ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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ep.04 晶化病

10

 人間の本質は善か悪か。

 誰もが一度は考えたことがある論題だろう。

 そして、この問いへの解答は大凡三つに大別できる。

 一つは善だとするもの。

 一つは悪だとするもの。

 一つは善でも悪でもないとするもの。

 人によってどのように答えるかは分かれる。

 優しさに育まれてきた人ならば、善だと答えるだろう。

 悪意にさらされ続けた人ならば、悪だと答えるだろう。

 感情の錯覚を疑う人ならば、善でも悪でもないと答えるだろう。 

 結局、人の価値観は当人の経験と知識によって変動する。

 小難しい哲学論など持ち出すまでもなく、この真理は揺るがない。

 ただ、百年前に世界を騒がせた哲学者はこう言った。

「人の本質は善か悪か。この問い自体に意味はないと私は思う。だが、性善説と性悪説。どちらが正確に人の本質を突いているか、という問いについては性悪説と答えよう」

 性善説と性悪説。

 倫理や世界史の教科書、もしかしたら漢文の教科書にも載っているかもしれない。

 どちらも古代中国の戦国時代の儒学者の二人が唱えたものだ。

 両説は政治の在り方を人の本質を根拠の一つとして述べている説である。

 人の本質は善であり、仁義に満ちている。よって道徳と以て国を治めるべきであると主張するのが性善説。

 人の本質は悪であり、動物的で無秩序だ。よって礼法を以て国を治めるべきであると主張するのが性悪説。

 深い議論は省くことを許して、どちらが正しいかと結論を出せば、それは歴史が証明していよう。

 史上の大半の国家が秩序のために法制定しているし、会社や学校といった社会集団の中にもルールは存在する。法やルールで縛られなければ、各々の自分勝手な行動で社会は崩壊していくだろう。法やルールの下でさえ、無秩序が発生するのだ。道徳による統治というのは人間の善性を信頼しすぎている。不安定な善性への過信と盲信では社会を維持することも、当然発展させることも不可能だ。 

 なるほど、確かに性悪説は性善説以上に人の本質を捉えているのだろう。

 だが、彼の狂人の真意は違った。

「ん?ああ、違う違う。俺が性悪説が本質を突いているという理由はな――」

 

「――人間の善性が自分達の外部にある法によって律せられなければならないほど脆弱ってことを証明しているからだ」

 

 

11

 キエム村、滞在二日目。

 ザ・快調であった。

「元気だァーーーッ!」

「……うるさい」

「アタッ」

 朝と呼ぶには遅すぎて、昼というには早すぎる、午前九時くらいの時間帯。時計が近くにないので正確なことはわからないが、太陽の位置から判断するには大体それくらいの位置にあった。

 シンの体調はコルテでの大規模討伐戦以来の快調さだった。本来なら十分な休息が必要なブラフマーストラβの連続使用に、疲労からくる熱、病み上がりの戦闘、さらには野宿での生活やいつ異族や使徒がくるかもわからない緊張感などのいくつもの要因が重なって、彼の体と心は疲れきっていた。昨日は良い休息日となった。寝過ぎたことによる幾分かの気怠さは残っているが、少し体を動かせばすぐに消し飛ぶであろう。

 反面レーヴァテインといえば、太い枝の分岐点に体を預けて眠たげに欠伸をしている。それが彼女のいつも通りではあるのだが。久方ぶりの布団での就寝という至上の幸福……というのはおおげさだが、それなりの満足感を感じられていた。だが、最悪だったのは目覚めだ。おかげで、幸福度メーターがプラスからマイナスへと一気に振り切れる。彼女はお昼まで布団の中でぐーたらしているつもりだったが、オティヌスとエロース二人にべルフ共々叩き起こされた。本当に最悪だった。だから、彼女は超絶不機嫌である。

 さて、それでは現状把握といこう。

 場所は村はずれの家、つまりは昨日シン達が泊まった家の前。

 騒いだ(レーヴァテイン視点)シンにレーヴァテインが太めの枝を木から手折って彼に全力で投げつけ、シンは地面にキス!

 がばっ、と体を挙げてシンは抗議する。

「おい!レーヴァテインっ!」

「……何?」

「殺す気かっ!」

「……その程度で貴方が死ぬと私が思っていると思う……?……今も過去も…あれだけの修羅場を潜り抜けておいて……」

「毛色が違うだろ!作戦を立てて挑む異界存在討伐戦と味方の裏切りによる不意の暗殺。どっちが生き残りやすいと思う!?」

「……そろそろ黙ってもらって良い?」

「聞いてっ、私の話っ!」

「……というか…どうせその白衣の素材って生体モデルの衝撃吸収性の繊維で出来てるんでしょ……」

「まぁ、そうだけどな。異界存在の龍種(ドラゴン)の爪でも切り裂けないけどな」

「………………何処製?」

「『Change your imagination to the future(想像を未来に)!』で同じみの多国籍企業Curiosity×Creative Company、通称CCC製造の特注品」

「……あぁ…あの時代の寵児の……そういえば対異界存在兵士製造計画(プロジェクト:キラープリンセス)にも…参加してたっけ……」

「そそ。キラープリンセスのカウンセリングとかもしてたんだが、知らないか?」

「……全然」

「っていうか、上手く誤魔化せたと思うなよ。今も怒ってるからな」

「……………………………………ちっ」

「ちっ、じゃない、ちっ、じゃ」

「………………はぁ」

「ため息も止めなさいて」

「………………」

「なんか話して……」

「………………ねぇ…怒って良い?」

「じゃあ、これと木の枝を投げた件で五分五分ということでどうだ――――のわっ!?」

「ちっ」

「石を投げるなーーーッ!つか、どこから取り出した!」

「……当てる気はなかったわよ」

「ある方が問題だわ!」

「……自発的に黙るか…もう一日ベッドの上で過ごすかどっちが良い?」

「待って、会話をしよう。話せばわかる。一歩的な通告はなしにしよう。私の話も――――はい、黙ります」

 レーヴァテインが石を持つ右腕を振り上げた。シンはおとなしく黙ることにする。

 シンとレーヴァテインの距離感はあまり変わっていない。レーヴァテインは相変わらずの塩対応。ほんの少しくらいは――具体的には雀の涙ほど――声色が柔らかくなっているような気もするが、果たして真実はどうなのか。希望的観測が混じっているのは否めないため、シンには判断がつかない。

 不毛なやりとりができるくらいの仲と思っておくことにしよう。多分それが一番妥当だ。

「……何ニヤニヤしてんの……キモいんだけど」

「すまない、ついな」

「(ひゅん)」

「だから石を投げるなーーーーッ!」

 ズガッという凶悪な音を出して地面に石がめり込む。

 狙いははっきり逸れていたため、当てるつもりはなかったのだろうが………いや、シンの避ける方向予測して投げたのなら当てる気満々だったということになる。

 なかったよね、と視線で問うと睨まれた。

 レーヴァテインとの距離が一層遠くなった気がしたシンであった。

 否応なしに冷え込む二人の間の空気。

 べルフは家の中でごろごろしてるし、エロースとオティヌスは所用で村に出かけている。

 だが、凍てつく世界を温める人物はいた。

「あらあら、若い二人は仲が良いですねぇ~」

 声の主はロッキングチェアに腰かける白髪の老婆。名前はネイシャ・カートライト。村はずれの家の所有者である。上下ともに使い古され、色あせた青色の服を着て、足を覆い隠すように毛布を掛けている。年齢は六十歳くらいで、天上世界の文明レベルからすればかなりの高齢者だ。シンとレーヴァテインの様子をニコニコと外野から見守っている。

 シンはネイシャに苦笑いを浮かべながら問うた。

「仲良いんですかね、これ?」

「少なくとも私から見たら、とっても仲良しですよ」

 あらら、うふふ、とお上品に笑いながら、ネイシャは言って見せた。

 途端にシンの背中に走る悪寒。

 レーヴァテインの方を見やると、

「(……真に受けて…調子に乗ったら……わかってるわよね…)」

 とでも言いたげに、見たことのない凄まじい形相でシンのことを睨んでいた。そこには冗談の気配は一切ない。生半可な誤魔化しやその場しのぎの茶化しを全て許さない怒気や不快感、そして自己の解答以外を認めない拒絶の殺意が手に取るように理解できた。

(そんなこと言われなくても分かっている)

 シンはコクリとレーヴァテインに向けて首を縦に振る。

 レーヴァテインはシンの頷きを見届けると、静かに目を閉じた。どうやら本格的に眠りに入るらしい。

 おやすみ、と心の中でシンは呟いて、レーヴァテインから目を逸らした。

 そして、レーヴァテインの逆鱗に触れないように話も逸らす。

「ネイシャさん、体調はいかがですか?」

「変わりありませんよ。ただ、浸食具合が少しました気がしますねぇ。結晶が膝から腿の部分へ少しばかり進んでいるかしら」

 そう言ってネイシャは足に掛けていた毛布を取り払った。

 現れたのは本来あるべき脚ではなかく、透明感のある青色の水晶に似た何かの集合体。

 より正確を期すならば、水晶のような結晶がネイシャの足を内側から食い破るようにして生えていた。青く透き通る、南国の海を閉じ込めた宝石のような見目ではあるが、その美しさはこの上ない危うさを伴っている。それらは硬質な質感を持ち、妖しく太陽の輝きを反射する柱状の結晶体である。およそ生物的とは言い難い物体だ。どうやら細胞が変質したものではないらしい。体内の異物が堆積し、結晶化したものであるようだ。シンが調べた所、結晶体は彼女の骨や神経、筋肉に血管といった体組織をも巻き込んでいるようで、彼女の脚部は完全に機能を停止している。膝から下は自力で動かせないのが実状だ。現在は誰かの補助なしには移動すらままならない。

 ネイシャを蝕む異常。

 美しき肉体の侵略者。

 その正体は結晶化したマナ。体内に蓄積したマナが結晶化したのである。

 マナの結晶に体が蝕まれる様を見た村の人々はいつしかこの現象をこう呼ぶようになった。

 晶化病と。

 原因は今を以て不明。ラグナロク教会の人間が調査に出たそうだが、『湖の水は危険である』ということしかわからなかったとエロースが言っていた。

 結局、残ったのは分かりやすくどうしようもない結末だ。

 晶化病はキエム村で猛威を振るった。晶化病にかかった者は、時間の違いはあれど、四肢の末端から徐々肉体はマナ結晶に侵食されて、全身マナの結晶となって死ぬ。犠牲者となったのはネイシャのような老人、ついで幼い子供。歳が幼ければ幼いほど、逆に歳を取っていれば取っているほど、この病の進行は早まる。体力のない老人と子供が重症になる点はよくある風邪と類似しているが、体がマナ結晶が生えるなどという奇怪な病状の病をただの風邪と結論づけるものは誰一人としていなかった。

 キエム村のラグナロク教会の神父は晶化病を大悪魔の仕業と断定した。悪魔とは神話時代の創世戦争に人類と敵対した存在と描かれている異形の者達だ。自分の理解が及ばない事象に対して、超常に頼るのは人の常。自然現象を神に見出したり、意中の異性との出会いを運命と名付け特別視したり、特殊な技術を持つ人間を魔女と呼んで糾弾したりと、人という生き物は未知を自らの理解が及ぶ範囲に落とし込むらしい。文明レベルが低い天上世界ではより一層この傾向が顕著だろう。ただ大悪魔のせいというのは、到底受け入れがたい。一体何処に大悪魔の関与を断定できる証拠が存在するというのだ。想像力が豊かにもほどがある。大悪魔の方も冤罪を擦り付けられて、良い迷惑だと思うに違いない。

 ただ、未知に対する恐怖を解消したいという心理はごくごく当たり前。加えて自分達に降りかかる不幸を何か、もしくは誰かのせいにして、全ての責任を押し付けるのもまた人類の常である。常だからこそ、その気持ち悪さに気づけず、過ちを犯すのではあるが。

 シンは苦い顔でネイシャの足を一瞥し、

「今日は私は教会に顔を出してみます。エロースから大凡の話は聞きましたけど、やっぱり詳細な調査結果が欲しいので」

「晶化病の原因を調べるのよね。神父様方でもわからなかったから諦めてたけど、シン君が来てくれたおかげで村が救われる希望ができました。暗いことしか耳にしない最近では、唯一の喜ばしい知らせですよ」

 晶化病が流行り始めてからキエム村のニュースといえば悪いことだらけだった。例えば、何々さんが死んだとか、定期的に村に来る行商人が来ないだとか、大悪魔が夢に出てきたとか、死体が動き出したとか。不幸な知らせや恐怖を煽る話が絶えない。それらが原因で、蔓延する恐怖は更に村人たちの心に染みこみ、増長する。膨らんだ恐怖が人々を精神的に追い詰め、また新しい恐怖と混乱の種を生み出す。深夜に大悪魔を見たとか、大悪魔に目を着けられたのは誰々のせいだという具合に。誰も彼もが、存在しない大悪魔に怯え切っている。キエム村内では悪戯に恐怖を増大させるスパイラルが出来てしまっていた。いつ歯止めの効かないパニックに陥ってもおかしくない。早々に解決しなければ、無意味な血が流れることとなる。

 シンも解決するべきだとおもっているのだが、 

「ただ解決出来るかはわからないんですけどね。正直な所、私にはお手上げです。ネイシャさんの足を診ても、私には出来ることはなさそうでしたし……力及ばず、すみません…」

「もう、気になさらないでと言ったでしょう。私は誰よりも長く生きました。それだけで、もう十分幸運なのです。だというのに、死を目前としてエロースちゃんやべルフ君、レーヴァテインちゃんにオティヌスちゃん、そしてシン君、素敵な子達と一緒に暮らしているのですから私ほど幸せな人間は天上世界にはいないでしょう」

 ええ、本当に、とネイシャは噛みしめるように微笑んだ。心の底から笑っているようで、けれど底にこびり付いた暗い感情を噛み殺しているような無理をしている表情にも見える。

 誤魔化しの微笑みだ。

「それに私がどうにもならなくても原因がわかってしまえば、村の皆は見えない大悪魔に怯える生活をしなくてもよくなるでしょう?今の村は晶化病の解決を完全に諦めてしまった。だから人々は絶望に囚われてしまっているのです。ですが、もしシン君が晶化病の発生原因を突き止めてくれれば、キム村を取り巻く閉塞的な状況をきっと打開できる。原因を突き止めてしまえば、解決はできなくとも対処はできますよねぇ。どんなに絶望的な状況であっても、希望が見いだせれば人々は立ち上がれるでしょう。かつての創世戦争で、神器という希望を得たことによって人間が再起したように、キエム村の皆は村を捨てる決断を下しても生きていくでしょう。私はね、シン君。キエム村がなくなっても構わないと思っているんですよ。勿論自分が生まれ育ち、愛を育んだ村がなくなるのは悲しいですよ。それでもね、私は村の皆に生きていて貰いたいのです。ええ、それが幸いでしょう」

 ネイシャは全てを言いきって、ふぅー、と深く息を吐いた。病魔に蝕まれている体では、長く話すのは体力的に堪えるようだった。深く呼吸をし、辛そうな表情をして背もたれに体重を預けた。

「大丈夫ですか?」

 シンの問いに、ネイシャは頷きだけで答える。

 シンはネイシャが呼吸を整えている内に、彼女の言葉を反芻した。

 彼女の言葉は優しさに満ちていて、村の現状を憂いており、隣人たちを本当に心配していた。

 だが、だからこそ空々しい。

「………ネイシャさんは優しいですね…」

「はたして私は優しいのでしょうかねぇ。私が思うに、この思いは―――」

 ネイシャは酷く冷めた表情でこう告げる。

 

「―――ただの強がりです」 

 

 

12

「寒々しい」

 キエム村に足を踏み入れたシンの第一声がこれである。

 キエム村の人口八十人程度の村だ。午前中なら大人たちが畑仕事などに従事し、子供が元気に遊びまわっている光景が目に入っていてもおかしくないのだろう。もしくは、主婦の皆さんが雑談に興じている姿か。なんにせよ、村にはごくごく当り前の人の営みがあるはずである。

 けれど、キエム村にはその当り前が存在しなかった。

 人が生活している気配が全く感じ取れない。不気味なほどに硬質で退廃的な空気。足を踏み込むことを躊躇いたくなる。まるでゴーストタウンのようであった。いや、まるで、ではない。ゴーストタウンそのものだ。欧米のホラー映画のセットとして利用できそうな趣である。

 キラリ、と視界の端に光るものがあった。目を凝らしてよく見てみると、晶化病にかかった猫の死骸だとわかる。体から食い破るようにして生えるマナ結晶が太陽光を反射していた。普通、不衛生な死骸は真っ先に処分されそうなものだが、野ざらしになっているというのはどういうことなのか。

『結晶化するから腐敗しないということでしょうか?』

 晶化病の調査にあたって、シンは既に〈ana(アナ)〉を起動させている。〈ana〉はマナの結晶に侵食された猫の死骸を拡大してから、そのように問うた。

「単純に大悪魔と関わりたくないってことだろう。結晶は大悪魔の暴威の象徴だ。触らぬ神に祟りなし。いや、この場合は大悪魔だが。下手に触れたら、晶化病以上の不幸を被りかねないとでも考えているのだろう」

『宗教的な背景に基づく恐怖ですか。私には理解できません。何故存在が曖昧なものを人間は脅威として判断するのでしょう?』

「むしろ存在が曖昧だからこそ、だ。理解の範囲外にあるってことは、その存在が何者であるかどうかわからない――つまり敵なのか味方なのか、敵だとしたらどれほどの脅威なのかという判断ができないことに等しい。脅威度がわからなければ、自分自身の生存可能性すら計れない。だから生物が持つ自己防衛本能が機能して、恐怖を感じさせる。『命が危ない、逃げろ』とな。宗教が生まれるのは、そう言った恐怖も理由の一つだと俺は思う。特に多神教は、その要素が強いのではないだろうか。世界各地の宗教は未知に対する理由付けを行っている。これは未知を人々の常識に落とし込み、定義するための技法だ。定義されてしまえば、脅威度を測ることは可能となり、対処法も得られる。とりあえずの安心が得られるというわけだ。こう考えてみると、宗教は人々の未知に対する安心を得るための物差しになっているのかもな」

『だったら宗教的権威である教会が晶化病は大悪魔のせいだと定義したのですから、人々は脅威度を知り安心を得るはずです。キエム村の現状とそぐわないですよ』

「安心の物差したる教会がお手上げ状態だからだろう。壊れた物差しが使いものになるか?そもそも脅威度がわかり解決策を見いだせても、効果が表れてなければ恐怖は消えまい。まぁ、未知を定義する行為の実態は科学的活動ではなく、神話に代表されるような創作行為だからな。現実とずれているのはむしろ当然と言える。そもそもの原因が間違っているのだから、結果生み出されるのは的外れな解決策。インフルエンザの時に胃腸炎の薬を処方されているようなものだ。ってか、それくらいのことはわかるだろうに。何故聞いた?」

『この場面は所謂【キャラクターが気持ちよく一人語りする場面】だと判断しましたので、話を促してみました』

「いらん、気遣いだ。っていうか、マックの奴無駄な機能付けやがって、こんなものより目からビームみたいな兵器をつけてくれよ」

『そんな機能は流石の創造主でも、流石に実用化できないと思いますけどね』

「DIOとかカルナとか格好いんだけどな~」

『子供ですか?』

「男は大人になっても子供じみた浪漫を抱えているものだ。特に巨大ロボとか変身ベルトとかには心がときめいちゃったりするのだよ」

 そんなとりとめのないやり取りをしつつ、村内の教会へと一人と一機は向かう。

 

 

 ギィギィ、と金属の金具が鳴って教会の重い扉が開く。

 村と同様の薄ら寂しい空気が教会内は濃い。そのせいか金属の小さな悲鳴がやたらと大きく、より不気味に聞こえた。

 本来教会が持って然るべき神聖さは此処にはない。あるのは静謐さと似て非なる空虚さだ。まるで教会の時間だけが止まってしまったような過剰なほどの静けさ。誰かがわざと整えたのではないかと疑問を抱いてしまうほどに世界が固まっている。停滞した世界の色は褪せ、セピア色のベールが掛けられているように見えた。居合わせた者には寂寥感を感じさせるだろう。それこそ、天を照らし始めたばかりの午前の陽光が沈む往く斜陽の光と思わせるほどに。だが、だからこそ、神のいない教会は美しかった。この美しさは華やかさとは対極の荒廃とした美である。廃墟や古城と同種の美しさだ。不思議なことにこの荒廃とした美は人間の根源的な何かを揺さぶり、古傷を刺激する。かつて失った何かを人々はこの美しさを前に思い出されるのだ。

「…………………」

 シンは何も言わず教会に入り、扉を閉める。停止した世界を壊してはならないと思った。出来る限り慎重に扉を閉めたが、それでも金具は再び鳴く。

 ギィギィ、と苦しそうな呻き声が酷く大きく響き渡る。

 不快に思うと同時にわずかばかりの安堵をシンは得た。

 罅の入ったガラスの上を歩くような緊張があった。

『筋肉が強張っていますがどうかしましたか?』

「……いや、なんでもない。気にするな」

『なら、いんですけど……。それにしても妙ですね』

 〈ana(アナ)〉はいくつか計測結果とグラフを表示した。

『一立方メートルあたりの埃の量が多いです。まるで誰も出入りしていないような……?』

「事実そうなんじゃないか。となると、教会の祀官は亡くなったか」

 そう言った矢先、教会の奥部屋に続く扉が開く。

 シンは思わず身構えた。計画派の誰かではないか、と警戒したからだ。現在シンは晶化病に計画派が関わっているのではないかと疑っている。

 だが、シンの懸案は杞憂に終わる。

「そこにいるのは、もしかして奏官か?」

 扉から出てきたのは壮年の巨漢だ。がたい(・・・)が良く、盛り上がった胸板からは男の精強さが伺える。筋骨隆々とした非常に男らしい男であった。髪は粗雑に切りそろえられ、髭の切り方の適当具合から無精な男であることがわかる。イメージとしては熊のような猟師が適切か。

 熊のような巨漢はのっしのっしとシンの方に歩いて来て、そして言った。

「よう、奏官。遅かったじゃねえか」

 嫌に敵意に満ちた声色だった。目つきは鋭く、体全体から肌で感じられるほどの威圧を放っている。

 シンは戸惑った。何故初対面の人間に敵意を向けられなけれなばならないのか。そも、巨漢の言っていることに心当たりがなかった。

「…遅い…?」

「ん、なんだ?この教会の要請を受けて、王都から派遣された奏官じゃないのか?」

「まさか。私は洗礼前の奏官見習いです。この村には偶々立ち寄っただけですよ」

「なんだ、そうだったのか」

 シンの答えを聞くと、巨漢は力を抜いた。つまりは、敵意を消した。

「すまねえな」

 唐突に謝られた。

「は、はぁ……」

 意味がわからないシンとしては、歯切れ悪く返すしかない。

 巨漢は気まずそうな顔をして言う。

「で、お前さんは一体何の用で教会に来たんだ?」

「見習いとはいえ奏官なので、晶化病の調査をしようと思ったんですよ。だから、此方の教会が先に行っていた調査資料を拝見させてもらおうと思いまして」

 奏官見習いだから、というのは嘘である。教会の調査資料を得るために都合が良い肩書であったので、利用しただけだ。

「貴方こそ奏官じゃないんですか?」

「笑えない冗談はやめてくれ。俺はしがない行商人さ。トウモロコシ専門のな」

「トウモロコシ専門……」

「おうよ」

 果たして、それでやっていけるのだろうか?いや、地域によっては主食として食べられていたのだし、需要は意外にもあるのか……?

 シンは疑問は抱くが、二カッと巨漢が笑っていることから商売は上手くいっていることがわかる。

「それで、貴方は一体何をしていたんです?」

「ああ、俺は昨夜キエム村についた所なんだが、翌日村に来てみると、どうにも村に人気が感じられなかった。事情を聞こうと教会に来たら、此処の祀官が亡くなっていたのさ。しばらく放置されているようだったから、誰も教会に訪れる人がいないんじゃないかと思ってな。ちょうど今埋葬が済んだ所だ」

「死体の状態はどうでしたか?」

「なんだか体が結晶化していたな。運ぶ時、ボロボロ崩れるから大変だったぜ。だけど、人の体があんな風になるなんて見たことがない。お前さん、何か知っているか?」

「はい。実は―――」

 シンは巨漢にキエム村で起きていることを説明した。

 祀官の体が結晶化したのは晶化病の病状だということ、そして晶化病は村で猛威を振るっていること、晶化病は大悪魔のせいにされていること、巨漢は早々にキエム村を立ち去るべきだという警告、等々。

 シンの話を聞いている内に、巨漢の顔はだんだんと険しくなっていく。

「ヤバいな、こりゃあ。村の人々を見捨てるのは悔しいが、村を出るしかないか」

 苦虫をかみつぶしたように顔を歪めながら、巨漢は嘆息と共にそう決断した。

「俺は湖畔に置いて来た連れと一緒に村を出ることにするよ。緊張の糸がはちきれそうなこの村に余所者の俺らが長いしちゃあ、大悪魔と結び付けられて大変なことになる」

「そうしてください。できる限り早く出ることをオススメします」

「お前さんも気を付けろよ」

 そう言い残して、巨漢は教会を出た。

 ギィギィ、と教会の扉が鳴く。

 シンは巨漢が教会を出たことを確認すると、すぐさま奥部屋に向かう。

『埃の堆積具合から場所の特定を行いますか?』

「いや、必要ない」

 晶化病を発症した人間は四肢が結晶化する影響で行動範囲が著しく狭まる。祀官が晶化病について何かしらの記録をしているならば、手近に置いているはず。

 青白い小さな結晶が多く落ちているベッドの近くに、祀官の遺産はあるはずだ。

 資料はすぐに見つかった。

「これか……」

 『肉体の結晶化についての調査記録』。

 英語でそう題してある紙束だ。

 ただ置いてあったのは晶化病の調査記録だけではない。枕元には日記と何枚か紙が散らばっていた。

 シンは取り上げて、それらを読んでみる。

『どうやら教皇庁に対する嘆願書のようですね。晶化病に対する救援要請ですか』

「送った嘆願書の控えもある。勘合貿易の勘合符みたいなものだな」

『銀行の書類とも同じですね。一つの判を分断し、二つにわけ、再び合わせることで書類の正当性を測るという仕組みを採用しています』

「さっきの男が遅かったって言ったのは、この嘆願書が理由か」

 一番最初に嘆願書がおくられたのは半年前、最新では一か月前のものもある。嘆願書はキラープリンセスの護衛がある行商人に渡され、近隣の街〈チティトラ〉の支部教会を経由して教皇庁に送られることになっていた。

 チティトラから教皇庁まで一体何日かかるのかはわからないが、流石に半年もあればキエム村の嘆願書は教皇庁に届き、調査隊なり支援部隊などが来てもおかしくないと思われる。

 となると、晶化病は計画派が関与しており、計画派によって嘆願書はなかったことにされたのか?

「―――いや、流石に早計か」

 シンは自身の裡に沸いた疑問を振り払う。

 教皇庁からの支援がキエム村に来ていないとはいえ、嘆願書が無視されたとは限らない。

 もしかしたら、嘆願書が届いていない可能性があるのだ。

 過去ならば対異界存在の最前線でない限り手紙は確実に届けられたが、現在(いま)は違う。異族という神出鬼没の人類の天敵が大陸中に存在し、異族を倒せるキラープリンセスの護衛があっても絶対安全とは限らない。嘆願書を送る途中で異族に襲われて、全滅。嘆願書が届けられなかったという話も十分にあり得るのだ。

 仮説を立てるのは建設的だけれども、仮説は発想を狭める檻の側面も持っている。未だ情報が不十分であるため、先入観を以て調査を進めるのは危険だ。

 とりあえず晶化病の調査資料と祀官の日記を白衣のポケットに入れて、シンは教会を出る。

『今後の予定はいかがいたしますか?』

「そうだな。とりあえずは、危険だと言われている湖に行ってみようと思う。あとは、ネイシャさん以外の患者の診察と死体検分もしたい」

『では、しばらく私は起動状態ですか』

「ああ、記録を頼む」

『承りました』

「しかし、当面の問題となるのは食料だな。一体何が感染源かわからない以上、迂闊に村の食べ物に手をだすわけにはいかない」

『空気感染ではないのは救いですね』

「空気中には平均値以上のマナらしき異物はないんだろ?」

『はい。天上世界他地域と大気汚染度は何も変わっていません』

「だとすると他の感染経路で――――」

 

「お願いします!一度だけでもいいですから、おばあちゃんに会ってください!」

 

 生物の声がないキエム村。その静寂を破る怒声のような叫びがあった。

 シンの視線の先でとある家の前で必死に願いを訴える少女。

 キラープリンセス、エロース。

 人との関わりを避けるはずの野良キラープリンセスである彼女がそこにいた。

 

 

 

 

 




words
・シン達が居候している家の持ち主はネイシャ・カートライト。
・シンの白衣は多国籍企業Curiosity×Creative Company、通称CCC製の特注品。因みにCEOは天才マック。
・晶化病という肉体がマナの結晶によって蝕まれる病がキエム村で流行。
・キエム村はすっかり活気を失っている。
・現在のシンの目的は晶化病の原因を突き止めること。
・祀官は既に死亡。シンは調査資料と日記を教会から持ちだす。
・計画派に関与は不明。ただ、可能性は高い。
・通常ラグナロク教会の所属していないキラープリンセス、通称野良キラープリンセスは人と積極的には関わらない。
・野良キラープリンセスであるエロースが村内の家で何事かを訴えている。果たして彼女の真意は?

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