森、森、森。緑色が続く殺風景。
ゴロゴロ。馬車が地面を踏みしめる単調な音。
同じ風景に、同じBGM。流石に飽きた。
山間に入ってからもう何日も経っている。目的地が山の中にあるので仕方がないことなんだけど、無変化過ぎる日常は退屈だ。
馬で来たのも裏目に出た。一応ラグナロク教会が保有する馬の中でも最上級と呼べる馬を六頭連れてきた。けれども、慣れない山道と荷物の荷重は健脚を持つ彼らをしてでも乗り越えがたい障害だったようだ。
(私一人だけだったら、軍用自動車を使えたんだけどね)
立場というものの考えものだ。自身が枢機卿としている以上、それ相応の待遇が与えられる。教会の重鎮が王都から遠く離れる長期任務を務めるというのに、キラープリンセスの護衛がないのは不自然だ。だからマサムネとパラシュが私に同道している。過去を忘れているキラープリンセスと行動を共にする以上、過去の遺産を使うことは出来なかった。
過去のことを思い出したキラープリンセスは情報隠匿のために暴走するようにしてある。記憶を取り戻したキラープリンセスたちが結託して、ラグナロク教会に反旗を翻されると厄介だ。鎮圧は可能ではある。だが、キラープリンセスの反乱は間違いなく天上世界を大きく揺るがす大事件だ。教会の権力は揺らぐだろう。キラープリンセスを管理しきれないことが判明してしまえば、虎視眈々とキラープリンセスの管理権を狙っている政府からそれを奪われる。
キラープリンセスを政府に奪われるの、は最悪の事態だ。彼らはキラープリンセスの価値をまったくわかっていない。そんな彼らにキラープリンセスの管理権を渡すなど言語道断。もし渡してしまったら、計画に支障が出る。
それ故に暴走という機構をキラープリンセスに組み込んだ。記憶を取り戻しても結託が不可能であり、かつ在り方としての暴走であるならば政府が異を唱える口実にもならないだろうという冷たい目算が理由だ。
とはいえ、公的にも、私的にもキラープリンセスを暴走させたいわけじゃないから、記憶が回復するリスクを犯してまで楽をしたいわけじゃない。
ただ。
「護衛はなくてもよかった」
権力ある立場とはつくづく面倒だ。個人的には、権力もなにもないただの新人研究員だったころの方が好ましい。なんて言ったって楽だ。大した制約もなく、規則以上の束縛もない。そんな多少の不自由はあるが、社会の印象などという直ぐに変動する価値基準に縛られることのない生活を私は送っていたかった。
勿論、人類救済のためには枢機卿という立場にあるのが最短距離だということは理解している。
それでも非効率的なやり方には辟易してしまう。
「枢機卿殿」
マサムネに呼びかけられた。
「一度馬を休ませたく思います。ここらで休息を取っても良いでございますか?」
「全然良いよ。別に急ぐ案件じゃないから」
少し開けた場所で馬車が足を止める。
しばらくぶりに止まった馬車から飛び降りて、私は手足を伸ばした。
「流石の枢機卿でも、馬車に閉じこもっりっぱなしは疲れるかい?」
「肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が辛いかな。普段教皇庁に引き籠ってばかりいる私でも、ここまで無変化な道行きだと限界だよ」
「異族の襲撃でもあれば、気晴らしにもなったかもしれないね」
「飛躍のしすぎだよ、パラシュ。平和が一番なのは変わりないんだから」
「…………流石に今のは失言だった。ボクの非礼を許し欲しい」
「良いよ。ブラックジョークって通じてるし、実際異族来ないかなー、とか思ってた面も無きにしも非ずだし」
「ラグナロク教会の上層部がそんなことを思ってて良いのかい?」
「損害なく解決できるから、そう思ってるんだよ」
私の言葉を聞いて、パラシュはやれやれと首を振った。
大方、立場がどうとかと思っているのだろう。相方のマサムネに比べて、大分フランクな性格をしているパラシュだが社会秩序とかには結構うるさい。キラーズ由来の性格だろう。
苦言を呈されるのも面白くないので、私は話の腰を折ることにした。
「二人は私を送り届けた後、次の任務に向かうんだったよね?」
「貴族ご用達のリゾート地、フル二ヤでの調査任務さ」
「あの有名な温泉街じゃん。うらやましいな~」
「ま、キラープリンセスは入れないだろうね」
「あ、そうか。だったら法整備でもしちゃおっか。フル二ヤの温泉にキラープリンセスも入れるようにしろって」
「権力の濫用だよ、枢機卿。というか、前も言ったけど甘すぎるんだって貴方は」
そんなことはない、と私は思っている。私だってキラープリンセスを道具として見ることもあるし、非情に切り捨てることもある。だから、甘いなんて言われる理由がないと思うんだけど…。
私の不満が顔に出ていたのだろうか。パラシュは溜息を吐いて、
「ボク達を取り巻く環境について、どうにかしようと思っている時点で貴方は甘いんだよ。他の枢機卿たちはボク達には目もくれないじゃないか。特にアンナ枢機卿はキラープリンセスのことなんて理想のための駒としか見ていないだろう」
「そんなこと……っ!ない、とは言い切れないけど、でもパラシュはそれで良いの?」
道具として切り捨てられて、手段の一つとして切り捨てられて。
例えその終わりが無惨になってしまっても。
パラシュは納得出来るのだろうか。
彼女は答えた。
「出来るさ」
澄んだ瞳で。
一片も曇りのない声色で。
彼女はそう言い切った。
決して彼女は自己犠牲に陶酔しているわけではないし、諦観に溺れているわけでもない。
彼女は理想に燃えていた。
「ボクの理想は人々が平穏な暮らしを送ることだ。それでも、いくら
彼女の理想。
それは確かに私達の目的と意味を同じくしている。
だけど。
自分勝手だとは分かっている。
それでも、私はこう思わずにはいられなかった。
(もっと自分を大事に思っていても良いじゃない………)