ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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Her sight ①

 とても懐かしい夢を見ていた。

 夢は泡沫と言うように、目覚めると曖昧な輪郭となってしまったけれど。

 それでも、曖昧なりに覚えている。

 その夢は何処か儚くて、寂しくて、同時に優しさに満ちていた。

 夢の中には一人の少女が出てきて、彼女を思い出すと夢のイメージが一気に彼女に収束する。

 いや、違う、逆だ。

 彼女から夢のイメージが拡散しているのだ。

 そう理解づると同時に、ぼやけていた夢の記憶が少しずつ明瞭になっていく。

 そこはとても賑やかな場所だった。

それでも喧騒からは隔絶された空間で彼女と二人、そこにいた。

 夢の中で夢そのものの少女は私に向かって柔らかく微笑んだ。

 けれど、彼女の頬を一筋の涙が伝っていて、微笑みは悲嘆に満ちていた。

 そんな矛盾した微笑みを浮かべる彼女を見ると、何故だか胸が強く締め付けられて、感情が胸の中で暴れて、

「――――――――――――」

 抱えきれなくなった言いようもない何かを吐露するように、言葉を吐き出した。

 何を言ったのか。

 そこまでは思い出せない。

 次第に夢の世界が遠ざかる。

 再び夢がぼやけていく。

 ただ記憶ではなく、感情の忘れ物がじんじん(・・・・)と傷のように弱々しくも明確に訴えかけていた。

 あの言葉は彼女に言うべきだった言葉だ、と。

 気のせいだと切り捨てることも出来る。

 けれど、この直感は間違っていない。

 そんな気がしていた。

  

 

 ガタンッ!

 突然の大きな揺れに、馬車の揺れとうららかな日差しに微睡んでいた私の意識は覚醒した。

「な、なにごとっ!?」

 備え付けの車窓をあたふたと開けて、御者の少女たちに問いかける。

「ど、どうしたの?」

 窓に近い位置にいる少女が振り返った。

「申し訳ありませぬ、枢機卿殿。驚かせてしまいましたか」

 彼女は第一世代(ファーストキラーズ)、マサムネ。そのクローン体だ。濃紺色の髪を伸ばし、キリッとした凛々しい目つきをしている。背筋をまっすぐ伸ばして座っている姿は美しさを感じさせるほどに美しく、また彼女の任務に対する真剣さを私に感じさせた。

 恐縮そうに身縮こませるマサムネに私は安心させるように微笑みながら言った。

「大丈夫だよ。ちょっと、びっくりしたくらいだから。でも、どうしたの?異族の襲撃でもあった?」

「いえ、ただ単に大きな石を車輪が踏んだだけのようでございます。大事ではございませぬ」

「そっか。でも、本当に良かったの?」

「何がでございましょうか?」

「今回の任務、もっとキラープリンセスを動員した方が良かったんじゃない?二人だけだと大変でしょう?」

 現在マサムネ達は任務地に向かう私の護衛任務に就いている。私の任務地は教皇庁のある王都から離れた辺境の村だ。そこに向かうまでの道中は、異族やら使徒やらに遭遇する危険性があるというか確実に遭遇するので、こうして二人に護衛をしてもらっている。ただ道のりは長いため、必然的に彼女達の戦闘回数も増加し、疲労も溜まる。推測される戦闘回数を鑑みるに、もう少し人員を回してもらったほうが良いと思ってるんだけど……

「問題ない。ボクたちだけで十分だよ」

 私の疑問に答えたのは、マサムネの隣に座るもう一人のキラープリンセス。同じく第一世代(ファーストキラーズ)、パラシュ。褐色肌に、薄い茶金色のツインテール、おまけに茶色の軍服のような装束を身に着ける全体的に渋い雰囲気を醸し出す少女だ。オシャレのワンポイントは赤色の腕章か。左腕に身に着けている。小柄で可愛らしい容姿をしているが、彼女も彼女でマサムネのように厳格な面持ちをしているため、まったく真逆の印象を人に与えるだろう。

 パラシュは続ける。

「ボク達は少数精鋭を主とする〈ヘルヘイム〉所属のキラープリンセス。強さは折り紙つきなんだ。貴女を目的地まで送り届ける任務を支障なくこなしてみせると約束するよ」

「パラシュの言う通りです。拙者たちは幾度もの淘汰を経てきたキラープリンセス。異族や使徒如きに後れは取りませぬ。枢機卿殿は心安くして、ごゆるりとなされると良い」

「うん。でも、本当に危なかったら言って、私も出るから(・・・・)

「ならば、枢機卿殿が御業を振るわなくてもすむように拙者たちより励まねばならぬな。気合を入れていくぞ、パラシュ」

「そうだね。教皇庁の重鎮、枢機卿の秘技が安易に振るわれてはならない。理由は枢機卿もわかっているよね?」

「もちろん、わかってる」

「だったら、ボクたちのことを気にかけすぎないほうがいい。全く、キミは随分ボク達に対して甘すぎる。他の方々同様、簡単に切り捨ててしまう冷淡さを持つべきだ」

 ヘルヘイムに所属するキラープリンセスはその任務柄故かキラープリンセスらしからぬ冷徹さを持っている。いうなれば、一般人と一線を引いているプロ意識を持った殺し屋とでも言うべきか。根は同個体のキラープリンセスとなんら変わらないのだと思う。

「そうは言っても、中々踏ん切りがつかないよ」

「では、何故枢機卿になったんだい?君のその言葉はボクには覚悟が足りてないようにしか聞こえないよ。早々に枢機卿の座を明け渡すべきだとボクは思う」

「おい、パラシュっ!」

「マサムネ、これは大事なことなんだ。キミもわかっているだろう?」

「だが、不敬がすぎるだろう!」

「ボクたちが戦う理由の重さを考えれば、問いただすのは当然のことじゃないか。トップの理想とそこに向かう姿勢が脆弱ならば、ボクたちの戦いを無駄にするかもしれないんだよ。不利益をこうむるのが、キラープリセスだけなら良い。でも、人々に悲劇が起きてしまったら、どうするんだい?ボクはそれを許さない、看過しない。だから、もう一度問うよ、枢機卿―――」

 語気を強めて、咎めるように。 

「―――君の理想は何処にある?」

 しかし、真摯に。

 パラシュは私に問うた。

「それは―――」

 考えるまでもない。

 その問いへの解答は既に決まり切っている。

 私は〈運命の輪〉を取った。

 世界がこうなる前。

 三百年前。

 

「―――人類の救済だよ」

 

 何をしてでも人類を救うと。

 

 決意したのだから。 

 

 

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