22
国際連合異界存在研究機関、その無機質な白い廊下にて、未来でシンと名乗る青年はとある部屋の前に立っていた。カード認証式のインターフォンに自分の職員カードをかざすと、ピンポーンという電子音が扉の上に備え付けてあるスピーカーから鳴る。
国際連合異界存在研究機関の全ての鍵は電子キーだ。入所すると配られる職員カードには電子キーとしての機能が備え付けられている。
専用の読み取り機器にカードをかざすと、数回のツーツーという単調な音の後、受話器を取る音がして部屋の主の声がスピーカーから流れて来た。
『はいはーい、どなたー?』
「俺だ。入っていいか?」
『おっ、来たな。待ってたぜ』
部屋の主が言うや否や、扉は開かれた。遠慮なく青年が部屋に入る。そも今回が初めての来訪というわけではないのだし、親友の部屋に入るのに妙な心構えなどいるまい。
研究機関から与えられる個人部屋は一般のアパートの部屋よりも広い。だが、この部屋は手狭に感じた。何しろ物が多いのだ。それも研究とは全く関係のない趣味の物が。ライトノベルに時代遅れのBlu-rayディスク、ゲームのパッケージなどが窮屈そうにしており、特に目につくのは無数の美少女フィギアだろう。それらが所狭しと並べられているだけでも、それなりの圧迫感はある。
「相変わらず、落ち着かない部屋だな」
「うるせー、俺は落ち着くからいいんだよ」
「別に責めてるわけじゃないんだが……」
部屋の主人ー天才マックが不貞腐れたように、プイっと顔を背けた。
青年もアニメやライトノベルーー所謂オタク文化に触れているが、のめり込んではいない。せいぜいライトノベルを読んだり、アニメを視聴したり、ボーカロイドの曲を聴くくらいだ。作品自体に興味はあるけれどフィギアやグッズ等は買わない主義である。
「で、さっさと本題に入っても良いか?」
「俺に対するフォローはないのな。ま、別にいいけどよ」
そうぶつくさ言いながら、マックはファイルを唯一研究関連に使っている棚から取り出した。
「お前、もう少し研究にスペースを割いたらどうだ?」
「いらないから別にいいだろー。コンピュータにデータとして保存するか、最悪全部記憶しちまえば良い。何たって、俺は天才だからな」
ニヤリと不敵に笑って、マイクはドヤ顔をかます。
「嫌味な奴め」
「事実だからな」
何度も繰り返されたようなやり取りをしつつ、件のファイルを机の上に開いた。
そこにあるのはとある研究成果を纏めたレポートだ。研究成果はこれからの異界存在との戦闘で重要なものであり、そして、その研究とは青年が兼ねてよりマックに頼んでおいたものに繋がるテーマでもある。
テーマ名は『
「お前も忙しいのに、無理を言ってすまなかった。分野が違う以上、俺ではどうしようもなくてな…」
「気にするな。この程度なら片手間の研究で事足りるさ。俺の手に掛かればすぐに終わる」
「流石、天才。分野外のこともお茶の子さいさいか」
「おう、もっと褒め称えたまえ」
「…………なんか褒める気無くす」
青年とマックはレポートに目を移す。
「さて、そんじゃあ、話を戻すが……共鳴現象についての説明は不要だな?」
「勿論だ。共鳴現象はつまるところ、M波の合成によって引き起こされるものだ。あちらではこちらの位相の波の法則とは異なっている。あちらの位相の合成の発生条件は波長、振幅、周期の三要素の数値が近い数字であること。なので共鳴現象が起きるのは、対異界存在兵士間では同じ武器系統で、異界存在の間では同種同士――例えばタイプ:デーモンならタイプ:デーモン同士で、タイプ:ゴブリンならタイプ:ゴブリン同士で引き起こるものだ。また合成された総体としてのM波は、それを構成するM波を欲する個体に影響を与えることが判明している」
「その通り。共鳴現象が起こると、異界存在細胞――通称M細胞は活性化、その恩恵で代謝能力や身体能力、傷の治りの速度が上がったりするわけだ。じゃあ、暴走時のM波の波形は?」
「対異界存在兵士個人が放つM波の波形は通常のそれより大きく乱れている。これは時間が経つのを待つしか解決方法がない」
「イエス。さすが、
「そんなことはどうでも良い。何故そんな常識を確認する?俺がお前に頼んだのは、杖系に依らない対異界存在兵士の暴走を治療するための方法の模索だったはずだが……」
最初にマックがレポートを出した時にも不思議に思い青年は首を傾げていたのだが、どうして脳への過負荷によって起こる重度の発熱がM波に繋がるのだろうか?共鳴現象は直接暴走と関与するようなものでもない。どういう繋がりがあるのか、凡才たる青年には想像できなかった。
「わからないか?もう答えは出ているんだぜ」
そう言われて、少々青年は考え込む。
一つ思いついたのは、共鳴現象によって脳の働きが活性化するというものだった。情報処理能力を上げれば暴走の原因は取り除かれる。よってM波を再現し、共鳴を促進させる方法を指しているのかとも思ったが……
「馬鹿、それだと余計に脳を使わせてるじゃねえか。もしやったら、最悪脳細胞が死滅して脳死、良くても脳に後遺症が残るぞ」
マックにそう言われて、青年はその考えを放棄した。
「―――すまない、全然わからない。お前が言いたいことはどういうことなんだ?」
「簡単なことなんだけどな。ちょっと見方が違うってだけで」
未だ真意を掴みかねている親友に向かって、天才は不敵に笑ってこう言った。
「共鳴現象が、つまりはM波が体に影響を与えるなら、M波の効果に対して指向性を持たせれば、共鳴現象の影響が身体能力の強化以外のことにも応用できるんじゃないか?」
「―――ッ!」
「確かに、ちゃんとした治療法の方が遥かに良い。生半可な治療では後々悪化させるだけだろう。でもな、もし実用化できれば、きっと彼女たちの帰還率を上げられる。M波に横槍を入れるだけで可能なら、戦っている間でも処置が可能だ。そして、この技術が最も効果を発揮するのは大規模作戦だろう」
「そう、例えば、二百人以上の対異界存在兵士が一堂に会する作戦とかな」
23
消えゆく極光の白柱。
まるで白昼夢のような出来事だった。さながらの神の裁きのような光は、しかしながら決して泡沫の夢ではない。
その証拠に、レーヴァテインが体を持ち上げると、異族の代わりに赤と白の残骸がそこには転がっていた。辺りに満ちるは花の匂いよりも濃肉が焦げる匂いと空気に僅かに残された熱。五感が伝えうる限りの情報があれが夢ではないと、レーヴァテインに訴えかけていた。
しかし、あんな光の柱を生み出す大量破壊兵器が実在するのだろうか。目の前に現実を突きつけられてもなお、レーヴァテインには信じられなかった。よく考えてみてほしい。数百体の異族を一撃にして屠る兵器などが存在していれば、キラープリンセスなんて不要ではないか。わざわざ一体一体白兵戦で討伐するよりも、一撃で皆殺しにした方が早いに違いない。
あの光柱が一体何なのかはレーヴァテインには皆目見当がつかないが、似たようなものならば知っている。
銃のキラープリンセスの一人、ブラフマーストラのマナ弾にそれはよく似ている。
けれど、彼女のマナ弾は光線ではあれど光柱ではない。異族を射抜く貫通性を持っていても、消滅させえるほどの熱量は保持していない。
誰がやったのか、いや答えは既に出ているだろう。
「遅くなってすまなかった」
レーヴァテインの前に立つ白衣の男。彼女が契約を結んでいて、偽物の奏官として行動を共にしていた
眼鏡は無事だが、白衣には所々赤い染みが付き、髪は乱れ、ズボンはすっかりくたびれてしまっている。特に目を引くのが左腕。街を出る時までは包帯に隠されていた左腕は人間のそれではなかった。
陶器のような光沢を持ち、色は墨そのものであるかのような黒。男の腕は滑らかな質感を持っていた。生物らしからなぬ質感の不気味さは異族の白色の体と良い勝負だ。だが、反面レーヴァテインは不気味さと同時に男の左腕に対して、何処か自身と近しい気配を感じていた。
「以外と手間取ってしまってな。キラープリンセスたちが暴走未遂に陥る前に合流して、暴走しにくい安全圏を確保するつもりだったが……まさか異族の共鳴現象がこんなにもはっきりと現れるなんて思っていなかった。所詮は秩序無き混ざり物と侮ったのが間違いだったか」
『ですから申し上げたではありませんか。油断はするな、と。貴方はキラープリンセスに勝る点を持っていますが、絶対的に劣っているのです。キラープリンセスが苦労して討伐する異族を相手に慢心が許されると思っているのですか?』
「一応は気を付けてはいたんだがな」
左眼をチカチカと光らせながら、男は誰かに話しかけている。レーヴァテインの視点からは不審者以外の何者でもなかった。
そんな訝し気なレーヴァテインの視線に気づき、男は弁解する。
「そんな目を向けないでくれ、別に気が触れたではないから……」
「いや、今更手をくれだし……」
「お前の中で俺は不審者だったんだな。正直な所を言わせてもらえば、かなりへこむ」
「自業自得でしょ。それで、聞きたいんだけど」
レーヴァテインは目の前の惨劇を指さす。
「あれ、やったの貴方?」
「そうだな。俺がやった」
「どうやって?」
「コード2754389」
「は?」
「正確に言うならば、コード2754389〈ブラフマーストラβ〉の荷電粒子砲。まぁ、実際の荷電粒子砲とは異なるのだが…」
「荷電粒子砲……いや、そんなことどうでもよくて、ブラフマーストラってどういうこと?キラープリンセスのブラフマーストラなの?」
「無論だ……とも言い難いが、その亜種だと考えてくれ」
「そう……どうやってブラフマーストラのスリロスを持ってきたわけ。途中で仲間にしたの?というより今まで何をしていたのよ?」
「今まで何をしていたのかに答えるならば、異族を討伐していたのだが……諸々に答えるなら、実際見てもらったほうが速いか」
一体、何を。そうレーヴァテインが問いかけるよりも早く、その男は動く。
「CMCシステム起動、コード1548726・アルテミス」
瞬間、男の左腕が蠢動する。筋肉や関節による動きではない。ボコボコ、と妖しく肉が泡立つように動いている。
やがてその肉の蠢動は治まっていき、突如として左腕が肥大。レーヴァテインに驚きで息を呑む暇を与えることなく、肉塊は一つの形となった。
「そ……れは…」
それは黄銅色の長弓であった。人の身長ほどもある長大な弓で、矢を番える場所以外は人の肋骨にも似た骨組みで補強されてる。そこはかとなく月を彷彿とさせるフォルムであるのは、本来の持ち主のキラーズに由来しているのだろう。
男が持っている弓の本来の持ち主はアルテミス。男はレーヴァテインの目の前で彼女のスリロスを生成してみせた。
目の前の珍事に唖然とするレーヴァテインを無視して、男は立て続けに矢を左腕から形成するとこう言って矢を射る。
「CMCシステム起動、
ビュン、ビュン、ビュン。
弦が三度鳴る。すなわち放たれた矢は三本。コルテの街、正しくは奏官や休養中のキラープリンセスたちが待機する丸太の柵の向こう側へと等角度に三方向へと放たれた。
「………」
「ほら、どうした?早く立ってくれ。次の群れが来るぞ」
ポカンとしっぱなしのレーヴァテインをフォローすることなく、男は彼女に速く戦闘準備をするように催促した。
(色々聞きたいけれど、どうせ答えないのでしょうね…)
男の秘密主義についてはもう諦めている。事情を聞くのは時間の無駄だろう。
はぁ、と小さくため息を吐いて、レーヴァテインは男の言葉に首を振った。
「無理よ。体が限界を迎えているみたいなの。なんとか意識だけは保っているけど、正直な所結構ギリギリよ。今にも気を失いそう」
「共鳴現象の影響か。過去よりも強化具合が大きいな。以前だったら、この程度でキラープリンセスの体が音を上げることなんてなかったのだが……」
ちょっと背中を貸せ、そう言って男はレーヴァテインの後ろに回り込んだ。
「CMCシステム起動、
「―――っ!」
レーヴァテインはたまらず体を震わせる。
男がシステムを起動させると同時に、体中に電撃が走ったような鋭い痛みが走った。体中の筋肉という筋肉が熱くて痛い。運動しすぎた後の筋肉疲労と筋肉痛のまま無理矢理体を動かした時のような痛みが同時に彼女を苛んでいる。気絶してしまいそうなくらいの激痛に、たまらず苦悶の声を上げた。
「痛ぅっ、うくぅっ」
「すまない、レーヴァテイン。かなり痛むだろうが、耐えてくれ」
「わかっ………てるわよ……っ……そんなっ…ことっ!」
ああ、わかっている、わかってるわよ。
唇を噛み、その痛みで飛びそうになる意識を保つ。ここで意識を失ってしまったら、二度と起き上がれない。そんな気がしていた。
「っつぅ……ふぅっ…」
時間にしておよそ二十秒。男はようやく手を離す。
「よしっ、これで大丈夫なはずだ。立てるか?」
「ええ、なんとかねっ」
後を引く痛みと少々体が動かしにくく体がよろめきそうになるのを踏ん張りながらも、スリロスを支えにしてなんとか立ち上がる。
男は手を差し出してきたが、突っぱねた。ちょっと寂しそうな顔をするのはなんでなの?
ズン、ズン、ズンという足音が彼方より聞こえてくる。それらはつまり異族の足音。今までよりも、ずっと多くの異族が群れなしてコルテへと向かってきているのだと、レーヴァテインは確信した。
「で、どうするの?」
「どうするの、とは」
「貴方、今まで何がしかしてきたのでしょう。知ってること全部吐きなさい」
「吐きなさいとは物騒な。まぁ、構わない。もとよりそのつもりだ」
ふぅ、と息を吐いて男は続けた。
「五日前、街から出発した俺はキラープリンセスたちの負担を減らすために異族をできる限り減すために手当たり次第に異族を食い散らかした。さっきやったように左腕からスリロスを生成したり、ブラフマーストラβで吹き飛ばしたりな。異族はキラープリンセスの休息時間が長くなるように、群れを一つ一つ飛ばしながら討伐していった。例えるならば、横断歩道の白線を跨いで歩くようにだ。で、途中で異族の集合離散の法則を把握したから、異界存在のタイプ:ウツボカヅラの一種を利用して異族を一か所に集めてブラフマーストラβで一掃した。おかげで約五千体の異族を討伐することができた。うん、僥倖だった」
「五千って……私たちが討伐できたのは二千五百程度よ。貴方って人間よね……いや人間じゃないか。その左腕を見る限り」
「心外だな。俺は人間だぞ。その在り様ではなく在り方が」
「いや、私にはそうは思えないんだけど」
キラープリンセスを恐れていない時点で、人の大多数の在り方とは大きく外れていると思うんだけど……。
そうレーヴァテインは思ったが口には出さなかった。今この場で話すべきことではない。
「他には何かないの?もっと、こう現状を打開する必殺技みたいな策」
「ここまで来たら、無いな。もうちょっと速く合流できていれば、一万体も討伐しなくて済んだかもしれなかったが」
「何よ、その今まではあったような物言いは」」
「異族の群れを見て見ろ」
男が指さす先には、今まさにやってきた異族の群れ。
いや、正確には違う。
男の指先が指し示しているのは――
「何よ、あれ」
それは明らかな異物。
無数の異族たちの中で、一際異常な個体がそこにいた。
何が異常かと一目見て答えられるのは、その体躯だ。巨大、その一言に尽きる。最も一般的な異族である戦型種の大きさの数倍――建物の二階ほども身長あり、鎧型種を空気で膨らませたような歪な姿をしている。
しかし、最たる異常は巨大な体躯ではない。
頭には銀色のヘルメットをかぶり、所々素材不明の色彩豊かな糸――まるでラーメン屋で見た男の落とし物のような――が所々飛び出している。背中にはまたまた黒色の金属でできたリュックのようなもの。その上部からはピンク色の奇抜な気体が噴出している。
呆然としている、というか色々ありすぎて理解が追い付いていないレーヴァテインだが男は慮らない。普段はレーヴァテインを優先する彼も彼女を無視してる現状は、よっぽど切羽詰まっているということの表れか。
「あれが何だかわかるか?あれがラグナロク教会の最奥が生み出した化け物、計画派が用意した
立て板に水のように話す男の話の内容をレーヴァテインはまったく理解できなかった。
「異族が何故群れるのかについてだが、これは異族が発しているフェロモンに起因する。一つ一つの群れの異族たちが発するフェロモンはそれぞれ別物だ。二つの群れが遭遇した場合、異族たちは自分が属さない群れのフェロモンを吸うと
「――――えっと……つまり?」
「あれを倒せば終わったってこと。今となってはの話だが」
説明の無駄を無くしてしまえば、異族を誘導する巨型種を討伐すると、異族の習性通りに群れは瓦解する。コルテの街に到達する以前に討伐できていたら、わざわざ一万体も討伐しなくてよかったのである。
「なんで討伐しなったの?さっきの、なんだっけ、ブラフマーストラ
「βだ、β。一応試みてはみたのだがな。どうやらマナで障壁を張ってるらしく、ブラフマーストラβでは破壊はできたが、貫通はできなかった。壊した後に他のスリロスで追撃しても、攻撃が当たる前にマナの障壁が再度張られてしまう。結局どうにもできずに、ここまで来てしまった。すまない」
「なんで、貴方が謝るのよ。貴方は悪くないじゃない。別に手を抜いていたわけではないのでしょう?」
「それは勿論だ。一切手など抜いていない」
「なら、貴方が謝る必要なんてない。全力を尽くして、それでも届かなかった。例え結果を残せなかっとしても、他人が非難していいわけじゃない」
「―――やっぱり、優しいな。レーヴァテインは」
「私は私の考えを言っているだけ。そこに思いやりなんて皆無よ」
「そうか。それでも俺はお前が優しいと思う」
「勝手に思ってなさい。でも、期待とかそういうのはしないでよ」
「わかってる。絶対しない」
なら、良い。
レーヴァテインは首肯して、こちらに向かってくる異族の群れをみやった。
巨型種が率いる異族の群れ。男の口ぶりからするに、最後の来襲となるだろうその群れは、今までの小グループとは数の桁が違う。少なくとも二千五百体、最悪三千体に登るだろう。計算が合わないかもしれないが、コルテに侵攻する間に、新たな群れが巨型種のフェロモンに釣られていてもおかしくはない。
これを二人で。レーヴァテインと隣の男とで倒さなければならない。
やはり絶望的な状況に変わりはない。
(いや、どうにかなる?)
ブラフマーストラβ。
一帯の異族を一瞬の内に殲滅せしめたあの光柱ならば、あの程度の数は造作もないのでは?
「あ、因みにブラフマーストラβは後一発だから討伐には使えないぞ」
「は?」
「ブラフマーストラβは巨型種のマナの障壁を突破するのに使う。色々試してみたけど、スリロスの内で障壁を突破できるのはブラフマーストラβしかなかった。そして、ブラフマーストラβの弾は後一発しかない」
「マナを噴出してるんじゃないの?」
「いや、俺はマナを使えない。そもそも過去の技術だから、マナ操作をできるように設計はされていない。ブラフマーストラβの弾に使っているのはこれだ」
シンが懐から取り出したのは、一本のピンク色の棒だった。
「――肉棒?」
「女の子がそういうこといっちゃいけないよ。肉柱とかにして」
「なんでよ?ま、何でもいいけど。で、それは何なの?」
「異族の血肉を固めたものだ。こいつブラフマーストラβに装填することで荷電粒子砲を放てる」
「ああ、なるほど。だから、異族の血とか肉を採取していたのね」
「そういうことだ。ま、それだけというわけではないのだが」
「となると、どうするの?本当に私たちだけで異族を討伐するつもり?」
「いいや、それは流石に無理だ。そもそも、俺はただの人間だ。地の状態ならともかく、最高レベルでの共鳴のバックアップを受けたキラープリンセスと肩を並べて戦うなど不可能に近い。出来ることがあるなら、スズメの涙ほどのバックアップくらいだ」
なんだ、それは。
「役立たず」
「返す言葉もない」
しかし、素直な所は好印象である。
「いかにもな感じで現れた癖に役に立たないのとか、ふざけてるの?」
「……ぐっ」
「というか、どちらにせよ戦線は崩壊するじゃない」
「いや、それは早計というものだぞ。俺は役に立たないかもしれが、彼女達は別だろう」
上を見て見ろ、と男は上を指差す。
導かれるがままにレーヴァテインは上を向く。
そこでは。
光の矢が空を埋め尽くしていた。
「弓隊が矢を放ったぞ。さぁ、急げ、急げ、急げ!」
コルテの砦前に設置された最終防衛戦たる丸太の柵の内側にて、少奏官カルロ・ボンビエリは声を張り上げて、奏官とキラープリンセスたちを急かす。
教会側の本陣はもうてんやわんやだ。総指揮官は祀官を殺すは、最高責任者の枢機卿は失踪するは、謎の光柱が異族を殲滅するは、
最も低い位階の少奏官が総指揮官まがいなことをしているのも、他の奏官が不測の事態の中でまともな指示がだせないからである。階級こそ低いものの場数は踏んでいるカルロは、この場にいる誰よりも速くキラープリンセスたちに指示を出した。そんなカルロを次第に他の奏官たちは頼るようになり、結果として総指揮官の座についてしまったというわけだ。
ことの始まりはシンがブラフマーストラβによって異族を殲滅した直後に遡る。
場所は教会勢力の本陣。レーヴァテインが異族の認識範囲外になるように、本陣から遠い場所で戦ってくれていたので此処には異族は一匹たりともやってきていない。
人身御供の安全地帯で、カルロは意識を失っている自隊のキラープリンセス五人の側に居た。
すーすー、と暴走しかけるという危機的状況にあったとは思えないほどに穏やかな寝息を立てる五人の娘たち。
彼女達の寝姿を見て、カルロはこう思う。
(どうして私は、
カルロが気絶した娘たちにできることは何もない。そんなわかり切った事実が彼を苛む。
時折鎌首をもたげるこの無力感。
奏官はキラープリンセスたちの戦闘を補助をし、バイブスで彼女達の力を安定させるのが役目。
それだけしかできない、ただの案山子。
そんなことは理解している、身に染みている。
でも、割り切ることなんてできない。
こんな年になっても、未だに未熟な感情を引きずっていてる。
未練がましいと思う。見苦しいとも思う。
それでも、歯がゆい、悔しい、苦しい。
自分の無力に対する怒りが沸々と心の内から湧いてくる。
大切な娘たちが危機に陥っているのに、何もできない自分の無力さが酷く恨めしかった。
(もし、あの光柱のような力があれば……)
一瞬の内に異族の群れを壊滅させた謎の光。
きっとあれはキラープリンセスの力ではない何かだ。もし手に入れることが出来たならば、矮小な人間でもキラープリンセスの力になれるだろうか?
遠い平原に今はない光の影を追い求める。追いすがるような瞳で地平線を見つめる。
(ん?なんだ?)
きらり、と視線の先で何かが煌めいた。
かなり遠いのでよくわからないが、レーヴァテインの隣に誰かがいる。その何者かが手にしている何かが太陽の光を反射したのだ。
煌めきは一瞬だ。それが一体何なのかをカルロが知ることはできなかった。
それでも、レーヴァテインの隣にいる何者かを見定めるためにカルロはじっと目を凝らした。
その直後。
ずがっ、という音を立てて、一本の黒い陶器のような矢が地面に突き刺さる。
疑問を持つ余地もなく、矢を中心に同心円状にキラープリンセスたちの体が、ビクンッ、と跳ねあがった。
「っ!?」
カルロの背筋に冷たいものが走った。
ただ事ではない様子に娘たちの元へと駆け付ける。
一体何事だ?気を失っているのにも関わらず暴走か!?
取り乱すカルロ。けれど、彼の暗い憶測を裏切るように、爽やかな朝の目覚めが如く目を覚ましたキラープリンセスたちは、口々にこう言ったのだ。
「私たちを戦わせてくれませんか」と。
そして、現在。カルロは自隊だけではなく、前線で全体の指揮を執り、戦線に立っている。
カルロとて最初は反対した。
また暴走するかもしれないから危険だ。君たちは此処で待機していたほうが良い。
そう言って、娘たちを引き留めた。
けれど、彼女達も食い下がった。
私たちもう大丈夫だ。暴走の危険性はない。
絶対の確信と強い意志を込めた瞳で彼女達は宣言したのだ。
最初から悩む必要なんてなかった。
奏官にできることなんてたかが知れている。
だったらできることをしよう。
彼女達を信じよう。
ここで彼女達を信じられずして何が奏官か!
気が付けば、頷いていた。
そうしてからは何もかもが駆け足で動いていった。
目覚めたキラープリンセスたち。到来する未知の巨大異族。
未確認の情報が渦巻く混乱の中、あれよあれよとカルロは総指揮官の座に就き、奏官とキラープリンセスをまとめ上げていた。
「カルロさんっ、全隊準備が出来たッス!」
伝聞役のマイアが全ての隊の準備が整ったことを伝えてくれた。
大きく息を吸い――――宣言する。
「全隊、突撃―――ッ!」
空気を震わせる地面を駆ける音。
疾駆する狩人の少女たち。
異族の群れに突撃する彼女達は空を走る星に似ていた。
願わくば、彼女達が空に消えてしまう星ではないことを。
願わくば、彼女達の居場所に無事に帰ることを。
カルロは戦火の目の前に立つ二人を見据えて、
「頼んだよ、シン君」
最前線にいるであろう青年に小さく祈りを託すのだった。
さて、気絶中のキラープリンセスたちに一体何が起きたのか?
その答えは、暴走時に乱れてしまった合成によって形成されたキラープリンセスの総体のM波を調整することによる個人のM波の
シンが射った三本の矢には事前にCMCシステムコードの一つ、
小難しい理論を抜けば、今この場にいる限りキラープリンセスたちは常時暴走治療用のCMCシステムコード〈
共鳴現象についてだが、安定した形にするために多少は全体の合成したM波が変質している。それでも強力な共鳴現象を受けて戦闘に臨めることには変わりはない。キラープリンセスにとって最大のアドバンテージは未だ失われていない。
また、シンが矢を三方向に射ったのは、全体のM波の調整を効率的に行うためだ。CMCコード・
「CMCシステム起動、コード2117651〈ダーインスレイブ〉」
シンは新しいCMCコードを音声入力し、新たなスリロスを形成する。
北欧神話に語られる魔剣ダーインスレイブ。そう名付けられた何の変哲のない黒い片手剣がシンの主装備だ。
三千年ぶりに握る剣はシンの手によく馴染む。二、三度振って感触を確かめていた。
「それが貴方の武器?」
レーヴァテインがシンに問う。
「ああ。他のスリロスと違って、人間である俺が使うには一番合っているスリロスだ。無論、ダーインスレイブだけではまともにやり合えなかったから、他のスリロス――ロンギヌスのだったり、パラシュのだったり、全武器種のキラープリンセスのスリロスを再現できる」
「それって……貴方は最強ってことなんじゃないの?」
「まさか。いくらか改造しているとはいえ、俺はただの人間。キラープリンセスには遠く及ばない。小手先の技を積み重ねて、ようやくキラープリンセスと同程度もしくは下位互換程度の戦闘能力しか持っていない」
シンはどこまでいっても人間の域を出ない。武器が多いとはいえ、扱う者が三流では宝の持ち腐れ。そもそもスリロスは所持者のみに許された唯一無二のものだ。キラープリンセスでなければスリロスの尖った性能を活かし切れない。よって、シンはキラープリンセスに比べて弱いのだ。
(ま、いくらでもやりようはあるが)
そうでなければ約五千体の異族を討伐できないわけだが、その理由は今取り上げるべきことではないだろう。
なんだ、やっぱり期待外れ。そう言いたげなレーヴァテインの視線から逃げるように、後ろを振り向くと極彩色の群れがあった。
キラープリンセス。
現代において人類の天敵を殺す人類の奉仕者にして迫害を被る被差別民。
人類を異族から守ることが社会的存在理由なのに、守っている人間から恐れられ、侮蔑の対象となっている、報われない少女たち。
彼女達しかいない戦場を俯瞰し、愚者の青年は小さく呟いた。
「こんなの、間違ってる」
さほど遠くない所で地面を蹴る音がした。
さぁ、最終決戦だ。
24
「私は貴方とツーマンセルで行きたいんだけど、どう思う?」
レーヴァテインは背中を合わせている白衣の青年に尋ねた。
既に異族は二人を認識し、駆けてきている。レーヴァテインとしては、さっさと方針を決めて戦闘に入りたいところだった。
「良いのか?さっきも言った通り、俺はお前の身体能力についてけないぞ」
「構わないわ。劣っている貴方とのペースに合わせるばら、私が楽できるし」
「相変わらずだな」
「それに、あのデカブツを倒すには貴方が必要でしょ。だったら、私が貴方を守るわよ。死なれたら困るし」
「………すまない、弱くて。だけど、自分の身くらいは自分でーー」
「いいのよ、別に、負い目を感じなくて。貴方は人間なんだから、大多数と同じように守られてなさい」
「それはーーーーッ!いや、今はよそう。事態も事態だからな」
シンは一瞬言い返そうとしたが、すぐに口を閉じた。訴えたいことはあるが、眼前に敵が迫る今訴えるべきことではないだろう。
レーヴァテインは言葉を飲み込んだシンを敢えて無視して、自身の長剣を構えた。男のことなどどうでも良いと思っているが、共闘相手にはグダグダしていてもらっては彼女としては迷惑だ。足踏みをする男に発破をかけるとまでは言わないが、意識を変えて貰うために武器を構えたのだ。
目論見通りにレーヴァテインに続いてシンも自らの武器を構えた。気遣いに気づいたかどうかは、彼女にはわからない。
レーヴァテインはわざと軽い調子で言う。
「準備は良い?さっさと終わらせるわよ。帰って、ぐっすり寝たいんだから」
「本当に平常運転だな。ま、その方がお前らしいか」
「む、何よ。文句あるわけ?」
「いいや、全然」
「帰ったら、高いもの奢ってよ」
「わかったよ。高くて美味いものをご馳走してやる」
「楽しみにしてるわ―――――それじゃあ、行きましょうかっ」
迫り来るはおよそ二千五百の異族たち。
レーヴァテインはシンに目配せすると、迎え撃つように群れの先頭に突撃した。
わずかに遅れながら、シンもレーヴァテインに続く。
第一刀はレーヴァテインだった。
「――――ッ!」
定石通りの一撃必殺。唐突な一撃に共鳴の恩恵を受ける異族でも反応が出来ずに真っ二つにされた。
続けて二体目に斬りかかる。しかし、その一撃は紙一重で避けられてしまった。
「―――ちっ!」
思わず吐く舌打ち。
即座に剣を引き、追撃を止めて後退する。同じ轍を二度踏んでたまるか。
相手の異族はレーヴァテインを斬り殺さんと得物の槍を人間離れした速さで突きだした。
鋭く、速いその一撃。
その穂先がレーヴァテインに届く、その瞬間に手に持った槍が弾き飛ばされた。
「CMCシステム起動、
CMCシステムコード〈
シンは瞬間強化の性質を利用して、正面切っての不意打ちに成功した。異族の意表を突いたのだ。
異族はシンが人間であることを見抜いていただろう。人類の天敵である異族にはいくらか混じっているいえはとはいえ、シンが人間であるということは火をみることよりも明らからなはずである。故に異族はシンの力を見誤っていた。人間と同程度の身体能力しか持たないだろうと本能的にあたりをつけ、油断をしていた。
だから異族はシンの一撃を許した。
「――――はッ!」
気迫と共に異族に剣を突き刺した。
ずぶり、という肉の感触が生々しい。
「冥福を」
小さく呟いて、異族から剣を引き抜く。
ぞぷり、と血が溢れ出て花畑を赤く染めた。
打ち捨てた死。戦場にも関わらず、空漠な瞳でそれをシンは眺めていた。
「ちょっと、何ぼーっとしてるのっ!」
「ああ、すまない。すぐに行く」
頭を振り、芽生えた感傷を振り払う。
この感傷は限りなく無駄なものだ。本来なら抱くべきではない、いや抱いてはいけない心の痛みだった。
今殺した
シンの罪の犠牲者の一人なのだから。
きっと振り返る資格なんてない。それでも、傲慢であっても、シンは祈らずにいられなかった。
討伐自体は順調に進んだ。教会側の討伐本隊も合流し、いよいよ討伐戦は佳境に入る。
といっても数は十分、暴走の危険性もない以上、キラープリンセス側が優位に立っている。異族も共鳴しているとはいえ、これ以上ないほどの共鳴のバックアップを受けている今のキラープリンセスにとっては大した障害にはなりえない。ワンサイドゲームとはいかないまでも、通常の討伐と同じくらいの困難さだった。
苦戦しているといえば、シンくらいである。
「CMCシステム起動、コード2176591〈ヴァナルガンド〉!」
文字通り牙を剥くシンの左腕。腕が裂け、口が開き、異族の一体を呑み込んだ。
CMCシステムコード〈ヴァナルガンド〉。北欧神話の最終戦争にてオーディンを呑み込んだ巨狼フェンリルの別名。それを冠したこのスリロスは武器を作るのではなく、左腕を一体の生き物に変じるものだ。
シンがスリロスを生成する際、M細胞は生成前と生成後で質量は一致しない。多かれ少なかれ無自覚の喪失がある。ヴァナルガンドは戦闘時に喪失した分のM細胞を補填するためのスリロスだ。発動すれば左腕に消化器官が形成され、異界存在もといM細胞を保持する生き物を食べれば動物と同様に栄養を吸収する。その栄養を以て、シンの左腕はM細胞を補填している。
「えぐい」
レーヴァテインは異族を丸呑みするシンの左腕を見て、嫌悪感を隠さずに言った。
「……気持ち悪い」
「使っている俺が言うのもどうかと思うが、気持ち悪いことには同感だ」
「狼というより蛇ね、それ」
「これを見つけたときはヨルムンガンドとどちらにするか喧嘩になった」
「ちなみに貴方はどっちだったの?」
「ヨルムンガンド」
「じゃあ、なんでヴァナルガンドなの?」
「牙が蛇の形状よりも狼のものに近かったんだ」
「……そう」
レーヴァテインの憐みを含んだ視線が痛い。
『三時方向より、異族二体の接近を確認』
左眼の〈ana〉が観測した情報を文字で打つ。
異族が二体やってきたので、シンは戦闘に逃げた。
「CMCシステム起動、コード1628532〈ワズラ〉」
左腕が蠢き、形成するは巨斧〈ワズラ〉。古くはイラン神話に登場し、インドやギリシャ、ゾロアスター教、マニ教に影響を与え、ユダヤ教のメタトロン、仏教の弥勒菩薩などの原形にもまったというミスラ。彼の棍棒と同じ名前を持つスリロスは、シンの身長と同じくらいの大きさの斧だ。刃は大樹の幹ほど広く、レーヴァテインのスリロスよりも遥かに破壊に特化した粉砕武器である。
シンは渾身の力で巨斧を振りかぶり、横薙ぎに振るう。
「らぁっッ!」
これで異族の体は真っ二つ。シンはそう予想していた。けれども、シンの予想は外れることとなる。
「ギ、ギ、ギィ」
「ギェェェェッ!」
なんと最初に斧を受けた異族が自分の体を犠牲にして、斧の追撃を食い止めたのだ。
異族には仲間を庇うという仲間意識はない。真実はたまたま庇った異族の執念が強かった、そして異族側の共鳴によって筋肉組織が非共鳴時よりも強靭になった。ただそれだけのことである。
けれども、過程はどうあれ結果は同じことだ。一体は倒れ、一体は生き残った。この事実は揺るがない。
「CMCシステム起動!コード1417845〈マサムネ〉ッ!」
早口に新たなコードを音声入力して、武器を
「CMCシステム起動、瞬間強化!」
そして、立て続けに刹那の爆発力を利用して、すれ違い様に狩り損ねた異族を切断する。
ぼとぼと、という重たい音がした。
「ふぅ……危なかった」
そんな安易な安堵に怒る者がいた。
『危なかったじゃありませんッ!何をしているのですか!』
「ワズラなら二体まとめて切断できると思ったんだ」
『異族だって共鳴で強化されているのは知っているでしょう!筋肉の硬質化も容易に想像できたはずですっ。甘い見通しは控えてください!』
「うっ、すまない」
『すまない、じゃないでしょうっ!しっかりしてくださいっ!起きてからというもの、貴方は気が抜けすぎていますっ!』
「面目ない」
『ああ、もうっ!すぐに謝るのも、貴方らしく――』
「〈ana〉、心配してくれている所すまないが」
『なんですか(激怒)』
「レーヴァテインが変な目で見てる」
『自業自得でしょうがっ!』
怒りを示すように画面が激しく明滅した後、それっきり〈ana〉は沈黙してしまった。
やってしまった、とシンは頭を掻く。
そして一連のやり取りを見ていたレーヴァテインは「頭大丈夫?」と、シンの独り言の異様さのあまり、彼に聞いてしまっていた。
「一体誰と話しているの?寂しさを紛らわせるための理想の美少女の妄想?」
「俺はそんな悲しい奴じゃない。というよりも、なんだその妙に具体的な推測は。記憶を取り戻しているのか?」
「何の話?どうでも良いこと言ってないで、私の質問に答えなさいよ」
「〈ana〉って言って、俺の左眼の義眼――正確にはこめかみ辺りの極小コンピュータに内臓されている人工知能と話していたんだ」
「―――そう、聞いた私が馬鹿だった」
相も変わらず訳が分からない説明が返ってくる。レーヴァテインは自分の学習能力の無さに嘆息した。
シンは釈然としていない顔をしていたが、レーヴァテインは無視した。
もっと建設的な話をしよう。
レーヴァテインは視線の先に歪な異族を捉えて、シンに尋ねた。
「ねぇ、こっから巨型種を狙えないの?」
「可能だ。だが、この距離だとレーヴァテインが巨型種に辿り着く前に、破壊したマナの障壁が回復してしまう。ブラフマーストラβの弾はあと一個しかない。失敗は許されない以上万全を期したい。もう少し近づくべきだ」
「そっか……とはいっても、貴方があの様じゃ厳しいみたいだけど」
手厳しいレーヴァテインにシンはただ項垂れるしかない。
巨型種と二人の間にはまだずらりと異族が立ち塞がっている。シンがあの体たらくでは突破は難しいだろう。
シンは頭を悩ませた。
まさか自分がここまで役に立てなくなるとは思っていなかった。仮にも過去でキラープリンセスと肩を並べて異界存在と戦っていたのに、たかが異族で苦戦するとは考えていなかったのだ。
シンの所感では異族は異界存在より遥かに弱い。現に単独行動していた間は苦戦せず討伐はできていた。
シンが苦戦しているのは、ひとえに異族の共鳴が原因である。異族の戦闘能力は共鳴の有無で大きく変わっていた。
(ほとほと今回は共鳴に苦しめられるな)
キラープリンセスが陥った暴走未遂。これも強すぎる共鳴現象による身体能力の超強化が原因であったし、彼女達が危機に陥る前に戦線に戻り、
それでも、二人が行き詰っているのは事実。他隊のキラープリンセスに協力を仰ごうにも、彼女達は異族の討伐に掛かり切りで増援は望めない。全ての異族を討伐してから巨型種を討伐するのも一つの手段だが、それまでに疲労した彼女達の体が動けるかどうかわからない。
「ブラフマーストラβであれば、どれほどの距離でマナの障壁を砕けるの?」
「実は距離はあまり関係ない。届けば壊せる。だけど、この乱戦の状態ではな……」
「溜めの時間もあるってことね?確かに貴方が無防備になるわけにはいかないか」
「そのとおりだ。弾の装填には五秒ほどかかる。その間はレーヴァテインに巨型種を相手してもらわなければならない」
「……おごり一つ追加ね」
「了解。奮発させてもらおう」
シンはマサムネからダーインスレイブへと得物を形成し直した。
対するは異族の大群。能力が遥かに劣るシンと
シンはレーヴァテインに突撃の合図である目配せをした。レーヴァテインはそれに答える。
「それでは、行こう――――」
「――――へぇ~い、ハァピィしてる~?」
唐突な、戦場に似合わない陽気な声と共に異族たちが吹き飛んだ。
さらに追い込むように厳つい鉄球が異族を吹き飛ばす。
フライクーゲルのマナ弾による銃撃とアイムールのモーニングスターによる急襲だ。
『
ややあって〈ana〉が観測結果を眼球に映す。「もう合流しているぞ」と言うと〈ana〉は自発的にスリープモードに入ってしまった。拗ねたようだった。情緒が豊かすぎる人工知能である。
四名の内アスクレピオスが一歩前に立ち、一礼してから言う。
「カルロ・マイア隊に所属する
「ああ、カルロさんの所の―――こちらこそ、よろしく。願ってもない援軍だ。早速だが、協力してほしいことがある」
「わかりました。では、指示を。色々聞きたいことがありますが、今はそのようなこと些事。すぐに作戦行動に移ります」
「頼む。ああ、別に敬語じゃなくてもいいぞ。窮屈だろう」
「あ、そう?じゃあ、やめさせてもらうわね。正直敬語は苦手なのよね」
マスターの言いつけだけど、慣れないから辛いわね、と肩苦しさを取るようにアスクレピオスは肩を揉んだ。
「で、一体私たちは何をやればいいの?」
「単純なことだ。あのでかぶつまでの道を切り開いて欲しい」
「オッケー、そんなの簡単よ。まかせておきなさい」
アスクレピオスは不敵に笑う。
この四名とレーヴァテイン、合計五名のキラープリンセスがいれば異族の大群を突破することなど取るに足らないことだろう。
リーダーを任されているらしいアスクレピオスが指示を出すと、めいめい彼女達は異族へと突撃する。
一瞬パラケルススが難しい顔をしてシンのことを見たが、すぐに視線を外し他四名へと続いていく。
シンもただ見ているだけではない。近接戦闘能力が低い杖系統のアスクレピオスの護衛を務めつつ、ためらいなく銃をぶっ放すフライクーゲルのサポートを行う。
ふと、フライクーゲルが聞いてきた。
「ねぇ~、貴方って本当に人間?そうだとしたら、べぇりぃ、べぇりぃ、サプライズなんだけど~っ!」
「俺は人間だ。どうしようもないほどにな」
「ふ~ん、そうは見えないけど~」
フライクーゲルがあからさまに信用していない態度を見せた。彼女がさらなる追及をしようとすると、アスクレピオスの苛ただし気な声が飛んできた。
「無駄話なんかしてないでっ、さっさと次を打ちなさい!」
「は~い、は~い、わかってるてぇ~。アスクレピオスは私にだけシヴィアじゃない?」
「アンタが一番問題起こすからでしょうが!シンも、こんな奴に構ってなくていいから次をやりなさい!」
「了解」
キラープリンセスが
『プツン—――三時方向数〈1〉:戦型種:種別〈剣〉接近中』
「把握したっ――と」
〈ana〉の観測に従って、ダーインスレイブで異族を迎え撃つ。
鍔ぜり合う剣と剣。
拮抗は長くは続かなかった。
「CMCシステム起動、コード2414635〈
シンが新たにスリロスを変形させる。
日本の天皇の権威の象徴、三種の神器。天皇の武を示すという草薙剣の別名である天叢雲剣と名付けられたそのスリロスは長大な両刃剣だ。
「ギゲッ」
これに驚いたのは異族だ。
なにしろ相手の武器が変わり、
間合いがダーインスレイブより長い天叢雲剣の刃先が異族の胴届く。
すぐさま後退しようとする異族。
それを見逃すシンではない。瞬間強化の爆発力で一気に異族の心臓を貫く。
「シンっ、退きなさい!」
アスクレピオスが叫んだ。
シンは異族の死体を捨て置いて、指示通り後ろ向きに跳躍する。
そして彼と入れ替わるように、アスクレピオスのマナ弾の弾幕が張られた。
シンが殺した異族の後ろに続くようにやってきていた異族たちが被弾したり、余波を受けたりして怯んだ。
「カバーお願いっ!」
アスクレピオスが他隊のキラープリンセスに要請すると、手の空いていた一つの隊が討伐に取り掛かる。
カルロ・マイア本隊に合流すると、シンはアスクレピオスに言った。
「見事の采配だ。感服した」
「こんなこと大したことないわよ―――でも、ありがと」
思わぬ賞賛に不意を突かれ、アスクレピオスは頬を朱色に染めた。
「ア、アンタこそ人間にしては良くやってるじゃない」
「まぁ、な。とはいっても、間合いの違う武器を頻繁に取り換えたり、瞬間強化を使ったりして、不意を突いて騙し騙しやってるのが、現状で歯がゆいが」
シンが嘆息気味に言うと一人のキラープリンセスが声を掛けてきた。
「それでも十分大健闘だと思う。君はよくやっているよ。さて、そんなことより、君の左腕は
キラープリンセスの中で屈指の探求心を持つパラケルススだ。
アイムールと共にレーヴァテインの支援を行っていたはずだが、どうしてだか後方に下がっていた。
「パラケルスス、どうしてこっちに来たのよ。レーヴァテインの支援はどうしたの?」
「余裕がありそうだったから、こっちに来た。どうして好奇心を押さえられなくてね。彼と話しがしたくてしかたがなかったんだ。それで、どうだい?調べさせてくれるかい?」
「断る」
「むぅ、ちょっとだけでも――」
「断る」
頑ななシンの態度に「そうかい」と不貞腐れたようにパラケルススは言った。
同じ研究者として気持ちはわかるが、わかるが故に何をされるかが予想がつく。解剖されたり、切断されたり、得体のしれない薬を打ち込まれるのなんてまっぴらごめんだ。そも、シンの左腕は複雑極まりない技術の塊だ。世紀の天才マックと最先端異界存在研究の後継者シン、始まりのキラープリンセスの三人が協力して生み出した産物であるために、おいそれと他人に渡すことなどできないのである。
「ちょっと!そろそろ巨型種との適切戦闘領域ぐらいじゃない!?ぐだぐだ喋ってないで戦闘に集中しなさい!」
こっちは必死で戦っているのに、何くっちゃべってるのよ、とレーヴァテインが苛ただし気に叫んだ。
六人と巨型種の間にいる異族はレーヴァテインが中心になって薙ぎ払ってくれた。残っているのはちょっとした数の異族だけだ。
随分とトントン拍子で作戦が進んでいるが、実際六名のキラープリンセスが居れば異族をかき分けて進むのなんてわけないことで、特にレーヴァテインが五名ものキラープリンセスのバックアップを受けている時点で多少なりとも余裕はあるのだった。
シンはスリロスをフライクーゲルに変更し、レーヴァテインの道を塞ぐ異族を吹き飛ばした。
「そのまま行けっ、レーヴァテイン!」
シンの言葉を背にレーヴァテインは急加速する。
前かがみになり疾駆する姿は、さながら肉食獣の如く。
レーヴァテインは剣を振りかぶり、巨型種に斬りかかった。
しかし。
「話に聞いてた通りってわけ」
戦型種であれば異族を真っ二つに分断できるレーヴァテインの一撃が、カキン、という硬質な音共にあっさりと弾かれた。
感触は鎧型種の硬い皮膚のような生物的なものではなく、金属のそれに近い。反動でレーヴァテインの指が痺れ、彼女はスリロスを手放しそうになった。
レーヴァテインを知覚した巨型種がその巨大な腕を羽虫を払うように動かす。
けれどその動きは巨体に似合った鈍重さであったので、レーヴァテインは難なく腕を避けて地面に着地した。
「……追ってこない」
一撃見舞ってから本隊と合流したレーヴァテインは自分を追って来ない巨型種に首を傾げならそう言った。
「どういうことなの?」
「原理は俺にもわからない。一体何を目的としてそうなっているかも不明だ。巨型種は能動的に襲って来ない。事実として、ただそれがある。俺に言えるのはこれだけだ」
これがシンが単独行動中に何度か巨型種と戦闘を行って出した結論だ。最初は頭鈍いだけかと思い何度も攻撃して退避を繰り返し注意を引き付けてみたが、いっこうに巨型種は襲ってこなかった。そのためにシンは巨型種は能動的に攻撃できないように設定されているのだと、結論づけた。
しかしながら、この結論を五名のキラープリンセスたちは肯定できなかった。
「え~、でも、それじゃあおかしくなぁい?」
「フライクーゲルの言う通り。巨型種が受動的な行動、つまり反撃しか行わないというのなら、どうして君の護衛が必要なんだい?君の言うブラフマーストラのスリロスの亜種、ブラフマーストラβは巨型種に直接害を加える物ではない。エネルギーの充填中に君が攻撃されるのは矛盾が生じている」
シンは当初よりレーヴァテインにブラフマーストラβのエネルギー充填中に巨型種の相手をしてもらうことを想定していたし、途中合流したカルロ・マイア隊の面々にも同様のことを要求していた。しかし、巨型種が能動的に襲ってこないのならば、シンがエネルギー充填中に襲われることもないはずだ。
彼女達の疑問にシンはこう答えた。
「俺がエネルギー充填しているときだけ、巨型種は襲ってくるんだ」
「それは例外的にということかい?弓や他の銃系統ではそうならないんだね」
「その通りだ、パラケルスス。もしかしたら、自分のマナの防御できるものを自衛のために排除しようとしているだけかもしれないな」
なるほど、とキラープリンセスたちがシンの説明に納得したときだった。ふと降って湧いた疑問にレーヴァテインが何の気なしに尋ねる。
「そもそも、どうやって護衛なしにブラフマーストラβが有効って証明したの?護衛なしだったら、エネルギー充填中に襲われるんでしょ?まさか、一撃受けたわけ?」
「受けたわけではないが、受ける覚悟でブラフマーストラβを巨型種に食らわせた。ただ、それだけのことだ」
シンが言うと皆が呆れと驚きが入り混じった顔をした。信じられないと言いたげに彼を見る。
「どうして、そんな顔をする?何かおかしいことを言ったか?」
「……いいや、何でもないわよ。貴方が飛び切りの馬鹿だってわかっただけ」
「どういうことだ?」
「わからないなら、別に良い。他の隊も仕事を終えつつある。さっさと巨型種を討伐するわよ。私たちが一番最後って言うのもなんか癪だし」
レーヴァテインが気に入らないと眉を顰めた。
周囲を見れば、残っている異族も僅かとなっている。全滅させられるのも時間の問題だろう。
そして、巨型種討伐もさほど時間は掛からないだろう。シンのブラフマーストラβがエネルギー充填するまでの五秒間、五名のキラープリンセスが巨型種を抑え込めば良いだけのこと。
シンは左腕を巨型種へと突き出した。
「みんな、五秒で良いからアイツを抑え込んでくれ。そうすれば、俺がブラフマーストラβで巨型種のマナの障壁を破壊する。そしたら――」
「私が巨型種の心臓をぶち抜く、でいいんでしょう?」
「その通りだ」
レーヴァテインの返事に、シンはニヤリと笑った。
「何笑ってるのよ。気持ち悪い」
「いいや、何でもない。ちょっと嬉しかっただけだ」
首を傾げるレーヴァテインの様子が、これまた可笑しくてつい声を上げて笑ってしまう。
「ちょっと、シン。気が緩み過ぎじゃないの?」
「そうそう、ハァピィ~なのはわかるけど、もっと気を引き締めなきゃバァドだよぉ」
アスクレピオスとフライクーゲルが苦言を呈す。
それを受けて、シンは緩んだ顔を引き締めた。
いよいよ作戦の鍵を形成する。
「CMCシステム起動、コード2754389〈ブラフマーストラβ〉」
蠢動するシンの左腕。他のスリロスを形成する時より、何倍も左腕は膨らんだ。ボコボコと不気味な音を立てて、肉塊はおぞましく起伏する。シンと同じくらいの大きさに、風船のように膨らんだそれは、やがて、前後に伸縮し、どっしりとした佇まいの巨砲へと変化した。装飾はなく、のっぺりとした漆黒の砲台は全長十メートルほどであり、その重量を支えるための脚が地面へと縫い込むことでアンバランスな兵器の運用をシンに可能とさせていた。
それがブラフマーストラβ。シンが変化させることができるスリロスの中で最も破壊力に特化したスリロスである。
シンは異族の血肉を固めた肉柱を取り出して、巨砲に装填する。
『M細胞の充填を確認。エネルギー充填開始―――
熱を帯びるブラフマーストラβ。砲口から仄かに光が溢れだし始める。
同時に、ドシンという重たい音と共に地面が揺れる。自身を害する武器の起動に巨型種が動き出したのだ。
「―――
〈ana〉が左眼に映すカウントダウンをシンが口にする。
シンの秒読みが開始されると、五名のキラープリンセスたちも巨型種の進行を防ぐべく、一丸となって駆け出した。
「―――
フライクーゲルとアスクレピオスが隊より抜きんでた。それを合図とし、他三人が巨型種の進行線上からから逸れる。
両手に装備した銃をフライクーゲルは間断なくぶっ放す。狙っているのは巨型種―――
フライクーゲルの後ろに立つアスクレピオスは、杖を使って空気中のマナをかき集めていた。目を瞑り、眉間に皺を寄せて、静かに周囲のマナを杖の先端に集約させる。
「―――
続いて動いたのはアイムールだ。
彼女は巨型種の進行線を横切るように、スリロスであるモーニングスターを投げた。そして、ピンと鎖を張った。
鎖と巨型種がぶつかり合う。
瞬間、巨型種が鎖に足を取られ体勢を崩した。フライクーゲルが事前に耕していた地面が効果を発揮した。柔らかい地面に足の踏ん張りがきかず、巨型種は前傾に倒れ掛かる。
「―――
小柄な影が巨型種の腕を駆けあがった。
パラケルススだ。バランスを崩しかけている巨型種の体は安定しないが、彼女は動じる様子もなく巨型種の腕を走っている。
巨型種がバランスを整えようとしてか、パラケルススを払おうとしてかはわからないが、上を直上に上げた。
移動中のパラケルススは容赦なく空中へ吹き上げられる。
だが、むしろ好都合。パラケルススは静かに、ニヤリと笑う。
落ちるパラケルススは落下速度を利用して、異族の背中を蹴り飛ばした。
それがトドメの一撃だった。揺れていた巨型種の体は前方へと倒れ込んだ。
しかし、このままではブラフマーストラβの射線上から逸れてしまう――――!
「―――
倒れ込む巨型種に巨大な光球が激突した。
正体はマナ弾。アスクレピオスが周囲のマナを出来る限りかき集めて生み出した巨大なマナ弾だ。
巨大マナ弾の衝撃で異族の体が後方に押し返された。
再び巨型種がブラフマーストラβの射線上に戻る!
「―――
シンの宣告と共に、巨砲の光が一層の輝きを帯びる。
足止めをしていた五名のキラープリンセスたちは巻き添えをくらうまいと、ブラフマーストラβの射線上から退いた。
『ブラフマーストラβ、エネルギー充填完了―――全エネルギー放出』
〈ana〉の事務的な文字表示の後。
空気が震えた。
ズドン、という表現では物足りない音量の爆音を響かせて、極大の白光は空気を焼いた。
射出された高熱量のエネルギーは等しく全てを薙ぎ払う災害だ。
代償は反動による左腕の消滅とシンが竜巻の中のぼろ布のように吹き飛ばされること。
だが、それらを些事と言えるほどの結果をそれは導きだす。
愚者の黒腕。過去の技術の粋を集めた唯一無二の兵器が生み出せる最高火力が、巨型種を守るマナの障壁を打ち砕く。
「ガァァァァァァァァァッッッッッ!」
白光に飲み込まれ、吠える巨型種。
それは怒りか、恐れか、それともただの反射か。
真実なぞ、定かではない。
そも真実などどうでも良い。
巨型種を守る究極の楯が消失した。
その現実のみが絶対だ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
白光の消失。
その直後。
銀の輝きが地面から飛び立った。
白光の熱気が残る中、その輝きは巨型種の胸へと真っ直ぐに飛び込んで。
そして――――
異族の消えた遥かな地平線。異形の死骸が転がる花畑をレーヴァテインはぼんやりと眺めていた。
体はもう言うことを聞かない。体力は限界を迎え、呼吸が上手くいかず、肩で息をする。
「これで全部終わり?」
レーヴァテインは、ふと背中を合わせて座っている男に問い掛ける。
「ああ、そうだな」
かくいう男も、吹き飛んだ左腕をゆっくりと再生させていて満身創痍の恰好だった。
ぐったりとしているのはシンとレーヴァテインだけではない。巨型種討伐に協力してくれた他五名も同様だ。アスクレピオスなんかは、フライクーゲルがしだれかかっているにもかかわらず、払いのけることさえしてなかった。
巨型種は既にレーヴァテインによって心臓をスリロスで貫かれ、絶命している。他の異族も、キラープリンセスたちによって全て殲滅されていた。
「じゃあ、これで貴方との契約も終了ね。いや、違うわね。奢ってもらうまでは継続か」
「………なぁ、レーヴァテイン、本当に俺とついてきてくれないのか?」
「嫌よ、絶対に。教会と敵対するなんてお断りだし、今回のことで誰かと契約関係を結ぶのにも懲りた。多少不便でも、野良に戻ってのんびり暮らすわ」
「そう……か……」
シンは明らかに落胆したような声の調子でそう言った。
きっと、この男にも目的があって、きっと私は必要とされているのだろう。
レーヴァテインはそう思いながらも、やはり男の願いを断った。彼女が男の願いに応じる義務もないし、意志もない。ならば、猶更男と同行するのは良くないだろう。そも、キラープリンセスにはイミテーションがいる。多少の性格の違いや能力の差はあれど、レーヴァテインの戦力が欲しいならイミテーションを誘えば良いだけの話である。
レーヴァテインは両手を組んで「う~ん」と上に体を伸ばすと腰を上げた。
シンは追いすがるように、レーヴァテインの腕を掴もうとする。
けれど、彼の手は軽やかに避けられてしまいレーヴァテインには届かない。
レーヴァテインとシンが交わる道は彼女に拒絶されてしまった。
きっと彼女は振り返らないし、彼は追えない。
そんな彼と彼女が永遠の離別を果たそうとする瞬間に。
それは起きた。
「きゃ!?」
「何だっ!?」
ブラフマーストラβの発射音と同じ、いやそれ以上の爆音と共に地面が大きく揺れた。
倒れたレーヴァテインをシンは右腕と体で抱き留めて、揺れの発生源である
彼が目にしたものはコルテの街から立ち上る巨大なキノコ雲。
過去を知る男は、戦慄と共に答えを導き出した。
「核……爆弾………っ!」
words
・異界存在細胞(M細胞)
異界存在の細胞。またシンの左腕やキラープリンセス、スリロスを構成する細胞でもある。
・M波
異界存在細胞が常時放つ波。脳波のような物。M波の波長の変化次第では発生源である異界存在細胞にも影響を与えることが知られている。
また波長、振幅、周期の三要素が近い値でなければ、合成が発生しないという特徴も持つ。
・共鳴現象の原理
複数の異界存在細胞所持者が一定範囲内に存在すると、各個体のM波が合成する。これを総体としてのM波と呼ぶ。この総体としてのM波によって各個体のM波が一つのある種最適な形に変化させられる。最適化されたM波は異界存在細胞に影響を与え、筋力の増強や新陳代謝の向上などのメリットを引き起こす。
・シンの左腕。
過去においてシン、マック、始まりのキラープリンセスの協力のもとで作られた、異界存在細胞によって構成させれている生物的な義腕。
CMCシステムによってスリロスへと変化する。
・異族の群れの融合について
A群とB群が遭遇した際に二つの異族の群れは一時的に融合する。異族は群れ毎に特殊なフェロモンを発生させていて、別の群れのフェロモンを嗅ぐと認識系の器官が麻痺する。そうすることで、本来適性数以上群れを大きくしない異族が一時的に群れを適性数以上の個体数にする。
・何故異族の群れが巨大になったのか。
巨型種が背中に背負っていた機械から濃いフェロモンを噴出し、異族たちをフェロモン中毒、もしくはフェロモン依存症のような状態にして、巨型種が異族たちを扇動した。
・何故異族がコルテに向かってきたのか。
異族を扇動していた巨型種の脳は人工的に調節されており、コルテの支部教会地下より発生していた電波を受信し、脳神経とつないだ機器から出される命令「電波が来る方角へ進め」を実行していた。
実はシンが初めてコルテ大規模討伐作戦を通達された日に、電波の発信機を破壊していた。ラーメン屋でレーヴァテインが目的した部品がそれである。結果を見るに、どうやら無意味な行為だったようである。
・異族に対するシンの態度
冥福を祈ったその理由は現在不明である。
・シンの強さ
キラープリンセス>コルテ大規模討伐作戦で戦った異族≧シン>異族
・CMCシステムスリロス対応コード表
1417845 マサムネ
1548726 アルテミス
1628532 ワズラ
2117651 ダーインスレイブ
2176591 ヴァナルガンド
2414635 天叢雲剣
2754389 ブラフマーストラβ