを、都合の良い何かにぶつける。まさに人間らしい行動である。

 

 

 以上のことがコルテ大規模討伐戦までにコルテの街で起こった出来事だ。そして、現在は大規模討伐戦、その当日である。

 

 

 冥花の平原に一陣の風が吹き渡る。それを一身に受けたレーヴァテインの長い銀髪は容赦なく掻き乱された。

 彼女は鬱陶しげに顔に掛かった髪を振り払いながら、遥かな地平を紅の瞳で見つめている。

 教会の予測では、太陽が空の真ん中の真ん中に至ったとき、時刻にして午前十時ごろくらいから、白の猛威はあの地平よりやってくるとのことだった。あともう少しで、彼女が立つ場所は戦場と化す。

 ただ地平を眺めている彼女の心境が如何なるものか。戦の前の緊張かもう負けは確定しているという諦観か、それとも別の感情なのか。彼女の無表情からは伺い知ることができない。

 だがシンならばこう答えるだろう。

「彼女がああいう顔をする時は静かに闘志を燃やしてるんだ。彼女はそういうキラープリンセスなんだよ」

 しかし、結局のところ誰がなんと言おうと推測でしかないために真実かどうかは定かではない。

 しばらくレーヴァテインが地平を見つめていると、マイアが近づいてきて彼女の肩を叩いた。

「何してるんスか?レーヴァテイン」

「……別に…ただ眺めてただけ……」

「そうッスか」

 それだけで会話は途切れる。けれど、二人の仲は悪いというわけではなかった。これが二人の距離感の最適解だ。

 レーヴァテインは基本的に誰とも関わりたくないし、マイアは奏官としてキラープリンセスとの距離感を心得ている。

 そういった点では、レーヴァテインにとってマイアはシンよりも居心地が良い相手だったりする。

「あいつ結局帰って来なかったッスね」

「……」

 マイアが、彼女にしては珍しく、憂いの表情で呟いた。

 「あいつ」とは言うまでもなくシンのことだ。5日前よりあの男はレーヴァテインたちの前に姿を現していない。

 あの男のことを心配する様子を見せるマイアを不思議に思ったレーヴァテインは思わず言ってしまった。

「……意外…気にしてんたんだ……」

「そりゃ、気にするッスよ」

「……蛇蝎の如く嫌ってたでしょ……」

「確かにあいつのことは嫌いッスけど、それでもやっぱり死なれるのは嫌ッス。誰かが死んで嬉しいことなんてあるわけないんスから」

 マイアの表情は暗い。やはりもうシンは死んでしまったのだと決めつけている。

「……悲しむのは勝手だけど…今は討伐戦前…集中して……」

「分かってるッス。しっかり街を守るッスよ。でも、レーヴァテイン、少し冷たすぎるんじゃないッスか?自分の奏官なんだからもっと気ならないんスか?」

「……特には……」

「流石にそれはないじゃないスかね。いくら短い間とはいえ一緒に旅をした奴何スから、少しくらい気にしたっていいだろうに!」

 あまりにも素っ気ないレーヴァテインの物言いに、マイアの頭に血がのぼる。今にも掴み掛かりそうな勢いでレーヴァテインに詰め寄った。 

 けれどレーヴァテインは彼女のことなど歯牙にもかけずに、こう続ける。

「……あらゆることには終わりがある…永遠なんてあり得ない……どんな出会いにもどんな関係にも終わりが来るのなら…それを認めれば良い……そうすれば別れは特別なことなんかじゃない……」

 レーヴァテインにとっては死も別れも何もかもが織り込む済みのことなのだ。だから、それらに直面した時に心の動きは生まれない。

 覚悟があるならば、決して動じることはない。そんな彼女心の在り方はまるで鉄のようだった。

 一歩引いたマイアはレーヴァテインの言葉を咀嚼して、意味を理解して、怒りが引いた後、ただの感想としてこう思った。

「それはとても寂しいッスね」

 

 

 コルテの街を囲む砦の前にて、カルロは自隊のキラープリンセスと共にいた。

 彼の隊のキラープリンセスは弓、杖、銃と遠距離特化型の編成となっており、極端に偏っている。

弓のキラープリンセス、アルテミス。濡羽色の髪の妙齢の女性。体躯に似合わぬ長大な弓を振るう狙撃者だ。体にフィットしたライダースーツを着ているが、完全にはチャックがしまっていない。そのため胸元が露出している。何故上まで閉めないか、と聞かれると彼女は決まって、「胸が潰れて苦しいのです」と答える。聞いた一部キラープリンセスが激昂したのは言うまでもない。

同じく弓のキラープリンセス、アポロン。彼女とアルテミスは擬似的な姉妹関係にある。髪色は赤。そこから彷彿とさせられるように非常に活発な性格だ。姉のアルテミスとは違って、羽を花束のように纏めたアクセサリーを両手両足に付けて、胸部は白い帯で覆い、太ももを露出させるほどに丈が短いパンツを履いているという随分解放的でエキゾチックな格好をしている。尚アポロンは胸が無いので、胸部を十分に隠しきれている。なので全くもってエロティックじゃないからご安心を。

銃のキラープリンセス、フライクーゲル。彼女を表す端的な言葉は、ピンク髪の溌剌ガール。彼女から見て左側で長い髪を纏めていて、頭には白いカウボーイハットがある。上半身は青いビキニのようなもの、下半身は白のぴっちりとしたスカートを履いて、その上に白を基調とした前面が割かれた袖のないコートを羽織っている。銃のキラープリンセスである彼女はこの討伐戦において近接戦闘系キラープリンセスの支援に回る。

杖のキラープリンセス、アスクレピオス。金色の髪を持ち、白で統一された服とミニスカートを着て、ピンク色のジャケットを羽織るという最も普通な格好をしている。彼女は戦闘よりもマナを利用した治療を得意とする回復役。今日の戦いでは戦闘部隊の後方に待機して、傷ついたキラープリンセスの治療に専念することになっている。

 さて、今回の戦いでは弓のキラープリンセスは砦の屋上から異族を捕捉して射撃するという役割を与えられている。別行動を取る弓のキラープリンセスは戦闘の渦中にいるわけではないため、暴走の危険性は低いと判断されて奏官は付き添わないことになっていた。

 そのため、砦に入る前カルロは自隊に所属するアポロンとアルテミスに念を押す。

「いいかい?少しでも気持ちが変だと思ったら、すぐに戦闘を止めるんだよ」

「大丈夫です、マスター。決して深追いはしません。危険と判断したら即刻戦闘を中断し、精神の鎮静に努めます」

「そうそう、お姉ちゃんの言う通り、だいじょーぶ、だいじょーぶっ!まったく、マスターは心配性なんだからさ〜」

「…アルテミス、アポロンを頼む」

「…はい、十全の注意を払います」

「二人とも、どうしてボクを生温かい目でみてるのさーっ!」

 アポロンは隙が多いため、二人は心配なのだった。

「別に私だけじゃないし、フライクーゲルだって絶対やらかすしっ!」

 信頼されて無いことに機嫌を損ねたアポロンは、フライクーゲルに指差して言った。

「ホワッツッ!なんでワタシがそこででてくるわけぇ〜」

「どの口が言ってんのよ。アポロンに言われるのも当たり前じゃない。どれほどマスターの指示したと思ってんの、アンタはっ」

 心外だと驚いたフライクーゲルにアスクレピオスが制裁として頭に拳骨を食らわせた。

 アスクレピオスのために言っておくと、彼女は直ぐに手を出すような短気な性格ではない。むしろ文句を言いながら最後まで助けてくれる優しい性格――俗に言うツンデレさんだ。

 彼女が実力行使に出たのはこれまでの積み重ねがあるからであり、フライクーゲルがどれほど指示無視をしてきたかがよくわかる出来事だ。

 フライクーゲルは拳骨が当たった場所を抑えながら、涙目でアスクレピオスを見て恨めしげに言う。

「いったぁ〜い。アスクレピオスぅ〜、加減してよぉ〜」

「うっさい。だったら気をつけなさいっ、この馬鹿っ。誰が一番苦労してると思ってるの!」

「回復役のアスクレピオス」

「わかってんなら注意しなさいよっ!」

 再び激突する拳と頭。

 二回目はちゃんと加減した。

 

 

 騒がしいカルロ陣営とはうって変わって、完全に冷え切ってるのがマイア陣営だ。

 いや、もしかしたら今日で死ぬかもしれないのだから、カルロ隊より張り詰めているマイア隊の方が正しいのかもしれないが、それにしても静かすぎる。

 なんていうかもう、空気が死んでいた。少しの会話もないのだ。

「…………」

「…………」

「(おろおろ)」

 マイアの隊に所属するキラープリンセスはパラケルスス、アイムール、ミストルティン。

 誰も彼もが口を開かない。ミストルティンは話しかけようとしているが、自分の会話能力に自信がないため中々話しかけることができていなかった。彼女は というよりもミストルティンという個体は 積極的にコミュニケーションを取る性格ではない。むしろ苦手としている方だ。シンに話しかけたのは人助けという大義があったからで、今二人に話しかけようとしているのは、同じ隊だから仲良くしたいという思いが苦手意識を勝ったからである。

同じ隊ならば気負わなくても話せるだろうと思うかもしれないが、ミストルティンは最近マイア隊に入ったために、二人とはあまり打ち解けられていない。そういう事情と生来の自信の無さがあって、彼女は最初の一言を切り出せずにいた。

とはいえ、うじうじしていても仕方がない。ミストルティンは自身を奮い立たせてこう言った。

「えっと…今日は…良い天気です…ね」

言った。言い切った。なんの捻りもないけど話しかけることが出来た!ミストルティンは心の中で(やりました!マスター!)と歓喜の雄叫びを上げていた。

しかしながら、その喜びは直ぐに消え去ってしまうこととなる。

「天候の安定は非常に好ましい。今回の任務では些末な悪影響も大敗に通ずることが予測される」

 これがアイムールの返事。

「雲の様子から今日一日は晴天でしょう。(わたくし)としては自作の湿度計等でより正確にデータを取りたいところです」

 そして、これがパラケルススの返事である。

 アイムールは敵を駆逐することしか考えていないし、パラケルススは研究にしか興味がない。

予想の斜め上を行く返事にミストルティンのちっぽけな勇気は吹き飛んでしまった。

再び訪れる気まずい沈黙。

 奏官(マスター)が居る時は上手く三人の間で会話が成り立つのだが、生憎とマイアはレーヴァテインの側にいる。よって、この空気を打破できるものはいない。

(早く帰って来て…マスタぁ~)

 涙目のミストルティンのSOSは誰にも聞こえない。

 

19

 コルテの街とは天上世界にある他六つの街とは設備的に異なっている部分がある。

 それは堀の有無だ。

 街には大抵水を張った堀が存在する。堀は異族の侵入防止のために作られた。異族は泳げない。そのため水に沈めてしまえば、大抵死ぬ。今まで行われて来た防衛戦では、やはり堀を活かした作戦で成功してきた。

 しかしながら、コルテには堀がない。最も有用な作戦を封じられて、奏官とキラープリンセスたちは空前の大規模討伐戦に臨まなければならなかった。

 最大の盾がない。けれど、そんなことで怯む主従たちではない。

 彼らは堀の代わりに頑丈な丸太を組み合わせて作った柵を大量に用意した。丸太の柵をコルテを中心に異族が侵攻してくる方角へと何層にも分けて展開した。丸太の柵とコルテの間には空白地帯を用意して、戦闘に投入される順番待ちの主従や暴走の兆候が見られるキラープリンセスの一時の休息場として利用することにしている。

 コルテとは反対側、すなわち討伐戦が繰り広げられる戦地では第一陣の主従たちが並び立つ。今日の討伐戦は戦闘持続力が重要だ。よって全ての主従を一度に投入するのではなく、第五陣にまで分けて異族の小グループが途絶えるごとに順繰りに投入していくこととなる。

 かくいうレーヴァテインやカルロ隊、マイア隊も第一陣の投入戦力であった。

「総員配置に着け!これより作戦を開始する!」

 時は刻限より十分ほど前。総指揮官トナティウの緊張に満ちた言葉が平原に飛んだ。

 指示を受けて第一陣の主従たちが戦列を整える。二、三隊での連携に重きを置いているので、全ての隊が同じ動きをするのではない。混戦を招かないように、戦場を区画分けして隊を割り当てている。最悪取りこぼしてしまった異族が居ても、丸太の柵で足止めを食らっているうちに砦の屋上に陣取っている弓のキラープリンセスに討伐してもらえれば十分だろう。

 どのような連携を採用するかは各隊のキラープリンセスの構成によって奏官たちが判断する。カルロ隊とマイア隊はやはりレーヴァテインを中心にして作戦を構成していた。やはりというのも、現在の両部隊に所属するキラープリンセスの中で、彼女が最も平地での大規模戦闘に特化し、戦闘持続力に優れているいるためである。

 カルロ隊のアスクレピオスとフライクーゲルは遠距離系であるし、マイア隊のアイムールはモーニングスターというスリロスの性質上中距離型であるし、パラケルススは剣に分類されるキラープリンセスではあるがスリロスは短剣で彼女自身一対一に秀でた拳闘を戦闘法としているため、異族の数が多い戦闘を得意としていない。必然的にレーヴァテインがカルロ隊とマイア隊の近接戦闘の主力となったのだ。

 他のキラープリンセスはというとパラケススはレーヴァテインの戦闘補助、アイムールは二人の手の回らない場所にいる異族を討ち、魔銃という武器の特性上体力消費が激しいフライクーゲルはいざとなった時の遊撃手として待機、アスクレピオスは定石通り回復役である。 

 そよ風が冥花を揺らしている。丸太の柵の防壁を背に佇むレーヴァテインは、今も地平を見つめていた。長大な黒と紅の片刃の剣を地面に突き刺して、紅の瞳で遥か彼方を見つめていた。

 ふと、直ぐ側から殺気を感じてレーヴァテインは視線を横に向ける。

 すると、自分にそっくりな誰かがいた。長い銀髪にスリットの入ったぶかぶかのジャンパー、眩しい肌色の太腿が露出させるほどに丈の短いホットパンツ。

 同じ顔で、同じ姿で、同じ服装。

 紛れもなくキラープリンセス〈レーヴァテイン〉がそこにいた。

 けれど、彼女は何も驚きはしない。キラープリンセスならば、自分と同じ姿の別人がいるのは至極当然のことだ。

 すなわち、イミテーション。同じ名前、同じ顔、同じ姿、同じ服装、同じ性格を持った同一個体にして別個人。それがイミテーションのラグナロク教会の定義である。

ラグナロク教会が定義するこの場合の個体というのは名前の元となった神器の名前によって区切られた種類という意味を持ち、個人というのは自我を持つ生物としての一人一人の区別を意味する。

『個体』の意味は通常の意味とは異なっている。キラープリンセスに対して使われるときの特殊な語義と認識してもらえれば良い。

 また同一個体同士であると〈淘汰〉が行われる。ラグナロク教会はそれを既に失われた神器のオリジナル復活のための神聖な儀式と言っているが、その実態はキラープリンセス同士の殺し合いだ。勝者はキラーズを通じて敗者の経験や記憶を獲得し、よりオリジナルに近い強力なキラープリンセスとなることができる。

 さりとて、今二人のレーヴァテインの間では淘汰は発生し得ない。なぜなら二人のレーヴァテインの片方は奏官と主従関係にあるからだ。キルオーダーで、主従関係にあるもの同士では儀式を執り行ってはいけないことになっている。シンとは主従関係ではないためにレーヴァテインはレーヴァテイン(イミテーション)にそれとなく怪しまれているのだろう。ひしひしと殺気が伝わってくるのをレーヴァテインは肌で感じていた。

 淘汰を執り行うか否かはキラープリンセス自身ではっきりとわかるという。自らと同じ姿の彼女は淘汰の感覚を自覚しているのだろう。そうレーヴァテインは推測した。

(……血気盛んすぎ……)

 しかし、いくら何でも危険な任務前に味方に対して殺気を送るのはどうなのだろうか。もう少し戦いに集中しろと言いたい。

 レーヴァテインは自分と同じ個体に対して辟易とした。わざとらしい溜息を吐いて、再び前を向く。

 敵は未だ来ない。そろそろ予測の時間になるだろうが。しかし、それでも白の影は微塵も無かった。

 これを吉兆と見るか、凶兆と見るか。人それぞれであろうが、レーヴァテインは凶兆と見る。都合の良い想像は危機的状況になればなるほど非現実的なものになっていく。それを裏切られた時の絶望感はより大きい。ならば、考えうる最悪の状態を想像して、事前に覚悟を決めた方が良いに決まっている。少なくともレーヴァテインはそう考えている。

「おーい、レーヴァテイーンっ!」

 レーヴァテインの後方に控えるマイアが彼女に呼びかけた。

「異族が来る前に円陣組むッスよー!」

 異族が今すぐにも来るかもしれないのに、何を呑気なことを……。

 マイアの誘いを無視しても良い。けれど、彼女はレーヴァテインが来るまで声を掛け続けるだろう。そういう奏官なのだ、マイア・ガレットは。

(……めんどくさいなぁ)

 心の中でそうぼや(・・)いて、レーヴァテインは振り向いた。

 振り向きざまに髪が舞い上がる。

 マイア達の所に向かう表情が、心なしか柔らかいことを、きっと彼女は知らない。

 

 

 異族の群れは予想到達時間を過ぎても尚、その影すら見えやしない。

 世界は凪いでいて、不気味だ。これは安穏としたものでは決してなく、嵐の前の静けさのような不吉なものだ。

 異族がいつ来てもおかしくない状況の中で、街の守護者達は、はち切れんばかりに張り詰めた緊張を抱く。ちょっとしたきっかけで、彼らは緊張という鎖から解き放たれるだろう。そして、その時はきっと近い。

 死線をくぐり抜けた彼らならわかるのだ。地平の彼方よりやってくる血に飢えた獣の欲望が、人間全てを食らいつくさんとする怪物達の悍ましい願望が、真っ直ぐこちらにやって来ていることを。

 どんなに遅くても、奴らは必ずここに来ると。討伐者としての勘が告げている。

 そして、その予感は外れない。

 

 永劫にも感じられる長い沈黙があった。

 時計の針が十時三十分を指す頃だ。 

 最も目の良い弓のキラープリンセスの誰かが言った。

 

「来た」

 




words
コルテ大規模討伐戦の概要②
・弓のキラープリンセスはコルテの砦の屋上に配置された。
・コルテには堀がない。そのため奏官たちは丸太で作った柵を何層かにわけて配置し、足止めのための障害物とした。
・全部隊を五つにわけて、第一陣から第五陣までを異族の小グループを討伐しきるごとに交替で戦闘を行わせる。
・討伐範囲を何区画かにわけて二、三隊に当たらせる。時間が短かったために全体で討伐にあたるよりも、少数でより精度の高い連携を行うことを重視したほうが安全で効率が良いと判断されたためである。

現在起こっている異常
・異族が予測時間よりも三十分遅れで襲来してきた。


カルロ隊とマイア隊に所属するキラープリンセス
剣:レーヴァテイン、パラケルスス
斧:アイムール
弓:アルテミス、アポロン
銃:フライクーゲル
杖:アスクレピオス

・イミテーション
同じ武器の名前、同じ姿、同じ顔、同じ服装、同じ性格の同一個体の別人。
非常にややこしい表現であるが、言うなればドッペルゲンガー。
無論別人なので、完全に同じというわけではない。性格も嗜好も大体の傾向は同じだが、全く同じというわけではない。お菓子が好きなキラープリンセスがいたとしても、洋菓子が好きな者もいるし、和菓子が好きな者もいる。そういった微々たる差異はどのキラープリンセスにもある。
尚、イミテーションという呼称はキラープリンセス個人の主観から見た同一個体に対する呼称。客観的に見れば、キラープリンセスは全てイミテーションとも言える。
対義語:オリジナル
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