ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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ep.10 コルテ大規模討伐戦

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 無数の光が空を走る。流れ星のような軌跡を描くそれらは、しかしながら流れ星などという美しくも儚い瞬光ではない。

 あの光は矢だ。弓のキラープリンセスがマナによって形成した武器であり、明確な殺意を持って放たれた醜悪なる暴力の形。肉を得た殺意は正しく標的へと駆け抜けていく。

 

 

 異族たちはキラープリンセスを捕捉後、一目散にコルテへと猛進する。

 数百の白の異形が雪崩の如くコルテへと押し寄せる。

 凹凸のないのっぺりとした白の肢体を持ち、肉のベールを被る細腕でありながら剛力を誇る異形。それが異族という人類の捕食者である。

 ――ヒト、ヒト、ヒト、ヒトッ!

 異族にあるのは捕食本能のみ。アレらの感覚器官はヒトしか捉えていない。

 ――食ベル、食ベル、食ベル、食ベルッ!

 故に、アレらは自らに迫る死の閃光にすら、気づきやしないのだ。

 その姿は火に飛び込んでいく虫のようで、ただただ哀れであった。

 

 

 着弾。それと同時に土埃が舞い上がるのをレーヴァテインは確認する。コルテに向かってきた異族たちが茶色のカーテンに覆われた。

「クキェェェッ!」

 矢に射抜かれた異族の断末魔が平原に虚しく響く。当然その声に応える者はいない。

 知覚外からの謎の攻撃に、後続の異族たちが狼狽した。一瞬だけ奴らの進行が遅れるが、気を抜いている暇などない。

 レーヴァテインはスリロスを構えた。彼女の側で控えるパラケルススと後方に控えるアイムールも同様にそれぞれの得物を構える。

 元より作戦はこういう手はずであった。

 第一撃として、異族の接近を確認後弓のキラープリンセスによるマナの矢の一斉掃射。それによって最前列の異族を殲滅し、一度異族の足を止める。弓のキラープリンセスには追撃としての掃射はさせない。彼女達は地上の部隊とは違って、交代で戦闘にあたることはなく出突っ張りだ。故に過度の行動は控えるように、各マスター達から厳命されている。

 しばしの沈黙。いや、実際にはそれほど長くはなかったのかもしれない。

 張り詰めた糸のような緊張は、異族によって断ち切られる。

「カァァァァッ!」

 奇声を伴って異族が土埃から飛び出す。

 剣、槍、斧、弓とキラープリンセスと同じような種類の得物を各々が持ち、アレらはキラープリンセス達へと突撃した。

 ほぼ目視と同時にトナティウが叫ぶ。

「突撃ィィィィィッ!」

 途端にキラープリンセスたちが駆け出した。

 相手を圧殺する巨大な斧を持つワズラが。

 身の丈以上の巨槍を操るロンギヌスが。

 真白色の美剣の担い手たるエクスカリバーが。

 獰猛な笑みを浮かべて槍を持つルーンが。

 そして、片刃の長剣を構えたレーヴァテインが。

 第一陣において前衛を任されたキラープリンセスたちが、一斉に異族達へと肉薄する!

「――――――――ッ!」

 声を発さず、されど気迫を込めてレーヴァテインは目の前の異族―――戦型種と呼ばれる異族の中でも最もポピュラーな種類の一体を真正面から叩き切った。

 無論異族も手に持っていた槍で反射的に防いだ。しかし、それは防御としての機能を果たせなかった。レーヴァテインの一撃はその槍を叩き折り、異族に剣を届かせたのだ。

 レーヴァテインの剣は非常に大きく、そして重い。スリロスの特性を活かして戦うのならば、一撃必殺が最適解だろう。術理による巧い戦闘よりも圧倒的な暴力による殲滅にレーヴァテインのスリロスは特化していると言っても過言ではない。

 レーヴァテインは先ほど真っ二つにした異族を飛び越えて、次の標的へと狙いをつける。

 斬って、斬って、斬って、斬って、斬って。

 彼女が駆け抜けた後に残るは白と赤の残骸。容赦のない剣風となってレーヴァテインは平原を赤く染め上げていった。

 十五体目の異族を斬り殺したのち、次の異族に狙いを付けた。

 体のバネを利用して、一気に急加速。肉薄し、上段に構えたスリロスを振り下ろす。

 だが――

「チィッ!」

 レーヴァテインの一刀は異族の武器によって阻まれる。

 敵の武器は斧。重量を力いっぱいに叩きつける武器。つまりはレーヴァテインのスリロスと同系統。

 なんども叩きつけられることを前提にしている以上、頑丈にできている。

 一撃必殺の定石が崩れたため、レーヴァテインは一度異族と距離を取り仕切り直しを図る。

 いくらレーヴァテインのスリロスが一撃必殺に秀でているとはいえ、彼女は闇雲に力を振り回しているわけではない。

 一撃必殺を活かすための技も術理も、彼女の経験値が導き出している。

 異族が距離をとったレーヴァテインへと疾駆する。

 振りかぶった斧はレーヴァテインを砕かんと真っ直ぐ振り下ろされた。

 当然レーヴァテインは剣で防ぐ。ただ、剣を支える腕には力が入っていない。

 剣と斧の激突。

 斧を多少受け止める程度の力しかないレーヴァテインの剣は簡単に押し返される。

 だが、それで良い。

「グギャッ」

 レーヴァテインは巧な剣捌きで異族の斧を受け流し、強烈な一撃を避けた。

 此処であてのはずれた異族は呆気に取られた。レーヴァテインの反撃を想定し、全身を使って振るった斧は虚しく宙を切り、行き場を失った大きな力が異族の体勢を崩した。

 ダメ押しとばかりに、レーヴァテインは転びそうになる異族の足を振り払い、異族を地面に転がした。

 起き上がろうろする異形を足で踏みつけて地面に這いつくばらせ、そのままスリロスで心臓を潰す。

 異族の体から剣を引き抜いた。

 白の体に剣先から零れた赤がポツポツと斑点を描いていく。

 若干乱れた呼吸を整える意味も含めて、ふぅ、と彼女は小さく息を吐いた。

「レーヴァテインっ!」

 マイアの鬼気迫った声が突如発せられた。

 迫るは戦型種の異族。得物は槍。鋭い刺突がレーヴァテインに迫る。

 紅の瞳が鬱陶しそうに自らに迫る槍先を見た。

 レーヴァテインは知っていた。異族が迫っていることも、槍が彼女の心臓を貫かんとしていることも。

 しかし、あえて、あえてレーヴァテインは何もしなかった。何故ならば、対処する必要などないのだから。

 もし一人で戦っていたならば、レーヴァテインは縦横無尽に戦場を駆け巡り、異族を次々に屠っていただろう。

 だが、今日の戦いは一人のものではない。

 ――ダンッ!

 突如空より飛来して来た何かによって槍を持つ異族が地面に打ち付けられた。

 瞬きをする間もなく、レーヴァテインの眼前で舞い上がる血飛沫。

 槍の異族に落下した何かが、太い血管――人間でいう頸動脈を掻っ切ったのだ。

 レーヴァテインが彼女に向かって苦々しさを隠さず言う。

「……えげつない」

「異族を真っ二つにする貴女には言われたくありません」

 心外だ、と不機嫌な声で言いながら、異族の背中の上でゆらりと立つのはパラケルススだ。

 パラケルススは険しい目つきでレーヴァテインを睨む。

「さっきの異族、あのタイミングなら貴女でも狩れたでしょう」

「……別にいいでしょ」

「こんな時でも、ものぐさですか」

「……体力温存と言って欲しいわね」

「物は言い様ですね」

互いの言葉にはあるのは棘。

嫌いなのではない、ただ気が合わないだけ。仲間にはなれないけれど、共闘相手なら十分だ。

 軽口にしては、棘がありすぎる言い合いをする二人に「立ち止まってる暇はないッスよーッ!」とマイアが檄を飛ばす。

「では、行きましょうか」

 パラケルススが言うと、二人は向かってくる異族の群れへと肩を並べて一歩踏み出す。

 

 

 鮮血。

 戦型種よりも硬く、屈強な肉体を持つ鎧型種と呼ばれる異族の一体が肉体を破壊されながら吹き飛ばされた。

 そこでは、もう何度も同じ光景が繰り返されている。

 重い鎧型種が華奢な少女の一撃の元に吹き飛ばされる。

 そんな出来事が繰り返されていた。

 鎧型種たちはヒトを捕食することしか考えられない頭で、それでも目の前の少女に恐れおののいていた。

 異族の前に立つのはキラープリンセス、アイムール。自らを駆逐者と呼ぶ彼女は今日は一切の妥協をするつもりはなかった。

 アイムールは戦闘にのめり込む性格をしているため、少々暴走しやすかったりする。普段はマイアから討伐数をセーブするように言われているが、今日は言われていない。

 故に、本分を果たせることで、平素の無感情の彼女からは想像できないほどに彼女の顔は興奮で顔を赤くしていた。

 これは暴走ではない。アイムールは彼女の自らの存在意義を果たせることに堪らなく悦びを覚えている。

「ハッ!」

 気合と共に再びモーニングスターを鎧型種に飛ばす。

 あれらは体が硬い代わりに、動きが鈍重だ。アイムールのモーニングスターは戦型種では避けられてしまうこともあるが、鎧型種ではよく当たる。

 鎧型種は手に持つ武器で防ごうとするが、無意味である。何もかもを一撃で破壊する粉砕のスリロスの前には細枝のように無残に破壊されていく。

 アイムールがこうして鎧型種だけを狙うことができるのは、前衛のレーヴァテインとパラケルススが戦型種を悉く討伐してくれているからだ。今もアイムールの前方では、赤い花が咲き続けている。アイムールの討伐担当範囲内には戦型種は一体も現れない。

「フフっ」

 色情の熱が籠った顔でアイムールは笑う。

 そこにあるのは悦楽か、はたまた――

 

 

「あの…マス……ター…?」

「ん?何スか?」

 アイムールがいる位置より、さらに後方。丸太の柵の近くで待機するのはカルロ、マイアの両奏官とミストルティン、アスクレピオス、フライクーゲルの五名。専ら後方からの指示出しが主な仕事の奏官(マスター)と未だ出番のないキラープリンセスたちは戦況を見守っている。

 キラープリンセスの三人にはアイムールが討ちもらしてしまった異族から奏官たちを守るという役目があったが、前線の三人の鬼神が如き活躍のおかげで一度も戦闘を行なっていない。

 レーヴァテイン、パラケルスス、アイムールが着実に仕事をこなししていく姿を見守りながら、ミストルティンが自身の奏官(マスター)たるマイアにおずおずと話し掛けた。

「アイムール…さん…を止めなくても…良いの……ですか?」

「んー、まだ大丈夫ッスよ。あれは彼女のキラーズに由来するものッスからね」

「いや…でも……」

 ミストルティンが目にしているのは、いつもの無表情とは違う喜悦に満ちた笑みを浮かべるアイムール。ミストルティンの目からは暴走しているようにしか見えない。

 心配そうなミストルティンを見て、マイアは諭すように言う。

「大丈夫ッスよ。アイムールが作戦内容通りに行動している以上理性はあるッス」

「そう…なんです…か?」

「アイムールは真面目な娘ッス。真面目すぎて従順すぎるきらい(・・・)があるくらいッスから、指示した作戦はきっちり守る娘ッス。アイムールが暴走している時は、作戦を無視して異族に特攻するッスからねぇ…。ま、あの子の場合は平時から暴走への移行状態に入ると戦い方が変わるッスから、暴走しきる前に退かせるべきッスね」

「そういう……もの…ですか?」

「そういうものッスよ。ま、油断は出来ないし、するつもりもないッスけど」

マイアはミストルティンの不安を吹き飛ばすように、声を上げて笑ったが、ミストルティンの顔は浮かないままだ。

ミストルティンがアイムールを心配していることを嬉しく思いながら、マイアは彼女を安心させるために言った。

「そうッスねぇ、例えばフライクーゲルが異族を討伐してる時のことを思い返してみて欲しいッス」

 マイアにそう言われて、ミストルティンは合同任務の時のことを思い出す。

 

 ――確か「ヘェ~イ、ハッピーしてるぅ~」とお決まりの台詞をこれから肉塊にする異族に言い放ってそのまま「ふぅ~!」とか「ひゃっほ~」とか奇声をあげながらハイテンションでマナ弾を撃ちまくってて――

 

「あ……はい……なるほど……わかりました……」

 酷く納得できる具体例であった。

 異族を殺戮している時の気分が高揚している状態を一括して暴走というのは早計だ。各キラープリンセスの個性を鑑みて、奏官は判断する必要がある。

 マイアも今となってはアイムールの引き際を理解しているが、初めてアイムールと契約を結んだときは彼女の限界がわからず無意味に戦線から退かせていた。そういう理由で、アイムールがマイアに不信感を抱き、一時的に隊が分裂しかけたことさえある。

 今は仲良し主従関係だが、かつてはそういう苦労もあったのだ。

「フライクーゲルしかり、アイムールしかり。多くのキラープリンセスがいて、それぞれに個性がある。自隊のキラープリンセス(いもうとたち)のことを理解することこそが、奏官が一番にするべきことなんスよ」

 力強くマイアが言う。

 互いを理解しあうことは人と人とのコミュニケーションで最も重要なことである。それは、自由意志と感情を持つキラープリンセスと関係を持つ上でも同様だ。

 ミストルティンは自分たちのマスターがキラープリンセスとのコミュニケーションを特に重視していることを経験として知っている。

(だったら……大丈夫…かな…)

 故に、ミストルティンは直ぐに不安をかき消すことができた。

 マスターが言うなら、大丈夫。マスターを信頼しよう。

 普段は疑り深いミストルティンも、ことマイアの言葉であるならばあっさりと信じることができてしまう。

 普通心を開かないミストルティンから信頼を得ているのは一種の才能だ。カルロがマイアを優秀な奏官だと評する理由も其処にあったりする。

「パラケルススっ、レーヴァテインっ!先行しすぎッスよっ!」

 前に出過ぎた二人のキラープリンセスにマイアが指示を飛ばす。

 奏官は後方で指示を飛ばすだけの役目しかないが、それでも気を抜くことなど一瞬も許されない。

 ミストルティンが覗くマイアの目には、緊張と恐怖がある。大切なキラープリンセス(いもうと)たちを失う可能性と街一つの人間の命を、少女は小さな背中は背負っているのだ。緊張しない、怖くないなんて嘘だろう。

 逃げ出してしまいたいだろうに、それでも彼女は闘志でそれらをねじ伏せ、此処に立っている。

 そんな自分よりも遥かに弱い人間(マスター)の毅然とした態度を見て、ミストルティンは杖を強く握りしめた。

(私も……頑張ら…ろう)

コルテ大規模討伐戦第一陣。

残る異族はまだ多い。

 

 

「ひぃまぁ~っ」

「暇なのは良いことでしょう。初戦でアンタが出るなんて最悪の事態よ」

「そうだけどさぁ~。やっぱり退屈だよぉ~」

ふぁぁ、と丸太の柵に身を預けたフライクーゲルが大きく欠伸をした。緊張感のない彼女を呆れた目でアスクレピオスが見る。

「どうして今日は戦闘前から好戦的なわけ?いつもはこんなんじゃないじゃない」

アスクレピオスが見るに今日のフライクーゲルはどことなくおかしい。いやに好戦的過ぎるのだ。確かに彼女は討伐の際はハイテンションである。けれど、それは戦いに対して自分を鼓舞するために意図的に行っているものであ

り、決して戦い自体を楽しんでいるわけではない。

 聞かれたフライクーゲルはアスクレピオスに答えた。

「なんていうかさ、こう体が疼いちゃうんだよねぇ」

「うずく?」

「そう!わくわくが止まらないっていうか、エキサイトしちゃうっていうか」

「マスター、フライクーゲルが暴走してるー」

「待って、待って、違うからぁ~っ!」

 カルロの所に行こうとするアスクレピオスをフライクーゲルがしがみついて引き止める。

「じゃあ、なんなのよ。アンタが言ってることは」

「えーと……だからぁ……力が体の内から湧いてくるっていう感じ!」

「力が湧いてくる……もしかして共鳴?」

 共鳴とは同武器系統のキラープリンセスが同じ場所にいることで発生する現象だ。特に戦闘行為を行う際はこの現象は如実に現れ、キラープリンセスの体に影響を及ぼし、身体能力を上げるというメリットを齎す。デメリットとして極度の疲労や筋肉痛の苛まれる等の肉体的負担が発生することがある。

 しかし、何故待機中のフライクーゲルまでも共鳴の影響を受けている?戦闘中しか共鳴の効果は表面化しないのではないか?

 消えない疑問。アスクレピオスは医療には秀でているが、共鳴は病気ではない。彼女の知識で処理するには限界がある。

 やはり奏官(マスター)に頼るのが最適解か。

 ぐずるフライクーゲルを引っ張ってアスクレピオスはカルロに異常を知らせにいった。

「ふむ……そんなことは聞いたこともない」

 アスクレピオスの報告を受けて、カルロは唸った。

 カルロも長い間奏官を務めているが、戦闘前に共鳴の影響を受けることがあるなんて話は聞いたことがない。もしかしたら、あるのかもしれないが有名な話ではないのだろう。偶にある偶然、見過ごしてしまえるほどの小さな変化、キラープリンセスの気のせいとして切り捨てられてしまうものなのかもしれない。

 特段気にするようなことでもないように思える。しかし、カルロは見逃すことができなかった。

 何かが引っ掛かる。どうにも上手く受け流せない。

 それは喉に小骨が刺さっているような小さな違和感。

 カルロはそれに悩まされていた。

「………」

 いや、フライクーゲルが共鳴の影響を受けている原因は予想がついている。

 一か所に集まっているキラープリンセスの数に比例して起こる共鳴の影響の拡大。

 カルロはそう見当をつけているのだ。

 なにしろ今日の戦いでは、前例の無いほどのキラープリンセスが集められている。共鳴の影響が拡大されていたって不思議ではない。

 では、カルロが頭を悩ませている違和感とは何か?

 無論それは言葉にできないくらいにあやふやなものである。不確かで、曖昧で、直感の類のものだ。

 ただ、なんとなくだが何かを見逃しているという不吉な予感がしてならない。

「あの……マスター?」

黙り込んでしまったカルロにアスクレピオスが不安そうな声色で尋ねる。フライクーゲルも、自分は危険な状態なのか、とらしくもない暗い顔を浮かべていた。

 先ず大切な娘たちを安心させるために、フライクーゲルの件をカルロは説明する。

「いや、大丈夫だ。フライクーゲルは暴走なんかしてないよ。ただキラープリンセスが多いから強く共鳴しているだけだと思うが」

「じゃあ、なんでそんな難しい顔をしてるの?」

「それが一番答えるのが難しい。一体どう説明したものか…」

「わたくしたちでよければ、話を聞きくわよ」

 アスクレピオスが親切にそう申し出てくれた。

 奏官は異変の当事者じゃない。あくまで客観的な視点でしか物事を判断できない。キラープリンセスである二人ならば、実体験からの新しい考えが出せるだろう。

 カルロはそう思って、二人に聞かせるためにゆっくりと違和感を具体化させていく。

「キラープリンセスの数が多いから、強い共鳴が起こっている。それは納得できると思う。二百体以上のキラープリンセスがいるなんて、例がないことだから断言はできないが、この推測は間違ってはいないだろう。共鳴の影響が強いものになっているということは、キラープリンセスの身体能力が上昇するということ……」

「そうだねぇ、マスターの言う通りならキラープリンセス(わたしたち)の身体能力はこれ以上ないってくらいに上がっていると思うよぉ。実際に今もエネルギーがフルだしねぇ~」

「わたくしは未だその実感はないけど、戦闘状態に移行すればきっとそうなるでしょうね。いつもと違うとんでもない力……を……」

 アスクレピオスは、言葉の途中で唐突に声が小さくなる。そして、顎に手を当てて、ぶつぶつと呟きながら、何かを考えこんでいる様子だ。

「アスクレピオス……?」

「どうしたのぉ、アスクレピオスぅ?」

 彼女に置いてけぼりを食らってしまった二人は戸惑った様子で彼女に声を掛けるも、アスクレピオスは気にした様子はまったくない。深刻な顔でひたすらに考えこんでいる。

 これはしばらく考えさせてあげたほうが良いな。カルロはそう判断し、アスクレピオスが考えをまとめるのを静かに待った。

 そして、始まりが唐突であったように、終わりも唐突であった。

 鬼気迫る様子でアスクレピオスがカルロに向かってこう言ったのだ。

「マスター、急いで本陣に連絡を。このままではわたくしたちは全滅する!」

 

 

 

 ふっ、と異族の剣が髪を掠めた。

 剣の一閃をぎりぎりの交わしたパラケルススは、けれど、全く動じず冷静に格闘を続けていく。

 どんなにギリギリの戦いに見えても、それは全ては彼女の計算通り。だから決して焦る必要はない。

 導き出した解答通り、パラケルススは戦闘を行えば良い。

「はぁっ‼」

 異族の懐に一歩踏み込み、気合と共にダガーのない左手で一突き。人間で言う所の鳩尾に拳を叩きこんだ。

 立て続けに、怯んだ異族の首筋をダガーで切り裂く。

 傷口から吹き出す血液。

 血に塗れることを疎んで、一息で後方へ撤退する。

 パラケルススにはレーヴァテインのような一撃必殺性はないし、彼女ほど卓越した身体能力を保持しているわけでもない。

 一体一体堅実に討伐する。それがパラケルススの戦い方だ。討伐できる数は少ないが、それで良い。

 コルテ大規模討伐戦にてパラケルススは大きな活躍を求められていない。平原は彼女が戦闘を得意とするフィールドではないために、両奏官も彼女にはレーヴァテインの補佐という役割を命じた。

 期待していないとも受け取れる命令ではあるが、別段パラケルススは気にしていない。むしろ非常に合理的な命令は彼女の好むところである。

 合理と理知、この二つがパラケルススの重視するものだ。それに反しないならば、奏官(マスター)たちの意見に異論などない。

 呼吸を整えると、先程倒した異族の死体を捨て置いて、レーヴァテインが取りこぼした異族を彼女は狩りに行く。

 最初はレーヴァテインと並走して異族を討伐していたのだが、彼女との戦闘能力差があまりもありすぎて、討伐についていけなくなってしまった。結果としてパラケルススはレーヴァテインが狩り損ねた戦型種をアイムールの元に行かせないようにするための関の役目を務めている。

 訓練中はレーヴァテインとの強さについていけていたのに、どうしてだか今日は身体能力に差が出ている。パラケルススにとって中々に興味がそそられる現象であったが、残念ながら今は任務中。研究できないことを少しばかり残念に思うパラケルススであった。

 さて、パラケルススが次の標的としたのは、剣の戦型種だ。どうやらパラケルススに気づいていないらしく、真っ直ぐとコルテへと向かっていく。

(……よし)

 パラケルススは絶好の機会に静かに喜んだ。

 彼女は平原での戦闘を得意とするキラープリンセスではないことは先に述べている。では、何処での戦闘に秀でているかといえば、それは視界の悪い場所や足場が不安定な場所だ。

 パラケルススは非常に身軽であり、軽業師のような身のこなしを身につけている。それに加えて優れた頭脳により生み出された戦略やトラップなどを利用し、嵌め殺す。スリロスが短剣であることも理由にあって、彼女は暗殺者じみた奇襲を得意とするキラープリンセスなのだ。

 そして、今が平原における数少ない奇襲の好機。効率的な討伐をするには申し分ない。

 繰り返す手順はレーヴァテインを槍の異族から守った時と同じもの。すなわち上からの奇襲。

 持ち前の頭脳で、討伐までの最適解を算出する。長い時間はかからない。一瞬のうちに解答は導き出せる。

 レーヴァテインは経験で剣を振るうが、パラケルススは知を以って剣を振るう。彼女の肉体的な能力こそ低いものの、それを補って余りある知能がある。ならば、十分だ。力の在り方は一辺倒ではないのだから。

 パラケルススは今立つ場所から少し後退する。助走のための距離を取ったのだ。

 そこから大地を蹴り、助走をつけて前方に回転する。

 一転、二転、三転、四転。

 五転目にして彼女は跳んだ。

 大きく弧を描き、彼女は宙を舞う。

 体がいつも以上に軽い。恐らくは強い共鳴現象の影響だろうと彼女は見当をつけていた。

 そして、今現在戦っているキラープリンセスとして実感しているその副作用も。

 パラケルススは知ってしまった。この戦場に立つ全てのキラープリンセスは既に蜘蛛の糸に捕まってしまった哀れな蝶であることに、彼女は気づいてしまったのだ。

宙を跳びながら思う。

(ああ、なんて救われないのでしょう)

 もうコルテは詰んでいる。キラープリンセスたちの戦線もすぐに崩壊するだろう。

 此処は既に砂の砦。風の前では塵と同じ。あっという間に崩れ去る。

 迫る弧の終着点。到達するは異族の上だ。開幕の矢の例の通り、異族は上からの攻撃には鈍い。落ちてくるパラケルススに気づく様子は全くない。

 パラケルススは真上から垂直にではなく、斜め上から異族の背中に着地した。未知覚の攻撃に異族が対処できるはずもなく、パラケルススの勢いに流されるままに引き摺られていく。

「グ、ギ、ギェ」

 異族が苦し気な声を上げている。硬い体を持つ異族でも流石に今のは堪えたらしく、ピクピクと体を僅かに振るわせているだけで反撃する気力がないようだ。

 異族の無様な様を見下してから、パラケルススは動脈に短剣を突きさした。

 迸る血液。

 しかし、それを全く気にせずに彼女は短剣で異族の肉を抉っていく。

「グギィッ、ギッ、ギッ、ギィィィィィィッ!」

 悲痛さを感じさせる異形の絶叫。

 そんなもの聞こえていないという風に、彼女は短剣を奥に、奥にと差し込んでいく。

 生きている肉は温かく。

 切り裂いた筋肉の感触はコリコリと弾力があり。

 体内を駆け巡る血潮の脈動は心地よく。

 異族の体内に差し込んだ手が異族という命をパラケルススの脳へ伝えてくる。

「ギィヤァァァァァァッッッ!」

 聞くに堪えない絶叫。例えそれが人の天敵である異形のものであっても、耳を覆いたくなるほどの苦しみと救いを求める思いがそこには含まれていた。

 その叫びを聞いてパラケルススは歪んだ笑みを浮かべる。

 生殺与奪権を得ているという充足感。

 生き物を蹂躙することによって満たされる支配欲。

 命を奪うという獣としての快楽。

 それら全てが甘美な蜜となってパラケルススの脳を浸す。

 何処からか聞こえてくる自分を呼ぶ声などどうでも良い。

 そんなくだらないものよりも、目の前には至上の快楽だ。

「ハハッ」

 堪えきれなかった愉悦が笑みとなってこぼれ出る。

 「何してるんスかっ、パラケルスス!今直ぐ止めるッス!」という幻聴が聞こえるが、知ったことではない。

 だって、ほら、獣の本能には誰も逆らえないでしょう?

「ギ、グ、グ、ゲェ」

 異族の体内で短剣をかき分けるように動かすと、今にも死んでしまいそうなほど弱々しい鳴き声が返ってきた。

 命の灯が今にも搔き消えようとしている。

 ああ、ああ、ああっ!

 もっと、もっと、もっと!

 まだ、まだ死んじゃダメ!

 もっと私を楽しませて!

 モット命で遊バセテ!

 ■■■■■■■!

 歪む思考。消える自我。欲望の発露。

 堕ちる。堕ちていく。

 快楽の海へとパラケルススは堕ちていく。

 もう何も考えられない。あるのは本能、獣の欲望のみ。

命を奪いたい。でも、もっと苦しんでいる様を見せて欲しい。

 殺したいのに、死んでほしくない。そんな矛盾した願望がドロドロとした絵具のように混じり合い、醜悪な彩で彼女の名前を染め上げている。

 やがて異族の体から、くたっ、と力が抜けた。

未だ異族の体内にある右手は、肉からゆっくりと体温が消え去っていく事実を教えてくれている。

 目の前のご馳走は死んでしまった。次のご馳走を探さねば。

 壊れた笑みを張り付けたパラケルススは名残惜しく思いながらも、腰を上げる。

 まぁ、別にいいだろう。だって今日は御馳走がたくさんあるのだから。食べても、食べても、食べきれないほどの異族がやってくるのだから。

「ハハ、ハハハハハッ!」

 愉快、愉快、愉快。

 そうか、この世にはこんなにも素晴らしいものがあったのか。

 世界が輝いて見える。五感が研ぎ澄まされ、冥花の匂いも、肌を撫でる風も、目に移る景色も、世界全てが鮮明に感じ取れる。

 ああ、そして、だからこそ。

 

 ――全テ壊シテシマイタイ。

 

 力が体に満ちていく。体験したことのない全能感が、さらにパラケルススを満たしていく。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 素晴らしさに高笑う。

 その直後。

「ハッ!」

 パラケルススの意識は、隙を突くような死角からの攻撃に刈り取られた。

 

 

「……はぁ」

 レーヴァテインは、殴り飛ばした少女を回収しながらため息を吐いた。

 ことの成り行きはこうだ。

 とりあえずレーヴァテインは目に付いた異族を討伐しつくした。第一陣の仕事はこれで終わりだろうと前線から退こうとしたら、パラケルススが異族の上に跨っている光景を目にする。

(……最後の一体?だったら…さっさと狩りなさいよね)

 そう心の中で愚痴を漏らしながら、ゆっくり歩いて戻っていると、どうやら視線の先のパラケルススの様子がおかしい。

(……何やってんのよ)

 紅の瞳を訝しげに細める。

 彼女の視線の先ではパラケルススが異族の上で蹲っている。ついさっき短剣を突き刺したのに、いつまで経っても引き抜こうとしない。異族を殺すなら、槍の異族からレーヴァテインを守った時のように動脈を掻っ切って仕舞えば良いはずだ。それこそ一瞬の内に目的は達せられるはず。

(……異族の肉体を採取してる?いや…まさかね)

 異族の側で蹲るといえば、現在失踪中のあの男である。五日前コルテの近辺で発生した遭遇戦の後、彼は異族の血肉を採取していた。その採取に何の意味があるのかはさっぱりだが、パラケルススが同じことをやっているなら研究目的で集めていたのかもしれない。まぁ、異族の研究なんてやってるのが教会にバレたら、キルオーダー違反の咎で即牢獄送りなのだが。

 となると、パラケルススが研究目的に異族の肉体を採取しているということはない、とレーヴァテインは結論付けた。

 あの男ならばレーヴァテインの前では堂々と教会と敵対するなどと言っていたので、キルオーダーを平然と破っていても何ら不思議ではないのだが、パラケルススは教会所属のキラープリンセスだ。彼女が教会への背信行為をする理由がない。また、キラープリンセスがキルオーダーを破ってしまっては、管理者である奏官の責任になってしまう。短い間だがマイア隊と行動を共にしてきたレーヴァテインには、パラケルススがマイアを裏切るとは到底思えなかった。

(……一体何をやってるの?)

 皆目見当がつかず不思議に思っていると。

「何してるんスかっ、パラケルスス!今すぐ止めるッス!」とマイアが叫んでいるのが聞こえてきた。

 それで全てを察したレーヴァテインは。

「ああっ、くそっ」

 悪態を吐き、駆け出した。

(身体能力が上がってるってことは、そういうことも有り得るわよね!)

 全速力で駆け抜ける。面倒なことになる前に、レーヴァテインはパラケルススの所に辿り着き、そして――

「ハッ!」

 ――到着と同時に、死角から剣の背中で、パラケルススを殴り飛ばしたのだった。

 そして、現在。レーヴァテインは、意識の落ちたパラケルススを、彼女の首根っこを掴んで、引きずりながら柵の方へと戻っている最中だ。

 背負ってやろうとも一瞬思ったが、パラケルススの体は異族の血に塗れているので止めた。それに、よく考え直してみれば、わざわざ彼女のために労力を割くような義理もない。

「……はぁ」

 これからのことを思って、レーヴァテインは溜息を吐かずにはいらなかった。

 もうパラケルススは戦うことはできないだろう。一度あんな状態になってしまったキラープリンセスを戦わせるなんて決断を、奏官は下さない。

 となると、前線はレーヴァテイン一人で維持しなければならなくなる。

 それを思うと憂鬱だ。いくら単騎で数十体の異族を屠ることができる戦闘能力を素の状態で持ち、今は強力な共鳴のバックアップを受けているレーヴァテインでも、担当区画にやってくる異族を一人で狩るのは骨が折れる。

「……はぁ」

 もう一度溜息と吐き、憂鬱な気分を息と一緒に吐き出した。

 本当に、あの男と出会ってからろくなことがない、とレーヴァテインは述懐する。あの男と契約を結んでからは、食事と寝床には困らないものの、望んでもいない厄介事が彼女の元にやってくる。。対して野良であったころは、寝床はともかくとして食事には苦労したが、反面異族との戦闘は少なく、勿論今回の討伐戦のようなものもない。

 一つが満たされれば、一つは欠ける。往々にして物事は思うようにいかないという真理を、レーヴァテインは実感していた。

「はぁ、はぁっ、レーヴァテインっ!」

 マイアが息を切らせてやってきた。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ」

 レーヴァテインの側まで来ると、膝に手を当てて呼吸を整えている。

 大した距離でもないだろうに、何故だか彼女は激しく呼吸を乱している。

 そんなマイアを見て、レーヴァテインから一言。

「……貧弱」

「うっさいッスね!こっちも大変だったんすよっ!」

「……あっそ…ところでコイツ暴走してた……貴女しっかりしなさいよね」

 レーヴァテインはパラケルススをマイアに引き渡した。

 パラケルススは全身異族の血で真っ赤だったが、マイアは気にせず彼女を背負う。髪や服にべっとりと生臭い血が付着したが、彼女に気にした様子はない。

 血だらけのパラケルススを躊躇いなく背負ったマイアにレーヴァテインは感心した。人間であれ、キラープリンセスであれ、血に触れるのは嫌悪感を覚える。先程のパラケルススのような暴走をしかけのキラープリンセスや猟奇的趣味の持ち主でないかぎり、血など好むものはいない。

 しかしながら、マイアは何も気にすることなく血を被った。一瞬の逡巡もなく、まるで当然のことのように。

それがレーヴァテインには眩しいものに見えた。大切な人のために、躊躇なく不利益を被る。そんな行為が眩しくないなんて嘘だ。

(まぁ、その光に手を伸ばそうとは微塵も思わないけど)

 レーヴァテインは無言で、マイアの横を過ぎ去る。

「あっ、ちょっと、待つッス!」

「……何?」

「色々伝えなきゃいけないことがあるんスよ」

 マイアが慌てて、レーヴァテインの背中を追う。

「……何かあったの?」

「ありすぎて困るくらいッスよ。一体何から話せばいいやら……」

 明朗快活なマイアが、珍しく憔悴した様子でため息を吐いた。

 レーヴァテインは眉を顰める。なんだかろくでもないことが起きている気がする。

「そうッスね。まず、総大将が失踪したッス」

「は?」

 一瞬マイアが何を言っているのか分からなかった。

 総大将――確かトナティウとか言ったか――は安寧の五日間ではとても精力的に活動していた。決して逃げ出すような人間には見えなかったが………

(安全な期間で判断するのは間違いか)

 実際の恐怖を前にして、心が折れることはままあること。有りえないことかと聞かれると、レーヴァテインだったら有りえると答える。

 総大将の想像力が貧困だった。ただそれだけのことだろう。

 そうレーヴァテインが納得すると、さらにマイアが爆弾を投下する。

「それで、コルテの街の祀官が殺さているッスね」

「………」

 レーヴァテインの顔がより一層険しいものになる。

 なんだか穏やかな話ではなくなってきた。

「枢機卿は無事だったのが幸いッスかね。奏官たちの間では、トナティウがやったんじゃないかって話になってるッス」

「ま、当然そうなるわよね。殺人が起きてから、逃亡してるんだし」

「となると、トナティウの目的は最初から祀官を殺すことだった可能性も浮上してくるわけッス」

「じゃあ、動機はどうなるのよ?どうして奏官が祀官を殺すなんて蛮行に走ったわけ?」

「そこがわかんないんスよね。トナティウは大奏官なんスから、教会から厚遇されてるッス。扱いに不満など無いと思うんスが……」

「待遇以外にも何かあるんじゃない?具体的には……わからないけど」

「うーん、なんなんスかねぇ」

 とはいえ、トナティウしかわかりようのないことに悩んでいても仕方がない。殺人事件は重大だが、今日に限っては思考を割くべき最優先事項ではないだろう。終わってしまった危機よりも、現在進行中の危機に向き合うべきだ。

「それで、他には?色々ってことはまだあるんでしょ」

「あるッス。これ以上ないほど深刻で、予想だにしない危険が判明したんスよ」

 マイアの声は暗い。そこにあるのは絶望に近い諦観であり、雨が降りしきる真夜中の闇を彷彿とさせる重苦しさだった。

 マイアは告げる。

 非情で、救いようのない現実を。

「結果だけ言えば、この戦線はもう終わりッス」

「……続けて」

 レーヴァテインは先を促した。

「そうッスね、まず身近な所から話すとするッスか。パラケルススが暴走していたのは、レーヴァテインの知っての通りッス。でも、私にはパラケルススが暴走する前兆がまったくわからなかったんスよ」

「貴女はパラケルススの奏官、いくら優秀な奏官だってキラープリンセスを暴走ギリギリまで戦わせたことがないことなんてないはず。貴女だって、そうでしょう?だったら、自隊のキラープリンセスの暴走の前兆を読みとることなんて簡単じゃないの?」

「確かに、私がパラケルススの暴走の兆候を見逃すことなんてありえないッス。でも、今回ばかりはダメだったッス」

「どうして?」

「平常時から暴走状態への間が、普段のそれと比べると、とてつもなく短かったんスよ。少なくとも、私にはパラケルススはついさっきまでいつも通りに見えたッス。でも、少し目を離していた時間に暴走しかけてた。止めるための時間なんてなかったッス……」

「移行時間の短さについては、どうしてそうなっているか原因はわかってるのかしら。いや、私の方でも大体は想像できているんだけど」

 レーヴァテインの推論の根拠は自分自身が体感していることだ。つまりは、強力な共鳴現象のバックアップである。

 共鳴現象の恩恵は、確かに有用なものであるが、今回は強すぎるあまりデメリットを生んでいた。それが暴走状態への移行時間の短さ、つまり暴走しやすい状態である。何故暴走しやすくなっているか?答えは前述の通り、強すぎる共鳴現象の過剰な身体能力の向上である。身体能力が向上すれば、必然的に異族を殺しやすくなる。短い時間に異族の死体を作り上げてしまっては、当然暴走しやすくなるというものだ。

 また、今回の場合キラープリンセス自身が、暴走寸前であるということを自覚できないままままというのが厄介だ。彼女達からすれば、馴れない強大な力の扱い方を慎重に探りながら、いつも通りに戦っているだけに過ぎない。戦闘に対する集中力のせいで、暴走時特有の狂気性が表に現れないのだ。そして、狂気性が集中力によって抑えられなくなった時に、一気に狂気の底へと落ちていく。比喩的に言うなら、火がついている導火線が見えなければ、爆弾がいつ爆発するかわからないと言うのが一番適切か。

 移行時間の短さは暴走しやすい環境と暴走の兆候に気付きにくい状態という二つの条件によって成り立っているのである。

「暴走の片鱗は少しも見えなかったのに、あっさりと暴走しかけてた。正直信じられなかったッスよ。パラケルススなら(・・)、暴走しないと思ってたんスから」

「――ちょっと待って……なら(・・)って……!」

「そうッス。一番最初に暴走しかけてたのは、アイムールッス。あの子を止めていたから、パラケルススを止めるのが遅れたんス」

自分の不足ッスよ。とマイアは自責の言葉を呟いた。

 脱落者二名。初戦にして、二人のキラープリンセスが戦線から退くことになる。

 マイア・カルロ隊の前衛はレーヴァテインのみであり、後衛には杖のキラープリンセスの二人だ。例外的に、前衛としても後衛としても戦力になるフライクーゲルがいるが、銃のキラープリンセスは消耗が激しい上に殲滅力が高い。大量の異族を狩ってしまえば、暴走するのは目に見える。特に、今日の戦場においては、それが早くに起きるだろう。

 レーヴァテインは厳しくなる戦況に思わず顔を険しくする。

「パラケルススとアイムールの脱落は痛いッスね。これなら、アイムールだけでも温存しとくべきだったッスか」

「どの道無駄。フライクーゲルだって、戦闘前に影響を受けたんでしょう?だったら戦闘に傾倒しやすいアイムールなんて、もっと強く影響を受けてた」

「それも、そうッスか……」

どうなっても手詰まりな状況にマイアは深く項垂れた。

一連の説明で状況の全てを理解したレーヴァテインからすれば、この程度で気落とさないで欲しいというのが本音だ。

「まぁ、状況の酷さはわかった」

「わかったって、どれくらいッスか?」

「全部。あれだけ情報を渡されれば、十分理解可能。貴女の言葉も意味もわかる。この戦線は確かに終わっている」

 キラープリンセスが暴走しやすい場が出来ているため、暴走は当然第一陣に参加した全部隊で起きている。そして、この後続く第二陣から第五陣においてもそれは同様だ。むしろ時間が経っている分、第一陣より早く暴走状態になるキラープリンセスが出て来るはずだ。戦闘を重ねるほど、キラープリンセスの離脱者は加速度的に増えていくことになる。数が減れば、一人当たりの担当数が大きくなり、更にキラープリンセスは暴走していく。戦えば戦うほど追い詰められていく、負のスパイラルが出来上がってしまっていた。

 この状況を打開しうる唯一の方法が戦うことなのだから、救いがない。異族を出来る限り速く異族を討伐し、冷却期間を長くすることでキラープリンセスを休ませる。それしか対応のしようがなかった。といっても、焼け石に水程度の効果しか、それには期待できない。暴走の危険性の高さを考えれば、あまりにも割に合わない対応だった。

 つまり、全てを考慮して考えると、やはりこの戦線は終わっているといた。碌な対策を講じられない時点で、既に趨勢は決している。

「まったく…ほんとに最悪な日ね…」

「レーヴァテインは大丈夫なんスか?暴走の予兆とか自覚してないッスか?」

「大丈夫よ。前にも言ったと思うけど、私は暴走しないから(・・・・・・・)

「でも!今回みたいに異常ばかりだと違うかもしれないッスよっ」

「だから、大丈夫って言ってるじゃない。そもそもの前提として、異族を殺すことを楽しいだなんて思ったこと一度もない。だったら暴走のしようがないでしょ?」

 それに。

「四の五の言える状況じゃない。戦える人が戦わないと」

 

21

「結局……こうなったのね……」

血の鉄臭さと甘い花の匂いが混じり合う花畑にて、レーヴァテインはそうひとりごちた(・・・・・)

輝く銀髪も、端整な顔も、着ている服も、すっかり血に塗れてしまっている。隊で討伐する数十体の異族を単独で討伐する、キラープリンセスとして破格の戦闘能力を誇るレーヴァテインでも、多勢に無勢の戦況では形振りなど構っていられなかったのだ。

端的に言えば、第一陣以降の討伐戦は酷いものだった。

教会側の予測時間よりも異族の到達時間には()が存在したものの、結局、教会側の戦線は、ゆくっりとであるが、崩壊した。第二陣では第一陣のキラープリンセスより多くのキラープリンセスが暴走しかけ、第三陣では第二陣以上のキラープリンセスが同様に、第四陣からは討伐しきるまでキラープリンセス達が保たず、第五陣にて作戦は形を保たなくなった。

 戦える者は剣を摂れ、最後の一瞬まで敵を討ち滅ぼすのだ。

 追い詰められた教会は愚策中の愚策を採った。戦闘可能な全キラープリンセスによる異族への特攻を命じたのだ。キラープリンセスを使い潰すかのような暴挙。平時なら糾弾されるべき愚策が、この場においては最善策だった。

 早期の討伐戦の決着。キラープリンセスの暴走が高い確率で起こる危険性を伴うが、この討伐戦に教会側が勝利することができるであろう、可能性がない中でも雀の涙ほどのそれを持つ方針の元で、討伐戦は続行される。

 奏官も、キラープリンセスも、その誰もが必死に、文字通り命を懸けて戦った。

 けれども、現実には及ばなかった。

 だからこそ、レーヴァテインは、一人(・・)で此処に立っている。

 先の戦闘で、レーヴァテインと肩を並べていた八人のキラープリンセスたちは戦闘不能となってしまった。結果として、唯一暴走し得ない彼女だけが立つのは必然であった。

 レーヴァテインにもわかっていたことではある。それでも、暗い気持ちになるのは我慢できなかった。

 第五陣までで討伐できた異族は約二千五百体。全体の四分の一しか討っていない。残りの四分の三を単独で討伐しなくてはならないと考えると、気が重くなるのだった。

「……」

 無言のままレーヴァテインは地平線を見つめる。既に次の白の猛威が姿を見せ始めていた。

 視界にそれを収めると、やはり無言のままレーヴァテインは剣を摂り。

 駆ける。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 柄にもない咆哮を上げて、レーヴァテインは一息に群れに飛び込んだ。

 異族の群れへと一息に特攻し、奴らの中心点へ躍り出る。

 異族からすれば格好の獲物。援軍が望めないというのに、わざわざ敵に囲まれてくるとは有り難い。

 喜色ばんだ鳴き声を上げると、レーヴァテインへと殺到する。

 血を啜り、肉を頬張る。捕食願望を満たす素晴らしい未来を一体一体が疑っていなかった。

 しかし、そんな未来は当然訪れない。

「――――ッ!」

 異族の上半身が飛ぶ。

 「グギャ?」

 そんな間抜けな声を出した異族たちは気付いていないのだろう。

 彼女のたった一振りで、取り囲んでいた自分達が横に真っ二つにされたことなど。

 ドサッ、という音は異族の下半身が倒れた音か、上半身が落ちた音か。

 忽ち異族の波が止まる。大して知能のない異族でも、目の前に立つ脅威を警戒する程度のことはできる。

 一瞬の異族の膠着。その隙をレーヴァテインは見逃さない。

「―――ッ!」

 真正面に立つ異族を一撃必殺の定石通りに斬り殺す。彼女は止まらずに、一体、二体、三体と連続して異族を斬っていく。

 異族に防御は叶わない。剣だろうが槍だろうが、そして斧だろうが、等しく彼女の一太刀は異族の得物を砕き、その肉体に刃を届かせているのだ。

 もはや異族に残されているのは絶命の一撃を回避することのみ。しかし、銀の旋風がそれを許すはずもない。

「はっ!」

 長剣の一撃を一歩引いて避けようとした異族を、さらに一歩踏み込んで突き刺した。

 息を吐く間もなく、背後の異族を一薙ぎで刈り取る。そして、また次の異族へとレーヴァテインは剣を振り下ろし続ける。

 一体異族を切り殺すと、弓の異族が突然彼女の前に飛び出してきた。否、元々彼女が切り殺した異族の背後にいたのだ。

 既に矢は引かれている。そして、放たれるのに時間はいらなかった。

 レーヴァテインの眉間に向けて矢は放たれた。レーヴァテインと矢の切っ先間のは距離にして十センチ。

 普通なら躱せぬ距離、されどレーヴァテインは躱した(・・・)

 顔を左に捻る。ただそれだけの動作とはいえ、尋常の反射神経ならばそんな所業は不可能のはずだ。

 それでも彼女はやった。不可能を可能にした。

 弓の異族の鳩尾に正拳を繰り出すと、それだけで異族は比喩ではなく吹き飛んだ(・・・・・・・・・・・)

 人間と同じ、もしくはそれ以上の重量を持つ異族をだ。

 もうキラープリンセス(レーヴァテイン)と異族は比較する必要のある力関係ではなくなっていた。此処にあるのは、狩る者と狩られる者という明確に線引きされた両者によって繰り広げられる一方的な蹂躙劇だ。

 獅子奮迅、鬼神が如き勢いで奮戦するレーヴァテイン。第一陣初戦時では見せていなかった彼女の著しく上昇した身体能力の要因は、やはり共鳴によるバックアップによるものだ。あの時よりも時間が経っていること、そして何より彼女自身が強化された力に慣れ、濁流のような力を使いこなしていることが一番大きい。他のキラープリンセスにとってはデメリットとなる強い共鳴現象は、暴走の原因となる感性を持ち合わせない彼女にとっては――ただ一つのデメリットを除いて――この上ないメリットとして機能する。

(こんな便利なものを使わない道理はない!)

 異族の群れの中を走る、走る、走る!すれ違い様に必ず異族に致命傷を負わせて、確実に一体一体丁寧に殺していく。

 レーヴァテインが同じ場所に留まらないのは、異族の集中を防ぐためだ。流石に数百体の規模に殺到されてはレーヴァテインでも捌ききれない。常に場所を移動しつづければ、対処可能な数以上の異族を相手にすることはないので、レーヴァテインはこのように戦っている。

 しかしながら、どうしても上手く行かないこともあるわけで。大量の異族という壁によって、彼女に進路は断たれてしまった。三百六十度見渡す限り、異族、異族、異族。厄介なことに鎧型種が多くおり、容易には切り抜けられないだろう。

 けれど、レーヴァテインの足は止まらなかった。なんと、手近な鎧型種を踏み台にして空へ跳躍したのだ!さらに地上の鎧型種にスリロスを投擲。凶悪な速度で投げ飛ばされたスリロスは進行線上の異族を貫き、血と肉塊の悍ましいカーペットを作り上げていった。

 これ見よがしに放たれる矢を手刀で弾き返し、時には投げ返し、地面に着地したレーヴァテインは血みどろの進路を通り、投擲したスリロスを回収する。そして、再び一方的な虐殺を繰り広げ始めた。

 絶対的優位に立つレーヴァテインは圧倒的だ。レーヴァテインが終始有利なまま討伐戦は進んでいく。

 事態はこのまま収束するかと思われた。

 このままレーヴァテインが一人で、討伐しきってしまうのではないか、とダウンしたキラープリンセスや奏官たちはそう期待していた。

 けれど、現実は甘くない。やがて希望は打ち砕かれる。

 レーヴァテインが勢いに任せて、スリロスを打ち込んだ。目視できないほどの速さで打ち込まれたそれは剣の異族の胴体を分断するはずだった(・・・)

「―――――なッ!」

 必殺の一撃たるそれは、しかし約束された結末を導き出せなかった。

 答えは単純。異族が上体を逸らして、迫りくる死の一撃を避けたのだ。

 レーヴァテインの中に浮かんだ最初の言葉は「有りえない」だった。異族にあの速さは見切れない。避けることなど不可能のはず。

 加速を殺さないまま、ステップを踏み、体を回転させる。遠心力のままに、逃した異族に追撃を掛ける。

(一度は偶然のはず、だったら――ッ!)

 そうだ殺せるはず。そうでなければ、おかしい!

 異族のスペックをレーヴァテインは遥かに凌駕しているのは既に証明されている。であるならば、であるならば――!

 レーヴァテインの黒紅の剣が異族の白へ振り下ろされる。レーヴァテインは剣の黒紅が異族の白へと吸い込まれていくような様は幻視し、勝利の手応えを感じていた。

 だが―――

「ギッ」

 短い鳴き声を残して、異族の姿がレーヴァテインの目の前から掻き消えた。

「えっ?」

 勝利を確信していたレーヴァテインの一言は思わず零れてしまったような響きだった。

(消えた…?一体……何処に?)

 平生のレーヴァテインであったならば、そんな疑問挟むことなどなかっただろう。しかし、今のレーヴァテインは普段の何倍もの力を手にしていた。異族を簡単に殺し得る力を手にしてしまっていた。

 だからこそ、慢心していた。

 異族になど負けはしない。束になってかかってきても、容易に殺しきれる。

 そう思い込んでしまったのだ。

 結果レーヴァテインは殺し合う敵に注意を払うことを怠った。

 一瞬レーヴァテインに生まれたのは思考の空白だ。それは一呼吸の間もない刹那の出来事であったが、戦闘の場において致命的な隙となる。

 困惑するレーヴァテインに与えられた現実の返答は、腹部の衝撃だった。

「―――――ぶッ」 

 レーヴァテインが吹き飛んだ。それこそ、彼女が弓の異族を殴り飛ばしたときのように。

「がはっ、ぐ、くぅ………っ!」

 ろくに受け身も取れずに、何度も体は跳ねる。

 体中が熱い。特に直接打撃を受けた腹は特にだ。加えて、同時に感じるのは息苦しさ。さきほどの一撃で肺の中の空気を一挙に体外へと吐き出してしまった。おまけに胃液やらその内容物が逆流してしまっている。げーげー、とそれら地面に吐き出すと、なんとか空気を肺一杯に吸い込んだ。服に守られていない足には擦過傷が出来ているようで、ひりひりとした痛みを感じている。視界は未だ明滅し、頭は鈍い痛みを抱えていた。

「うぐぅっ!」

 幸い五体は無事。それでも少し体を動かすだけでも、激痛が全身を駆け巡るほどの重傷を負っていた。

「くそっ……!」

 頭痛が治るまでは動きたくないのが本音だが、ここは異族の群れのど真ん中だ。甘えたことは言ってられない。

 一言そう悪態を吐いて、スリロスを支えにレーヴァテインはなんとか立ち上がる。

 足は震え、腕は痙攣し、体は休息を求めている。

 自らの体が訴える全ての衝動をねじ伏せて、ボロボロの体でレーヴァテインは剣を構えた。

 レーヴァテインには撤退という選択肢は与えられていない。今でこそコルテから離れているため、異族はレーヴァテイン一人に意識を注いでいるが、レーヴァテインが撤退してしまえばい、異族はコルテへと猛進するだろう。そうなってしまえば、一番最初に蹂躙されるのは暴走をしかけて気を失わされたキラープリンセスたちとその奏官だ。

(全くなんでこんなことしなくちゃならないよ)

 ああ、本当に野良であった頃が懐かしい。何の義務も責任もなく、空を飛ぶ鳥のように自由気ままに生きていた過去が酷く遠いもののように思える。

 思えば、あの男と出会ってからの時間は随分濃いものであたように感じられる。何よりあの男のキャラクター自体がかなり濃ゆい。あの男と共にいるだけでも、お腹一杯になるくらいだ。加えてコルテで出会ったマイアやカルロと言った面々も、あの男には及ばないまでも人の中ではかなりの変わり者たちだろう。マイアなどは特に変わっていると思われる。

 ラーメンで例えるならば塩分過多といったところか。味が濃すぎて、塩辛い。そんな日々は肌に合わない。そろそろ水が欲しいところだ。

「ふぅーーー」

 一度深呼吸をする。

 それで痛みが消えるわけではないが、覚悟は決まった。

 右足を大きく引き、上半身を前方へと傾ける。重心は前に置き、滑らかに加速できるよう姿勢を整える。

 太い針で全身を貫かれているような鋭利な痛みを無視して、左足を一歩大きく踏み出す――――?

「……あっ」

 カクン、と視界が傾いた。

 いや、違う。右足が体を支え切れなくなったのだ。

 支えを失った体は地面に倒れ込む。

 まるで突然糸の切れた操り人形のように。

 唐突に、何の脈絡もなく、それこそ、ぷっつり、と。

 レーヴァテインの体は脱力したのだ。

 理由はわかっている。

 強力すぎる共鳴現象。暴走しない彼女が得る、その唯一のデメリット。

 それは肉体の限界という名前だった。

 肉体のスペックが上がるということは、肉体への負荷が大きいということと同義。ここにきて、彼女の予想よりも早くレーヴァテインの体は限界を迎えてしまった。どうやら暴走はしないものの、感覚だけは狂っていたらしい。

 足に力を入れてみるが、ピクリとも動かない。

 腕に力を入れてみても、剣は持ちあがらない。

 かろうじて上半身を持ち上げることくらいはできる。だが、それが何になる。

 最後のキラープリンセスが倒れてしまった。この現実は揺るがない。

(……万事休す……ね)

 異族の大群は間もなくコルテに辿り着き、血を啜り、肉を喰らうだろう。

 自分の力が及ばずに命が失われることに思う所がないわけではない。

 それでも、まぁ――

(……仕方がない…か……)

 できることはやった。人事は尽くした。ならば、全ては天の御心のままだ。教会風に言うならば、神の御意志という奴か。

 まったく、くだらない言葉だ。そんなもの、ただの諦めでしかないじゃない。

 存外に教会も怠惰ね、とレーヴァテインは独りごちた。

「ギィィィッ!」

 へたり込むレーヴァテインに向けて、異族たちが殺到する。

 結局、どうして異族の身体能力が急に上がったのかはわからずじまいだ。あのいけ好かない白衣の男なら分かったのだろうか。きっと分かるのだろう。あの男は訳の分からない知識を詰め込んでいるから、訳の分からないことに説明をつけることが出来るに違いない。

 白の群れが迫る。

 もう最初の一頭は目の前だ。

 剣を振り上げ、今直ぐにも振り下ろさんとしている。

(これで…終わり…)

 本音を言えば、死ぬのはちょっと怖い。

 しかし、こうも思う。

 あの時(・・・)を繰り返すよりはまだましだ、と。

 あの時?はて、ふと浮かんだ言葉だが果たしていいつだったか?

 まぁ、どうでも良いか。

 私は今此処で死ぬのだから。

 銀色に輝く異族の剣が、私の頭を―――――っ!

 

「レぇぇぇェェェヴァァァテェェェェェェイぃぃぃィィィィィィンーーーッ!屈めぇぇぇェェェェッ!」

 

 久しく聞いていなかった声の咆哮が聞こえた直後。

 異族の剣を避けるように背中側からレーヴァテインが倒れ込むと同時に。

 

 世界が白に染め上げられた。

 




words
・コルテ大規模討伐戦戦況整理
第一陣の初戦時より強力すぎる共鳴現象により暴走するキラープリンセスが現れ始め、第一陣の二戦目では既に当初の作戦が体を為さないほどにキラープリンセスが暴走しかけていた。よって戦線は崩壊。
教会は捨身の総力戦に切り換えるも、結局シンと契約しているレーヴァテインしか戦闘継続できなかった。
そして、レーヴァテインも限界を迎えた時……

・何故暴走しかけていたキラープリンセスを気絶させるのか?
一つ目に暴走したキラープリンセスは敵味方関係なく襲い掛かるため、戦闘の邪魔になるから。
二つ目に気を失わせてしまえば、暴走の進行を抑えられ、目覚めたら正気に戻っている可能性があるから。一応平常時から暴走への移行期間が存在するために、その間であれば十分暴走を止めることが可能である。ちなみにパラケルススは移行状態だった。
暴走しかけたキラープリンセスを止めたのは当初戦闘に参加していなかった杖のキラープリンセスたちや暴走しないレーヴァテインが行っていた。

・共鳴現象
同武器系統のキラープリンセスが一定範囲に複数人いると発生する現象。ラグナロク教会は原理を把握していない。
この現象がキラープリンセスに及ぼす影響は身体能力の向上。しかしながら、今回の討伐戦ではあまりにも多くキラープリンセスが集まってしまったので、身体能力が過剰に挙げられてしまった。結果キラープリンセスたちは異族を殺しやすくなったために、暴走の危険性が上がってしまった。本来ならば、ちょっと身体能力を上げる程度、垂直跳びで普段より二、三センチ高く跳べるくらいものである。

・レーヴァテインのスペックについて
キラープリンセスの中でも破格の戦闘能力を持つレーヴァテイン(イミテーション)の中でも、かなり突出した戦闘能力を持っている。コルテに入る前の討伐戦と今回の戦いも含めると明らかだ。
また暴走しないために、他のキラープリンセスと比べて継戦能力も長い。
では、何故レーヴァテインは暴走しないのだろうか?さらには、何故ここまで戦闘能力が高いのか?

・弓のキラープリンセスは矢を空気中のマナから生成可能。

・トナティウが祀官を殺し離反。動機は不明。

・異族の身体能力も上昇している。
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